第30話 心つなぐ手
(1) (2) (3) <4> (5) (6) (7) (8) (9) (戻る)

医務室のドアが開き、皆がいっせいにそちらを向いた。
「輝君、意識、戻ったよ。ケガの方も大したことなくて済みそうだ」
ドアを後ろ手に閉めた田島は、輝の手当をする洵の手伝いをしていたのだった。

皆ほっとしたように笑みを浮かべる。瑠衣が思わず涙ぐんで俯き、有望がその肩をそっと抱いた。ちょっと離れて立っていた赤星は、安堵の余り膝に手をついて深く頭を垂れた。
「赤星。輝君がお前に話があるって云っていたよ」
田島にそう言われて、赤星は軽く頷くと一人で医務室に入った。

「りーだー‥‥」
ついたてから顔を出したとたんに輝の声がした。ベッドの中の輝は、いくぶん弱々しいが笑みを浮かべている。上掛けの上に出ている両前腕は包帯でぐるぐる巻きにされていたが、手先を少しあげてひらひらと振って見せた。赤星は思わず洵の顔を見た。洵が微笑んで答えた。
「腕と腹部の打撲がちょっとひどかったけど、アイシングと圧迫でなんとか収まると思うよ。骨に異常なかったのがほんとよかった。だから安心して、竜太さん」
「ありがとう‥‥洵」
赤星が洵にぺこりと頭を下げる。勧められるままに輝の右手側の椅子に座った。

「でも、輝君。三日間はおとなぁしくしててね。ちゃんと治療しないと内出血が治まらないから」
「えー、大丈夫だよ、洵さん。りーだ、オレ、すぐ起きられるからね‥‥」
口をとがらしてそう言うが、声はまだどこかふわふわした感じがする。赤星は黙って首を振ると、輝の右手をそっと手にとった。


小柄な身体に似合わぬ、骨太の大きくてしっかりした手だ。
いろいろなモノを作り、直し、生かす、魔法のような手。

宮大工の親父さんが、愛情を込めて、厳しく育ててきたこの手‥‥。
‥‥‥‥長い伝統と歴史を、受け継ぐための‥‥手‥‥‥‥。

もし、この手が動かなくなるようなことが起っていたら‥‥。


赤星は輝の手を包んだ自分の両手に額を押しつけた。
「‥‥輝‥‥すまねえ‥‥。‥‥‥俺のせいで‥‥ほんとに‥‥」

輝が赤星の手を握り返すと軽く振った。
「リーダー‥‥。あは‥‥、なんか、へんだよ。えっと‥‥、なんていうか‥‥。だって、オレたち、安全なことやってるわけじゃないもん。そうでしょ?」
「ああ‥‥。だけど、俺が甘い行動しなきゃ‥‥あんなことには‥‥」

「ね、リーダー。みんなにはナイショね」
「え?」
赤星が顔をあげる。輝は思い出すような表情で、天井に視線を上げた。
「今まで、マリオネとかトナカンダーとか、色々いて‥‥。ホント云うと、オレ、今でもよくわかんないこと、いっぱいあるんだ‥‥‥‥。でもね‥‥」
大きな瞳が赤星を見あげて、にこりと笑った。
「あの人を、いきなりみんなで倒そうとしなかったリーダーが、オレ、やっぱりスキ」

赤星の目がまん丸になった。何か言いかけて口を閉ざし、泣き笑いのような表情で輝を見つめた。
「‥‥ありがとう、輝‥‥」

輝は照れたように微笑んだが、すぐに真剣な眼差しになった。
「リーダー。あの人、リーダーの友達なんでしょ?」
「ああ。高校ん時に行方不明になって‥‥ずっと探してたヤツなんだ‥‥。なんか、すっかり誤解はいっちまってるみてえで‥‥‥」
「それで、これからどうするの? あの人のこと、どうするの?」

赤星はちょっとだけ視線を落とした。
「‥‥正直云って、もう少しだけ気持ちの整理がしたい。俺、納得できねーと動けねえからさ‥‥。でも‥‥‥。一つだけ、確実に云えることがある」

