第26話 黒騎士、影に消ゆ
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「じゃあY山が噴火する可能性もあるってことですか?」
「ああ。このままスパイダルが次元回廊を開き続けたら、そうなってもおかしくない」
田島の説明に、聞いていた7人は言葉を失った。

田島が高速ヘリでとんぼ返りしてきたのは夜中の3:00を少し回った頃だった。短い休息から起こされた5人と洵、そしてなんだかんだと結局一睡もしていない竹中は、田島とともに巡視艇の中の一室に閉じこもっていた。

巡視艇の甲板にはオズブルーンの姿がある。次元回廊が開いた直後、M島測候所の自動送信システムや電話の交換機が再び復活した。電磁波を使えなくする特殊空間と次元回廊はどうも両立しないようだった。田島からその話を聞いた黒羽は、返されたばかりのリーブレスでオズブルーンを呼び戻したのだった。

だが、スパイダルが人工的に開いている次元回廊は、M島の地殻にも影響を与えている。測候所から送られてくるデータは地殻変動が増大していることを示していた。
2年近くの歳月をかけてせっかく落ち着いてきていたM島のY火山。スパイダルが基地と特殊空間を作り、色々なことをやらかしたおかげで、すっかり不安定になってしまった。そしてとうとう彼らの目的は達せられ、次元の壁を突き破る衝撃は島の地殻を揺さぶっているのだ。

「中学の時に授業でもやったけど‥‥、避難してる人たち、みんな大変なんだよね‥‥」
瑠衣が誰に言うともなく呟く。
「オレもTVとかで見たけど、なんかたまんなかったもの。みんな帰れる日を待ってる。‥‥スパイダルのせいであの街がつぶれるなんてぜったいダメだよ」
そう続けた輝が、静かに赤星の顔を見た。

赤星は唇を開きかけ、何も言わずに閉じた。

皆の衣服の下にどれだけのガーゼや薬が貼られているのだろう。それでも長い睫に縁取られた丸い大きな瞳は一心に自分を見つめてくる。瑠衣と黄龍を見やれば決意の頷きが返ってきた。いつものように壁に寄りかかっている黒羽の肩は固定用のバンドのせいで、気持ち張り気味かもしれない。だがいつの間にやらきちんと身支度を整えていて、何食わぬ顔でにっと笑んでみせる。そんな皆の様子に、洵は小さなため息をついて天井を仰ぎ、不安さと諦めの入り交じった顔で赤星を見た。

赤星は田島に視線を戻した。
「田島さん。今、俺たちに打てる手と状況を説明してください。場合によっちゃ、明るくなる前に出動した方がいいかもしれない」

「すまんな‥‥」
竹中が言う。ぐったりした5人をこの手で運んでから十時間も経っていない。黒羽以外は打撲だけで済んだのもリーブスーツの驚異的な防護能力の証とも言えるのだが、それにしても‥‥。
一方、中堅刑事の人柄が伝わってくるようなその言い方に、OZ組の表情がふわりと柔らかくなった。誰かに認められるためにやっている訳じゃない。それでも、今、自分がやっていることを理解してくれる者がいるという事実は、人が前に進む原動力になり得るのだった。

田島が平たい石のように見える黒い金属の固まりを取り出した。両手にすっぽり入るぐらいの大きさで、下面は平らで座りがいい。
「低周波音の発生装置だ。プロテクトモードの時に君たちを覆っているパワーの百倍程度の出力がある。とりあえず30個作ってきた。これを基地の近く‥‥できれば、彼らの設備の傍にばらまければ、彼らが空間にひずみを与えるのをジャマできると思う」
「実際、プロテクトモードも、あの特殊空間に通用しましたからね」

「そのプロテクトモードにも改良を加えた。スーツに残っていたログを調べて、昨夜の防御力を出せるようにしたんだ。動きにくさもできるだけ軽減したつもりだけど、こればかりは使ってみないと‥‥。とにかく、本来、特殊空間の中で着装するために開発されたプロテクトモードが、文字通り本当の"防御"モードになったわけだ」
「あらあら。それじゃ、敵さんにお礼言わなきゃいけないじゃん?」
黄龍の言葉に。田島も苦笑気味に答えた。
「そういうことだね」

