第27話 鋼の守護神
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葉隠はプリントアウトした沢山の計測データを精査していた。時々脇のキーボードを叩いてモニターを覗き込み、また紙にチェックしていく。どれだけPCが発達しても結局最後は紙に出した方が「気がつく」のは、あながち年齢のせいばかりではないと思う。

葉隠のいる広い部屋は大量のモニターや解析用のマシンで埋め尽くされていた。南側の一面は強化ガラスで出来ていて格納庫兼整備場が一望できる。そこには完成間近の3台の巨大なメカが、命を吹き込まれるのを待っていた。
頭部にあたる小型戦闘機のガーディペッカー。腰部と脚部を形作る大型装甲車ガーディオウル。そしてM島で巨大化したスピンドルを沈めた大型爆撃機ガーディレヴィン。
その3台が合体した時、彼はこう呼ばれる。

ネオリーブロボ・ガーディアン。

新開発されたリーブダイナモの搭載により、リーブ粒子を使って発電された電気エネルギーとごく普通の炭素系エネルギーで駆動する新型ロボット。リーブエネルギーを使った兵器は別にして、リーブレスがなくても操縦できるのがリーブロボとの大きな違いだ。完成したらパリ本部に行くはずだったが、今となっては破壊されたリーブロボの代替になってもらうしかない。リーブロボより一回り小さいがそれでも巨大化怪人には十分対抗できると思われた。彼はまさに鋼鉄の身体を持った救世主だったのだ。

一昨日、都庁前に現れた2体のスパイダルの怪人に対する機動隊と自衛隊の共同作戦。どのマスコミも戦闘状況の間近な映像をスクープすることはできなかった。それでもその夜のうちに伝えられた「怪人2名を自衛隊が撃破」というニュースに人々はまずはほっとした。しかし翌朝、破壊された都議会議事堂の様子が明らかになるにつれ、様々な思いが交錯し始めた。

死傷者の数も、議事堂の惨状も、多くの人に「怪人との戦いは苦戦だった」というイメージを与えた。それなのにオズリーブスが出動しなかったのは何故なのか。装備のトラブルという公式発表は本当に真実なのか。スパイダルの言う通り当分出動できない甚大な被害を受けているのだ。いや全ては憲法改正を一気に推し進めようという右派勢力の思惑だ等々、様々な説が囁かれる始末だった。世論の中で自衛隊への依存心と恐怖感という相反する感情が両方とも増大していた。それはスパイダルが現実の脅威として改めて認識され直した証拠でもあった。

それでも風間の強硬な作戦のお陰で、オズベースには昨日という一日が与えられた。スパイダルの現れない一日。それは壊れたリーブレスを修復し、ガーディアンの開発を進め、そして戦士に休息を与える貴重な一日だった。


しゅうっというドアが開く音に葉隠は振り返った。
入ってきたのはこの天才科学者が、今、最も信頼を置いている人間だった。2度もM島まで往復し、その後も仮眠程度で新型ロボットの開発にあたっているというのに、周囲にぴりぴりとした感じを与えない。それはこの田島十兵衛という男の大きな美点だったろう。

「オウルとペッカーのダイナモ出力は完璧なようじゃの」
「ああ、有難うございます、博士。こっちはレヴィンが問題で‥‥」
「どうした? この前の飛行は順調じゃったろう?」
「一機の時はいいんですが、合体時の出力が保てないんです」
「なんと‥‥」

「でも、今、塚原さん達がチェックしてくれてて。原因が早めにわかるといい‥‥」
そう言いかけた田島が、何かを見つけて急にささやき声になった。
「‥‥‥あれ、赤星ですか、こんなとこで」
部屋のもう一方のドアの近くの応接コーナー。ソファの上で毛布が窮屈そうな山を成し、肘掛けに黒いくせっ毛頭が載っている。葉隠が苦笑した。
「頭が冴えて眠れないと、けっきょく明け方近くまで手伝ってくれての。いったんああなると興奮した子供と変わらん。塚原君たちが来てくれたのがよっぽど嬉しかったんじゃろ」


昨日の朝のことだ。葉隠は二人の知人からのメールに気づいた。四菱重工の塚原、そして酉井重工の伊藤。社の承諾を得たのでなんとかOZに協力できないか‥‥というものだった。二人とも学会で出会って葉隠に心酔した技術者だ。塚原は50歳、伊藤は40代半ば。田島もこの二人とは面識があった。
二人はそれぞれに絶対に信頼がおけるという数名の仲間を引き連れてやってきた。実際はいったん警備局特命課に赴いてもらい、目隠しをされた車でオズベース入りする形ではあったが。