赤星が、輝の瞳を見つめた。
「もうこれ以上、みんなを傷つけるようなことはさせねえ。絶対にだ」

輝が、赤星の瞳を見つめ返して笑った。
「オレ、リーダーのやることなら賛成だからね」
「ああ‥‥。本当にありがとな、輝」

少しだけけぶったように潤んだ大きな黒い瞳が、ひたすらに自分を信じていた。

何があったのかと問いかけることもなく‥‥‥‥。


===***===

モニターには、ハンドが、レッドとグリーンに飛び込むシーンが何度も映し出された。最も理想的な垂直方向からの映像。だがスローにしてもその動きは掴めない。かろうじて位置がわかるだけだ。ましてやレッドやグリーンの映像は‥‥。がくんと激しくぶれて、空が映り、それが急激に流れる。その瞬間には聞こえなかった輝の叫び声に、赤星の顔が歪んだ。

「‥‥はっきり云って、このスピードは、今のセンサーじゃ、捉えきれませんね‥‥」
田島の言葉に5人の沈黙が深くなった。瑠衣は医務室で、洵から手当の仕方を教わっていた。輝の腕は、定期的に冷やしたり、圧迫包帯を巻き直すなど、こまめな治療が必要な状態だった。

「なんとかしてバズーカ喰らわすまで大人しくさせとく方法、ねーのかよ‥‥」
そう呟いた黄龍に向かって、壁によりかかった黒羽がテンガロンハットを突きだした。
「おい、瑛ちゃん、正直に云え」
「なんだよ」
「さっき、アイツが旦那とやり合ってた時、チャクラムかブラスターで、ヤツの頭、うまく狙えたと思うか?」
「‥‥うーん、けっこう際どいトコだけど‥‥なんとかなったんじゃねー?」

赤星がデスクに両肘をついたまま、ちらりと上目遣いに黄龍を見る。
「‥‥的場‥‥、あの時本気じゃなかった。俺‥‥完全にあしらわれてたんだぜ?」
「げ。マジかよ。だとすると、よけられちまうのかな。くっそ。アッタマくんぜ」
「それに‥‥輝が治るまで‥‥、バズーカはムリだ‥‥。時間がかかりすぎる‥‥」
デスクに視線を落として、誰に言うともなく呟いた。


自分が招いた事態だ。それもリーダーであるべき自分の‥‥。黒羽が怒るのも当然だ。
なのに、『あの時、5人でかかっていればバズーカで倒せたかもしれないのに』という後悔が湧いてこない。輝を傷つけてしまったことが苦しくてしょうがないのに、だからといって、的場を、今までの怪人と同じように吹っ飛ばす映像が出てこない。


的場は人殺しだ。
俺達の命を手土産にスパイダルの一員になろうとしている。
完全に怪人のカラダとなって‥‥。

倒さなきゃならない。
オズリーブスは、あいつを倒さなきゃならない‥‥。

必死で自分に言い聞かせるのだが、だめだった。

殺し屋って云っても、強いヤツ相手の殺ししか受けないって‥‥。あいつ、こと拳法に関しては、本当に真剣だったんだ。ただ強いヤツと戦ってたくてスパイダルに‥‥。他の怪人みたいに一般の人に何かするなんて思えねえから‥‥。

誰にも取りあってもらえないような言い訳ばかりが頭の中をぐるぐる巡る。何より、自分に的場を裁く資格はないという心の声が抑えられない。的場には借りがある。なのに自分は、的場が分かれ道を踏み出す瞬間にそこにいて、結局何もできなかった。

だけど‥‥。もう二度と、的場の手で仲間が傷つくところを見たくない。絶対イヤだ。それだけは何があっても‥‥。

じゃあ、どうすれば‥‥。
いったい‥‥どうすれば‥‥‥‥。



「赤星‥‥?」
両手に額を埋めて俯いた赤星に有望が歩み寄り、そっと声をかけた。赤星が顔を上げる。黄龍や田島や、当の有望自身も少し驚いたことに、赤星が無言で片手を伸ばすと有望の頬をそっと撫でた。その柔らかく品のいいカーブを無骨な手の中に包むようにして、その顔をじっと見つめている。この男が皆の前でこんなことをするなど珍しいことだったが、赤星が何を考えているのか、有望にはわかっていた。

