第28話 欲説還休
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「今までで13体の新型アセロポッドが出た訳だが、その出没地はここと」
 竹本は、本部長席に座る風間を背に、特警の部下6人と臨時雇いの黒羽健と黄龍瑛那を前にして、ホワイトボードに貼った地図上のそれぞれさほど離れていない3つの赤点を指差した。
「ここと、ここだ。3箇所に限られてる。つまりこの3箇所のいずれか、もしくはうち2つか全部にモトがあるはずだ。お前ら8人、3班に分かれてここを張ってもらう。出た時は早いとこ捕まえて、その班が本部まで護送してくれ。一般刑事と制服にこの3箇所周辺の警備を強化させてあるが、場所が場所だ。この地区から外には出さんようにな」
 今回もまた、繁華街のど真ん中。
「2班は早見と島、黒羽が入ってくれ。3班に三上と田口と黄龍、頼むぞ。1班は俺と柴田だ。黒羽と黄龍はいざとなったら着装の許可が出ている。銃の使えん場所だからな、今回の切り札がお前たち2人だ」
 地図の小さなコピーを配りながら、西条が言った。と、早見に差し出したコピーに、いつもならひったくるように飛びついて来るはずの手が伸びない。
「どうした、おい」
 早見の目は、ホワイトボードに張られた地図を睨んでいる。
「おい、置くぞ」
「本部長」
 出し抜けに呼ばれた風間が、顔を早見に向ける。
「なんだ」
 早見は、机の上に投げ出した足をしまい、そこに身を乗り出した。
「俺この赤点どっかで見た事ありますよ」
「何?」
「本当か早見!」
「どこで見たんだっけな〜・・・」
 早見はパイプ椅子の背もたれにどかりと背中を預け、くわえ煙草の煙を追ってよく動く瞳を宙に巡らせた。
「どこで・・・・」 
 うろつく瞳の上で眉をしかめる早見に、満場の視線が集中する。
「あっ」
 ぽろりと落ちた煙草に、早見を取り囲んだ面々は椅子を鳴らして身を乗り出した。



「小竹組ってな俺が所轄にいた頃関わった事件でよ」
 愛車の白いオープンジープを駆り、早見は後部座席の黒羽に振り返った。
「早見さん、前見て前!」
「大丈夫だって、俺のステアリングを信用しな。・・・ぃよっ」
 唇の端に煙草を挟んだまま、早見はふいにジグザグ走行をしてみせる。
「いたっ!顎打ったじゃないですか!」
「悪ぃ悪ぃ、それでさ黒羽健よ、そこ系列の覚醒剤バイヤーの取引ポイントがこの・・・おい島」
「はい」
 助手席の島は、顎を撫でつつも、風でめくれるのを何とか押さえながら地図を開く。早見は赤でマークされた3点を順繰りに指で示した。
「そのポイントがこの3つだったって訳よ。そこでだ・・・」
「早見さん前っ!!」
「おっとぉ」
 90度の角を、地面に黒い跡を残しながらドリフトを利かせて曲がりきる。
「そこでだ、何か関係があるんじゃねーかと俺の案を買った本部長は・・・」
 俺の案、と強調して言った早見のあとを、地図をたたみながら島が継ぐ。
「私服と制服総がかりで売人たちを引っ張ってます。別件でいくらでも引っ張れるもんですね、意外なところで掃除が出来るって本部長張り切ってます」
「こうなると新型アセロポッド様々だ。小竹組ってのもどさくさで潰せるかもしれんな」
「ま、対して大きな組じゃねえけどね。今確か小竹興業って小せえビル持ってたっけなぁ」
「でもただの偶然って線もありますがね。覚醒剤でいっとき売り出してたってだけで他に何かある訳じゃないでしょう。最近は不景気の煽りを喰って食うや食わずだって、柴田さん言ってたじゃないですか。むしろ何者かが小竹組のミノに隠れているのかも。最近この辺に妙な新顔中国人の一派が紛れ込んでるって話も・・・・」
 島はふと考え込む表情になり、はっと我に返る。
「ま、そんな木っ端ヤクザよりスパイダルですね。今は僕らの考えるべき件じゃありません」
「いや〜、果たしてそうかねえ」
 と、ハンドルを切り、早見が首をかしげた。
「その辺も含めて捜査した方が?」
「だってそうだろ、ナントカ電波とかでアセロポッドか怪人かは判断つくかもしれねえけどよ、実際は何がスパイダルでそうじゃねえかなんて俺らにゃ分かんねえじゃん。だろ?」
 と、同意を求めて後ろを振り返る。黒羽は運転席のシートに肘をついた。
