第25話 下弦の月
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がちゃり、という聞き慣れた金属音がして、ゴリアントは思わずラボの入り口を振り返った。
「‥‥へっ? し、司令官!?」
ブラックインパルスは礼儀正しく入り口で立ち止まったまま訊ねた。
「入っていいか?」
「‥‥も、もちろんでさぁ!」
つかつかと入ってきて大きなケースに近寄る上司の横顔を見上げながら、こいつは相変わらずひと味違うぜ、ゴリアントは思った。

この空間は歪みが激しい。暗黒次元の標準的な人間では"辛い"のだ。ただでさえ恐れられ、蔑まれているモンスター軍団の居住区に、そんな負担をかけて来ようと考える者はめったにない。その上ゴリアントは居城を持たない。寝泊まりは師団長たちがとぐろをまいている本部なのだが、ラボはあちこちに点在している。というより研究はやりたいヤツにやらせるので、そいつのいる場所がラボになった。ブラックインパルスはモンスター達に訊ねながらここまでやってきたのだろう。

だいたい参謀がこの男でなければ、自分が四天王に取り立てられるはずはなかっただろう。面白みのない仕事の虫だが、ゴリアントにとって、ブラックインパルスは、モンスター軍団の未来を開拓する最高の一手だった。今はこの男に付いていくのがいい。

こいつ自身に、勝ち抜き、生き抜き、切り開いていく才覚と野心と力があり続けるうちは‥‥。

「凄いものだな‥‥。ここまで来るのにどのくらいかかった? いったいどうやったのだ?」
ブラックインパルスは興味深げに、透明な棺のようなケース内に横たわる朱色の身体を見下ろして言った。腹部の上下運動がそれが生きていることを示している。左右に投げ出された両前腕にはびっしりと長い剛毛が密生している。それはかつて三次元に降り立って戻ってこなかったアモクの姿だった。

ゴリアントが怪人の再生をすると言ってきた時にはまさかと思った。こうやって目の前に横たわっているのを見ると、クローンを取っておいただけではないのかと思うほどだ。
ゴリアントの口元が得意そうに歪むと、ラボの奥を指さした。そこにはアモクと同じような棺が4つ並んでいる。中には白い人型が入っているようだが、その表面は4体それぞれ違う形と色合いにうようよとうごめいていて、いささか気味の悪い眺めだった。

「ゴルリンでさ」
「ゴルリン?」
「なんつったらいいですかね。とにかくそれに冷凍保存してあったアモクの細胞を植え付けるとこうなるんでさ。もちろん、生きてるヤツとっつかまえて改造するよりずっと早くにねぇ」
「ほう‥‥。で、今ここにいるのは、アモクなのか?」
「いや、あくまでアモクの外見と能力を持った人形でしてね。命令してやんなきゃ、動けもしねぇ」

「そんなことでまともに戦えるのか?」
ゴリアントは一転不満げに鼻を鳴らすと、小さな電子機器を取り出してみせる。
「だーからこのスプリガンのチップが必要になってくるんで。ったくアタマくる。ねえ司令官。ヤツに、まとめて買うんだから、もうちょっとまけろって、ナシつけてくれやせんか?」

ブラックインパルスは思わず笑ってしまった。
「わかった。スプリガンとは交渉してみよう。それで、このものの力はどの程度なのだ?」
ゴリアントは人差し指の長い爪で、かりかりと頬をひっかく。
「はっきり言ってアモクよりぁ弱いです。つーか、ゴルリンはゴルリンの力しかねぇんでさ。こんな合成人形にオレらモンスター軍団のパワーは持てませんや。ただ‥‥」
「ただ‥‥?」
ゴリアントは下卑た笑いを浮かべた。
「あのタカビー野郎や、小娘の手下なら、逆にマトモになるこたぁ請け合いでがす」

ブラックインパルスは苦笑すると一方の棚を見やった。そこには円筒形の容器が4つ並んでいる。そのうち3つは科学庁に保存されていたシェロプとアラクネーの部下の細胞。自分の一存でゴリアントに渡したものだ。スプリガンの怪人は生体ではないのでこういう形で再生することはできなかった。奥にある4体のゴルリンはそれらの細胞を植え付けられて変化している最中のようだった。

「ゴリアント。あと4体、どのくらいでできる?」
「ま、個体差はありますが、一週間あれば。並行して培養できるのも"これ"のいーとこでしてね」
「確かにな‥‥。それと、アトリスは‥‥」
「すぐ呼べますが、連れていきますかい?」
「よければお前も来てくれ。状況を説明する」
「へい!」