「赤星‥‥」
もう一度そう言われて、赤星がはっとした。かすかに照れ笑いを浮かべると、有望の頬から手を離し、仲間の顔を見た。
「もう一回だけ、俺にチャンスをくれ。的場を倒すチャンスを‥‥」

「赤星。てめえ、さっきオレの云ったこと、わかってねえようだな」
そう言う黒羽の声はひどく険を帯びている。だが、赤星は、今度は悪びれもせずに言った。
「怪人になっちまうとあいつはやっかいだろ。だから、普通のカッコしてるうちに倒す。こっちが着装しなきゃ、あいつはあの姿になんねえ。特に相手が俺一人なら。だから‥‥」
「ちょ、ちょっと、赤星さんよ。んなの、アテになるわけないっしょ? なにバカなこと考えてんだよ、あんたは!」

「あいつ、云い方悪いから、そう見えねえかもしんねえけど、こと勝負に関しては卑怯なマネ、絶対しねえんだ。ほら、今日も、手の内、先に見せたろ? あーゆートコは変わってなくて‥‥」
「ここまで来て、まだそんな甘いこと云ってんじゃねえ! だいたい、オズリーブスとスパイダルって構図とっぱずしても、あのヤローはお前を殺すって宣言してんだろーが!」

「‥‥そうだよ。あいつは俺のこと殺したいぐらい憎んでる‥‥。どうして、こんなことになっちまったんだろ‥‥。でも、俺、昔、あいつに助けられたこともあるんだ。だから、もう一度だけ、赤星竜太として向き合いたいんだ。そうしなきゃ‥‥いけない気がする‥‥」

目線を逸らして、黒羽がぼそりと言った。
「今度は勝てるってのか。さっきはダメで今度は勝てる理由はなんだ」
「今は、まだ、勝てない」
「なにぃ!」
赤星の答えに、黒羽のトーンがまた上がる。
「それはこれから考える。お前に怒らんないぐらい、ちゃんと覚悟据えてやるから。もし、どうやってもそれができなかったら、レッドとして‥‥ハンドを倒すこと考えるよ。ワガママだってわかってる。でも、俺、もう、なんもやんねえで流れっちまうの、やなんだよ! あとでさんざん後悔するの、もう、やなんだ‥‥」

黒羽が赤星に据えた視線をまた背けた。黄龍は椅子の背にもたれかかって天井を見ている。田島はこんな時のクセで、しきりに眼鏡を拭いていた。葉隠は腕組みをして下を見たままだ。
横たわった沈黙を小さく震える声が破った。
「‥‥‥‥的場くんが、高校の時、私を助けてくれたのは、本当なんです‥‥‥‥」

4人が目を見開いて有望を見た。赤星が少し遮るそぶりをしたが、有望は葉隠の方を向いて、かまわずに話し続けた。
「‥‥的場くんの高校に、赤星を煙たがってるグループがあって‥‥。その人たちが、私を‥‥。でも、彼がすぐにその場所を赤星に教えに来てくれて、それで、助かったんです。的場君、この人との勝負によけいなジャマを入れたくないって‥‥。だから、着装しなければ、彼が変身しないというのも、わかる気はするんです‥‥。でも‥‥」

赤星の脇に立った有望は、小さな少女のように心許ない表情で、男の顔を見下ろした。
「‥‥赤星‥‥。あなたの気持ち‥‥わかる‥‥。わかるから、賛成してあげたい‥‥。あげたいけど‥‥‥怖いの‥‥。あの姿にならなくても、的場くんは、もう普通の人じゃないんでしょう? ‥‥私、どうしてあげたら、いいの‥‥?」

