第25話 下弦の月
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「しかし‥‥新型のブレードだってのに、マジで"刃"が立ってねえ‥‥‥‥」
赤星10回以上も繰り返した4人のモニターログをまた見直している。たまたまアラクネーやホーネットに拘らう時間が長くて、アトリスの動きを見る時間が少なかった。直接やり合うのが一番だが、映像を見るだけでも相手のリズムがなんとなく分ってくる。
黒羽の剣さばきはいつもながら見事だ。敵の鋭い爪をかいくぐりながら、素早い切っ先が関節部などの弱点に的確に入っている。それでも亜麻色の巨大なトカゲはびくともしない。

今コントロールルームに居るのは、赤星と葉隠だけだ。黒羽はアトリスにやられた西条と早見の見舞いに行っている。客観的に言えば不可抗力なのだが、赤星だとて申し訳ない気持ちがある。ましてやその場に居合わせた黒羽にしてみれば余計そうだろう。だが一方で、着装した黒羽を庇ってくれようとした彼等の気持ちはとても有り難かった。

黄龍、輝、瑠衣の3人は休んでくれている。ずいぶんとヘヴィな状況になりそうだ。こんな時には効果のある指針を明確に示すことが大切だと赤星は思っていた。ただでさえ疲れている時に、迷いのムードが漂ったら精神の方が持たなくなる。あらゆる可能性とヒントを頭に叩き込まなければ‥‥。

葉隠は赤星の隣で別のモニターを操作している。拾ってきたアトリスの放出物に圧力をかけて破壊している映像が映った。
「外部に放出して固まったものは普通の道具で割れる。なのにヤツの皮膚はそうはいかん。たぶん皮膚表面に別の成分があって、混合されることでより硬くなるんじゃろうな」
「尻尾のほうを切られたのは、わざとなんですかね‥‥?」
「その可能性はあるじゃろう。現に黄龍君にずいぶんなハンディを喰わせてくれたからの」

「‥‥にしても‥‥。黄龍も瑠衣もたいしたもんですよ」
赤星は、さっき見たばかりのモニターログを思い出してにやにやと笑った。自由に動けなくなった黄龍は、瑠衣に囮になるように頼んだのだ。アトリスがこっちを向くようにしむけてくれと‥‥。そして、瑠衣はジャストその要求に応えた。

「あら。輝君だって凄いわよ。あのフェミニストの輝君が、炎の中で立ちすくんだ瑠衣ちゃんを、なんとか励まして連れて行っちゃったんだから。二人ともあなたよりわかってるのかもね?」
入り口から有望の声がした。苦笑して頭を掻いた赤星にいたずらっぽく微笑みかえすと、そのまま近づいてくる。いつもレディファーストの田島が後ろから続き、ドアが閉まった。

「どうじゃったね?」
葉隠の問いに田島が口を開いた。
「博士の予想通り、弱点は熱と振動を同時に加えることでした。これを見てください」
田島がコンソールを操作して録画映像を出す。亜麻色の物体にバーナーで熱を加え、そこに細かい振動を与えると、細かいヒビがはいってくる。その物体を軽く床にぶつけると、固まりは砕け、中から黒羽のブラスターが現れた。

「すげ‥‥。これ、ホンモノもこんな程度で効くんですか?」
赤星が目をぱちくりしながら聞いた。
「さすがにこの程度じゃダメらしい。例の尻尾の先っぽ、筑波大でも色々調べてくれてね。作戦としてはフレームモードで熱して、低周波音を流し込み、衝撃を与えれば‥‥って感じで‥‥」

田島が有望をちらりと見た。有望が頷くと続きを説明する。
「それで、マジカルスティックの駆動部分を一時的に低周波音振動の発生装置に置き換えたの。ピンクスーツなら、フレームモードの熱に耐えられるわ」
「え。ちょっと待て、有望! 瑠衣に炎を浴びせる気か!?」
赤星が目をむいて、抗議の声をあげた。

