第27話 鋼の守護神
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警察病院の1Fロビーの高い台に置かれたテレビでは、正午のニュースをやっている。早朝から、スパイダルの攻撃によりI諸島が沈む可能性があるとの政府発表があり、各局とも大わらわの臨時編成になっていた。9:00に「原因は排除されたと思われるが、完全に安全と確認されるまで島に戻らないように」という経過発表があった。そういった今までの動きが総括された後、スタジオではキャスターが質問を投げかけ、解説者が返す‥‥という形式で、憶測が飛び交い始めた。

入り口のすぐ傍からじっと画面を見つめていた偉丈夫がほっと小さく息を吐いた。男は大股で公衆電話の方に近づくと、小銭入れを引っ張り出して受話器を取りあげる。持っていた十円玉と百円玉を全部放り込むと、低く抑えた声で話し始めた。

「俺です。今、警察病院からです。‥‥ええ、なんとか。でも、みんなかなり参ってて‥‥。特に黒羽はしばらく動かせません。竹本さん達は?‥‥いったん戻った? ‥‥‥‥ですね。何あるかわかんねえし‥‥それで‥‥あいつらの回収は? ‥‥そうですか‥‥」

この男。今朝から何度もニュースキャスターの口端に上っているオズリーブスのリーダーである赤星竜太の声はだいぶしゃがれていた。点滴を受けつつ医師からみんなの状況を聞いたばかり。ベースに連絡しようと外に出たら携帯が壊れていることに気づいて、ロビーに戻ってきたところだった。機能しなくなっていたリーブレスは5つとも田島に渡したきりになっている。

前日から続いた作戦行動による疲労に、ブラックインパルスの顛末やリーブロボ大破のショックが重なり、5人とも確かに自失気味だったかもしれない。どこかふわふわした感覚のまま田島と島に高速輸送ヘリのキャビンに押し込まれた。

床にへたり込み呑まれるように眠ったところまではよかったが、飛行中に目覚めてしまったのが不幸だった。緊張の糸が切れてしまえば全身から送られてくる異常信号はフルバージョンで頭を占領する。皆、ちょっとでも楽な体勢を探しながら、荒い息の中に痛みを押し殺すハメになった。
特に黒羽の容態はひどかった。蒼白な顔に冷や汗を浮かべ、声をかける度に、寒い、と呟く。自衛隊の輸送ヘリには暖房はないから機内の気温が低いのは事実だが、ジャンパーをかけてやっても震えがいっこうに収まらなかった。「痛み」は時に「寒さ」として感じられることがある。それは赤星にも経験があった。

警察病院の屋上に到着したのは11:00をだいぶ回った頃。黒羽はクラビクルブレースで左肩を固定され、鎮痛剤を入れてやっと少しラクになったようだ。瑠衣は左足首の捻挫を固定し、黄龍は後頭部の裂傷を三針縫った。輝は腹部の打撲痛が強くて精密検査に入っている。それ以外にも皆、前夜に受けた打撲からの内出血がすっかり広がり身体のあちこちが紫色になってしまっていた。黄龍など寝返りを打つたびに悪態をつく始末だった。

「え? ああ、俺は頑丈なだけが取り柄だから大丈夫。‥‥‥‥‥え‥‥‥っ」
赤星の顔に少しだけ浮かんだ笑みがすぐに消えた。息を呑んで、呆然と宙の一点を見上げる。
「‥‥‥あ‥‥。聞こえて、ます‥‥。わかりました。俺、とにかくすぐに帰ります」

赤星は受話器を置くと電話台に両手をついてしばし俯いた。そしてくるりと振り返り、見知った顔と向かい合って目を丸くした。
「西条さん!」
「なんとか大丈夫そうだな、赤星。心配したぞ。みんな、相当悪いのか?」
「黒羽がかなり‥‥‥。あと三人は骨折とか無かったから、まだ良かったんですけど‥‥」
「浅見局長が至急にお前の話を聞きたいと言ってる。こっちに来られないか?」
「そうします。実は重大な問題が起きて‥‥。黄龍たちに状況話して来るんで、少し待っ‥‥」

いきなりロビーの方でざわめきが起こり、そこに「なんだ!」「どうしたんだ!」という声が重なった。赤星と西条が慌てて植え込みを回ってロビーを覗き込み‥‥。そこで二人とも我が目を疑った。さっきまでのニュース画面が一転し、白い仮面のようなものをつけ、光沢のある濃紺の軍服を着た人物が映っていた。

