第27話 鋼の守護神
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シェロプは部下が動きを止めたことを確認して空間を飛んだ。先程の男は広場の真ん中で乗り物を停め、こちらに向き直っている。マルキクワンガーとマルキガイナスを両脇に従えて、おもむろに一歩踏み出した。絨毯のように地面に広がっている植物と高く伸びている植物の緑色は目に痛いほど鮮やかだ。頬にあたる空気の流れが心地よいと思った。その全てをしばし楽しんでから、おもむろに口を開いた。

「仲間はどこだ。罠のたぐいなら無駄だぞ」
「ここで待ち合わせたんだけどなぁ。まあ、もうちっと待ってくれや」
三次元の男は乗り物に跨ったまま小首をすくめてそう答えた。なかなかセンスの良い配色の風体をしている。だが立ち居振る舞いはお世辞にも上品とは言えない。

オズリーブスには彼らに命令を与えている指揮官が必ずいる。アセロポッドの活動が様々な場所で阻止されているのは、必ずしもオズリーブスだけが原因ではなかった。戦闘力は低いが大量の兵士がいることも確実だ。さっきこの三次元人が会わせると言ったのは、オズリーブスを含めたそういった諸々の兵力を指揮する立場に近い存在かもしれないとシェロプは考えていた。オズリーブスという手駒を倒されて、その指揮官がとった作戦がゴリアントをこっぴどい目に遭わせたというわけだ。

「ふ‥‥。お前たちも必死というわけだ。たかが怪人2体に捨て身まがいの総力戦だったな」
シェロプは片手を額に当てて、困ったものだと言わんばかりに首を振った。
「我々としても、手に入ったら廃墟だったというのは、望ましい形ではないのだが」
「安心しな。オレたちが居る限り、てめーの手になんか入らねーからよ」
「‥‥では、やってみるとするか。マルキガイナス」
三次元の男は一瞬目を見開き、すぐに小さな乗り物をスタートさせた。
「殺すなよ」
シェロプは面白そうに言った。

マルキガイナスを模したゴルリンが跳ねるように素早く乗り物の行く手を阻んだ。舵の部分を掴んで押し戻す。車輪が地面を無惨にえぐった。男は乗り物を捨てようとしたがマルキガイナスが腕を払うほうが早い。かなり手加減したはずだが、男はぐんと吹っ飛んで倒れた。その手から黒い鉄の塊が落ちる。よく見かける三次元人の武器だった。マルキガイナスは片手で掴んでいた乗り物を無造作に突き倒し、そのメカは少しだけ暴れるそぶりを見せてから停止した。

「こ‥‥のや‥‥」
のたうつように上半身を起こした男に魔神将軍は笑いかけた。
「まあ、無理をするな。私は無駄な殺しは好まない。お前の主を早く呼んでくれればそれでいい」
「‥‥てめえ。何考えて、やがる‥‥」
表情は歪んでいたが、黒い瞳は輝きを失っていない。この状況でこんな目をしている人間には大抵楽しませてもらえるのだ。
「私は、その場その場で最も効果的な首を貰うことにしているのだよ。オズリーブス亡き後は、貴様の主がその首の持ち主らしい」
「だったら‥‥、あいつらをきっちり、倒してからにしろってんだ」
「なに?」

男は体をきちんと起こすと足を組むように座り直し、こちらをまっすぐに見つめたままゆっくりと左手をあげた。白い衣装は汚れていたが、緑の絨毯の中では小憎らしいほど映えていた。

男が示した先。青い空に黒い飛行物体が見え、それがぎゅんっと大きくなった。爆音が圧力と共に降ってきて、シェロプは思わず頭を伏せた。舐めるように低空を飛んだ飛行物体は一瞬で飛び去り、シェロプは顔を上げ、そして‥‥
「貴様は‥‥‥っ」

少し重心を沈めて、落下の衝撃を相殺した"それ"が、スパイダルの魔神将軍の前でゆっくりと身を起こした。
「待たせたな。シェロプ」
真っ赤なスーツの男は、以前より一回り大きくなったように見えた。
「‥‥レッド、リーブス‥‥ッ」

「いや‥‥。待ってたのは、俺の方か‥‥」
赤いマスクから聞こえてくる声音は、噛みしめるように静かで、だが、どこか居丈高に聞こえた。
「シェロプ。覚えとけ。てめえの相手は俺達だ。てめえらがバカなこと考えてる間はな」
「オズリーブス。生きていたのか!」