赤星が、今日初めてはっきりと笑んだ。まるで有望の不安げな表情と反比例するような笑みだった。不思議になんとかなるような気がしてくるいつもの笑顔だ。男はデスクについた女の華奢な手を両手で挟むと、なだめるようにそっと叩いた。
「心配すんな。生身のアイツとは今朝ちょっと組んだんだ。確かにえらく強くなってたけど、人間の域だったぜ? たぶん、変身しないと、早く動くワザとか使えねえんだよ。ヤバけりゃやめる。ぜったいムチャしねえって約束するからさ」

そんなの守ったことないくせに、と有望は思った。なのにいつも「俺のやったの"できる範囲のムリ"で、ムチャじゃねえもん」と言い張るのだ。

言い張って‥‥でも本当になんとかしてきた‥‥。いつも、この笑顔で‥‥。

有望がこっくりと頷いた。
「‥‥気をつけてね‥‥。本当に、気をつけてね‥‥」


「あっら‥‥。一番止めてくれそうなヒトが最初に許可しちゃうワケ? 有望さんってば赤星サンのこと、甘やかしすぎじゃない?」
つま先だけ床につけ、浅く腰掛けた座面を左右にふらふら回しながら、黄龍が茶化す。少しちぐはぐとしていた場の雰囲気が、すっともとに戻る感じだった。
「だって‥‥この人、一度こうするって云ったら、聞かないんだもの‥‥」
有望はちょっとだけ目尻を押さえると、いつもの勝ち気な笑みを少し取り戻して、そう答えた。

「で、赤星、その覚悟っての、どのくらいで完成するんだ?」
田島の言葉に赤星が少しこける。
「‥‥田島さん。メカの部品じゃないんですから‥‥。2時間考えて、ダメだったら諦めます」
どっちもどっちな答えではあった。
「うーん。やっぱり新しいセンサー開発するより早いか。1日だったらいい勝負だったのに」
「だ‥‥っ だからって、そっちもちゃんと作ってもらった方がいい気が‥‥」
「しかし、わたしの方が早ければ、堂々と止める理由になるのに‥‥。悔しい、残念だ‥‥」
田島のコメントとメッセージは、技術者らしくいつも明快でわかりやすい。赤星は苦笑すると、葉隠に目を据えた。

「すんません、博士。少し‥‥時間ください。ちょっと出かけて来たいんです」
「‥‥竜太。ひとつ約束せい」
「はい?」
「決して、つまらぬ意地に捕らわれんことじゃ。もし、考えて、勝てると思えなかったら、素直にそう認められるな?」
「はい」
「そうしたら、あの怪人を倒すことへ、気持ちを切り替えられるな?」
「‥‥‥ぱっとはできねえかもしんないけど、精一杯努力します」

想い人が命を賭してこの世に送り出したその息子は、若き頃の親友にそっくりの姿で、葉隠を一心に見つめてくる。歳を追うにつれて、奔放さより生真面目な辛抱強さが目につくようになってきたのも、やはり母の血なのかもしれない。
白衣の天才科学者は微笑んでゆっくりと頷いた。
「行っておいで。儂はお前を信じとるよ」

赤星はにっこりと笑うと、かたんと立ち上がる。ドアの脇によりかかっている黒羽は伏し目のまま動かない。赤星がその前で立ち止まった。
「黒羽‥‥。その‥‥、情けなくて、わりい‥‥」
「まったくだよ。困ったお人だ」
「すまね‥‥」
赤星がセンサーに手をあて、ドアが開いた。

「ああ、赤星。一つ云っておく」
黒羽の声に赤星が立ち止まった。黒羽は身体ごと赤星に向き直ると、少し顎をあげて下目気味に赤星を見た。
「オレは、お前があのヤローより弱いと思ってるわけじゃねえ。オレがアタマに来てたのは、お前の気持ちの問題だ」
「‥‥あ‥‥。うん‥‥。サンキュ。黒羽‥‥」

黒羽がにやりと笑った。
「礼はいらねえよ。オレはけなしてるつもりだからな」
赤星は気恥ずかしげな笑みで頭を掻くと、いつも黒羽がやる敬礼もどきを返して、部屋を出ていった。

2002/7/25

(1) (2) (3) <4> (5) (6) (7) (8) (9) (戻る)
background by 幻想素材館Dream Fantasy