第30話 心つなぐ手
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<どういうことだ、的場っ!!>

リーブレスのモニターから赤星の怒鳴り声が聞こえた途端、有望ががたんと立ち上がった。座っていたキャスター付きの椅子がころころと壁際まで滑った。

葉隠と田島が驚いて有望の顔を見つめた。叫びを押さえるかのように両手を口元にあてている。目は大きく見開かれ、その顔は青ざめていた。今にも倒れるのではないかと思えて、田島が慌てて側に寄り、その肩を支えながら椅子を引き寄せた。

「あ‥‥。す‥‥すみません‥‥」
呟くようにそう言うと、有望はすとんと椅子に腰掛けた。田島の方を見て弱々しく微笑んでみせる。
「御免なさい、田島博士。大丈夫ですから」
田島が心配げに隣の椅子に座る。葉隠はモニターからの会話に耳を傾けながら静かに言った。
「有望君も知っておるんじゃな。この的場という男のこと‥‥」
有望はこくりと頷くとモニターのパネルを食い入るように見つめた。

着装した4人のカメラ映像に、明らかに狼狽している赤星の姿が映し出されていた。そして変容した的場とシェロプの姿も‥‥。
「赤星‥‥」
有望が胸の前で両手を揉み合わせると祈るように目を閉じた。戦闘中にこんな気弱な様子を見せるとは、普段のこの女性には考えられないことだった。


葉隠はきちんと問い正したいと思ったが、今は戦闘状況から目を離せる余裕がなかった。
本質的には赤星も輝同様に情に脆い。ただ輝ほどものごとを深く考えず、直感的に動くのが幸いしてきただけだった。根本的には、知人‥‥それも、何か思いを残しているような人間と、冷静に闘えるようなタイプではないのだ。

オズリーブスにとって‥‥いや、OZ日本本部そのものにとっても赤星の存在は大きい。特に黒羽という名サポートを得てからの赤星は本当に安定していて、現場についてもすっかり任せておくことができた。ただ、本部があんなことになってしまって仕方がないとはいえ、親友の息子の個人的資質に負いすぎているのも事実ではあった。

父親の厳命を受けて赤星竜太が葉隠の助手になったのは19歳の時。普段の様子がウソのようにしゃちこばって研究所を訊ねてきた。おじさんと言いかけては慌てて博士と言い直すのが微笑ましかった頃だ。研究者の世界に、どう見ても場違いな若者が日々馴染んでいく様子は、なかなかの見物だった。

年に数度会うのとはまったく違って、新たな発見が多々あった。たとえば竜太には「これをやりたい」「こうなりたい」という"我"が希薄だった。ただ周りがうまく進んでいくことが楽しい風情なのだ。その部分では兄の竜水の方が父親似であり、竜太はむしろ母親に似ているのかもしれないというのは、驚きですらあった。

妙なプライドが無い分、わからないものはわからないと素直に言うので逆に安心できた。自分と反する意見にぶつかった時も、お互い納得できる妥協点をうまく模索した。テーゼとアンチテーゼからジンテーゼを見いだすように‥‥。結果的に相手も尊重するが自分の思いも曲がらない落とし所をなんとなく見つけて、実直に取り組んでいく。何よりいつも無邪気で明るくて、そんなこんなで3年ほど経った時には、赤星は、いささかごついマスコットであり、体力抜群で動きのいい雑用係であり、そして時に有用なオッドマンとなっていた。


あの若き日、好きな女性をめぐって、酔っぱらった親友の口から飛び出た青い約束。あんなものを本気にする人間など普通いないだろうに、彼は30年以上の月日を経て、自分の若き日と瓜二つの息子を送り込んできた。そしていまやその息子は、葉隠の想いを実現するためのかけがえのない存在になっていた。

モニターの中ではシェロプが消え、苦渋の中で着装した赤星が、怪人と化した旧知を必死で説得しようとしている。

(竜や‥‥。焦るでないぞ。自分を見失うな。お前を必要とする人間は、沢山おるんじゃ)

葉隠は心の中で、そう赤星に呼びかけていた。

===***===

「とにかく、やめろ、的場! やめねえと‥‥俺、ほんとにお前を倒さなきゃなんなくなる‥‥」
「ご冗談を。君には、いや、君たちには僕は倒せない。君たちの戦闘記録はずいぶん見せてもらったさ。それによって作られたのがこの身体なんだから‥‥」
「お前、利用されてんだ! あのシェロプってやつ、自分のためには元々の仲間だって闇討ちするようなヤツなんだぞ!」
的場は‥‥いや、既に、スパイダルの怪人であるハンドは、どこか夢を見るような声で言った。
「なんで気付かなかったのかな。君の動きだって。でも、これで思い残すこともなくなる‥‥」