<ごきげんよう、三次元の諸君。私はスパイダル帝国の四天王、魔神将軍シェロプ>

ロビー内が一瞬、不気味なほどに静まりかえった。座って雑誌や本を読んでいた人たちが呆けたように立ち上がる。画面の中のシェロプは暗い背景に浮き上がるように、得々と語りかけてきた。
<我々はオズリーブスの最重要兵器を破壊した。せっかくの見物を我々とオズリーブスだけの秘密にしておくのも惜しかろう。諸君らにもぜひ見て頂きたい>

赤星がふらふらとロビーに踏み込む。映像が切り替わった。ちらつくノイズの向こうには右の肘先を失ったリーブロボの姿が映っている。その背中で激しい爆発が起き、ロボットがぐらりと倒れ込んだ。人々の口から、ああっという悲鳴に近い声が漏れた。

<つい先程、我が配下のスピンドルがオズリーブスの戦闘ロボットを撃破した。もはやオズリーブスの五人も我々の前に出てくることは不可能だろう>

仰向けに倒れたリーブロボが龍球剣でめった打ちにされているシーンが続いた。拳を握りしめた赤星の両腕が震え出す。
その場に居る人間が、皆、驚愕の表情を浮かべていた。島が沈むかもしれないという危機をオズリーブスは例によって乗り切ってくれたはずだった。それがどうしてこんな事になったのか。叫びをこらえるように口元に手を押し当てている女性や、週刊誌をくしゃくしゃに握りしめている男性もいた。

<言っておくがこれは全て真実だ。賢明な者はよく考えるがよい。我がスパイダルは降伏の意志を示した者に害を為すような野蛮はせぬ‥‥>

大きな剣がロボットの顔めがけて振り下ろされた瞬間、一人の幼い少年がまさに火が付いたように泣き出した。それがロビーにいた他の数人の子供に伝染する。母親たちが慌てて我が子を抱きしめ、なだめすかすが泣きやまない。
テレビの画面はその後すぐに右往左往しているスタジオに切り替わった。モニターに気づいて目線をカメラに合わせたキャスターが、悪質な妨害電波であり当放送局で放映したものではないと何度も繰り返し、事実関係については現在調査中と述べた。

いらだち、あるいは怯えてざわめく人々の様子を、赤星は呆然と見つめていた。同窓の先輩が声をかけても気づきもしない。その頭の中で、風間特警本部長の言葉が反響している。

オズリーブスは対スパイダルの最重要戦力であると同時に象徴なのだ‥‥と‥‥。


===***===

アラクネーは一ヶ月ぶりに、この世界の出で立ちで、横格子のシャッターが降りたそのドアを見上げていた。不現理絵としてこの世界に潜入し、二ヶ月ほどアルバイトをしていた喫茶店「森の小路」。この外看板を見ただけで、ふわりとコーヒーの香りが漂った気がした。

わたしはこの場所が好きだったのだろうか‥‥。
この場所にいる時間が好きだったのだろうか‥‥。

あの5人と言葉を交わしている時のわたし自身が‥‥‥‥。


ゆっくりと外階段を上り、格子に手をかけて中を覗く。カウンターの椅子が乱れたままだ。手前のテーブル席のシュガー入れも定位置に戻ってない。店じまいの時にはいつもきちんとしていたのに。

そう‥‥。できるはずがない。店長も店を手伝っていた3人も昨夜はここに居なかった。常連客の1人と合わせて5人。ここには居なかったのだから‥‥。

オズリーブス。

今朝、あの島で、バイオアーマーを倒した時、5色の戦闘人間は普通の三次元人の姿に戻った。

赤星竜太、黒羽健、黄龍瑛那、翠川輝、桜木瑠衣。

それが‥‥‥‥オズリーブス。

三次元人としては珍しい戦闘形態。スパイダルで優秀な兵士を選抜して改造した怪人と同じで、戦闘専用の存在と思っていた。それがあんなにも普通の人間と同じように生活しているとは‥‥。
なんということ。もっと早くわかっていたらとっくの昔に始末をつけられた。
だが、今からでも遅くはない。不現理絵として近づき、普段の姿の時に襲えば、必ず仕留めることができる。そうすればあのお方をお助けできる。きっと喜んで下さって‥‥‥‥‥‥

