第25話 下弦の月
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ブラックインパルスは、兜を小脇に抱え、いつもの空間に向かって片膝をつき頭を垂れていた。"そこ"にはまだ、スパイダルの皇帝が存在していないことはわかっている。普段であればもう少し楽な態度で待っているところだ。だが、今、首領の忠実なる僕である帝国参謀は、跪かずにはいられない気分だった。

帝国の兵力は事実かなり疲弊している。だが3次元への通路が開いているこの時期を見送れば、次はいつ機が訪れるかわからない。地球時間にして30年前に訪れた好機は、不慮の事故とはいえ参謀たるこの自分が行方不明になるという失態のために立ち消えた。何があっても、今回だけは過ちを犯すわけにはいかない。

それなのに、新たな決意と共に地球に降り立ったその日に、あの空白の7年の間にもうけた息子に会うなどと、いったい誰に想像できたろう。そのうえその息子が、地球攻略の最大のネックであるオズリーブスの一員になっているとは‥‥‥‥。

黒羽、健。ブラックリーブス。

敵陣にただ一人捕えられながら怯えの一筋すら見せなかった。優れた体術と、極めて冷静な判断力を併せ持つ。血のつながりなど無くとも惚れ惚れするほどの男だった。あの幼い子供がなんと立派に成長したことか。隊長自らが単身乗り込んできたことを見ても、息子がオズリーブスにとってどれだけ重要な人間であるかよくわかる。そしてあの二人が、真実、命すら預け合っていることも‥‥。
あれを殺したくない。なんとかして部下にしたい。かといってコントロールしてしまったら、あの輝きは失われてしまう。だが、そういう人間ほど仲間を裏切ったりはしないものであって‥‥


―――自分はこの重要な局面で、いったい何を考えているのか。
こんな不安定な気持ちのまま皇帝の謁見を待つとは、なんとぶざまなことか。

(この次元‥‥お前には鬼門なのかしら‥‥)

暗黒次元を統べるスパイダル軍部の全権を預かるこの身が、この相手は鬼門などと許されるわけがない。皇帝の庇護の元、全ての"世界"に理想郷を広げる。そのために何がなんでも日本を手中に収め地球を手にいれて、三次元攻略の足がかりとせねば‥‥‥‥。


カツンと固い靴音がして、ブラックインパルスは思わず振り返った。

「殊勝だね、ブラックインパルス」
いつの間にか後ろに立っていたその男は、喉にひっかかるような笑い声をたててそう言った。肩章から流れている大きな衿のある白いマントは今日はかるく背後に払われ、しっとりと重みを感じさせる黒い軍服には襟章や肩章が溢れている。腿のあたりで少し膨らんだ下衣に膝まであるブーツという出で立ちだった。
男は大袈裟な所作で軍帽をとると仰々しく一礼してみせた。
「改めてよろしく。私が参謀ファントマだ」

短めの金髪に青い瞳を持った色白の顔は、参謀と言うには随分と年若く見えて、ブラックインパルスは少し驚いた。そのうえ生身に近い姿のままであることにも‥‥。スパイダルの貴族達はありあまる金にものを言わせ、若い時から外見そのものを作り替えていくのが常だった。シェロプの仮面のような白い顔も、今の彼の素顔なのだ。

ブラックインパルスは大袈裟な挨拶に軽い頷きだけを返すと、また視線を前に戻した。こういうどこかちゃらちゃらした感じのする男はあまり好きではない。皇帝が重用したのだから実力はあるのかもしれないが、前線で本当に役に立つのか疑わしい‥‥‥‥。

‥‥‥‥まあ、前線で役に立たなかったという意味では、今の私も同じか。

ブラックインパルスが自嘲的に唇を歪めた時、少しぞくりとするようないつもの感覚があった。左脇にファントマが片膝をついて身を沈める。跪いた二人の男の前の空間に、ゆらゆらとした虹色の歪みが生じた。
「‥‥ブラックインパルス。前線基地のほうは、どうなっていますか?」
スパイダルの‥‥いや、いまや暗黒次元の全てを統べる首領Wの声は、どのような時でも優しく甘やかだった。

「申し訳ありません。試験基地はオズリーブスに嗅ぎつけられ、破壊せざるを得ませんでした。しかし重要な機材は事前に運び出し、新たな基地に移設しました。電磁波透過システムもすでに完成し、我々の前線基地を電磁波走査で発見することは不可能です」