「だけど、スーツの防御機能がアップしても、普段通りに動けるとしても‥‥ブラックインパルスとは真っ正面にやり合っちゃダメだ。あの動きは見切れねえ‥‥」
「リ、リーダーでもそう思ったの?」
輝が思わず声を上げる。
「ああ‥‥。えらく速くて馬鹿力があるからそう思うんだろうけど、時々重心を移動したと逆方向に打撃が飛んでくる感じで‥‥。読めねえんだよ。あいつ‥‥。ホントにヤバイぜ‥‥」

「その敵のことは、笹木さんの写真から妙なことがわかったよ」
田島がそう言いながら何枚もの拡大した写真やそれを処理した結果を机の上に置いた。瑠衣がそれを広げるのを手伝いながら、感心したように言った。
「凄い。あのおじさん、こんなにたくさん写真撮ってくれてたの?」
「危険だって言ってるのに、どうしてもヤツの写真を撮るから島に戻るんだって言い張ってなぁ」
竹中の言葉に田島が重ねた。
「あの時、リーブスーツからの状況電送は不可能だったろう? だからこの写真、とても貴重な情報だったんだよ」
「そうだったんですか‥‥‥‥で、田島さん、その妙なことってのは?」

赤星に応えるように田島が1枚の写真を皆に示した。深紅に変化したブラックインパルスがソニックブームと呼ばれていたあの大剣を振り下ろそうとしている1枚だった。動きに比べてシャッタースピードが遅いから腕は流れるようにぼやけて見える。
「フィルムの感光の度合いから、この怪物の体の反射光の周波数分析をした。そうしたらこの部分に、異なる種類の周波数分布が出た。つまり、異なる材質の2本の腕があるみたいなんだよ」
「え、2本!?」
皆の目が丸くなる。

田島は腕の部分を拡大し、補正をかけた画像を隣に並べた。
「腕の振り始めはこの紅い腕。君たちが見ている姿だね。でもこのあたりから微妙にズレが出て、ほら、最後では紅い腕が先に振り下ろされて、黒い腕が遅れ気味になってるだろう?」
「そんな馬鹿な‥‥‥」
机のすぐそばに歩み寄って、広げられた写真を食い入るように見つめていた黒羽の口から、信じられないという声が漏れた。
「いや、黒羽ちゃん。彼らは我々とは別の次元から来ているんだから、十分考えられるよ。同じ空間に二つの物体が存在できるように調整をかけてるんだろう」
「ほんとに手が4本あるだけなのかなぁ‥‥。実は二人で合体してる怪人だったり!」
瑠衣の言葉に洵もまじまじと写真を覗き込んだ。
「そっかぁ。二体なら竜太さんの言う動きが読めないってのも、筋が通るんじゃない?」
「確かにな」

「わざわざ紅くなったんだからよー、紅い方が強いんだよな? ってことは、あちらさんが攻撃してきたタイミングで、反対側からこの黒い方を攻撃できたら、少しはマシとか?」
「‥‥瑛ちゃんの言う通りだな‥‥。鎧姿の時はあそこまで猛烈じゃあなかったからな‥‥」
黒羽がぼそりと呟くと、両拳で机を押すようにして、ふらりと壁際に戻った。
「‥‥‥‥とにかく、ブラックインパルス‥‥。あいつだけは、なんとしても‥‥‥‥」

赤星はそんな黒羽を目で追って、静かに言った。
「黒羽。今は、次元回廊を閉じるのが優先だぜ? アツくなんなよな」
黒羽は赤星を見返すと、心なしか引きつったような笑いを浮かべた。
「わかってますよ。旦那じゃあるまいし‥‥」

喧嘩相手なのに、出会った瞬間から妙に気にかかる人間がいることは赤星も経験していた。心が惹き寄せられる一方で、なぜか"宿命のライバル"なんて気分になってしまう。たぶんあの敵の司令官と黒羽はそうなのだろうと赤星は思った。黒羽はサシで勝負したいのかもしれない。だが、あの化け物相手では、さしもの黒羽と言えど大人と赤子。とてもじゃないが認めるわけにはいかなかった。