ブラックインパルス様‥‥‥‥‥

少女はぎゅっと横桟を握りしめた。
敬愛する司令官を陥れたのが、いきなり登場して参謀と名乗ったファントマとシェロプであることは確実だった。そしてあのバイオアーマーの出所が皇帝ならば、皇帝も‥‥。
スパイダルの中で、唯一自分の生きる道は軍しかない。では、わたしはこれからあの参謀と皇帝陛下に仕えていくと言うのか。あのお方をあのように踏みにじったあの二人に‥‥。

それは‥‥‥‥。そんなことは‥‥‥‥。

アラクネーは頭を振った。光の加減で紫を帯びる黒髪が振りまかれた。力無く向きを変えゆっくりと階段を下り始める。とにかくあの子たちを回収してから考えようと思った。今、少女にとって確かなものは、ここに預けたあの三匹の子猫たちだけなのかもしれなかった。


===***===

西条は赤星を連れ、テーブルが四角く並んでいるいつもの会議室に入った。既に左奥に浅見警備局局長、その隣に風間特警本部長が座している。浅見がちらりと西条に目配せし、西条は赤星にいつものドア側の辺でなく右側の席を示した。査問とも取られかねないこれからの質疑に、せめて対面を避けた浅見の気遣いに感謝しながら、西条は部屋を辞した。だが、配慮された当の赤星は、黙りこくったまま、まるで人形のように言われた椅子に座った。

「ご苦労だ‥‥」
「浅見さん、風間さん」
まずは労いの言葉をかけようとした浅見を遮るように赤星が顔を上げて二人を見つめ、警察のトップ達は普段のこの男らしからぬ様子に、少し目を見開いた。
「‥‥すみません。オズリーブスはしばらく出動できません‥‥」
謝るというより、かくりとうなだれるような頭の下げ方だった。

「まあ、普通の人間なら寝込んで当然だからな。特に副長の状況は‥‥」
風間が警察病院からFAXされたばかりの医師の所見を手に取りながらそう言う。だが赤星は首を横に振った。
「そうじゃないんです。リーブレスが‥‥壊れて‥‥‥‥」
「なに?」
「リーブロボが破壊された時、ショックで大きなエネルギーが信号ケーブルを逆流して、リーブグリッドがショートしたんです。今、博士達が必死で修理してますが、少なくとも何日かかかるんじゃないかって‥‥‥‥。俺が、もうちょっと早く脱出の指示を出してれば‥‥」

浅見と風間もさすがに押し黙った。
スパイダルの魔神将軍が都内に流した例の映像は民放3局の電波を妨害してもり、送信周波数は180MHz〜210MHz、各地から寄せられた情報から受信範囲は都心から半径20km程度の圏内と推定された。ただ政府が自粛を呼びかけるより早く、各放送局が録画した映像を再放送してしまったので、受信範囲が狭かったことはなんの慰めにもならなかった。

リーブロボが使い物にならなくなったのは事実。だからせめてオズリーブスの健在だけでもPRしておきたい気持ちがあった。だが‥‥。
目の前で俯いた青年の衣服は埃だらけだ。髪も乱れたままで、あまり顔色のよくない頬から顎にかけてうっすらと無精髭が伸びている。何より普段の快活さがすっかりと陰を潜めているために余計に疲弊した感じだった。

浅見が口を開いた。
「赤星。お前達が敵の司令官であるブラックインパルスとその寄生怪物を倒した処までの状況は、オズベースからの報告でわかっている。私はその後のことをきちんと知っておく必要がある」
赤星がこっくりと頷いた。ブラックインパルスと黒羽の関係について葉隠は特警には話さないでくれている。赤星としてもそれだけは知られたくなかった。

「今度の怪人は2体になって巨大化した訳だな?」
「はい。あのファントマっていう新しい幹部の作った仕組みらしいです」
「相手が2体と分かった時、退くという選択肢はなかったのか?」
「既に合体シフトに入ってたし‥‥。っていうか、そうじゃなくたって退けないです。あんなの2匹で暴れたら、M島の施設とか全滅しちまう‥‥」
「だが、あの時、少なくともあの島は無人だった」