「熱と低周波音振動は同時に与えないとならない。グリーンスーツでもぎりぎりなんとかなるけど、ピンクスーツの方が安全なの。あなた達のスーツも確かに一度、耐熱強化をしたけど、せいぜい耐えられるのは1000度で1時間。ピンクスーツのようにはいかないもの」
「そっか‥‥。しょうがねえな‥‥。で、あとはぶん殴りゃいいんだろ?」
「レッドやブラックのスーツじゃ、ちょっと火傷しそうね‥‥」
「キッチンミトンならたくさん買い置きがあるんじゃがの。持ってくか、竜?」
「博士〜〜〜」

デスクにオーバーにこけた赤星の眼差しが、パネルを見上げた途端、いきなり真剣な色を帯びた。がばっと起き上がるとコンソールに大股で近寄る。その時には他の3人も、赤星の行動の意味がわかった。

5つのモニタの上にそれぞれある、リーブレスの状況を示すランプ。

黒羽のそれは完全に消えてしまっていた。


===***===

髪の中を抜けていく空気の流れが心地よい。岩山の中の、それこそ猫の額ほどの草地には、様々な植物がゆらゆらと揺れている。高い鳴き声が聞こえて、例の大きな鳥かと空を仰いだが違ったようだ。鎧を全て脱ぎ捨てて全身で風を浴びたいと思ったが、さらうように連れてきた息子が目覚めた時に礼を失すると思ってやめた。

草地に座り込んだ黒い鎧の男は、手の中の小さな器械を再びひっくり返してみた。たぶんオズリーブスの通信機だと思われる。あの時。レッドリーブスだった男も、この器械に色々話しかけていた。
二人きりの会話をジャマされたくなかったのでワープの前に取り上げたら、はずみで動力が切れてしまった。そのあと少々いじくりまわしてみたのだが、うんともすんとも言わない。一度オフにしたリーブレスが指紋照合を行わない限りオンにならないことなど、スパイダルの参謀が知る由もなかった。

ブラックインパルスの右手側にはいつも彼が着ている黒いマントが延べられていて、気を失った若い男が横たわっている。愛用しているらしい帽子も胸の上にそっと置いてあった。軽くこちらを向いた寝顔に、時々、気まぐれな風が髪を吹き散らす。数度掻き上げてやったが目を覚まさなかった。少し強く打ちすぎたかと心配になったが、その身体は穏やかに息づいている。剛胆な色を失わない瞳は今は閉ざされて、そこには、昔、飽かず眺めた幼き者の面影が確かにあった。

不思議な感覚だ、とブラックインパルスは思った。

暗黒次元の強者達と比べればずいぶんと脆い肉体とはいえ、これだけ強靱な精神力を持った存在をどこか庇護したいと思うのは何故なのだろう。これが子供というものなのだろうか?


遙かな長い間、男にとって家族とはまったく意味のないものだった。戦いと、勝利と、そして皇帝の理想のために働いているという満足感。それが男の全てだった。かつて地球に降りた時も、その豊かな風景に感心しながら、この世界も最終的には皇帝の作る理想郷の一つとなるのだと勇みたったものだった。

それがいきなりの衝撃に巻き込まれ、次に気が付いた時は、まったく知らぬ衣服に身を包み、見たことのない場所にいた。紆余曲折の後、やっと暗黒次元に戻って初めて、7年もの歳月が流れていたのを知った。自分がどこで何をやっていたか、思い出そうとしてもひどい頭痛に悩まされるだけだった。だが当時の四天王たちを始めとして、何より皇帝自身が元通りに自分を迎え入れてくれたし、こうなっては過去にこだわるのは愚かに思えた。復帰したブラックインパルスは今まで以上に職務に励むようになった。

生粋のスパイダル貴族から選ばれることが常だった四天王だが、世代交代を機に、スプリガンのような傭兵上がりや、ゴリアントのような異形も登用された。貴族達の中には眉をひそめるものもいたが、公平な実力主義は民衆に圧倒的に受け入れられる。帝国参謀ブラックインパルスの名は、多くのシチュエーションで好意と共に人の口端にのぼり、それはそのまま帝国の活力の源となった。


