第26話 黒騎士、影に消ゆ
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「くそっ だめだ、つながらねえ!」
笹木は机の上にある電話機をかたっぱしから上げてみるが、ツーという音すら聞こえてこない。
「測定器のデータ電送も全部止まってます!」
壁のパネルや、コンソールを調べていた鞍田も絶望的な声をあげた。

二人はM島の測候所に入り込んでいる。ここなら鞍田が鍵を持っているし、なんせデータを自動的に送信しているのだから何か方法があると思ったからだ。だがスパイダルの特殊空間で覆われてしまったら電子回路の入っている機器は使用不能だ。M島にある交換機自体からしてオシャカになっているから連絡は不可能だった。

「あっ 来たっ!」
壁の側から笹木を見やった鞍田は、その後ろの窓から外を見て声をあげた。緑になり始めた芝生に踏み込んで、4人の作業服の男が建物に向かってくる!

「非常警報みたいなの、ないのか!」
笹木が窓の方を振り返りながら怒鳴った。鞍田が慌ててパネルを眺め回し、半透明の赤いプラスチックのカバーを見つけて外す。中にあるスイッチをON側に倒した。

その途端、ぎしぎしという足音が廊下から聞こえてきた。鞍田が慌てて笹木の方に移動しようとしたが、逆に後じさってきた笹木とぶつかった。
「わっ」
「あ‥‥、うわ‥‥!」

窓から中を覗き込む作業員はまったく無表情。顔の造作には多少のバリエーションがあるようだが、ガラス玉のような目のせいか、みんな同じに見える。

一人が無造作にガラスを押し割った。ぎざぎざと鋭いガラスの断面を気にもせずに乗り越えて来る。続くもうもう一人がアルミフレームをがっしと握ると、手前に引き曲げてサッシの枠ごと外側に投げ捨てた。同時に廊下に通じるドアが乱暴に開き、2名の作業員が押し入ってきた‥‥!




「逃げた二人は確保できました」
外部と連絡をとっていたスプリガンがブラックインパルスを振り返った。スプリガンのゴツゴツした頭部の中では、どの部分がインカムなのか、ぱっと見わからなかったりする。

「アラクネーが残りの3体のアセロポッドと共に、また適当な工場を襲うと連絡をよこした」
「ほう‥‥。それでOZの残党がそっちに行ってくれりゃあ、ありがたいですな。あいつらと逢えるのは嬉しいが、今はちょっと手が離せねぇ‥‥」
そう言いながらスプリガンはいくつかのスイッチとダイヤルを調整した。
「電磁波透過システムの範囲を、また基地の周辺だけに絞ります。何かの調査が島に入るかもしれねえですが、とにかくこの基地さえ見つからなきゃいいんで‥‥」
「わかった。そうしてくれ」

若いヘリコプターのパイロットが入れた緊急信号スイッチが、システムの影響から抜け出た途端に、東京管区気象台の警報ブザーを鳴らしたことなど、スパイダルの機甲将軍には知る由もなかった。




M島に向かう洋上。飛ばすオズブルーンの中で5人は特警の西条刑事の連絡を受けていた。
<L5ポイントの石油化学工場に3体のアセロポッドとアラクネーが出現した>
「えっ またですか!」
<その少し前、M島の回線中継が突然復旧。同時に測候所からの緊急信号がキャッチされた。だが、気象台から測候所に対する呼び出しには答えが無いようだ>
「それじゃあ‥‥」
赤星が言葉に詰まる。

ヘリが墜落して電話局の施設を破壊したのなら、いきなり復旧するわけがない。黒風山のスパイダル基地でも例の空間は不安定だったようだし、こんどもその空間が現れたり消えたりしているのかもしれない。だが、新型のアセロポッドに対抗するための薬品はまだ日本にはない。あれは生身で取っ組み合うには少々危険すぎる代物だった。だが通信機越しに西条はこう言った。

<お前達はそのままM島へ急げ。行方不明になったヘリのパイロットとカメラマンが、測候所にいる可能性もある。あと30分しないうちに巡視艇が到着するはずだ。竹本さんがカナリアを持って行ってるから、もし例の空間にぶつかったらボートで着岸する>
「はい‥‥。でも、アセロポッドは?」
<弱点に弾丸を集中すればなんとかなるだろう。SATの応援も頼んでいるから心配するな>
「わかりました。西条さんたちも気をつけて下さい!」