葉隠に次ぐ年齢の塚原は、かつて葉隠にくっつき歩いていた少々場違いな感じの少年を覚えていた。当時ボディガードと言われて意外に思ったものだったが、今やそれがオズリーブスのリーダーになっていると聞いてもっと驚いていた。一方の赤星は一般企業からの思っても見なかった応援に驚き、そして喜んだ。こんなに手放しで喜ばれると、応援組のテンションも知らず知らずのうちに高まってしまうのだった。

オズリーブスの正体を知らない協力者と直接交え、語り、感謝し、励まされ‥‥。
本人は意識してはいなかったが、それは赤星にとって象徴云々という言葉で縛られた己を完全に解放するきっかけとなった。自責に駆られて無理をするような不自然さが消えて、シンプルで明朗ないつもの赤星が戻ってきた。だから葉隠も好きにさせていたのだった。

「赤星らしいですね」
田島は微笑んだ。ソファで丸まっている若者の姿にリーブスーツの開発で忙しかった頃を思い出した。自分たちの引いた期限に迫られていただけで、侵略者に追われていたわけではない、平和な頃の話だ。

「ところで、博士。例のそっくり怪人達のことは見えてきたんですか?」
「同型の怪人のデータと付き合わせたら、やはり動き方からして異なっていたそうじゃ。死んだ怪人の形だけ模した人形のようなもの‥‥とうい輝君の読みは正解だったんじゃな。昨日の午後、5人で色々見とったが、動き方はむしろマリオネという怪人に似てるらしい」
「あの、輝君が苦労した操り人形‥‥」
「ああ、そうじゃ。動きの間を突くことができそうだと言っておったよ」
「そうですか‥‥。で、リーブレスは?」
「瑠衣ちゃん、竜、それに黄龍君の分は完了。輝君が最終調整中。そしてそろそろ黒羽君の分がなんとかなる頃だと思うがの」
「さすが、星加博士と中村君。たいしたもんですね」
「まったくじゃよ」

葉隠が頷いた時、またドアが開き、今度は大変騒がしい人物が入ってきた。
「田島さん 多分、わかった!」
「塚原さん!?」
葉隠と並ぶと頭1つ大きい大柄の科学者は、大股で歩み入りながら、朗々と響く声で言った。
「第5シリンダーだ! リーブ粒子の密度分布にムラがある! あ、博士、すみません」
塚原がひょこりと葉隠に向かって頭を下げた。田島が何かを確かめるように言う。
「もしかして、準位の低い粒子が混じったか‥‥。でも、それならあの結果は分かりますよ!」
「見えてきたようじゃな。いや、塚原君、どうもありがとう!」
葉隠も思わず弾んだ声をあげ、塚原は嬉しそうに答えた。
「いえいえ。流石に状況が掴めないんで、しらみつぶしってやつで‥‥」
「とにかくすぐテストしてみます!」

田島が勢い込んでそう言ったとたん、どたん、という音とわっという声がした。3人の科学者は思わず身をすくめ、おそるおそるそちらを見やった。床に落ちた青年が、状況を把握しきれずに毛布に絡まったままきょろきょろしており、3人はその様子に大爆笑した。


===***===

訓練場にカンっという澄んだ音が響いた。

振り下ろされた桜色のスティックが金属棒で受け止められている。ピンク色の強化スーツを纏った少女はそのままスティックをぐっと押し込んだ。が‥‥。
「あ‥‥っ ‥う‥‥」
金属棒がなんの抵抗もなくすとんと沈み、次の瞬間、瑠衣の腹部にずんと打撃が入っていた。瑠衣は何歩も後ろによろめいて膝をついた。

「甘いなァ、瑠衣ちゃん」
顔をあげると、金属製の木刀もどきでとんとんと自分の右肩を叩きながら、男がにっと笑った。黒い上着を脱いだ赤シャツと黒いベスト姿。左肩は張り気味に固定されていてぎこちないが、口の端に浮かべた笑みはいつものままだ。