===***===

昨日の日の出の直前には、すでに明るくなった東の空に、まるでひっかき傷のような白い月をかろうじて見ることができた。だが、今日は既にその姿は無い。この時期、太陽と衛星は同じタイミングで運行するから、月の輝面はただ太陽だけを見つめ、地球からは見えなくなってしまう。

なんと言ったか‥‥。そう、"新月"だ。

朔を新月と呼んだ者は、消滅と誕生の不思議な連鎖をあのクリーム色の衛星に見たのだろうか。

スパイダルの参謀は目庇をあげて朝焼けの空を見やりながら、昨夜のことを思い出していた。

バイオアーマーの力があれほどとは思わなかった。あのスピード、あのパワー。考えるより先に体が動く‥‥‥‥というより、自分の動作に自分の思考がついていっていないような違和感があった。さすがに皇帝自らが作り上げた兵器‥‥。もう少し慣れないと使いこなせないようだ。

あの時、スプリガンの遣いがやって来たことに、自分は感謝しているのだろうか‥‥とブラックインパルスは思った。倒れたレッドリーブスの首めがけて剣を振り下ろした瞬間、ロボットバードが舞い下りてきて‥‥。‥‥これ幸いと、とどめを刺さずに戻ってきてしまった‥‥。

あれは‥‥生きているのだろうか‥‥。
友を庇ってソニックブームを両手と肩で受け止めたあの男は‥‥。


ふと、背後の足音に気づいて目庇をおろす。振り向いて、敬礼しようとしていた魔神将軍に向かい、かまわぬと手をあげた。
「シェロプ。引継の方は順調か?」
「はっ。私ではディメンジョン・クラッカーの開発を進めることはできませんが、運用とデータの収集はなんとかなりそうです」
「そうか。ご苦労だったな」
「そういえば、司令官?」
「なんだ?」
「スプリガンから聞いたのですが、バイオアーマーを手に入れられたのですか?」
「ああ。皇帝陛下から拝領したものだ。私も初めてだったが」
「なんでも凄まじい戦闘力だったとか。どんな感じだったのでしょうか」

ブラックインパルスはくすりと笑った。
「お前も使ってみたいのか?」
「え? ‥‥ええ。まあ‥‥」
「感じは悪くはない。ただ、動きが速すぎてまだ慣れぬ。あとはこちらの力量の問題だな。その意味ではお前ぐらい若ければ、もっと早くなじめるかもしれんぞ」
「そうですか‥‥。ならば私もそのうち、考えてみます」

シェロプは優雅な一礼をすると言った。
「スプリガンが最後の調整を終えたら戻ると言っておりますが、どうされますか?」



ブラックインパルスとシェロプが地下の基地に戻ってしばらくして、スプリガンは暗黒次元に帰っていった。そして、地下基地の中にはディメンジョンクラッカーとそれにエネルギーを供給する装置の作動音だけが響いている。アラクネーはスピンドル・ゴルリンに一通りのことをさせてみるため、地上に上がっていた。

シェロプは真剣な眼差しで、ディメンジョンクラッカーとそこにエネルギーを供給している周辺の設備を点検している。まるで配属されたての新人のようなその熱心さを、ブラックインパルスは面白そうに見ていた。時には手元のメモを見たり書き込んだりしている。自分がこれと思った分野で常に秀でた人間であることはこの男にとって当然のことだったが、まったく努力せずにそうあり続けた訳でもなかった。

「いったん次元回廊が開いてしまえば、維持に関しては完全に計算通りに作動しているわけですね」
シェロプの確認するようなその言葉に、ブラックインパルスが応えた。
「まあ、その部分についてはある程度確立していたことだからな」
「それでも、我々の次元だけから維持を図るのと、両側から行うのとでは、安定感がまったく違う。これも電磁波透過システムによって基地が設営できるようになった成果ですな」

「確かに。だが、忘れるな。まだ我々は自由に次元回廊を開けるようになったわけではない。今回は偶然この周囲に歪みが生じたから次元回廊が開いただけなのだ」
「ここは地熱がこれだけ利用できるから、このエネルギーレベルを保てていますが、三次元のどの場所でもこれだけのパワーが得られるとも‥‥」

シェロプがそう言いかけて息を呑んだ。
「な! 次元回廊が、消える!?」
あわててモニターの所に飛んでいったシェロプが大声で叫んだ。
「あたり一体に妙な振動が起こっています。その影響かもしれません!」
「地下のエネルギーの活動がまた変化したのかもしれん。データをとっておくのだ」