全てが軌道に乗ってかつてのように回り出した頃に、男は少女と出会った。未来と過去を夢に見るという、黒い髪、黒い瞳の少女に‥‥。

それが全てのきっかけだった。アラクネーの黒い瞳を覗き込むと、そこには様々な情景が映っては消えた。

幼い少年の黒いつぶらな瞳にも無垢な信頼と敬慕がこれでもかというほど込められていた。それがよたよたと危なっかしい足取りで一心に自分に駆け寄ってくる。その側にはいつも、物静かな美しい女。過去のない自分をひたすらに見つめていた。

波のまにまに浮かんではまた沈む漂流物のように、記憶の断片が、男の中をたゆたい始める。

ふわふわと頼りない赤子の細髪。柔らかい頬ずりの感触。ほのかに甘い懐かしいような香り。何が嬉しいのか、ころころとひたすらに両手の中で笑い転げている。手足をばたばたさせて‥‥。
鈴の音のようにか細いのに、ゆったりと、しっかりと、こちらを包むような不思議な女の声。腕の中にすっぽりと収まってしまうその細腰や薄い肩の手触り。手品のように結い上げた長い髪がほぐれ、磁器のようになめらかな躰に艶やかにまとわるその刹那‥‥。

それらは、リアルな感覚を伴って、男を、時には甘美な空気で包み、時にはひどく戸惑わせた。


いくら記憶を失っていたとはいえ、なぜ自分が伴侶を得、子をなしたのか、男にはわからなかった。女と子供を思い出すたびに心に浮かぶこの感情がなんであるのかも、男にはわからなかった。そして何より、この疼きをどうしたらいいのかが、わからなかった。ただ一つわかっていたのは、この不安定さを誰にも知られてはならないということだった。

好むと好まざるとにかかわらず、自分はスパイダルの要であった。何より、皇帝陛下の最も忠実な僕なのだ。あのお方を失望させることなどあってはならない。物心ついた時から、あの高貴な声は、決して身分の高くなかった自分を折に触れて訪れ、励まし、時に諫め‥‥常に見守ってくれて‥‥。それに導かれるままにやってきたのだから‥‥。

この世界は、所詮スパイダルのものになる。そうなった暁にはオズリーブスはどうなるのか。大人しく従うならいいが、でなければ‥‥。秩序を守るためには処刑するしかなくなる。だいたいその時までに連中が生きている可能性は低い。そうなる前に、ぜひともこの息子を自分の部下にしてしまいたいと、ブラックインパルスは思っていた。


===***===

警察病院の駐車場のはずれに黒羽の車を見つけた。きちんとロックされていて手がかりになりそうなものもない。赤星は思わず黒いルーフに拳を打ち下ろしてしまってから、慌てて首を傾げてヘコませなかったかどうか確認した。こんなことで愛車を殴ったことがバレたら文句を言われるに違いない。

ちょうど黄龍達が起き出してきたので、今まで判明したことを全部説明して、お互いに意識のすりあわせをした。そのあとちょっと見舞いに行ってくると基地を後にした。三人には黒羽には別の調査を頼んだと言ってある。事実がわかっていないのに余計なことで混乱させたくなかった。

黒羽が西条と早見の処を訪れたのは、今、確認してきた。そして黒羽のリーブレスがオフになったのはその10分後だ。黒羽がいつもの病気で電源をオフにしているとは考えられない。この状況でそんなことをするはずは絶対になかった。この見舞いだってきちんとこちらに了解を得て来たのだ。いつもなら照れくさがって、行き先なんぞ言ってくれなかっただろう。
だが、他に、リーブレスがトレースできなくなる理由も思いつかない。事件や事故に巻き込まれたにしろ、あの黒羽なら連絡する余裕ぐらいあるはずだ。都会のど真ん中に例の空間ができていることもないだろう。まず真っ先に携帯電話が通じなくなって騒ぎになる。

黒羽の行方知れずも、普通は便りがないのはなんとやらで済ませられる。でも、胸騒ぎがする時は、たいてい何かあるのだ。相手がヤバイ筋の人間だろうが、スパイダルだろうが、同じだ。