「と言うと?」
「例えば極端な話、あんたが俺らの世の中に紛れ込んでるスパイダルじゃねえって証拠はねえんだよ」
「・・・・何言ってんだ、オレがアセロポッドにでも見えるってかい?」
「別にお前さんがどうこうなんて言ってねえよ、例えばだた、と、え、ば。それにスパイダルの連中じゃなくたって、人間でも連中の片棒担がねえとは言い切れねえだろ」
「なるほど!それは言えますね。早見さんあったまイイな〜」
「だろ?いや俺もコレ思いついた時は冴えてるな〜って思ったんだよ。これまで暗黒次元だ怪人だって言ってたけどよ、もしかすると俺らはなんか思い違いをしてるんじゃねえかってさ」
「獅子身中に虫ありって訳ですか。その虫ってのも、どこにいるんだか分かったもんじゃありませんからね。ひょっとすると案外身近にいたりして」
「警察とかOZン中に入り込んでた日にゃ即アウトだぜ。おい黒羽健、お前さんとこじゃそういうのもチェックしてんのかい?」
「大丈夫。オールグリーンさ」
 そう言って、黒羽は風で脱げないように、目深に帽子を被りなおした。
 あんたが俺らの世の中に紛れ込んでるスパイダルじゃねえって証拠はねえんだよ。
 と、
『こちら3班ッス!』 
 ジープに積んだ受令器から、慌てた声がした。
「こちら2班、どうした田口!」
『南ポイント付近にアセロポッド出現!只今、東ポイント4番通りに向かって凄い速さで走ってるッス!』
「よっしゃ4番通りだな、今向かってる!お前ら出口ふさげ、挟みうちだ!」
『それが早見さん・・・』
「なんだ!」
『7体ッス!7体・・・いやまだ!8、9・・・10体以上ッス!』
「それを早く言え!!」
 早見は煙草を灰皿に押し付け、回転灯を車体に取り付け、甲高い音を景気よく鳴らしながらアクセルをふかした。
 


 鉄の塊のような拳が、アセロポッドの黒い顔面にめりこんだ。
 吹っ飛んで壁に叩きつけられたアセロポッドを、警備の制服警官たちが捕縄し護送車に運んでいくのを確かめながら、柴田はめりめり言う手を2、3度、握ったり開いたりした。
 再び構える。
「あと何人だ」
 構えた先にあった背中に問うと、頓狂な声が返ってきた。
「知る訳ないでショ!田口の野郎が10とちょっとだって言うから、信用しちゃったじゃないヨ!」
 自慢の服も金髪もぼろぼろだが、三上の最大の売りはこのけたたましい鼻っ柱だと柴田は思う。
 全部で23体のアセロポッドは、完全閉鎖された裏通りに閉じ込められ、特警・機動隊たちと体力の削り合いを演じていた。
「すいませんッス!自分が確認した時はそのくらいだったもので・・・!」
 投げても投げても立ち上がってくるアセロポッドの腕をつかまえ、再度朽木倒しを試みながら田口が怒鳴る。
 今度こそ沈んだようだ。
「あと13体だ。黄龍君、もう少し持ちこたえてくれよ。黒羽が来るまでもう少しだ」
 こんな時でも律儀にネクタイを襟元までしめた西条は、背後に黄龍をかばいながら制服・機動隊に指示を飛ばしている。
「OK、分かってまっせ」
「あまり軽々しく着装させたくないからな。2隊!出口に3体向かってるぞ!」
 封鎖した通り出口の方を見れば、規制している制服警官を押しながら野次馬たちが人だかりを作っている。またか、なんでこうなんだ、と西条は苦虫を噛み潰した。いざとなればオズリーブスが来るから大丈夫とでも思っているのか。5人しかいないんだぞ。
 迫るアセロポッド3体にようやく危機感を持ったのか、腰を引き始めた黒山の人の前に飛び出したのは白いジープ。
「お待たせしました!」
「遅い!!」
 ジープから飛び降りた早見と島が機動隊が間に合うまでアセロポッドの足を止める横で、黒羽がハンドルを代わったジープは西条の前に乗りつけた。
「どうも遅刻しまして、先輩」
「分かったからすぐビルの向こうで着装してくれ・・・・いや待て」
「はい?」
 人目のないところへ足を向けた2人は、振り返る。
「あと5・・・4体か・・・・必要なさそうだぞ」
 確かに、警官たちは苦戦しているようで、見る間にアセロポッドたちに縄をかけていく。
「あまり軽々しく着装させたくないからな・・・・」
