第7話 蒼龍・火竜
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枯れ草の中を歩いていく。瑠衣のハイソックスにも島のウールのスーツにもイノコズチの種子が沢山ついた。元工場だった建物のトタンのあちこちに、貰いサビが浮いている。

鉄の大きな扉のそばで、赤星は輝と瑠衣に手早くいくつかの確認をした。自分達の陰に入って近づくこと。針が射出されても焦らない。準備から射出後までチャンスはしばらくある。タイミングは輝がとり、瑠衣はそれに合わせること‥‥。

「彼、なんであんなに落ち着いてんですか? ホントに普通の民間人なんですか?」
島が、どこかで笑みさえ浮かべている赤星を見ながらこっそりと柴田に耳打ちした。
「L機関のアカとクロは人間じゃねえって、聞いてねーのか?」
柴田の言うL機関とはOZを呼ぶ特警の隠語だった。なぜLなのかはよく分からなかったが、とにかく特警ではOZをよくそう呼んだ。
「え‥‥ま、まさか、ロボットとか改造人間なん‥‥」
がごんと島の頭に衝撃が入り、若い刑事は涙目で先輩を見上げた。
「バカ。んなワケあるか。モノのたとえだ。やたら資質のあるヤツをよちよち歩きから鍛えると あーなるってぇ、見本みてーなヤツらなんだよ」

ヤツら、歩くのと同じように戦いやがる、と柴田が呟いた。脳ミソまで筋肉でできていそうなこの先輩刑事が言うのなら、ここにいる赤星とまだ会ったことのない黒羽という男が、とんでもない"達人"であるのは確かなようだった。
だけど、それだけじゃない、と島は思った。この男の持ってる妙な"安心感"のようなものはなんなのだろう。あの若い二人があんなにリラックスできる理由は‥‥? 皆、素人で、現場や恐怖の経験が少ないから、逆に力が発揮できるというのはあるかもしれない。それにしても‥‥‥‥。


「じゃ、入りましょう」
赤星が柴田を見る。その目を、柴田が面白そうに見返した。
「出だしはオレが音頭とるぜ」
「仕方ないっすね」
にっと挑発的に、赤星が笑った。

こいつ、自分がこんなカオしてることに気づいてんだろうか、と柴田は思った。普段はむしろ素直な好青年の部類に属するだろうこの男が、穏やかさをかなぐり捨てて、ぎらりと闘気を纏う。

この赤星という男は、勝負が心底好きなのだ。こんな現場であれ会議室や研究室の中であれ、ぎりぎりの状態に飛び込んでいってなんとかすることが好きでたまらないのだ。

幼い時から叩き込まれた拳法家としての技量やカン、鍛え上げた身体、類い希な集中力と決断力‥‥。その全てを、ただ一つの目的のために集約させる。高いポテンシャルを持つが故に、その高揚した感覚がより一層の快感になるだろうことは、容易に想像がついた

それでいい。何をもったいぶることはない。

それがあるからお前は動けるし、周りもお前についていく。
プレッシャーを楽しめるヤツがいるから、この世の中も、なんとか回っていくんだぜ。




頭がクリアになっていく。五感がどんどん鋭敏になって、身体中で全ての気配が感じ取れる。

柴田と鉄の扉を両側から開けて飛び込んだ。一瞬で、写真さながらに必要な情報が焼き付く。朱色の化け物の両脇に一人ずつ無表情なコートの男。左側には運転手風の男が二人、警官が一人。右には会社員らしき男と制服の男が一名ずつ。二人の警官が顔を上げて、はっきりとこちらを見た。

「特警だ! その連中、返してもらおうか!」
柴田の勝ち気な声を聞きながらすっと左側に位置づける。着装した輝と瑠衣はドアの陰だ。柴田が囮を買ってくれたおかげで、小柄な二人は自分たちを盾に完全に死角から近づけるだろう。

「はっ! これはまた、役に立ってくれそうな小僧どもだ!」
別の世界の生き物にも戦意はわかるのだろうか。アモクは嘲るような声でこちらに向き直った。少し重心を落として相手を睨み返す。右脇の柴田からも剥き出しの闘志がにじみ出ているのがわかった。

もう必要な音しか入ってこない。ものの動きがゆっくりと染みつくようだ。肉体が変質して限りない弾力が生じてくる気がする。全身が"合図"を待っている。それはたぶん歓喜に近い。