===***===

シェロプは少々慌てて中央作戦室に入った。誰もいないのを確認してほっとする。先ほどの新参謀との会見の様子を思い出して、少し鼓動が早くなるのを感じた。

ファントマ新参謀はごく親しげに話しかけてくれて、あろうことか素顔を見せてくれたのだった。こちらを買ってくれている証拠だ。高貴な顔立ちだった。なまじ手を加えていないのが、よけい血筋の良さを感じさせた。その上彼は皇帝との顔合わせも約束してくれた。

キミは不当な評価をされているようだ、とファントマは言った。
そうだ。あいつはいつまでもこちらを認めようとしない。どうせ働くなら、もののわかった人間の下で働きたい。‥‥悪いのはブラックインパルス。あいつの方だ‥‥‥‥。


金属音と爪で床を引っ掻くような音がして、ブラックインパルスとゴリアントが入ってきた。シェロプは黒い鎧が最奥の定位置に付いたとたんに口を開いた。
「これは司令官殿。しばらくお姿を拝見しませんでしたが、どちらへ?」

この男が三次元に行っていたこと。スプリガンとアラクネーに命じて色々やらせていたこと。そして、OZのパイロットを捕獲しながら逃がしてしまうという失敗をやらかしたこと。ファントマから全て聞いてはいるが、ブラックインパルス本人の口からは何も聞かされていない。ただ、今は自分の手の内を明かすわけにはいかないから、せめてもの嫌味だった。

「すまなかったな、シェロプ。何も言わずにあちらに降りてしまって。だが、どうしても自分の目で確認したいことがあったものでな」
ブラックインパルスは素直に詫びの言葉を口にすると二人に向き直り、すっと姿勢を正した。

「シェロプ、ゴリアント、これ以上、地球攻略に時間をかけるわけにはいかん。我々の総力を結集して作戦を進める。まず恒久的な次元回廊を作り上げようと思う」
「方法が見つかったんですかい!?」
ゴリアントが驚きの声をあげる。ブラックインパルスは頷くと、片手に乗るぐらいの小さな機械を取り出した。

「ディメンジョン・クラッカーの三次元用の試作品だ。これは私のラボにある暗黒次元用のクラッカーとペアで動き、双方の機械が引き合うように空間を歪めて人工的な次元回廊を開く。今現在も、自然に開いた回廊を2日程度は固定化できているし、技術も向上している。開通と安定化の両方の手段を手に入れれば、恒久的なルートが確保できる」

「じゃあ! スプリガンのヤローがあっち行ったきりになってるってーのは‥‥」
「そうだ。これの実用規模のものを作っている。そして地球の連中に基地を探査されんためのシステム作りもな」
「くっそー、多少機械いじりができるからって、肝心なとこ持ってきやがって! あいつは‥‥!」

吐き出すように喚き始めたゴリアントを、ブラックインパルスが遮る。
「やめよ、ゴリアント。各自が自分の任務に注力して協力し合えば、ここまで侵攻が遅れることはなかったろう。お前には再生怪人の育成という画期的な役割があるではないか。次元回廊が開通したら、今作っている5体の怪人を全て送り込んでもらうつもりだ」

「再生怪人ですと? その上5体とは‥‥?」
今度はシェロプが不思議そうに言う。製造するのに時間がかかる怪人を、ゴリアントが一挙に5体も準備できるなど、考えられないことだった。そのうえ、再生だと‥‥? 
ゴリアントが得意そうに背伸びをしてシェロプを見上げた。
「へっへっへっ、お前んとこの負け犬クワンガーもオレっちがまともに作り直してやるぜ」
「クワンガー‥‥? マルキクワンガーのことか! 司令官、これはどういうことです!?」

「ゴリアントがゴルリンと呼ばれる人工生命体の開発に成功したのだ。ゴルリンはそれだけでは、力があるだけの戦闘生物だが、怪人の細胞を埋め込むとそれを培養して怪人の外見と能力を得る。すでに倒したと考えている怪人達が現れれば、それだけでも敵を混乱させることができるだろう」

「お待ち下さい! 誇り高き暗黒怪魔人マルキクワンガーを、たといその姿を映しただけとしても、こやつらのようなモンスターといっしょくたに扱うなど、私には承伏できません!」

