第27話 鋼の守護神
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離島の山麓で、リーブロボは確実に追いつめられつつあった。

新たに三次元侵攻の司令官に就いた参謀ファントマは、参謀ブラックインパルスを陥れ、その体内で特殊バイオアーマー、デュプリックを育成した。成長過程でディメンジョンストーンを双極子化されたデュプリックは、伊豆沖の海域を次元の歪みに沈め、暗黒次元と三次元を直接に結合する能力を持っていた。オズリーブスはかろうじてデュプリックを倒しその陰謀を阻止したが、そのためにリーブレスの最後のエネルギーまで使い切ってしまった。

だがファントマはディメンジョンストーン制御光線の改良をもやってのけていた。ファントマの持つ新しい制御装置により、怪人はただ巨大化するだけでなく二体となって再構築されるのだった。かつて倒した怪人スピンドルを模したスパイダルの戦闘用疑似生命体スピンドル・ゴルリンが、まったく同型の二つの巨獣となってリーブロボに襲いかかる。オズリーブスの5人は着装もできず、体力的にも消耗しきった状態で、2対1のロボット戦を強いられていた。


一体のスピンドルに向かって龍球剣を振り下ろそうとするリーブロボの右肘を、もう一体のスピンドルの右手が掴んだ。それがそのまま手ごと爆発する。スピンドルの手先は吹っ飛んだが、ロボットの右上腕も剣を握りしめたままがしゃりと地面に落ちた。
衝撃にぐらりと傾いたリーブロボが、片膝をつきながらも左手で己の右手首を掴み、その剣を振り回すようにして前面から迫る怪物を薙いだ。スピンドルの胸部にある発光体が切り裂かれるが、それ以上のダメージは与えられない。巨体はすでに後退していた。

肘先を失った右腕は背後の怪人に向かって突き出されていた。リーブクラッシュのために流れ込んでいたエネルギー流が、まるで血潮のように傷口から噴き出す。それが手先の無いスピンドルの右腕を焼き溶かした。しかしスピンドルも体内で集約した太陽光を発して反撃する。そのエネルギーを食らったリーブロボが大きく仰け反った。

「出力70%低下!」
瑠衣の半分悲鳴のような声がコックピットに響く。
「腕の第二系統がオシャカだ。フォローできんぞ!」
ほとんど同時に黒羽が怒鳴った。
「なんとか‥‥片割れだけでも!」
そうがなり返した赤星がスティックを引き絞る。リーブロボは前方のスピンドルに向かって踏み込んだ。だらりと下げた左腕は、自らの右手先もろとも龍球剣を握りしめている。

十中八九勝ち目は無いだろう。だが、このままこいつらを放って逃げて、この島が廃墟にならない保証もない。せめて一体は倒したかった。

スピンドルが投げつけてくるガラス玉が体表面で爆発するのもかまわず、リーブロボは前傾ぎみに突っ込んだ。ロボットの左手首がぐるりと回転し、龍球剣が敵に向かって突き出される。もはやエネルギーの伝導は不可能だが、剣としては使えた。リーブロボは左肩から体当たりしてスピンドルを押し倒し、龍球剣で巨体を大地に串刺しに縫い止めた。

だが、その背中で激しい衝撃が起こる。隻腕のスピンドルがウィーヴィング・グラスを鋼鉄のボディめがけてぶちまけたのだ。リーブロボは仰臥したスピンドルに折り重なるように倒れた。下にいるスピンドルが足掻きながら蹴り上げてきて、リーブロボがごろりと横に転がされる。その左肩連結部に、もう一体のスピンドルから放たれた極めて収束した反射ビームが飛び込んだ。

「うわ‥‥」
「きゃっ‥‥」
輝と瑠衣が叫びを呑み込み歯を噛みしめた。はっきり言ってシェイカーの内部にいるも同然だ。めちゃくちゃな方向に強いGがかかるたび、春先の身軽な服装の上からシートベルトが食い込んでくる。
「このヤロッ!」
激しい揺れの中でパネルに半分しがみつきながら黄龍がロボットの右足を上げた。足裏からジャンプ用の補助ジェットを噴き出して、上から襲いかかってきたスピンドルを牽制する。

ロボットの腹部はランドドラゴンの下部にあたる。ランドドラゴン単体の時とロボットが直立している時で、コックピット全体が90度回転して内部の人間の姿勢を保つ。仰け反った時のためにもう30度までは傾いてくれるのだが、ここまでひっくり返されると対応しきれない。今、コックピットは鉛直方向に対して急な角度で仰向けた状況になっていて、操縦しにくいことおびただしかった。
「左手も‥‥っ ダメだっ 起き上がれねぇ!」
「ランド、しっかりしろ!!」