自分には修羅場を楽しむ気質があるという自覚には、どこか後ろめたさもあって‥‥。それが赤星をして、他者を庇い、自らをよりシビアな状況に追い込む所以となった。だが一方でその性分は、彼の素意を叶えるに有益であることもまた事実だった。

好きな奴が笑顔でいられるように。
その好きな奴の好きな奴がまた笑顔でいられるように‥‥。
端から見たら欲深いとも思える連鎖が、この男の内ではごくシンプルな願いとなる。

自分が幸せだったから、他人も幸せでいて欲しかった。それを護りたくてもっと強くなろうと思った。そして自分の思いを踏みにじられない強さがあったから、優しいままでいられた。ひたむきであればあるほど、優しさと強さが相乗して進んだ。

二人のコートの男が一気にアセロポッドの姿になって前に進み出る。3人の人間が怪人の周りに近寄り、少しだけ遅れて二人の警官がその外側に寄った。

柴田が、愛用のS&W357コンバットマグナムを引き抜くその動きが、スターターになった。



いい得物だとアモクは思った。自分の針にはその生物の限界までの力を引き出す力がある。"アモク"――熱病――に冒されたように、身体が壊れるまで暴れまくる。そしてその行動は体内で作り出すフェロモン物質によってコントロールすることが可能だった。とにかくもう少しサンプルを集め、発症するまでの時間を短くしたいところだった。

OZの残党に針が効かなかったのは少々残念だが、あの戦闘要員はどうもきわめて少人数のようだった。一般形態の人間の中にも多少の装備を持っている連中がいるようだが、その防備も武器もこちらには効かない。あえてそいつらを狙ってみたから、これからぞくぞくと集まってくるだろう。

早く向かってこい。おまえらのように敵愾心を露わにしてくるヤツほど役に立つ。そのパワーを自身の仲間に振り向けるがいい。

アモクの両腕の剛毛が逆立った。



普段使う38スペシャルでなく357マグナム弾を籠めてあったが、それでもポッドを確実に倒すならストーンを狙うしかない。だがこの角度で額を狙うのは冒険に思えた。流れれば後の人間にあたる危険がある。赤星の考えていることはわかっていた。柴田は前に飛び出して角度を稼ぎ、赤星に向かってくるポッドの胴体めがけて引き金を絞った。

銃弾の衝撃にくの字に折れ曲がり、突き出されたポッドの顎の先端に、飛び込んできた赤星の拳頭が炸裂する。脳と頸椎に激しい衝撃を加えるピンポイントに強烈な打撃をくらってポッドが崩れる。流石に生身の拳でストーンを破壊するのはヘビーだ。赤星はそのまま前方の3人を目指して駆けた。

二人の警官がいきなり民間人を取り押さえにかかったのを見て、アモクは驚き、制動物質の蒸散を止めた。会社員と二人の運転手が手近の警官に襲いかかった。赤星が一人の運転手の上腕を掴み、自分に注意を向けさせる。自分の身体が、アモクからの楯の位置に入るように注意していた。

柴田は思わず舌打ちした。銃口を向け直そうとした時には既に遅く、ポッドのでかい手ががっしとシリンダーを掴んでいた。これをやられたら相手が女性でも引き金は引けない。しかし、だからと言って、銃から手を放すわけにもいかなかった。

「頭、低くっ!」
後ろから少年のように澄んだ声が響いた。反射的に身を沈める。視界の最上端に銀色がかった緑の煌めきが走り、トンファーの長柄が吸い込まれるようにポッドのストーンに入った。その一点を支点にして小柄な緑のボディが自分の頭上を翻っていく。信じられない思いでそれを見やった時、銃にかかっていた力が消え、目の前のポッドが消えた。

「リーブラスター、フレームモードっ!」
朱色の長い腕がふりあげられるのと、小兵の持つ銃から炎が射出されるのが同時だった。ほんの瞬刻遅れて左手からも火線が走る。グリーンとピンク。柴田からみたら子供のように華奢な二つの身体から放たれた火焔は、完璧なタイミングでアモクの両腕を燃え上がらせた。

柴田はそのオレンジ色を横目に右手の警官のそばに走り寄った。警官は会社員の身体を引きずりながら待避しようとしていた。
「よくやった、大丈夫か!?」
柴田がひょいと会社員の身体を抱え上げる。
「はい!」
弾んだ息で柴田を見つめた警官は若く、今風のひょろ長い体型の男だった。
「逃げろ、急げ。救急車は回してある」
よく凶暴化した人間を取り押さえられたものだと内心苦笑しながら、柴田はその若い警官の背中にぐったりした会社員を背負わせた。警官は、一瞬後ろにバランスを崩しそうになりながら、それでもその重みを背負い直すと出口に向かって駆け出した。


