第7話 蒼龍・火竜
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アモクが建物から飛び出した時、二人の男の姿はなかった。そこにはただ一人の人影が立っていた。

「これで終わりだな、アモクッ! レッドリーブスだ!」

後ろから軽やかな足音が響く。
「逃がさないからねっ グリーンリーブスっ!」
「こっちも通せんぼよっ ピンクリーブス!」

右手方向に向きを変えれば、建物の壁によりかかる黒い影。
「被害に遭った人は全員収容したぜ。ブラックリーブス参上!」

そして左手の屋根から溌剌とした声が響いた!
「あんたの企み、全部失敗ってね! イエローリーブス!!」

赤い手が高くあがった。
「スターバズーカッ!」

「マジカル・スティック!!」
「ルー・トンファーっ!」
緑銀と桜色の閃光がアモクの両側を駆け抜けた!

「ブラック・チェリーッ!」
「イエロー・チャクラム!!」
直線と曲線が朱色の身体に吸い込まれた。

「リーブレス、アタッチ!」五人の声がぴったりと揃った。よろめいたアモクの視界の中で小型の飛行物体が火砲の形態に変化した。

「スターバズーカ! ファイヤ―――ッ」
アモクの身体を包み込んだ黄金は、縮退を起こすように爆発し、あとにはかけらも残らなかった。


===***===

どんな現場でも検証は必要だ。ということで、敷地の中にはけっこうな数の鑑識と警官が入ってきていた。入れ替わりのように戻ろうとする柴田と島の背中に赤星が声をかける。
「柴田さん、島さん!」
島はくるりと身体の向きを変え、柴田はちらりと肩越しにスーツのままの赤星を見やる。

「色々ありがとうございました」
赤星は頭を下げた。柴田にも島にも、そしてあの二人の警官にも感謝の気持ちで一杯だった。特に柴田の最初の一発。完全に自分の考えと動きを読んでくれていた。

「てめえの為じゃねーさ。これがオレたちの仕事だ」
柴田はそのまますたすたと歩いて行ってしまう。
「お疲れさまでした」
一方の島はニコニコ笑って、軽く一礼を返してよこした。
「あの二人の方にもよろしく伝えていただけますか?」
「わかりました」

「島さんっ またよろしくねっ」
「あたしたちも、がんばります!」
輝と瑠衣が両手を振った。すっかり島に懐いてしまったようだ。
「はい、こちらこそよろしく」
ベージュの上着は汚れてしまっていたが、爽やかな印象はそのままに、島も去っていった。


砂利を踏みしめる音がして赤星は思わず横を見た。よく拭き込まれた黒い乗用車の側に立って、今の状況を見ていたらしい男が、つかつかと歩み寄ってきた。警察庁警備局、浅見亘局長その人だった。

浅見は赤星の真っ正面に立った。
「針の被害は何名かでたが、二次被害はゼロ。そして警官の発砲による負傷者がゼロだったのがなによりだった。よくやってくれたな」
「柴田さんたちやこいつらのおかげですよ」
あとの四人をちらりと見やって赤星は答えた

「今朝の的確な通報とトレースがまずよかった。速攻の対策報告や情報統合はまさにお前達ならではというところか? 状況から考えれば最高の挽回だったな」
「そう言っていただけると、ほっとします」
マスク越し赤星の声は、嬉しそうだった。
「三年前、この私にあれだけ生意気な口を叩いたお前がな‥‥。なんとか任せておけるようだな」

「‥‥あ、浅見さん‥‥あの、あれは‥‥その‥‥」
からかうような浅見の口調に、赤星はしどろもどろになった。三年前、OZの担当窓口が特命課と決まった時、視察にきた浅見副局長の辛辣な物言いに、年長者を差し置いて思わず啖呵を切って返し、相手を怒らせたのは確かに自分だった。あの時は後で葉隠にこんこんと諫められたのだが、あれ以来、苦手意識が消えず、会うたびにどんな顔をしようか悩んでしまう相手だった。もしかして、昨日は試されたのだろうかと、ふと思った。ベースでの浅見の言葉、どれも真剣に受け止めねばならないことだった。