「おやおや。大事な報告が抜けてるんじゃないですかな?」
ファントマが顔をあげ、皇帝に向かって傲然と言い放った。
「ブラックインパルス参謀は、部下の捕らえたOZのメカとパイロットを取り逃がしたのです。たぶんそやつの手引きで、オズリーブスが乗り込んできたものと思われます」

告発された形になってもブラックインパルスは微動だにしなかった。ファントマはアセロポッドの中にスパイを放っていたようだ。だが、幸いにして肝心の部分には気付かれていないようだった。
「皇帝陛下。それに関しては面目次第もございません。全て私個人の過ちによるものです」
ブラックインパルスは静かにそう言って顔を伏せた。いたたまれぬような沈黙が続いたが、鎧の男は姿勢を崩さなかった。

「‥‥‥顔を上げるがよい、ブラックインパルス。お前の第一の目的は前線基地の敷設にあったはず。そちらが順調ならば、あとはなんとでも挽回できるでしょう」
「はっ‥‥‥‥」
ブラックインパルスの声に思わず安堵と感謝が混じった。一方のファントマは面白くなさそうにぷいとそっぽを向く。首領Wは構わずに言葉を続けた。
「これからの策は?」
「まず恒常的な次元回廊を構築いたします。現在、次元回廊の開通は成り行き任せですが、常にルートが確保できていれば作戦の進行状況の把握も、資材の投入も自由に行えます」

「ほう。次元回廊を発生させる方法が見つかったのですか?」
「はい。こちらと下界の双方から、同時にあるタイプの衝撃を与えれば、次元回廊が開くことが分ったのです。これをご覧下さい」
レッドインパルスが小さな装置を取り出す。首領Wの占める空間の色合いが、心なしか強くなった。
「それは‥‥?」
「ディメンジョン・クラッカーの試作品です。前回、私はこれを持って下界に行き、ラボの連中とあらかじめ調整したタイミングで作動させてみました。ごく短時間でしたが、確かにルートは開けました。あとはこれを大規模にすれば、実用に耐える次元回廊を造ることが可能でしょう」
「これで自由に3次元と行き来できると?」
「はい。それに、次元回廊を固定化する技術も日々向上しています。人工的に安定した回廊を造れれば、ほぼ恒久的なルートを手にいれたも同然かと‥‥」

「素晴しい!」
どこかはしゃいだかのようなその声音に、忠実な参謀は目を見開いた。首領Wがこのように感情を露わにするのは非常に珍しいことだった。男は胸を突かれる思いがした。

物心ついた時からこの高貴な声は、決して身分の高くなかった自分を折に触れて訪れてくれた。励まし、時に諫め‥‥常に見守ってくれて‥‥。それに導かれるままにやってきたのだから‥‥。
何があろうとも、このお方を失望させることがあってはならない。今は、全身全霊を込めて地球攻略のことを考えねば‥‥。

「‥‥そう、うまくいくのかねェ‥‥」
信頼と献身の空気を無下にするかのような驕慢な声が響く。ブラックインパルスが驚いたことに、皇帝の面前というのに、ファントマはおもむろに立ち上がった。右手に持った軍帽で顔を軽く扇ぐような仕草をすると、軍帽を持ったままブラックインパルスを指さした。
「この間の基地だって、あっという間にOZに嗅ぎつけられた。今度だって、またジャマがはいるんじゃないのかい?」
「心配は無用だ。アトリスを使う。彼等はそちらで手一杯になるだろう」
ブラックインパルスがぴしゃりと答える。

「それはけっこう。どうもあんたは謝れば済むと思ってるみたいだからね」
あまりにぶしつけなその言葉に、さしものブラックインパルスも思わず立ち上がった。黒い瞳が底光りして、嘲笑を浮かべたままの青い瞳を見据える。
「貴公、何が言いた‥‥」

「ファントマ。それ以上の無礼は許しません。お前はもうお下がり」
ブラックインパルスの言葉が終わらぬうちに、有無を言わさない首領Wの声が響いた。ファントマは肩をすくめると、舞台役者のように優雅な一礼をしてマントをばさりと払い、何も言わずに出ていった。

「あの者‥‥かえってお前のジャマになったやもしれぬ。この戦闘に対して真剣味を失いつつある貴族階級の者どもをなんとかしたかっただけなのですが‥‥」
首領の少し言い訳めいた言葉に恐縮しながら、ブラックインパルスは再び跪いた。ファントマが現れたことで自分はすっかり見限られたのかと不安になっていたが、まだ汚名をそそぐチャンスはあるようだ。‥‥というより、最初から余計なことなど気にせず、今まで通り、ただひたすらに進めばよかったのだろう。