ハンドの身体がすっと沈んだ。スーツの下で赤星の全身が総毛立った。

「ブラック!」
「あぐっ!」
赤星が振り返ると同時に、黒い疾風が黒羽に激突した。打ち飛ばされた黒羽の身体を、既に走り出ていた輝が抱き留めたが、支えきれずに一緒に座り込む。リーブラスターを構えた黄龍と瑠衣が二人の前に。そしてハンドと四人の間に赤星が割り込んだ。

「み‥‥見えなかった‥‥」
輝のつぶやきに、腹部を押さえながら身を起こした黒羽が言った。
「く‥‥くらった本人が、何発かも、わからんなんてな‥‥」

「見たかい、赤星君? かなり手加減したけどね。今のが僕の切り札だよ」
ハンドがいけしゃあしゃあとそう言った。
「瞬間的にすごく速く動けるんだ。僕だけそっちのデータを知ってるんじゃ、面白くないからね。あ、それから、イエロー?」
「ちょっとさ。あんたに、そーゆー呼ばれ方、されたかねーって」黄龍が低い声で応じた。
「これは失礼。ちょっと、それで僕を撃ってみる気、ないかい?」

「はー。あんたもいーかげん、嫌味な性格だね〜。どーせ、効かねーとこ見せたいっしょ? 動くな、レッド!」
間延びした、いかにもやる気の無さそうな声が切れた瞬間に、赤星の頭のすぐ脇をエネルギーのラインが走った。それがそのままハンドの頭部に吸い込まれていく。輝が、脇にいる黒羽の腕を無意識に掴んで身を乗り出した。ハンドは必要最小限の頭の動きで、光弾を避けた。幾つかは手で面を作って弾き返す。黄龍は既に横に飛び出してボディにも何発か浴びせたが、そちらはなんのダメージも与えていないようだった。
「僕に銃の類は効かない。全部よけることができる。だから‥‥」

ハンドの両足が、人間体の時とまるで同じタイミングでとんっと揃った。しかし黄龍に突進した黒い姿は、今度は遮られる。ぴたりと止ったハンドの眼前に伸びきった赤星の左拳があった。金色に輝く右腕が、胸から頭部をガードしている。
「よく見切ったね」
「ヤマカンだ。お前こそ、よく止まれる」
「君のことは最後にしようと思ってたのに。仲間の死体をよく見てからって‥‥」
「させるかよっ! みんな、手ぇ出すなっ!!」
叫ぶと同時に赤星は、ぐっと間合いを詰めた。

「レッド! 落ち着けっ」
黒羽の叱声が耳を打つ。だが、もうたまらなかった。自分が探してきた男がこともあろうにスパイダルの怪人となってここにいるこの現実。その男にずっと憎まれ続けていたこの現実。そして、その憎悪が、自分だけでなく仲間に降りかかろうとしている、この現実‥‥。

とにかく、こいつの動きを止めねえと! 止めて‥‥、ちゃんと話して‥‥。そしたらきっとわかってくれる!

右と左のコンビ。左を戻す前に、右肘を上から回して叩き込む。そして膝蹴り。ブロックと同時に跳びすさったハンドになおも追いすがる。まるで攻め手と受け手が決まった型のように、赤星は矢継ぎ早に手数を繰り出していく。

「レッド、凄い‥‥」
瑠衣が感嘆の声をあげた。
「違うな」
黒羽の冷たい否定に黄龍が取りなすように言った。
「なにがさ。すっげーやる気じゃん、レッド。俺様、ちょっと意外だったな〜」
「何がやる気だ。遊ばれてること、本人が一番わかってる。そのうえぜんぜんアイツの形じゃねえ。立場も忘れて取り乱しやがって!」

いらついたその調子に二人はあとの言葉が続けられなくなった。黒羽が他の三人の前で赤星をあからさまに非難するのは珍しいことだった。なんのかんのとからかいはしても、赤星がリーダーであるという姿勢はけして崩さない。示唆があれば三人からは見えないところでそっと告げる。それはチームをうまく回すための、黒羽一流の気遣いだった。