ブラックインパルスがそう言った瞬間、頭上から、どん、どんという鳴動が響き渡った。スプリガンがいなくなったため、ただの定点カメラになってしまっているロボットバードが、視界の中を横切った白い機体の映像を送ってきた。
「オズリーブス‥‥!」
「なんと、司令官相手に生き延びるとは悪運の強い! 私が出ましょうか?」
「いや、シェロプ。お前はここで対応してくれ。今の情報は貴重なはずだ」
「はっ お気をつけて! 貴様達は基地への出入り口を固めろ!」
シェロプは室内に残っていた数名アセロポッドに指示を出した。

「オズリーブス‥‥。よくもまあ、生きていてくれたものだ‥‥」
ブラックインパルスが消えたあと、シェロプは小さく笑った。そしてデータの記録を続けようとディメンジョンクラッカーの方に向き直ったとたん、困惑の叫びを上げた。
「何を‥‥!?」
命令を無視して部屋に残っていた作業服姿のアセロポッド2体が、ディメンジョンクラッカーとエネルギー供給装置の中に踏み込んだのだ。そしてその体が金色に輝いた!
「オズリーブス!?」

「ブレードモードッ」
シェロプの虚をついたレッドとイエローの2名は、ディメンジョンクラッカーから周辺に延びているケーブルの類を叩き斬った。
「貴様ら!」
「残念だったな、シェロプ! もうこの機械は使わせねえぜ!」
夜明け前から上陸していた二人は、早朝の散歩を楽しんだスパイダル参謀のあとをつけ、ここまで辿り着いた。こっそり置いた低周波音発生装置は、葉隠たちの意図通りの効果を発揮して、次元回廊を開くための空間の歪みを妨害したのだった。

「これは驚いた‥‥。まさかこんな所まで入り込んでくるとはな‥‥」
シェロプは既に落ち着きを取り戻していた。これはこれで、一つのチャンスだった。
「これ以上、好き勝手に通路作られちゃ、めーわくなんだよ!」
長身の方が物騒な銃を構えてそう怒鳴る。

シェロプは悠然と腕を組んだ。
「は‥‥! 次元回廊が迷惑か‥‥。だとしたら、貴様達、お門違いもいいところだ」
「なに?」
「我らの真の目的はこんな小さな回廊を造ることではない。もっと大きな‥‥というより、この世界と我々の暗黒次元を直接繋げるつもりなのだ」
「なんだって!?」
赤星と黄龍が絶句した。

「当然、この周辺、100Km四方程度は歪んだ空間に呑み込まれて使い物にならなくなるだろうが、この広大な3次元の中では些細な損失だろう?」
「そんな‥‥。そんなこと、絶対許さねえ!」
「口からでまかせ言ってんじゃねーよ! んなことできるなら、今までこそこそ隠れてこんな実験やってるわけがねーだろ!?」

「我らが司令官殿が、非常に危険な役回りを買って下さったのだよ。彼の体内に宿るバイオアーマーが、空間の爆発的なゆがみを引き起こす。やめさせたいなら、スパイダルきっての超戦士ブラックインパルスを殺すことだ。お前達にできるかな?」
「‥‥てめえ、なんだってそんなこと、俺達に教える? 筋が通らねえ!」
シェロプは小首を傾げてレッドリーブスの顔を見つめた。
「信じているからだよ、我らが司令官を。お前達が私を信じるかどうかは、おまかせしよう」

「レッド、どうする!」
「‥‥仕方ねえ‥‥!」
赤星は言葉と同時に、ブレードをディメンジョンクラッカーの上に振り下ろした。これを調べれば色々な情報が得られると思った。だが、もしシェロプの言っていることが事実にしろそうでないにしろ、この機械がそのとんでもないことのキーになる可能性はある。
「上がるぞ!」
「おう!」


たった一人、部屋に残されたシェロプは、高らかに笑った。

新参謀ファントマが‥‥そして首領Wが狙っているもの。

惰性となりつつある侵略戦争の中で、民衆の心を集約する一つの試み。

それは英雄の名誉ある戦死だった。


2003/2/6

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