「オズブルーンがくるよっ!?」
仰向けたリーブロボの足の方から飛来する白い機影に輝が気づいた。
「来るんじゃない!」
黒羽がリーブレスに向かって吠えた。オズブルーンがいれば、最悪、島を脱出することができる。ある意味オズブルーンは命綱とも言えた。

しかしオズブルーンは雛鳥を守ろうとするツバメのようにスピンドルの頭部に突っ込んでくる。怪物の直前で鮮やかに急旋回しながらバルカンを掃射した。スピンドルが数歩下がりながら反射ビームを放つ
「上昇だ!」
オズブルーンが黒羽の指示通り高度を上げて敵の攻撃を避ける。だが、今度はいきなり倒れたスピンドルの方から反射光の柱が上がった。
「オズブルーン!!」

右主翼の先端から煙を上げながら、オズブルーンがモニターからアウトしていく。一方、地面の上でもがいていたスピンドルはそれきり動かなくなった。最期のあがきだったのだろう。もろもろとその姿が淡くなっていく。巨大な身体がそんな風に消えていくのは、どこかズレた恐怖感があった。

残ったスピンドルが、兄弟が消えた大地にただ突き立っている龍球剣を掴む。リーブロボは足を回して牽制しようとするが、巨大な怪人は易々と剣を抜き上げ、それを無造作に振り下ろした。
「ラガー!」
ロボの両足周辺をカバーする補助モニターからの映像に輝が息を呑んだ。リーブロボの左足の膝のあたりから大腿部にかけてが縦に捻り割れ、バチバチといやな火花を散らせている。
「ラガーの動力系が遮‥‥!!」

その時だった。いきなりバチンという音がした。5人が叫び声をあげて左手首を押さえる。各人のリーブレスとパネルを繋いでいるケーブルが焼け飛んでいた。
「う、うそ‥‥?」
瑠衣の前のリーブエネルギーの状況モニターが、まるで潮が満ちるように赤く染まっていく。
「合体シフト、解除!」
赤星がコードを打ち込みレバーを強く押し込んだ。どこかショートしてリーブエネルギーが逆流してるのか? 合体してる限り操縦するにはリーブレスが必要だ。なんとか動きだけでも確保しなければと赤星は思った。だが‥‥

「‥‥解除不能だ。輝、ハッチの外、どうなってる?」
メインカメラはすこし右に傾いて空を見上げたまま動かなくなってしまっていた。モニターにはただ抜けるような青空の映像があるだけだ。スピンドルが近寄ってくれば境界あたりに映り込むのだが、少し距離を取られるともう見えない。輝が沢山のモニターを見上げてレバーを操作しながら答えた。
「カメラ動かなくてわかんないよ。でもどのモニターにも映ってないってことは‥‥」

「ヤバイかもってか?」
そう言いながら黄龍が斜めになったコックピットの中を少し下りて、出入り口に近づいた。外から見るとロボットの左腋下あたりになる。
二重ハッチの内側をどうにかスライドさせ、外ハッチにある隙間のような覗き窓から外を見る。が、すぐにぱっと離れ、内側のハッチを戻した。とたんにロボットの左側面で何かが爆発し、黄龍は衝撃で計器の中に叩き付けられた。
「‥‥あんのやろ! いくつビー玉持ってんだよ!」
頭を振った黄龍が悪態をつく。続いて、ずん‥‥という振動とがしゅんという金属音が響き渡った。モニターの端で龍球剣が踊っている。リーブロボの腹部のあたりを突き刺しているようだ。

「とにかく隙を見て脱出しよう。慌てず急げ」
赤星がちょっとした揺れの合間に急いでそう言った。焦って聞こえないように気をつけたつもりだが自信はなかった。さっきのショックでリーブレスが使えなくなっている。リーブロボの動力を生み出すリーブ動力炉――リーブトロンが、リーブグリットのコントロールを離れた今、いったい何が起こるのかわからなかった。

赤星が黒羽に向かってちょっとだけ顎をしゃくった。黒羽がすぐにシートから離れてハッチに取り付く。先鋒としんがり。無言の分担だ。輝がモニターを見ながら瑠衣の手を引き、ハッチの方に押し上げる。黄龍が少女を引っ張り上げる。
いやな金属音も振動もよりひどくなっていたが、5人の耳にはそれらは妙にくぐもった音となっていた。むしろ自分の心臓の音と仲間の息づかいの方がよく聞こえた。