トラックの荷台のコンテナの中にはわずかな照明があるだけだった。両脇から不気味な男達に挟まれた笹木と鞍田は、黙りこくったまま床に直に座らされていた。測候所で捕まってここに押し込められて15分ほど揺られている。まだ海沿いの平らな道を走っている雰囲気だった。
男達のむちゃくちゃな力を考えれば、どう考えても抵抗はムダだった。墜落の時に逃げられたのは、運がよかっただけでなく、男達のほうが明確な命令を受けていなかったためのようだった。

と、いきなり上からとんでもない爆音が降ってきた。笹木と鞍田が無意識に首をすくめる。軽めの銃声のような音が続けざまに響き、トラックがハンドルを切って止まった。コンテナの中にいた4人の作業員のうち2人が立ち上がると外に飛び出した。開け放たれた後部のドアから外を見た笹木と鞍田は目を大きく見開いた。

そこは小さな港だった。道に対してトラックが少し斜めになっているので海が見えた。道から海辺まで広がっている舗装されたスペース。そこに、少し頭部が大きめで丸みを帯びた白い戦闘機がホバリングしている!

「あんたら何モンだ?」
トラックの運転席の方から張りのある声が聞こえてきた。笹木が顔を上げる。緊迫した状況でもどこか余裕を感じさせるこの声‥‥。覚えがある‥‥。

一転、妙な鳴き声のような声と、怒声と、激しく争うような揺れが伝わってきた。笹木と鞍田が反射的に立ち上がる。だがコンテナに残っていた二人の作業員たちもまた、既に立ち上がっていた。
ぐらりと大きくコンテナが揺れた。両足を踏ん張り直した時、後部ドアの外側で二つの何かが弾み、それが飛び込んで来た。その勢いに笹木と鞍田も思わず奥に身を引いてしまった。迫ってきた二つの疾風はそれぞれが何か棒のようなもので作業服の男を突いた。呆然とする笹木と鞍田の手が引かれ、彼等はコンテナの外に引きずり出された。

外ではイエローのスーツが仰向いて空を見ていた。と、いきなりその長身が銃を空に掲げて何かを撃った。鞍田にはカラスを撃ち落としたように見えた。空にはもう一羽、何か小さい鳥のようなものが飛んでいて、あれが襲われそうだったから助けたんだ、と、半分麻痺し、半分冴えまくった頭で勝手に納得した。落ちた"カラス"がスプリガンのロボットバードであることなど、常人に分るはずもなかった。

笹木の手を引くグリーンのスーツと、鞍田の手を引くピンクのスーツ。彼等はイエローの長身の両脇を走り抜けてから立ち止まると、それぞれ助けた男を背中にしてトラックの方を向いた。
「耳、ふさげ!」
長身がそう怒鳴り、一呼吸の後、引き金を絞った。音よりむしろ圧力が笹木と鞍田の鼓膜を襲う。長い手を前に突きだしてこちらを追ってきた「作業員だったもの」が一瞬硬直して動きを止めた。作り物のような赤い目。裂けかけた作業着がまとわりつく灰黒色のボディの腹部が緑色に染まっていた。

それが倒れ伏して初めて、笹木は自分の前からグリーンの姿がいなくなっていることに気付いた。グリーンリーブスは既に残りの化け物の側に駆け戻り、アセロポッドが振り下ろすカギ爪を前腕に沿わせたトンファーでしっかりと受け止めている。
「ブレードモードッ!」
彼の右手から光の柱が伸びる。それに貫かれて2体めの化け物が仰向けに倒れた
「イエローッ いっくよーっ!」
「ピンク、二人をオズブルーンに上げろ!!」
そう言い置いて、イエローがグリーンのあとを追いかけた。実際よりも妙に身長差を感じるのは雰囲気の違いなのだろうか? 黄と緑が走り行く先には4体の化け物と格闘を繰り広げる赤い姿があった。

「二人ともこっちです!」
「待て! ちょっと、頼むっ 待ってくれっ」
押された笹木はやっと我に返り、ピンクに向き直った。
「オズリーブス‥‥。あんたら、オズリーブスだよな?」
「そうです。だから早く! ここ、危な‥‥」

「ほんとに来てくれたんだなっ すげぇぜっ!」
まるで子供のような笹木の物言いに思わず力の抜けた瑠衣は、オズブルーンが車輪を出して着陸しているのを確認してから、白い機体を指さして言った。
「お、おじさん、あの! 早くあの中へ! ここから逃げないと‥‥って!」
笹木は既に瑠衣の腕を逃れ、4対3の戦いにしきりにシャッターを切っている。
「もう! ピンク、怒りますよっ」