輝には黒羽の言うことがよくわかっていた。赤星の攻撃が無効になっていることも見えていたし、今の赤星が、普段のスタイルではなくなってしまっていることも‥‥。

赤星の一番の特徴をあげろと言われたら、それは攻守一体だ。普段の彼は牽制以外にあまり無駄な手を出さない。とんでもないカンと柔軟さでよけて、かわして、カウンターで決める。自分や黄龍の打撃をただ受けているだけなのに「修行になる」と言ってるのはウソではなかった。最悪、取っ組み合っても力負けしない自信があって、近い間合いが保てるから、決まった時は威力が倍増する。

ただ、そういった理屈以外のところで、輝は自分の鼓動がどんどんざらついてくるのが止められなかった。赤星を赤星らしからぬ行動に駆り立てているもの‥‥。その焦りや哀しみや、そういったこと全部が自分の中に流れ込んでくる気がして、苦しかった。


友達なんだ、あの人‥‥。友達なんだ、リーダーの‥‥。
あの人はリーダーがキライだけど、リーダーは、あの人のことが好きで‥‥。

そんな人が仲間を襲ってくるんだ。それも自分の意志で‥‥。
そしたら、どうすれば‥‥。どうしてあげたら‥‥。


「イエロー、チャクラム用意して接近しろ。今度二人が離れたら、チェリーで同時に攻撃をかける」
「オーケー!」
「ミドとピンクは後ろに回れ。それで‥‥」
「待って!」
グリーンの小柄な身体が、ブラックのスーツに取りすがった。
「リーダーにやらせてあげてよ。ねっ 大丈夫だよっ」

「聞かんぞ、ミド。今のアイツじゃムリなんだ!」
「だって‥‥!」

「あ‥‥!」
瑠衣の声に思わず振り返る。ハンドの左のパンチを、右腕を絡めるようにして押さえた赤星が、相手の太い首に左腕を回して強引に投げに出ていた。だが、体勢が悪くて足を刈るのが後れた。

ハンドは左足を軸に身体を捻り上げ相手の背中に痛烈な右膝を入れた。衝撃で一瞬上を向いた赤星の、右肩の首の付け根あたりを左手でがっちりと掴む。ボールを殴るように、的確な右ストレートを赤星の左の頬に叩き込んだ。

吹っ飛んで仰向けに倒れた赤星が、それでもよろりと立ち上がり、頭を振った時だった。腕の中に何かがどさりと飛び込んできた。そのまま後ろに飛ばされて、背中から銀杏の木に激しく叩き付けられた。

「レッド! グリーン!」
ブラックチェリーの爆発音に混じって瑠衣の甲高い声がした。我に返ると自分のすぐ脇に瑠衣が膝をついたことがわかった。目の前に立っているのは黒羽と黄龍。黄龍が手を上げ、ハンドにかわされたらしいチャクラムをキャッチした。

赤星は急にぐっと重みの増した自分の腕の中を見た。
「え‥‥?」

輝が身体の前で逆手に握りしめていたトンファーは、ぐにゃりとひしゃげていた。手の力が抜けて、それがアスファルトの上にからんと落ちた。自分の代わりに黒い疾風を受け止めた小柄な身体は、水の入った柔らかい袋のように、くたりと脱力していた。
「あ‥‥‥‥。あ‥‥き‥‥」
赤星の喉から、言葉にならない呻き声が漏れた。

「おやおや。あの可愛い坊やに、なんてことさせるんだい? 思いきり叩き込んじゃったよ」
ハンドが左手をあげると、ぎしぎしと音をさせて、手首を曲げ伸ばしした。
ぐっと身構えた黒羽と黄龍にすっと両掌を向ける。と、それが真っ白なスーツ姿に戻った。
「今日はここまでにしましょう。考える時間をあげるのが僕は好きなんですよ。赤星君にとっても、面白いシチュエーションになったことだし。いいですかね。魔神将軍?」

的場の脇の空間が揺らいだ。瑠衣がたっと立ち上がり、黒羽、黄龍と並ぶ。赤星も片膝をついて体勢を変えると、輝の身体を抱き直した。どこかのったりとした拍手の音が聞こえる。大仰な態度で手を叩きながら、ゆらりとシェロプが現れた。