「‥‥え‥‥?」
輝が小さく呟いてモニターを覗き込む。遠くから近づいてくる機影が映っていた。
「何か‥‥飛んでくる? 速いよ!」
ロボットの振動が止まった。ごおっという威圧的な飛行音が聞こえた。メインモニターの中を黒い大きな機体がものすごいスピードで通り過ぎていった。

「あれ‥‥レヴィン‥‥か?」
赤星が驚きの声を上げた。その名付け親である黒羽が思わず振り返る。
「なんだと?」
「それって‥‥田島さんたちが作ってた‥‥」
瑠衣が呟いた瞬間、いきなり爆発音がした。だが今度は揺れが無い。それはリーブロボに加えられた攻撃ではなかった。モニターで見ていた輝が叫んだ。
「やった! 命中したよっ」
黒羽が内側のハッチを開けて外を確認すると、外のハッチを少し開けた。
「今だ。行くぞ」

地面からは少し高さがある。落差を跳び降りた黒羽は、すぐ左側にあるロボットの左肩関節部を見て顔を歪めた。接続部が歪み、ケーブルが飛び出してバチバチと音を立てている。続いた黄龍が瑠衣を抱えるように降ろしてやった。輝は着地すると同時に左大腿部であるラガードラゴンの方に走り出そうとして、赤星にとっつかまった。

赤星はスピンドルの位置を見定めると左前方の大岩を皆に示す。
「4人ともあの陰に」
「え、リーダーは?」
「リーブトロンを止めてからすぐ行く」
「そうだな。3人とも早く行くんだ」
黒羽がそう言うが早いがリーブロボの身体に足をかけた。赤星は少し肩をすくめて3人に目配せすると、片手しか使えない黒羽を追い越しリーブロボの脇腹をよじ登った。


幸いにもスピンドルには小さな5人にかまっている余裕はなかった。突如現れた全翼機に手一杯になっていたからだ。そこから発射されたミサイル砲が2発立て続けにスピンドルの胸部に吸い込まれる。ランドドラゴンより一回り小柄なそのボディは、西洋凧のような三角翼を背負っていた。

ガーディ・レヴィン。

田島が中心になって作っていた新型ロボットを構成する一機体である。ランドと同じくロボットの胴体を構成するが、飛行体であるところが最大の相違だ。基本的には輸送機であるが、20mmバルカンを2基、空対空/空対地ロケット砲を6発搭載している。


仰臥したリーブロボの上に顔を出した赤星が破損状況を見やる。あちこちに無惨な傷痕が開いていたが、幸いにもリーブトロンのある腹部の右下側はあまりひどい状態ではなかった。スピンドルがガーディ・レヴィンに完全に気を取られていることを確認してから黒羽を引っ張りあげる。
腹の上を大急ぎで横切って右側面からぽんと飛び降りた。黒羽は右手を突起にかけて、動力ルームに入るパネルの付近から降りかけている。その足に赤星が触れると自分の肩に誘導し、黒羽の体重を支えて両足を踏ん張った。

赤星の肩に立った黒羽はキーボックスを開け、逆さまになっている30個の英数字キーから10文字のパスコードを入れた。重いパネルを引きあけると内部に入る。入り口に両手をかけた赤星も力任せに自分の身体を引き上げて後に続いた。
耳鳴りのような音とも振動ともつかぬものが響いてくる中、二人は身をかがめて天井を歩いた。160cmそこそこの高さしかないこの通路は、細長い鳥かごのように両側は20cm間隔の格子で覆われている。斜めになっても設備に体重をかけずに移動できるようにするための格子だから、数本ごとに簡単に外せるようになっていた。

照明の電源は通常のバッテリーにより供給されており、足下の天井に埋め込んだライトのおかげで移動に不自由はなかった。二人はすぐに目的の場所に着いた。円盤のように丸く平たい本体に長い首のついたカラフェのような形のリーブトロンだけは、重力に合わせて回転する為、正しい向きを保っている。二人は格子の間から手を伸ばして、周囲のパネルのレバー類を片っ端から切っていった。
これで内的要因でロボットが爆発することは無い。流石に顔を見合わせてほっとすると、今度は赤星が先に立って出口に向かう。外を見ると、ガーディ・レヴィンが再びスピンドルに襲いかかるところだった。