「‥‥いえ‥‥。それは私の不徳の致すところ‥‥。お気遣いを感謝いたします」
ブラックインパルスは深く頭を垂れた。
「何があっても私のために、理想郷を作る手伝いをしてくれますね」
「もちろんです。皇帝陛下の御為にのみ、私は存在するのです」
いつもの言葉を口にしながら、ブラックインパルスは心の霧が晴れていくような気がしていた。


===***===

熱い鉛の壁で覆われた多目的な実験室内の様子は、内部の10カ所に設置されているカメラで余さずモニターされている。実験室の外で、葉隠は、手元のPCモニターに映し出される種々の測定グラフを睨んでいる。洵と有望はまた別のPCを覗き込んでいた。

実験室には赤星と黒羽がいる。着装した状態で組み合っているが、その動きはいつもに比べてどこかぎこちない。モニターごしに二人を見ている黄龍の眼差しは真剣そのもの、輝と瑠衣には少し心配げな表情が浮かんでいる。三人とも同じ実験をやっていたので、室内の状況がお気楽でないことはわかっている。その上、今、赤星と黒羽にかけられている負荷は先ほどの倍以上だった。


スパイダルが作り出す空間ではリーブグリッドが働かなくなる。これは大問題だった。黒風山ではなんとかなった。だが、次は‥‥? 空間を歪める技術はこの世界には無い。ワープ航法はまだまだフィクションの世界だ。爆破されてしまったスパイダルの基地は完全に岩と土に埋もれてしまって、データがない。黒羽が聞いたスプリガンとブラックインパルスと呼ばれる敵司令官の会話や、赤星と黒羽が目撃したマシンの状況だけが手がかりだった。

新型のアセロポッドも気がかりだった。戦闘記録の分析も行われたが、これといった弱点は見つからない。パワーもスピードも上がっていて、生身だとヘタすれば首の骨を折られかねない。特警はSATと連携して対応することになり、自身もその装備を手配した。こちらとしてはライフルなど配備されても使いこなせるのは黒羽と黄龍だけだ。一番効率的な対策はリーブラスターの強化だった。


こんな状況で彼等が立てた方針は以下のようなものだった。

戦闘が特殊空間内で行われる場合は、ジェネレータの破壊を第一義とする。その空間内で着装するために、葉隠は音波で空間の歪みを遮断することを思いついた。電磁波は進行方向に対して垂直に電界磁界が変化する。しかし音は進行方向と同じ方向に物理的に空気が振動する。つまり音は空気を圧縮したり引き延ばしたりしながら進んでいくわけだ。
この密度変化で身体を覆えばスパイダルの空間歪曲の影響から逃れられるかもしれないというのが、葉隠のアイデアだった。もちろん、まったく通用しないことも考えられる。だが、こうかもしれない、ああかもしれないと、悩んだり試行してみる時間はなかった。


「博士。二人とも心拍数が190近くなっています。血圧および脈拍にも揺らぎが見られます」
有望の声に、葉隠がマイクを掴んで引き寄せた。
「黒羽君、竜。気分はどうじゃ?」
<‥‥まだ、大丈夫ですけど‥‥。最高な気分ってワケには、いきませんね>
スピーカーから聞こえる赤星の呼吸は荒い。
「黒羽君は?」
<右に同じってとこですか‥‥。でも必要なら、続けられますよ>
黒羽も息の上がった感じだ。
「父さん、だめだよ。ドクターストップ。だって例の装置、出力を最大にしてるんでしょう?」
洵の言葉に頷いた葉隠は、マイクに向かって言った。
「二人とも一旦終わりにしよう。着装を解いて、スイッチを切るんじゃ」

赤星と黒羽が着装を解除するとベルトについている小さな装置のスイッチを切った。二人の耳には小さなイアフォンのようなものが入っている。髪の中から着ているTシャツの中に何本ものカラフルなコードが伸びていた。着装時の血圧や脈拍数はリーブスーツそのものにモニター機能があるが、脳波や心電図の類は計測できない。