「いや、面白かったよ、ハンド君。君とは趣味が合いそうだ」
シェロプが五人の方を向くと、人差し指をたてて少し小首を傾げてみせた。
「一人ずつ減っていくというのも一興だろう、オズリーブスの諸君?」

「てめえら‥‥っ」
怒りに震えた黄龍がぐっとチャクラムを引いたが、それを黒羽が制した。今は輝の手当が先だ。相手がショー気分でいるなら、それはそれで利用すればいい。
「ほう。情報通り冷静ですね、ブラックリーブス? だけど、赤星にくっついてるようじゃ、あんまり頭はよくないな」
的場がくすくすと笑った。黒羽は両の手のひらを上に向けると、ちょっと肩をすくめた。
「かもな」
その所作に、二人の異界人は高らかに笑うと、すっと消えた。


赤星が輝の身体を抱えてがくりとへたり込んだ。赤いスーツがすっと解除される。
「‥‥きら‥‥、あきら‥‥っ」
震える声で呼びかける。鼓動も息づかいも身体越しに伝わってくる。だが華奢な身体は意識を失ったままだ。既に着装を解いて膝をついた黒羽が、輝のリーブレスにスーツの解除コードとパスコードを打ち込んだ。そして痛むほどにぎゅっと赤星の腕を掴んで言った。
「坊やを車に乗せろ。お前もだ」
赤星は無言で頷くと輝を抱えて、黒い車の後部シートに乗り込んだ。

黒羽が黄龍にかるく合図すると車をスタートさせる。見送った瑠衣が、輝のマウンテン・バイクに歩み寄り、それを起こした。
「大丈夫かよ、瑠衣ちゃん?」
「うん。赤星さんのバイクはしょうがないよね。あとでこよ?」
「ああ 気をつけろよ」
瑠衣は黄龍のマネをしてサムアップをすると、緩やかな坂を一足先に下っていった。

黄龍は、曲がった2本のトンファーを拾い上げる。ぶつけ合わせたらカンと澄んだ音がした。グリップの状態に戻そうとしたが、うまく戻らない。諦めてベルトにさすとジャケットで覆った。それから芝生に足を踏み入れ、転がったままの赤星のバイクを起こすと端に寄せて、キーを抜いた。

あの男の赤星への憎しみは、徹底的に煮詰まって、どろりとした薬液のように感じられた。憎まれることに免疫のない赤星が対処しきれず、仲間とあの男の板挟みでもがいているのも、赤星の気持ちに共感して、それを尊重したいと思った輝も、どちらもらしくて、やりきれなかった。

「シンドイ話だよな‥‥」

声に出したその一言が、輝のためなのか、赤星のためなのか、はたまた、あの的場という男のためなのか、黄龍にはよくわからなかった。



ルームミラーに映る輝は、赤星の肩にもたれたままぴくりとも動かない。色白の顔に少し日焼けした鼻先と頬の赤みが目立って、意識のない輝を余計子供っぽく見せていた。赤星は大きな掌を輝の頭に添えて、深くうなだれている。すまねえ、というかすれた呟きが黒羽の耳を打った。少し躊躇う。自分でもわかっているはずだ。だが、言わずにいられなかった。

「赤星。いくら恨まれてようが、お前がやられて話が収まるってもんじゃあるまい」
「‥‥そんなんじゃ‥‥。俺‥‥ただ、ちゃんと話したかっただけで‥‥」消え入りそうな声だった。
「怪物を相手にするからオレ達は5人いる。そのために武装もしてる。お前は自分が勝つ自信もないくせに、奴を怪物と割り切る覚悟もなくて、それなのに一人で向かっていった」

ミラーの中の赤星が目を伏せた。黒羽は静かな声で続けた。
「勝負始める前から負け犬になってるお前なんざ、オレは見たくねえ。自分を護れて初めて他人を護れるって、坊やにも瑛ちゃんにも、そうやって教えてきたのはお前だろう。お前が自分を捨てるとすりゃあな、お前は仲間のことも捨てることになるんだぞ」

赤星はこっくりと頷いた。心の奥まで突き通ってくるような声音に返す言葉もなかった。


だが‥‥。自分はいったいどうすればよかったのだろう。

墓地で会った時から、勝てないと思っていた。

方向がどうあれ‥‥あいつは極め続けてたんだ。自分の拳の道を‥‥。

そしてその向きを変えさせたのはこの俺で‥‥。


俺は‥‥‥‥‥


2002/7/16

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