赤星は意味がないと知りながら、黒羽の姿を求めてあたりを見回した。

自分が黒羽のことを心配するのはお門違いなのかもしれない。だいたい黒羽の方が人のことも世の中のことも、ずっとよく知ってる。精神力だって上だ。格闘にしたって、まあ、完全に素手なら3本に2本は取る自信があるが、なんでもありの状況になったら勝ち目は半分かそれ以下になるだろう。

それでも黒羽のことはどうしても気になる。その理由は赤星自身にもうまく説明できなかった。

黒羽には家族がいない。

母はいる。だが、黒羽は二度と会いにいくつもりはないのだろう。あの時は自分があんなに浮かれたせいで、黒羽を余計傷つけた気がする。親は、無条件に子供を受け入れるものだと、思っていた。
実の父親は母親が家を出る少し前にやはり行方不明になったのだという。そして大学に入る直前、育ててくれた飛島大門氏を事故で亡くしている。どれも事実として聞いただけで詳しいことは知らない。

それでも飛島大門氏の一人息子である飛島四郎という男のことだけは、よく黒羽の口端に昇り、ああ、こいつにもそんな"兄弟"がいたんだと嬉しかった。実際会ったらよくもまあこんなヤツがいたもんだと呆れるほど黒羽の友達としては最高の男で‥‥。それが‥‥その日のうちに‥‥死んだ。


自分が見てきたものを見て、何を感じてきたかを感じて、語り合って、好かれて、好いて‥‥‥。小さい頃からそうやって一緒に生きてきた人間が、今の黒羽にはいない。「人は所詮一人」というのは真理かもしれないが、一人で立てる強さがあることは、一人で生きていけという意味じゃない。

だからせめて。

せめて心配ぐらいしたい。黒羽が嬉しい時は一緒に喜びたいし、困っているなら何を置いても助けたい。寂しいなら側にいてやりたいし、哀しいのなら‥‥。せめて、今、あいつが哀しいということを知っていたい。それ以上、どうすることができなくても‥‥‥‥。いつか、飛島のように、黒羽が何にも言わなくても黒羽のことがわかってやれるようなヤツが現れるまでは‥‥。


溜息をついて、自分のバイクに戻りかけた時、赤星のリーブレスが振動した。

「こちら、赤星!」
「隊長! 例ノ怪人デス。ぽいんとC7!」
サルファの声が聞こえる。赤星は走り出しながら、リーブレスに怒鳴り返した。
「了解! 全員出動! 俺も現場に急行する!」


===***===

うっすらと眼を開いた時、白くかすんだ背景の中に人影が浮かび上がった。
「健。大丈夫か? いきなり悪かったな」
いつまでも聞いていたくなるような深みのある声だった。
「‥‥お父さん‥‥」
片方の肘をついて頭を起す。まだぼやけた感じの頭を軽く振り、そこでやっと視界が安定した。

「!」
飛び起きた黒羽はだっと後方に飛びすさっていた。その目は驚きに大きく見開かれている。黒い鎧を見据えたまま、左手を素早く胸に引きつける。だが、右手はダイレクトに自分の腕を掴み、黒羽は思わず空の左手首を見やった。

「これか? 健‥‥」
ブラックインパルスが小さな器械を黒羽に示した。黒羽は唇をぐっと噛みしめると、スパイダル参謀に握られたリーブレスと、兜を脱いだその素顔を交互に睨み付けた。
「‥‥‥どういう‥‥ことだ‥‥。‥‥なぜ‥‥っ」
食いしばった歯の間から、かすれた声が押し出される。

「落ち着きなさい、健。察するにこれは戦闘状態になるための道具も兼ねているようだな‥‥。安心するがいい。少し預からせてもらうだけだ。お前と二人だけで話がしたいのだ」
「‥‥てめえと‥‥話すことなんかねえ! なんで‥‥。親父に化けやがって‥‥!」
「健‥‥。お前は私の息子だ。だから、お前を、迎えに来た」
「‥‥この‥‥。‥‥バカも、休み休み‥‥‥‥」