「すみません、ピンクリーブスさん、見逃してあげてくれませんか?」
鞍田が、笹木に歩み寄ろうとした瑠衣の肩をそっと引いた。
「笹木さんって、ずーっとオズリーブスの写真を撮り続けてたそうで‥‥」
「え?」
「あなた方の大ファンなんですよ。世の中の人があなた方の存在を信じてなかった時からずっと」
「そう‥‥なんだ‥‥。でも、せめてもうちょっと後ろに‥‥‥‥」

そこまで言ったピンクのスーツがあっと押し殺した叫びをあげた。鞍田がそのゴーグルの見ている先を追い、背後を振り返る。さっきイエローリーブスが助けた小さな鳥が石のように落ちてくるところだった。白い戦闘機の方から黒いスーツが何か叫びながら走ってきた。
「気を付けろっ! 例の空間だ!」

鞍田はピンクの方に向き直って絶句した。戦いの場へ駆けていこうとする華奢な身体が、金色のもやの中に霞んだかと思うと、ごく普通の少女の姿に変わったのだ。少女は立ちすくみ、自分の両手を見やると、仲間の方に向かって叫んだ。
「みんなっ!!」


笹木はいきなりレンズが曇ったのかと思った。アウトスタイルで、まるでからかうかのように灰黒色の化け物にダメージを与えていた小柄な身体が、霧のようなもので包まれ始めた。後ろから響いてきた少女の叫び声とほとんど同時に、ファインダーの中のグリーンリーブスが少年の姿に変わった。笹木は吸い込まれるようにシャッターを押し続けた。

「あ‥‥、あれ!?」
戸惑った少年の一瞬の隙にアセロポッドの太い腕が振り下ろされる。そこに体当たりするように飛び込んできたレッドリーブスが、両手で化け物の手首を掴んで叫んだ。
「離れろっ!」
赤いスーツも既に例の霞に包まれている。彼は少年の離脱を見届けると、怪物を押しやるようにして自分も距離を取った。あと1体だけになったアセロポッド‥‥。それを囲む3人は完全に普通の状態になってしまっている。笹木は自分の心臓の音とシャッターの音の区別がつかなくなっていた。

「どうする!?」長身の青年が叫んだ。
「ちょうどいい! 試してみる!」赤ジャンパーの青年がウエストに手をやる。少しだけ何かを確かめるように小首をかしげると、上げた左手首を掴んで叫んだ。
「着装!」

まるで夢のようだった。笹木自身の主観がそうさせるのか実際がそういうものなのかよくわからないが、左腕からじわじわと光に包まれてそれが緋色に変わっていく様子がスロー映像のように見えた。化け物はすでに身構えている。だが男は少し不思議そうに自分の両手を見ていた。
「リーダーっ!?」
小柄な少年が声をあげるのと、怪物が突進して腕を振り上げたのが同時だった。赤いスーツはぎりぎりで身を沈めて凶悪な爪をかわした。
「リーブライザー・マックスモード!」
輝く左右の両拳がワンツーで腹部に決まる。その衝撃で化け物は数m後ろにふっとんで動かなくなった。

笹木が大きく息を吐いて、ファインダーから目を離すと同時に、ごついズームレンズを上からぐっと掴む手があった。
「すみませんがねぇ、フィルムは回収させてもらいますよ」
思わずカメラを庇うように引き寄せて声の主を見た。黒いテンガロンハットを被った男がいつの間にか自分の傍にいる。脇にはこんな場におよそ不釣り合いな可愛らしい少女‥‥。その後ろから鞍田が駆けて来るところだった。


「いいよ、取りあげたりしなくて。公開だけしないでもらえればさ」
笹木が振り返るといつの間に赤いジャンパーの青年が歩み寄って来ていた。その少し後ろにモデルのような顔立ちをした青年と、たぶん男性‥‥‥と思われる‥‥小柄な少年。

さっきまでレッドリーブスだった青年がくせっ毛を揺らしてぺこりと頭を下げた。
「OZの赤星っていいます。念のため、お名前をうかがってよろしいですか?」

こんな状況にもかかわらず随分と穏やかな笑顔で、笹木は思わず自分のほっぺたをつねりたくなった。


===***===

「ヘリがおかしくなったのはこの上空ですね?」
「ええ、間違いありません」
オズリーブスの5人と笹木と鞍田は港の待合所に入り込んでいた。黒羽がテーブルの上に広げた地図の一点を指さして鞍田に確認している。
「その時の高度は?」
「70m弱ってとこですか」
「またえらく低いところを‥‥。ラジコン並じゃないですか」
黒羽が半分呆れ、半分賞賛した口調になり、鞍田は頭を掻いた。
「もちろん普段はそんな低く飛んだりしませんよ。ただ市街地の写真撮るには低い方がいいから‥‥」