「あんなんでやられないよっ!」
高らかな声が響く。助け起こした特警の早見瞬を支えるようにしながら、グリーンリーブスが緑銀のロッドをびしりとシェロプに突き出した。
「もうぜったい、あんたたちの思い通りなんてさせない!」

「そうよ!」
普段はたおやかに明るい音色が燻したような迫力を帯びた。早見の半歩前にかぶるように立った桜色のボディから、抑えることの出来ない怒りがにじみ出る。
「覚悟しなさい。シェロプ!」

ピンクリーブスの肩にちょっと手をかけて早見が一歩前に進み出た。右腕を体に押しつけるようにしているが、顔にはしてやったりといった表情を浮かべている。どうあってもひとこと言わなければ気が済まないようだった。
「へっへー! そーゆーことだ。うちのボス狙うなんざ、百年早いってな!」

「黙れ! たった3人で我が魔神軍団の強者2人を相手にできると思っているのかまた私の前に現れたことを後悔するがいい!」
「面白ぇ。やってみろ!」
「マルキガイナス! マルキクワンガー! この3人、殺してしまえ!」




赤星が肩越しに小さな一礼を寄越した。拳を見せてそれに答えてやった時は既に、3色の戦士達はそれぞれの得物を握りしめ、異形に向かって飛び出していた。
早見はあたりを見回し、自分の357を拾い上げる。倒れたバイクにちらりと目をやったが、そのまま急ぎ足で道の方に向かった。骨は折れてないと思うが、今は力仕事をしたくない。灌木の影に回り込んだところで、ウイィィンという甲高い悲鳴のようなモーター音に気づいた。

「早見先輩っ」
この町のどこからそんな奥様スクーターを見つけてきたのやら、田口が必死の面持ちで飛ばしてくるのはワインカラーの原付だ。
「だいじょうぶッスか!」
スクーターを止めた田口はまん丸な目で先輩刑事を見上げた。早見の白い上着は左腕から背中にかけて土と枯れ芝と草の汁で汚れている。だらんと下げたままの右腕を肘のあたりで押さえ込んでいた。だが早見はくそ真面目で気の良い同僚を見返して、いつも通りのイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「あたぼうよ」
田口はほっと肩の力を抜くと刑事の顔に戻った。
「避難はほぼ完了ッス。周囲に機動隊の配備終了。陸自さんもこっち向かってるそうッス」
早見は広場のほうに顎をしゃくって言った。
「了解。で、やっこさんたち、なんで3人なんだ?」

早見にとってOZの中でごく普通の知人として実感があるのは黒羽健と黄龍瑛那だけだった。もちろん赤星の顔はよく見かける。直接相対しても人づてに聞いても、気だては悪く無さそうな奴だが、どうこう言えるほど話したことがあるわけではない。
黒羽や黄龍なら探偵事務所に居る頃から知っている。常に我が道を行く黒羽のやり方には共感できる部分が多かった。黄龍とは射撃という一致した趣味があったし、なにより女と粋な時間を持とうとした時は絶妙な相棒同士になれたのだった。

それがいつの間にやら、自分は対スパイダル特別捜査警察隊として、民間人のあの二人はオズリーブスとして、こうして異世界の存在と戦っているというのも、妙な巡り合わせではあった。
「そっちは聞いてないッス。でも、クロさんはまだ入院してんじゃないッスか?」
「あの黒羽健がいつまで大人しくしてるハズ、ねーだろ。‥‥あ!」

二人はエンジン音を聞きつけてそちらを見やった。走ってくるのは大型のバイクだ。刑事達から少し距離をおいて停車すると、ドライバーが長い足を前から回す独特のやり方で地面に降りた。
「黄龍瑛那! 遅いぜ!」
早見がそう言いながら近寄った。だが黄龍は返事もせずに、後部シートに乗っていた人間が降りるのを手伝ってやった。

黄龍の背中にしがみついていたのは女だった。ジーンズとオフタートルのニット姿。丈の短いジャケットは前を開けたままだ。小さめだが形のよいヒップの丸みや、細肩の割には豊かな胸、華奢なウエストのくびれ。そんなカーブが目に飛び込んでくる。ヘルメットを取るとアップにしていた髪が乱れて、色白の顔の回りをふわふわと縁取った。
「‥‥星加‥‥博士‥‥?」
早見は目をぱちくりした。目の前にいるのはOZの科学者の星加有望である。どう考えても場違いだ。それにこの服装。白衣かスーツ姿しか見たことがなかったので、えらく新鮮な印象だった。