「冴はどうしている? 私が急にいなくなって、さぞかし驚いたろう。本当にすまないことをした。お前と一緒に拾った子犬は‥‥‥‥そうか、もう、寿命だろうな。小さなお前は、なぜか八五郎にすると言い張った。冴も苦笑していたっけ。よく連れて行った海を覚えているか?この前、この世界に来た時に行ってみた。お前がブラックリーブスだと知った日だ。海辺はだいぶ汚れた感じになっていたが、鳶は相変わらず飛んでいたぞ‥‥」

自分の口から滑らかに当時の情景が流れ出すのを、当のブラックインパルスでさえ少し不思議な感じで聞いていた。息子が気がつくまでの間、その寝顔を見ている間にわき出す泉のように思い出が溢れてきていた。
「私は30年前、3次元攻略の先鋒としてここに来た。だが、機体のトラブルで海に墜落したのだ。打ち上げられた私を見つけてくれたのが冴だった。出自も使命も、一切の記憶を無くした私は、冴と共に暮らし、お前を授かった。だが、再び私は事故に遭い、スパイダルに戻ったのだ。かわりにお前達の記憶を失って‥‥‥‥」

黒羽は愕然とした表情で語り続ける男の顔を見ていた。そのうちに腕が力無く垂れ下がり、よろりとその身体が崩れた。ぺたりと座り込むと、両手を地につき、数度、首を振った。
「‥‥そんな‥‥。そんな‥‥ばかな‥‥」

信じられない。ブラックインパルスが、スパイダルの参謀であるこの男が、23年前に行方知れずになった自分の父親だというのか?

だが、男の言葉は疑いようのない二つの真実を語っていた。

飛島家まで連れて行った八五郎は14年の天寿を全うした。茶色の雑種で賢い犬だった。好きな時代劇があってそこに出てきた下っ引きの名前をつけたのだ。あの海もよく覚えている。岩場に色々な生き物がいて、父も自分と同じぐらい興味深そうにそれらを見ていた。そして、鳶の声が聞こえるたびに、父は空を見上げた。父と母が初めて出会った場所なのだと言っていた。
こんなこと飛島だって知らない。目の前にいる男が、父か母から話を聞いてきたのでない限り、この男が‥‥。なによりこの顔。写真とまったく同じだ。自分によく似ている。小さい頃から「お父さんにそっくりね」と言われると、意味もなく嬉しかった‥‥。

だが、目の前にいるのがスパイダルの参謀であることもまた事実だ。『この前、この世界に来た時』‥‥なんて普通は言わない。考えてみれば20年以上経ってこんなに変わらない人間なんているわけがない。あの日‥‥確かにコイツの前で着装を解いた。最初会った時からブラックインパルスの動きがぎこちなかったのも、この次元に慣れなかったからじゃない。気付いていたんだ、オレのことを‥‥‥。オレたちを逃がしたのも、ぜんぶ‥‥‥‥。


‥‥いつか‥‥。‥‥いつか、逢えたらと思っていた。

一緒に暮らしたいとかそんなことじゃない。もし、縁あって逢えるのなら、父も母も、今、幸せなのかどうか確かめたかった。今、自分が、こうして元気にやってることも知って欲しかった。そして、まっ白な真綿にくるまれた虹色の光のようなあの時間は、決して夢じゃなかったと実感したかった‥‥‥。

そう。あの時間は、確かに、夢じゃなかった。
今、この男の口がそう言ってる。オレの勝手な記憶じゃない‥‥。

「信じられないか‥‥。他の次元と行き来することのないこの世界では、やむを得んかもしれんな」
金属音がすると、野草を踏みしめて、視界の中に黒い脛当てが入ってくる。ふたたびがしゃと音がして、黒い鎧が片膝をついた。肩にそっと手が置かれる。素手の感触だった。黒羽はゆっくりと顔をあげた。穏やかな眼差しがそこにあった。

「健‥‥。私の息子よ‥‥」
いつまでも聞いていたくなるような、優しい声音だった。

そうだ。そして、これもまた、夢じゃない。

OZ本部を爆撃させ、多数の人間を殺傷し、次々と怪人を送り込み、仲間を闘いのただ中に放り込み、そして今、寄生虫をばらまいて多くの弱い者たちの命を危険にさらしている。

その張本人が‥‥自分の本当の父親だった‥‥‥‥。


2002/10/21

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background by La Boheme