スピンドルの右側面はアオコのような緑色に染まっていた。片腕を失っていることは相当のダメージにはなっていたようだった。バルカンの掃射を受けたスピンドルはぐらりとよろめきながらも反射光のビームを放つが、黒い機体はきらりと翻ってそれを交わす。一回転しながらもう一度ミサイルを撃ち込んだ。
スピンドルはついに崩れた。ぐらりと膝をつきそのままうずくまる。光の中に解けていくようにその巨体が煌めきに変わっていく様は美しいと言ってよかった。

その光景に引き寄せられるように、赤星と黒羽はリーブロボの頭部に向かって早足で進んだ。上腕が吹き飛ばされた右肘の破損部を回り込み、頭側部を越えると黄龍達3人が大岩の前に飛び出しているのがわかった。赤星が両手で大きな丸を作ってみせる。一体どこにそんな体力が残っているのか、輝がぱたぱたと小走りに近寄ってくる。そのあとから、瑠衣が少しふらつきながら、黄龍がそれを支えるようにしてゆっくり歩いてきた。

すぐ近くでホバリングに入ったガーディ・レヴィンの轟音に5人は我に返った。簡易梯子が伸び、田島が降り立った。
「大丈夫かっ!」
簡易飛行服に身を包み、まろびそうになりながら走り寄って来る。

「赤星! 輝君! 瑠衣ちゃん! 黄龍君!」
「‥‥‥田島さん‥‥」
皆の名前を一人一人呼んだ田島は、最後に黒羽を見つめ、しゃがれた声で言った。
「‥‥黒羽ちゃん‥‥。本当に大丈夫なのか?」
「いやですねぇ、博士。‥‥ちゃあんと足はついてますぜ‥‥?」

「田島さん‥‥。俺、リーブロボを‥‥‥。‥‥すみません‥‥」
赤星が田島に向かって項垂れる。
「いいんだ。メカは修理すれば直る。君たちが無事でいてくれて、よかったよ‥‥」

「ホントなの! ラガーもすぐ治るのっ?」
輝に両手を取られて、田島はちょっと困ったような笑顔を浮かべた。
「上から見ただけだが、ラガーとランドはだいぶひどいね。ジェットもかなりやられている。そう簡単にはいかないと思うが、最善を尽くすと約束するよ」

「博士。あの‥‥ブルーンのヤツは‥‥」
黒羽が心配げに聞いた。
「ああ、オズブルーンなら少し離れた処に無事不時着している。右の主翼の先が折れているが、すぐ治るだろう。まったく悪運の強いお嬢さんだよ」

「ところで、田島さん。誰が、レヴィンを‥‥?」
赤星の言葉が途中で止まった。ガーディ・レヴィンは既に着地し、操縦席から飛行服に身を固めた人物が降りてくる。パイロットは急ぎ足で近寄ってくる途中でヘルメットを外した。

「‥‥島、さん‥‥?」
輝と瑠衣の声が重なる。特警のプリンス、島正之は、頭をふって髪を軽く整えると、人懐こく笑った。
「よかった! 皆さん、ご無事だったんですね?」
「‥‥こりゃ、驚いたな。島警部補は、あんなものの操縦まで‥‥?」
黒羽の本心から驚いたような声に、島は無邪気に笑い返した。
「ええ、アメリカで少し。今日はシステムに助けられたというのが、ホントのとこですが」

そこで島の顔はふっと引き締まり、ぴしりと敬礼をすると5人を順に見やった。
「オズリーブスの皆さん、お疲れ様でした。もうすぐ自衛隊の輸送用ヘリが到着します。それで警察病院までお送りしましょう」



ヘリのはめ込み窓からリーブロボを見下ろした5人は、その悲惨な姿に声もなかった。
左足は不自然な形にねじ曲がり、長い傷口から機械類が丸見えになっている。胴体のあちこちが切り裂かれ、ぱくり、ぱくりとむごい疵痕を晒していた。右腕は肘から先が吹き飛び、左肩はほとんどもげかけている。そして顔の部分は、自らの得物である龍球剣で斬り削がれて、もはや面影さえなかった。

一人、また一人と顔を背けて床に座り込む。うち捨てられた人形のようなリーブロボが完全に視界からアウトして、赤星がやっと窓から離れた。

壁を背にしてうずくまった5人は、いつの間にかもたれ合うように寄り添って、泥のような眠りに落ちていた‥‥。


2003/5/26

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