「だいじょぶだった、有望さん?」
「え‥‥ええ」
「無理すんなよ。ヤバくなったらすぐ逃げなよ」
「ええ。みんなこそ頑張ってね」

星加有望に優しい調子で、しかも馴れ馴れしく名前で呼びかける黄龍の様子に、早見は思わず唇を尖らせた。と、いきなり長身がこちらに向き直ったので、慌てて顔を取り繕う。
「早見さんよ。ワリーけど、この人頼む」
「まかせろってんだ。ほら、おめーは早く行けっての」

早見の物言いに黄龍は唇の片端で微かに笑んだ。有望の顔を見てかるく頷いてみせると、踵を返して走り出す。見送った背中が金色の光に包まれるとほぼ同時に、その長い腕が優美にしない、円盤状のものを放った。がきんっと音を響かせて、円盤は空中で大きなカマのような物を弾いた。危うくグリーンを薙ぎ倒そうとしていた怪人の武器。黄龍瑛那がどんな修練でこの角度とタイミングを掴んだか、早見は知らない。




右のホーンブーメランが叩き落とされるより早く、マルキクワンガーは頭部を大きく一振りしていた。残った左の角が振り出され、横から斬りかかろうとしてた赤星を一直線に襲った。
「うわっ‥‥!」
赤星が咄嗟にブレードを身体に沿わせる。ブーメランのぎざぎざのエッジとブレードが、がきりと噛み合った。赤星はブーメランのモーメントを少しだけ押さえ込み、あとは無理せず弧にそって解き放つ。スピードを殺されたブーメランは緩やかに主の元へ舞い戻ろうとした。
「イエロー!」

「クラッシュローリングシュート!!」
完璧なリリースだった。イエロースーツから貴重なリーブエネルギーを受け取ったチャクラムは、地面を舐めるように飛んだ。ほとんど垂直に舞い上がると、回転するブーメランのど真ん中、最も跳ね返されにくい部分に命中する。
雷が落ちる時のようなかん高い破壊音とともに、チャクラムは爆発した。中央部の1/3を失ったブーメランは二分され、ぶすぶすと煙をあげて地に落ちた。
「オーケー! 残りもまかせな、レッド!」
残りのチャクラムを握りしめた黄龍が怒鳴る。対峙するマルキクワンガーの頭部には既に右の角が戻っていた。



マルキガイナスの両肩から砲口が火を噴く。輝と瑠衣は左右に分かれて飛び退いた。直撃を受けたベンチが木っ端微塵になり、背後の大きな灌木が吹き飛ばされた。
「この‥‥っ」
「だめだっ、ピンク!」
リーブラスターを構えた瑠衣を輝が慌てて止めた。
マルキガイナスにリーブラスターを使っても跳ね返される。体表面をいきなり鏡面化したり液状化させたりして、攻撃を跳ね返したり吸収したりするのだ。5ヶ月前の映像がまさに昨日のことのように鮮やかに輝の脳裏に蘇っている。

「きゃあっ!」
マルキガイナスは一瞬動きを止めた瑠衣めがけて次の火線を放つ。直撃はかろうじて避けたものの、すぐ脇に着弾したエネルギー弾の爆風に瑠衣が吹き飛ばされた。輝がぱっと駆け寄った。
「ごめん! だいじょぶっ?」
「う、うん」
「あいつ、いきなり鏡みたいになるんだ。ブラスターじゃ跳ね返される!」
「じゃあ、これなら?」
瑠衣がすっとマジカルスティックを構えた。
「あ、もしかして効くかも。発射のちょっと前に間があるのわかってるよねっ?」
「うん!」
「じゃあ、いっくよーっ!」