赤星が目をまん丸くして浅見を見つめ返した。
「‥‥だから壊れちまっていいってんですか?‥‥」
「いや、そうは言わん。ただ、お前がその時どう判断したのかを知りたい。5人とも強化スーツは解除されていたし、副長はかなりの負傷をしていた。勝算をどう見ていた?」
「勝算なんて! 考えてたのはいつもと同じです。ヤツらが市街地に行かないようにすること。今までだってなんとかそうしてきたでしょう?」

「だが、結果的にリーブロボは破壊され、その上それを心理作戦として利用された。あのあと首都圏の各警察署には問い合わせが殺到して、一時は110番回線も一杯になったぐらいだ。すぐにマスコミを通じて呼びかけて、今は収まっているが、リーブロボが破壊されたことに関しては公式発表せざるを得なかった。事実、怪人が巨大化した時の決め手を我々は失っている」

赤星が視線を落とした。警察病院のロビーにいた人達の様子を思い出していた。いや、思い出したのではない。さっきからその情景だけが頭を埋めていた。男は机上で左の拳を右の掌でぐっと握りしめた。
「‥‥2体になるってわかった瞬間にまずいとは思いました。戦い始めて、普通には勝てないと覚悟して‥‥。でも、せめて片っぽは倒そうと思ったんです。相手にダメージを与えておけば、たとえこっちがやられても、あとの被害が少なくなるはずだって‥‥。確かに俺、相打ちでもリーブロボ壊れても、仕方ないって考えてました‥‥‥‥」

赤星が顔を歪めて浅見と風間を見つめた。
「‥‥昨日‥‥俺たちは象徴だって、言いましたよね‥‥?」
特警本部長の風間が無言で頷く。
「だからって負けるくらいなら退けなんて‥‥。それじゃ何のためのリーブロボなんですか?」

「局長が仰ってるのはそういうことじゃない」
風間が穏やかな声で言った。
「相打ちになれば、その時は良くても後続は防ぎきれん。そのことを君は常に忘れてはならない。極端な話、多少の犠牲を出しても、リーブロボを温存する選択も十分に有り得るのだ」
「‥‥それは‥‥‥‥」
赤星は何か言いかけたが言葉が出てこなかった。2体目のスピンドルが消えていく様を見ながら、では次の怪人にどうしたらいいのか、深淵を覗く気分を味わっていたのは他ならぬ自分自身だった。

「今の日本はスパイダルの巨大化怪人に即時対応できる体制がない。自衛隊法では確かに、国会の承認があれば、自衛隊は武力行使を含む防衛出動が可能だ。だが過去に防衛出動が実際に行われた例は無いのだ。その上、スパイダルは今の法律では同じ組織として同定できないから、新たな巨大化怪人が現れる度に、別個の脅威として国会で承認を取ることが必要になる。法の上では事後承認を前提とした、総理大臣による緊急時防衛出動も謳われているが、実質的にはそれが不可能なことはわかるな?」

赤星としては頷くしかない。OZが国連の機関であることは、日本政府にとっても、最もセンシティブな部分に触れることなく国土を守ることができるというメリットがあったのだった。浅見が風間のあとに続けて言った。
「今回の件で、総理は自衛隊法第76条第1項による防衛出動の承認要請を衆院に提出することになった。私はこれから参考人として永田町に行かねばならない。だからお前の話を聞きたかった。お前を責めているわけではないのだ。戦闘を放棄することが実際は不可能なこともわかるし、もし最初から放棄して、その映像を利用されれば、もっとまずいことになっただろう」

浅見が書類をまとめて立ち上がった。
「あの海域はお前達のおかげで救われた。それ以上に奴らの世界とこちらの世界を繋ぐというとんでもない陰謀を防いでくれた事については、本当によくやってくれたと感謝している。ある意味、日本は、法制度が揃わないツケをお前達に背負わせているとも言えるだろう。だが、リーブロボが破壊され、その上、オズリーブスが出動できない今、対スパイダルに関して、国全体が心理的にも物理的にも非常に不安定になってしまったのは事実なのだ‥‥」

赤星が力無く頭を垂れた。オズブルーンがスピンドルと交戦している隙に各メカを切り離して離脱すべきだったのか‥‥。それとも本当に最初から戦闘を放棄すべきだったのか‥‥。
色々な自省は次に生かす糧なのだろうが、今はただ、それがそこにあるだけで苦しい。何より‥‥。
再度同じことがあった時、適切な判断ができる自信が自分には無くてよけいに苦しかった。


2003/6/8

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