「シェロプ! その言葉、スパイダル全軍の最高司令であるべき四天王のものとも思えん!今、我々が為すべきことはいったい何か! 皇帝陛下は何をお望みと心得る!?」
ブラックインパルスの鞭のような言葉にシェロプはぐっと詰まった。皇帝の名前を出されては、反論しにくい。それに‥‥今は‥‥‥‥。

シェロプは面を伏せた。
「申し訳ありません。この重要な局面に浅薄なことを申しました。私とて、何をおいても皇帝陛下の御為にと、それだけを考えております」
黒い兜が満足そうに頷く。シェロプはゴリアントに向かっても軽く頭を下げた。
「突然だったので驚いた。考えてみれば、あの能力がまた生かされるなら喜ぶべきことだな。私も楽しみにさせてもらう」
ゴリアントはでかいものを丸呑みした時のように、赤い目をぱちくりさせて胸を叩いた。

ブラックインパルスが一転穏やかな声で命令を下した。
「もうしばらくすると、再び次元回廊が開く。私はアトリスを連れて地上に降りる。ゴリアント、再生怪人の製造を頼むぞ」
「へい!」
「シェロプ。私の留守の間ラボの管理を任せる。地上での準備ができ次第、回廊を開く。こちらの指揮をとってくれ」
「はっ」

シェロプは右手を胸に当てて敬礼しながら、内心してやったりとほくそ笑んだ。ブラックインパルスは、皇帝の名の前には、全ての者が他意を捨て去り、滅私奉公すると考える愚か者だった。自分だとて、暗黒次元の全てを司る皇帝Wの為には身を惜しまず働く。だがそれは名声が伴ってこそだ。

次元回廊の設営法。それこそ、ファントマ新参謀が最も知りたがっていた情報だった。


===***===

「ひょー!! べっぴんなねーちゃんだーな!」
なんとか機能するまでこぎつけた新しい前線基地に、だみ声が響いた。ブラックインパルスと共に初めて三次元に来たアトリスは、アラクネーを見たとたん、そうのたまったのだった。

「こんなねーちゃんが、役に立ってるのかぁ?」
全身亜麻色で妙に大きな頭がどこか滑稽な感じではあったが、いつもの長衣を脱ぎ捨てて基地の準備のためにスプリガンを手伝っていた痩身は、とんでもない挨拶に思わず固まってしまった。
「き、貴様‥‥」

「こーんな細っこいカラダで、ホントに役に立って‥‥」
「触るな、無礼者!」
アラクネーの篭手からひゅんと糸が放たれる。しかしそれが太い首に巻き付く寸前に、長い舌が糸を受けとめると、べろりと巻き取って食べてしまった。

「ハハハ‥‥! こりゃ、なかなか! おもしれーヤツじゃねえか!」
いつも物事に動じない少女が思わず身を引いたのを見て、スプリガンは笑いをこらえきれなくなった。
「笑うな、スプリガン!」
いきり立つアラクネーの脇で、アトリスはげへへ‥‥と声をあげた。口がにぃっと耳に向かって裂けて白い短めの牙が覗く。笑っている‥‥ようだった。

ブラックインパルスの黒い手袋がしばし目庇のあたりを押さえた。ゴリアントの部下はまったくもって種々雑多だ。この若い四天王達が、自分の部隊以外の者を使うのは初めてだが、今はアラクネー以外に、アトリスと動ける者はいなかった。

「アラクネー。それにアトリス」
「はっ」
「はいな、親分!」
帝国参謀への返事としては気さくすぎるその言い方に、アラクネーがまた目をむいたが、ブラックインパルスは目顔で気にするなと示した。
「お前達は、次元回廊が開くまで、オズリーブスを引きつける囮になってもらいたい。アトリスは必ずあの連中を釘付けにするはずだ。アラクネー、うまくフォローしてやってくれ」

アラクネーの返事が一呼吸遅れたすきに、アトリスが大声で喚いていた。
「おう! じゃあ、ねーちゃん、よろしくな!」



少しおかんむりだったアラクネーにも、アトリスの能力は恐ろしく聞こえた。言葉遣いの下品さにはまいったが、本質的には協力的なこの怪人を連れて、アラクネーは夜の闇を翔んだ。

とっぷりと暗くなった都会のビルの屋上から、いったい何が飛散していったか、知っているのは異界の4人だけだった。


2002/10/1

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background by La Boheme