崩れた身体を抱きとめた刹那、赤星はうなじの産毛が逆立つ気がした。とっさに運転手を抱え込み身体を丸める。右肩胛骨の下から背中の中心にかけて3本、針が刺さったのがわかった。もちろん皮膚には達していないが、熱を感じる。アモクの喚き声が聞こえていた。発射しかけた分が発火して飛んできたのだろう。この程度なら皮革は十分耐えられる、が‥‥。

「大丈夫ですかっ!」
警官に向かって怒鳴る。もう一人の運転手の上に覆い被さった警官の背中にかかった火を、島が脱いだ上着で払っていた。と、島がぱっと赤星を見やった。

その時、既に赤星は運転手の身体を横たえ、向きも変えずに後に踏み込んでいた。背後から迫ってきたポッドの懐に入り、相手の破れかけた服を掴んで腰から跳ね上げる。最も危険なその両手を身体の前に引き込んで固定すると、仰向けになったポッドの鳩尾に、背中から倒れ込むように肘打ちをぶち込んだ。

よく磨き込まれた小振りの拳銃が視界に飛び込んできた時は、反射的にそれを掴み取りそうになった。思いとどまり、起き上がろうとするポッドを、背中で力一杯押さえつける。若い刑事はS&Wチーフス・スペシャルを無造作にポッドの額に押しつけた。引き金が引かれると同時に、鼓膜を庇おうと思わずごくりと唾を飲み込んだ。いくら小さな拳銃でも頭のそばでぶっ放されるなど気持ちのいいものではなかった。次の瞬間にポッドが消え、赤星の身体はずんと床に落ちた。

ワイシャツ姿の少し紅潮した顔で、島は、床から自分を仰ぎ見た赤星に笑いかけた。
「運転手さん、僕が連れて行きます」
「あ‥‥。あとの人と早く逃げて下さい」
赤星は、若い刑事の妙な剛胆さに半分呆れ、半分感心しながら跳ね起きた。


アモクは強く両腕をはらった。勢いで火が消える。が、彼の大事な針はもう使い物にならなかった。
「貴様らっ!!」
怒りにまかせて右手のピンクの小柄な身体を捉えにかかった。

瑠衣は身を沈める‥‥というよりほとんど床に倒れ込んだ。床につけた両手でくんっと身体を回転させる。このスーツを着て床運動したらきっと凄いと思うのっ‥‥とは、有望にしか言ったことのない瑠衣の素直な感想。瑠衣の綺麗に揃えられて伸びた両足がアモクの足を思い切り払った。

アモクの長身が倒れ込む。しかし逆の方向から衝撃が加わった。
「トンファー・ブレードモードッ!」
緑銀に輝くトンファーの短柄と長柄の交差した部分から三日月刀のような刃が伸びている。ルートンファーの長柄の先を逆手に持ち、ブレードでアモクの肩のあたりからすくい上げるように斬りつける。既に体制を立て直したピンクの手にはブラスターに変わってスティックが握られていた。
「エレクトリック・サイクロン!」

さしもの柴田も着装した二人の驚異的な動きにただ圧倒されていた。6人の人間が全員建物の外に避難するまで、怪人の注意を完全に自分たちに引きつける。アモクはもはや怒りに自分を見失っているようだった。

切り込んだトンファーのブレードが、固い皮膚に阻まれて動かなくなる。
「ブレード、戻せっ!」
赤星の声に輝はとっさにブレードを引っ込めた。飛び込んだ勢いのまま、アモクの頭に手を付いて建物の奥の方に飛び、瑠衣と並んだ。

アモクは声の方を見る。最初に飛び込んできた二人の男が、最初のままの挑発的な様子で、自分を見ていた。やわな形態をしていながら、自分に一杯食わせたのがこいつらかと思うと頭に血が上った。ゴリアントの処に返る前に、この二人だけは血祭りに上げようと思った。


赤星と柴田はアモクを睨め付けたまま数歩後じさった。アモクが数歩進み出る。二人がまた数歩下がる。アモクが詰める。アモクの後ろから、輝と瑠衣も近寄ってきていた。

二人の男は、ばっと向きを変えると、建物から走り出た。


2002/2/21

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background by Studio Blue Moon