昨日の午後、黒羽と瑠衣は警察病院を退院してきた。黒羽は丸一日病院に留め置かれた上に、自分のリーブレスの修理が最後に回されていたことにおかんむりだった。もちろん皆の前ではいつも通りの鷹揚な様子だったが、赤星と二人になった途端、全部お前の陰謀か、こんなケガ舐めときゃ治る、オレが信じられないなら絶交だ、などと、子供のような八つ当たりをしていた‥‥‥‥のを、瑠衣はこっそり聞いてしまったのだ。"陰謀"に黄龍や輝が噛んでいたことは黙ってなきゃと、瑠衣はしみじみ決心したのだった。

今の黒羽の取り澄ました顔とあの時のギャップに吹き出しそうになったが、瑠衣はそれをこらえると、ゴーグルの中でつーんと唇を尖らせてみせた。
「違うもん。黒羽さん生身だから手加減したんですよーだ」
「それはそれは。どうも有難うございます」
黒羽はすっと両手を広げると、大げさで優雅な一礼を返してよこした。

と、だんっという鈍い音がした。見やると着装した輝が壁を背にへたり込んでいる。どうやら黄龍の蹴りをまともに食らってしまったらしかった。
「ありゃ〜。メンゴな、テル」
ぜんぜん謝ってる声ではないが、それでも輝に歩み寄って長い手を差し出す。輝はそれをぐっと握るととんと跳ね起き、ブレスレットに触れて強化スーツを解除した。
「うー。きっつい。まだイマイチ合ってないや」
「おー、やだねー。負け惜しみ言っちゃってさ」
「違うよっっ 自分のだけ先に調整して貰っといて、なんだよっ」

「ほらほらお二人さん、そこまでだ。ガキみたいに騒ぐから、主任が飛んでらしたじゃないか」
黒羽の声に黄龍と輝が振り返る。ちょうど室内に足を踏み込んだ有望は、いきなり振られて一瞬立ちすくみ、すぐに柔らかく笑った。
「ごめんなさい、輝君。すぐに合わせるから」
「あっ 有望主任!」
輝が弾けるように駆け寄ると有望の右手をいたわるようにそっと取った。
「疲れてないですか?」
「ええ、大丈夫よ」

有望は輝の手をそっと放し、左手に下げていたケースを入り口側の台に置いた。中から最後のリーブレスを取り出すと、歩み寄ってきた黒羽に差し出した。
「遅くなって、ごめんなさいね」
「どういたしまして。もっとかかると思ってましたよ。お世話かけました」
「身体のほう辛くない? 着装してみてもらって大丈夫?」
「おやおや。いったい誰にものを言ってるんです?」

黒羽がリーブレスを左手首に巻きながらそう笑った時だった。いきなり警報が鳴り響いた。黄龍と瑠衣がスーツを解除する。
<みんな、訓練場か?>
4人のリーブレスから赤星の声がした。黒羽が間髪を入れずに答える。
「リーブレスは、あとは坊やの最終調整だけで仕上がるぞ」
<ウソつけ。お前のこれからだろうが。有望、そこいるか? 輝のどのくらいで終わるんだ?>
輝がぱっと有望の口元にブレスを上げた。
「あと5分ぐらいよ」
<じゃ、頼む。黒羽以外は出動準備して待って‥‥‥‥>
黒羽が苛ついた声を出した。
「おい、いい加減怒るぞ! オレはな、もうとっくに‥‥」
<違うって! レヴィン‥‥っていうか、ガーディアンの最終調整を手伝って欲しいんだ。やばくなったら呼ぶから、それまでこっち頼む。でないとあいつ、飛べねえ!>


===***===

オズベースで警報が鳴り響く少し前‥‥。

「ねー見てよ、あれ。チョー妙じゃん?」
「げ。マジ妙。なんだよ、あのおっさんたち」
高いヒールと豹柄のミニが扇情的な少女。そして黒のスリムパンツにジャケットのおかげで異様にひょろ高く見える少年。そんなカップルが指さしたのは制服警官と話している二人組だ。

ここはまさに若者の街。大きな街ではないがファッションや文化の重要な発信地の1つと言っていい。目立たない場所にあることで余計価値が増すかのように、入り組んだ小路にも洒落たショップがたくさん散らばっていた。東の方には公園と神宮が一体となった大きな空間が広がる。いつもの日曜日だったらこの駅の周辺は少年少女のグループやカップルの待ち合わせでごった返しているはずだ。なのに今日はやたらと人が少ない。それでも、境内へ通じる短い橋の上の「妙なおっさんの二人組」にとっては、衆人が多すぎて不満なのだった。