「とにかく、例のジェネレーターがこのあたりにある可能性は高いわけだ」
脇から地図を覗き込んだ赤星が言い、黒羽に尋ねた。
「海上警察の人たちはもうすぐ来そうなんだろ?」
「ああ、さっき通信が切れる寸前に竹本さんと直に話せて、この場所は伝えられたからな」
「よし。じゃ、笹木さんと鞍田さんはそっちで避難してもらうとして‥‥。俺達は早いとこジェネレーターを壊さないとな。プロテクトモード、思ったよりシンドイぜ」

「なーる。さっきののったりした着装はカメラさんのための演出じゃなかったワケね?」
黄龍の物言いに赤星が苦笑する。
「んなわけねーだろ。着装に時間かかるのも問題だけど、なんかこう"硬い"感じだったんだよ」
「どういうこと?」
輝が身を乗り出す。黒羽や瑠衣の表情も真剣だ。
「動きにくいんだよ。スーツが厚くて重くなっちまった感じで‥‥。でも、リーブライザーのパワーは充分だったから、全体的にはうまく行ってると思うんだけどさ‥‥」
「‥‥‥まあ、着装できただけマシって考えた方がいいのかもな‥‥」
黒羽の言葉に4人が頷く。なんせこの世界には存在しないスパイダルの特殊空間。その実際のデータも無しに開発されたプロテクト・モードなのだ。


笹木は少し離れた処でカメラの手入れをしながら5人の様子を見ていた。素人と聞いてはいても、グリーンとピンクの正体を目の当たりにした時は流石に少しショックだった。まさかこんな若い‥‥いや、さっきグリーンの少年に尋ねた時は「オレ、もう成人してますよっ」と、ちょっぴりふくれ気味に答えてはくれたのだが‥‥。それでもこの二人が現実にきちんと戦っていることは、この目で、このレンズで、何度も見てきている。自分と鞍田が危ない状況から救われたことはわかる。だが、悪夢から抜け出したはずなのに、まだどこか夢を見ているような気がした。

「あ、竹本さん達、来たよ!」
少女の言葉に我に返った。身の軽い少年はもう待合所を出て手を振っている。夕暮れの中、港に3台のモーターボートが入ってくるところだった。オレンジ色の救命胴着を着た3名が1台ずつ操縦している。先頭のボートから一人が手を振り返してきた。

船着き場に降り立ったその警部は特警の竹本と名乗った。5人とは顔見知りのようで、軽く挨拶を交わしたあと、笹木と鞍田に人なつこい笑顔を向けた。
「いや、お二人とも、無事でよかったですな。ボートで沖の巡視艇までお連れします」
夕日の中で、それでも目視できる位置に巡視艇の船影とその明かりが見えた。

「で、赤星。やっぱりスパイダルなんだな?」
「はい。笹木さんと鞍田さんをさらおうとしてたのも新型でしたし‥‥。できれば、明朝、暗いうちに基地に潜入してジェネレーターを破壊したいとこですね」
「基地の場所はどこなんだ」
「ヘリがトラブったとこ‥‥。ちょうどここを上ったあたりで‥‥」

説明しようと振り返った赤星が息を呑んだ。
斜めに停車しているトラックの脇の空間が陽炎のようにゆらめいている。
「みんなボートで離れて! 早く!」
赤星以下の5人はほとんど同時にだっと前に出た。竹本と2名の職員、そして笹木と鞍田が慌ててボートに乗り混む。

揺らぎの中から現れたのは、たった一つの影‥‥。

「‥‥‥ブラック‥‥‥インパルス‥‥」
黒羽の口からこぼれた敵の司令官の名が、黄龍、輝、瑠衣の耳に届いた。

スパイダルの参謀は面当ての奥から戦闘形態になっていない5人の地球人の姿を順に見やった。
「さて、初めて見る顔もいるようだが‥‥。全員、オズリーブスと思ってかまわんか?」

「こんなとこに基地作って‥‥。いったい何たくらんでやがる!」
「話したところで、ムダだ。お前たちには何もできない」
ブラックインパルスは中央にいた男にそう答えたあと、その右手に位置づけている黒づくめの男に視線を移し、その姿をじっと見つめた。

「お前たちの、最期だ」

夕日の、真っ赤な照り返しの中で、黒い鎧がざわりとのたうった。

黒羽は自分の父親が異様な外殻に包まれていくのを声もなく見つめていた。そのどす黒いうねりの中から自分を見据えてくるその視線にけっして呑み込まれまいと念じながら。


2002/1/8

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background by Studio Blue Moon