赤星が汗まみれの額を腕で拭うと側頭部をとんとんと叩いた。右上腕を左手で揉みほぐすようにする。黒羽は黒羽で左手で首筋を軽く掴むようにして首を大きく回している。無意識の年寄りじみたお互いの仕草に、顔を見合わせて苦笑すると、実験室から皆のいる部屋に出てきた。


そう。プロテクトモード――音波による歪み遮断システム――には問題があった。システムに含まれる低周波音波は人体に有害なのだ。一般家電のモーターから発生するものでさえ頭痛や眩暈の原因になる。なのに低周波音の発生装置を身体に装着すれば、微細振動が身体を襲い自律神経の機能を低下させる。許される周波数範囲の中で、各人の身体にできるだけ共鳴を起さない周波数成分を調整したものの、動悸や息切れ、吐き気などの不愉快な神経症状を完全に抑えることは不可能だった。

この2週間、5人はずいぶんなハードスケジュールをこなしてきた。身体を低周波に慣らし、実験を続け、それでも着装できないことも考えて防護服を着用しての銃や戦闘の特訓もこなした。それでも一番ストレスになっているのは、そんな中でもいつでも出動できるように体調を整えておかなければならないということだった。やるべきコトが山積みの状態で、"寝るのも仕事のうち"というのは意外に辛い状況であった。

キツイのは科学者たちも同じだった。幸か不幸かオズベースでは2つのプロジェクトが同時進行していた。一つはバズーカとリーブラスターの強化だ。これは有望がリーブ粒子の新しい励起状態を発見したことから始まったもので、現在、新型リーブラスターの開発は既に実装段階に入ってきていた。

そしてもう一つが新型ロボットの開発だった。これはパリ本部から依頼され、田島博士を中心にかなり前から始まっていたものだ。
現在のリーブメカは単体で移動する時は石油系燃料を使っているが、合体してリーブロボになった場合はリーブエネルギーを直接の動力源としている。その制御のためにはリーブグリッドが必要で、5人は各自のシートのコネクタと自分のリーブレスを接続することでリーブロボを操縦していた。つまりリーブロボは、オズリーブスの5人がいなければ活動できないという弱点を抱えていたのだ。

ネオリーブロボは、新しく開発されたリーブダイナモを搭載することにより"リーブ粒子を使って発電された電気エネルギーによって"駆動する。これならばリーブレスがなくても操縦可能だ。機銃や重砲のように普通の火薬を使った武器もある程度搭載される予定だった。もちろん龍球剣のような直接にリーブエネルギーを使う武器を使用するにはリーブレスが必要だ。リーブ兵器は火薬系兵器より被害が周囲に広がりにくいから、リーブ兵器を使う方がベターとはいえ、5人以外の人間でも操縦できるロボットは、重要な戦力になると思われた。


技術者や研究者の集団には、修羅場になると一種異様なシナジーが生まれてくることが多い。赤星や洵の心配をよそに、61歳を目前にした葉隠もまた、寝る間を惜しんで精力的に問題の解決にあたっていた。


「お疲れさまっ」
輝が先に出てきた黒羽にタオルを2枚投げてよこす。
「すまんな、坊や」
受け取った黒羽が1枚を赤星に渡した。赤星は白い半袖を肩までまくり上げていて、鍛えられた上腕が剥き出しになっている。黒羽のグレーの長袖のシャツは右前腕の縫合の痕を覆っていた。だが左袖は種々の測定のジャマにならないように肩のあたりでざくりと切り取ってあり、こんなラフな格好の黒羽も見物ではあった。

黒羽がざっと汗を拭うと、洵と有望が待ちかまえている簡易テーブルに座る。採血をしたり筋肉の疲労度や反応速度を調べるためだ。隣に座ってきた赤星がなにげに注射針から視線を逸らしたのを見て、黒羽はにやにやと笑った。

「で、どうじゃ、感じは?」
二人から計測器を外しながら葉隠が訊ね、赤星が答えた。
「あの強度だと、30分がいいとこって気がしますね。いざとなれば、着装と解除をこまめに  繰り返して乗り切りますよ」
「でもまあ、標準の出力で着装できることを祈りたいですね」
採血が終わって肘の内側を抑えながら黒羽が言う。その左腕に有望がいくつかの電極をつけていた。