二人の内の一人は、整った顔立ちに表情の豊かな瞳が印象的な真っ白なスーツ姿。はだけた赤いシャツから鍛えられた胸筋がのぞいている。有名スポーツ選手かタレント‥‥と言われれば納得もできるが、テレビで見かけた顔かと問われると定かではない。もう一人はグリーンのジャージにトレーナー姿。小柄だががっしりとした体格だ。体育の教師が指導中に抜け出してきたとしか思えないが、今日は日曜日。都内のスポーツ大会は全部中止になっているから話が合わない。
こんなコンビを相手に、むしろ警官の方が姿勢を正して受け答えしているから、余計に道行く若者たちの目を引いてしまうのだった。

「ったくガキどもが。こんな時にふらふら出歩きやがって」
派手な白スーツの男‥‥特警の早見瞬は、露骨に好奇の視線を投げてくる無遠慮な少年達をいまいましげに睨み返した。若い巡査がまるで言い訳するように答える。
「それでも普段の日曜に比べたら、ガラ空きなんですよ」
「でも、親御さんたち、心配してるんじゃないッスか?」
グリーンのトレーナー姿‥‥同じく特警の田口了は、本当に心配そうな顔で、通り過ぎるカップルや少年少女のグループを見送っている。
「まあ‥‥‥中には家出同然の少年少女も多いですから‥‥‥‥」
「家出してもニュースぐらい見ろっての。スパイダル連中がまだ調子に乗ってたらどーすんだ!」

それで大人しく家にこもっていてくれれば苦労はしない。早見の言葉にどう返そうか、視線を宙に彷徨わせた警官が、唖然とした表情で固まった。
「‥‥あ‥‥れ‥‥‥‥!」
震えた唇がかろうじてそれだけの言葉を押し出す。早見は振り返ろうとしたがそれより早く肩を強く掴まれた。地面に押さえ込まれながら「伏せろ!」というどでかい怒鳴り声を聞いた。刹那、田口もこんな声が出せたのか、などと呑気な言葉が頭をよぎった。

空気を斬る音、ばきりと何かが割れる音、そして沢山の悲鳴。

顔を上げた早見の目に、まず飛び込んできたのは橋の欄干部に立っていた大きなポスター看板のぶち折られた様。首を巡らす途中で地面に倒れたひょろ長い茶髪の少年に気づいた。腰のあたりから不自然に背中側に折れ曲がっていた。視線を上げると、歩道橋の上で巨大な虫のようなものが弧状の角を自分の頭に差し戻していた。それをブーメランのように投げたのだと、すぐわかった。

「スパイダル!」
早見は一瞬の躊躇もなく橋の中央に飛び出して3つの異形を睨み上げた。中央にいるのがあのイヤったらしい放送を流した四天王の一人。そしてその両側には過去のスパイダル事件で現れたと同型の怪人が2体控えている。警官を助け起こして交番に走らせた田口がぱっと早見の傍についた。


逃げまどう人間たちの中で、ただ二人、恐れげも無く見上げてくる男たち。それはマルキガイナスとマルキクワンガーの姿を模した2体のゴルリンを引き連れた魔神将軍シェロプの注意を引くに十分だった。
「お前達もオズリーブスの関係者か?」
「ヤツらと一緒にすんなって! この前、てめーらの仲間3匹、徹底的にノシてやったの忘れたか!」
「あのゴリアントに勝ったぐらいで、いい気になるとは、3次元人は揃って愚か者のようだな」

早見はオーバーな動作で両手を広げてみせた。
「へぇ。ずいぶんと自信がお有りで‥‥。じゃあ、もう一度勝負してみるかよ? それとも、たった3人じゃ怖くて無理かねぇ。こっちはそれなりに装備あるしよぉ」
「なんだと? 口を慎め! 私を誰と心得る!」
「へーへーすんませんね。よっしゃ、オレについてきな。親分に会わせるぜ」
早見は悠然と歩道に倒れていた大型バイクを引き起こした。キーがついたままだ。さっきから目をつけていた。驚きを必死に押し隠している田口にぱちりとウインクすると、そのまま橋を渡って公園内に向かって走り出す。バサリという羽音を聞いて肩越しに見上げると、クワガタ怪人がもう一体を抱えて飛び上がった。それを確認した早見はぐんとスピードを上げた。

人の大勢いる場所からこの連中を引き離す。早見の頭にはそれしかない。あとは仲間がなんとかしてくれると信じていた。風間と、特警と、そしてオズリーブスが‥‥。


2003/11/16

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background by Studio Blue Moon