小柄なグリーンの躯が、まるでゴムまりのようにたんっと地を蹴った。きまぐれにジグザグにマルキガイナスに向かって突進する。マルキガイナスはゆらゆらと左右に振れてねらいを定めることができない。瑠衣は完全に輝の陰に入っている。
輝は怪人の隙をついて高く飛び上がった。銃口はそれを追うが明らかに遅い。マルキガイナスの動き自体が少しぎこちなくなってきていた。輝はあえてトンファーを1本だけ握りしめ、マルキガイナスの頭上を前転しながら飛び越えた。
「スパークリング・クレッセント!」
リーブ粒子に覆われて破壊力を増した三日月のエッジがマルキガイナスの左肩と銃のつなぎ目に入る。マルキガイナスは思わず小柄な敵を捉えようと手を伸ばした。その空いた左脇に瑠衣が飛び込んだ。
「マジカルスティック!」
最高出力にしたマジカルスティックからマルキガイナスに強烈な電撃が流し込まれる。その瞬間、マルキガイナスの巨体がびくりと固まった。が、マルキガイナスは大きく腕を払う。瑠衣が慌てて離脱した。
「ダメなの!?」
「いや、効いてるよ! あとはタイミングだけだ!」



「シェロプ!」
マルキガイナスに指示を出した直後、シェロプは無礼にも自分の名を呼ばれて振り向いた。剣を抜き放ったレッドリーブスが立っていた。
「もう、無駄だぜ、シェロプ! やつら人形の動きは見切った! 俺たちには通用しねえ。死んだ怪人のカッコはしてるが、やつらどうせロボットなんだろ?」
「なんだと?」
「‥‥リーブロボをずいぶんな晒し者にしてくれたな。ブラックインパルスも‥‥不愉快なやり方で利用しやがって‥‥。俺は‥‥てめえのやり方が大っ嫌いだ!」
「‥‥卑賤な人間が、この私を云々言うなど、この身の程知らずが」
「てめえを倒す。覚悟しろ!」




シェロプがレッドに手一杯になったせいか怪人達の動きは少し単調になってきた。それでもグリーンやピンクは爆発に呑まれそうになったり、敵の強力な腕で殴り飛ばされていたし、レッドや黄龍瑛那も、敵のサーベルやブーメランをその身体に何度も受けていた。あのカラフルなスーツは防護力が高いのだとわかってはいても、相手が殺気を持っているのは確かなわけで、見ている早見や田口の顔も引きつってくる。
早見と田口は有望を挟むようにして潅木の陰から戦闘の様子を見ていた。早見はちらりと有望の顔を盗み見る。冷静なイメージばかりが先に立つ女科学者も、両手を胸の前で堅く握りあわせ、青ざめた顔をしている。浅い呼吸がかすかに震えていて緊張しているのがよくわかった。研究室で戦闘の解析などはしているのだろうが、こんな現場にいたら怖くても当然だろう。

しかし、何かデータでも集めに来たのかと思ったがそんな素振りも見せない。いったいなんの目的でここに来たのか。どちらにしろ、何かちょっと話しかけてて、気持ちをやわらげてやらないと‥‥と早見が思った時だった。
「えーと‥‥いまさらなんスけど、ほしか、博士でよろしいッスか?」
田口が抑えた声で有望に話しかけた。
「は、はい。あの‥‥」
「自分は特警の田口了ッス。よろしくお願いするス」
「OZの星加有望です。こちらこそ‥‥」

「あっ あの、本官は‥‥っ」
慌てて割り込んだ早見に有望が控えめな調子で言った。少し緊張が解けてきたようだった。
「早見さん‥‥ですよね? お怪我はありませんでした?」
「え‥‥。い、いえ、もう、こんなの、ぜんぜん!」
早見は右手を大きく振り回そうとしたが、田口が後ろからその手をぱっと押さえ、早見は思わず田口を睨んだ。しかし有望の整った顔には小さな笑顔が浮かび、早見はまたぞろ現場に居ることを忘れそうになった。で、急いで取り繕うように聞いた。
「‥‥それより、なんでこんなヤバ‥‥いえ、危険なところに?」

「ガーディレヴィンの最終チェック、どうしても黒羽君が、あの名パイロットのカンが必要なんです。だから‥‥」
「だから?」
「私なら動かせるんです。メンテナンス上どうしても必要だから」
有望はジャケットの左袖のあたりをまさぐり、時計にしては大きすぎる機械を引っ張り上げた。手首に巻いていたのに緩くて袖の中に落ち込んでいたようだ。それは黒羽のリーブレスだった。
「黒羽君が間に合わなかったら、私がこれを使います」

早見と田口とて、これが強化スーツを纏うための道具であることを知っている。特警の二人の刑事は、びっくり眼を見開いて、黒羽のリーブレスと有望の顔を見比べた。


2003/12/28

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background by Studio Blue Moon