「そーいや瑠衣、お前の案、マジでいいかも」
左腕を洵に預けて、自分の血液が流れ込んでいるピストンから顔をそむけたままの赤星がそう言うと、瑠衣の顔がぱっと輝いた。
「ほんと!? 赤星さんたちもそう思う?」
「ああ。なんかだいぶラクになった気がする。お前ってホント、いいこと思いつくよな」
「確かにのう。そういう発想は我々だけでは浮かばんかったろうて」
葉隠が改めてそう言った。素朴な意見にこそ物事の解決策が潜んでるというのは、この偉大なる科学者のモットーだった。

さっき黄龍と輝からもしきりに褒められて紅潮していた瑠衣の頬が、また少し朱に染まる。彼女の「これならほんとの音楽聞いちゃダメなの?」という言葉で小さな音楽を流してみたのだった。可聴域の音波は空間の歪みには効果はない。だが、着装者の精神的な負担の軽減にはあきらかに役立った。

「効果があるのは確かだが、どうも瑛ちゃんの選曲がよくねえなぁ」
「なんだよ〜。テルも瑠衣ちゃんも気に入ってんだぜ? 赤星サンもいいんだろ、あれで?」
「なんの曲かしんねえけどな。俺はあれでかまわねーぜ」
「ボーカルの声質が悪い。これならオレが唄ったほうが‥‥」
「やめろってーの! これ以上殺人音波を増やしてどーすんだっ!」
「わあ、瑠衣、黒羽さんの唄でもいいな!」
「だああっ やめろっ 瑠衣! そんなことしたら死んじまうっ」
「あっ そうだ! 5つぐらい曲入れてもらって、ボタン押すと選べるってどうっ?」
「バカテル! プレーヤーじゃねーの! んなことできるワケないっしょ!」
「いや、3曲ぐらいならできるがの?」
「ハカセっ ホントなのっ?」


5人とも、この状況でひたすらに明るかった。ちょっとした合間に不謹慎なほどよく笑っていた。
それはひとりひとりが他の4人に示す、かぎりない思いやりだったのだ。

「大丈夫か」と相手を気遣うことはない。もはやそういった言葉は空しい感じがした。皆、自分にできることを懸命にやるしかなかった。無理はしている。だがしすぎて潰れれば仲間に負担がかかる。そうしないためにどうすればいいか。
確固たるポジションと役割をそれぞれがしっかりと担い、自分の足元をきちんと見つめていた。それでも仲間が何を考えているかは、驚くほど分っていた。

赤星は自分の身体で安全とわかるまで他の4人に実験を受けさせなかった。それはどうしても譲れない彼のこだわりだった。警察との調整をしながら課題をこなし、シミュレーションの手伝いをしつつ、葉隠を始め皆の体調に細かく気を配る。その黒い瞳にはいつも人を安心させるあの笑みが浮かんでいた。

黒羽は例の事件で受けたダメージを一切表に出さなかった。もちろん切り裂かれた傷は縫合したが、大したことはないと押し通し、3人の訓練役を買って出た。赤星以上のその厳しさは、技術のみならず、心構えの重要さを彼等に叩き込んだ。かといって決してせっぱ詰まった雰囲気にはしない。まず赤星に、そして自分自身にも余裕があることが、他の連中にとって重要なことだと彼は考えていたし、それは正しかった。

黄龍は年長二人と若い二人を完璧に繋いだ。赤星のシミュレーションをそれとなく手伝い、黒羽の状況如何では、輝と瑠衣をさりげなく射撃場に誘った。輝と瑠衣も、赤星や黒羽には言えない不安感を、黄龍になら話せた。黄龍はすかした例の態度で相手に喋りたいだけ喋らせ、最後の最後には例の口調で「あの二人がいれば大丈夫だぜ〜」と言った。それは妙に説得力があるのだった。

輝は相変わらずのムードメーカーだった。葉隠や田島や有望の「たぶんこうできる」という言葉が、輝というフィルターを通すと、憶測の形容詞が全てふっとび「できる」に変ってしまう。なまじの科学知識がない分、その想いはよりピュアだった。そしてそれこそが、他の4人の精神的なよりどころになっていたのかもしれなかった。

瑠衣の笑顔は絶えることがなかった。最も庇うべき存在がこうして笑っていてくれることが、他の男どもをどれだけ安心させたかわからない。とにかく頑張ってついていく。自分で自分に限界は引かない。できないことをみんなが渡してくるはずは絶対ないのだから、目の前にあるものを精一杯やればいい。そんな瑠衣を見れば、弱気になりたくてもなれなかった。

オズリーブスは最高のチームワークで、ブラックインパルスを迎え討とうとしていた。


2002/9/23

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background by La Boheme