 西条はもう一度そう言った。そのこころは、後輩と後輩の後輩の身を案じ半分、自分たちの「職場」を守った安堵感半分で複雑だった。
 と、
「馬鹿野郎、そっち行ったぞ!!」
 柴田の怒鳴り声が、気を緩めはじめた通りに響いた。
 アセロポッドの1体が、田口と三上、機動隊の包囲網を抜けて、入り口近くの野次馬に飛び込んでいく。
「しまっ・・・」
 今度こそ野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていくが、何人かは転び、また何人かは足がすくんでその場に留まった。西条の頭の中で、市民と逮捕命令が一瞬、左右をかすめる。
「やむを得ん早見、発・・・・」
 瞬間に早見を選び、発砲、と言い終える前だった。
 アセロポッドは飛び上がった中空で、額から勢いよくのけぞって吹き飛び、頭から地面に叩きつけられた。
 数秒の沈黙があり、どさり、と何かが地面に落ちた。その音でまず我に返った機動隊員たちがアセロポッドを捕縄し、護送車に運ぶ。
「何・・・何があった?」
 その様子を眺めながら、西条が呟く。それを聞きつけたかどうか、一番近くで事態を見ていた三上が叫んだ。
「ちょっと、あの人!あの人ネ!」
 無遠慮に指差す方を見ると、黒っぽい服装に黒いキャップを被った男がへたりこんでいた。
「あの人・・・?」
 眺めている間にも、機動隊員や早見、島と言った連中が彼に駆け寄っていく。
 封鎖の黄色いテープを飛び越え、早見は男の前にしゃがみこんだ。
「おい、あんた、しっかりしなよ」
「え?あ、ああ・・・いや」
「一体、今何がどうなったんだよ。ケガないか?」
「あ、はあ、あの、大丈夫ですから・・・」
 男はサングラスをしていた。さらにその上に、キャップの鍔を下ろす。へたりこんだまま、少し腰を引いた。
 と、再生しつつある人垣をかきわけ、人より頭ひとつ半ほど大きい柴田より、さらにもうひと回りはあろうかと言う大男が駆け寄ってきた。
「我的天!傷沒有ロ馬?」
 中国語だった。黒キャップのサングラスは、やはり中国語で何かしら返事をし、大男に助けられ立ち上がった。大男は黒キャップの無事を確かめるような仕草を見せ、辺りの様子を見回し、慌てたように黒キャップに何かを訴える。
「あの、俺たちもう、急いでますんで・・・」
 黒キャップと大男は、目引き袖引き、その場から逃げ出すように去っていった。
「おい!ちょっとあんたら・・・・あー、行っちゃった」 
「あーあ、せっかく逮捕協力だってのに勿体ないネ」
 後ろで見ていた三上が言う。
「逮捕協力?」 
「これだ」
 三上の背後で、柴田が何やらしゃがみこんでいる。
「あの兄さん、この石投げつけてアセ公沈めたらしいな」
 柴田は立ち上がり、下駄のつま先で足元に転がった7〜8cmほどの石を示した。
「これを、アセロポッドの・・・・」
 島もしゃがみこみ、しげしげと石を眺める。
「そ。デコのど真ん中ジャストミ〜ト。凄い威力だったヨ」
 三上は自分の額中央を指先でコツコツやり、黒キャップと大男の消えた路地を見やる。
「一般人がアセロポッド捕まえたんだもん、警視総監賞だったかもしれないネ」
「ほんと凄いですね。・・・そうだ、これ何か検出されるかもしれませんよ。特警の鑑識に回しましょう」
 と、島はジャケットの内ポケットから取り出した白手袋をはめ、石を拾い上げた。やはり内ポケットのビニール袋にポトリと落とす。
「野球選手か何かですかね?」
「この辺の中国系三流チンピラってとこだろ」
 話している横で、制服・機動隊が撤収作業を始めていた。
「さあ、そんな事より早く本部に戻るぞ。そろそろOZから分析結果が出てきてるだろうからな」
 ぱんぱん、と、西条が大きく拍手を打った。
 あとをお願いしますと機動隊と制服の指揮官に引継ぎを済ませ、西条と柴田、OZの2人は特警のパトカーに、三上と田口は三上のルノーに、早見と島は白ジープに乗り込んだ。




 OZ科学主任自ら特警本部まで出向いての分析結果説明に、風間と竹本は息を呑んだ。
「間違いないんだな」
「はい」
 澱みない返答に、風間と竹本は横目で苦い目を合わせる。
「最近出没した13体の新型アセロポッドは、人間です」


===***===(つづく)===***===
2004/4/5