浅見の背中がすうっとのびた。右の踵を軽く左足によせその膝がぴしりと収まる。左手が身体の真横にきっちりと揃うと、反るように伸ばした右手がその額にあてられる。手本のような敬礼が、五人に対して向けられていた。思わずつられて上がった輝の右手が、隣の赤星の動きに思わず止まった。

赤いスーツを纏った男はいきなり左足から一歩下がった。肩幅に位置づけた両足を平行に決めると、両腕を胸の前に上げる。彼はそのまま、左拳を右掌にぴたりと押しつけると、浅見に対して深く上半身を折った。

強面の警察庁幹部が豪快に笑い出した。
「はっはっはっ‥‥! あくまで警察とは別と言い張るか!」
「はい‥‥!」
「やはり面白い若造だよ、お前は! その信念を大切にするがいい。我々は協力を惜しまん!」
「ありがとうございます!」


黄龍はゴーグルの中から、赤星があくまで自分のやり方で礼を返すのを見つめていた。
オズベースの応接室で居丈高な相手に頭を下げた時ですら、この男は何も曲げてはいなかったのだ。ただまっすぐに為すべき事を為していた。護りたいものを護るために‥‥。

浅見は4人の戦士たちに向き直った。
「いいリーダーを持ったな」
「あったりまえっしょ!」
誰より早く答えたその声に赤星は驚いて振り向いた。マスクの中の赤星のきょとんとした顔を思い浮かべながら、黄龍はびしっと右手をのばし、親指を突き立ててみせた。


===***===

右隣の赤星は半分は嬉しげな、しかしどこか所在なげな、複雑な表情で運転をしていた。

着装を解いて帰ろうとした時、いきなり黒羽が、旦那のヘンな癖がついた車には乗りたくねえな、と言い出した。そして赤星を押しのけると彼が乗ろうとしたセクターにまたがり、ちょっと嬉しそうな瑠衣を乗せ、輝を従えて走り去ってしまったのだった。あぜんと三人を見送った赤星が、頭を掻いて黄龍を見やると、どこか遠慮がちに「俺の運転でいいか?」と聞くので、笑ってしまった。

ついちらちらと少し腫れた彼の左頬を見てしまう。心の中でずっと疼いていた赤星に対する反感のようなものが、あの時全部爆発してしまった。‥‥だが‥‥それは‥‥ただの‥‥。

「赤星さん‥‥。殴ったりして、悪かったな」
黄龍の口から、ごく自然にその言葉が出た。
なぜか、今、初めて、この男の名を呼んだような気分になった。

一瞬目を丸くした赤星が意外そうに言った。
「‥‥‥‥そう素直に謝られると思ってなかったな‥‥」
「あ、ひっでーな〜。俺様、あんたが思ってるほど、ひねくれもんじゃねーぜ?」
「ハハ‥‥。‥‥そうか‥‥。そうかもな‥‥」
笑い声から妙に納得めいた調子になった赤星がふっと真顔になった。

「黄龍。ありがとな。俺の失点、すっかりお前に拾ってもらった」
今度驚くのは黄龍の番だった。そっと様子をうかがったが、赤星の横顔は真剣で、嫌味で言っている風ではなかった。だいたい"嫌味"という発想など、この男にはもともと無いのかもしれなかった。黄龍はわざと冗談めかして応えた。
「いや〜、ほら、犬も歩けば‥‥ってヤツ? ぐーぜんだよ、ぐーぜん!」

赤星は少し笑んで頷いたが、まだ何か言葉を探しているようだ。
「‥‥黄龍‥‥。その‥‥俺は‥‥どうも、黒羽のようには、なれなくてな‥‥」
そのまま困ったように黙ってしまう。赤星が時々見せる、このちょっと引いた感じすら、父親を思い出させる気がして、黄龍は苦笑した。

赤信号で止まったところで、その鼻先に、ひょいと一対の黒いグローブを差し出す。赤星が驚いて黄龍を見返した。
「これ、すっげー役に立ったぜ〜。気に入ったよー」
「そうか?」
てきめんに嬉しそうな声になった。
「赤星さんよ。考えて見ろって。黒羽みたいのが二人もいたら、やってらんないっしょ?」

いきなり何を想像したのか、赤星が吹き出した。黄龍が重ねて言った。
「これからも、よろしく頼むぜ〜、リーダー?」
赤星は微笑んで、まっすぐに黄龍を見つめた。
「ああ、こっちこそな!」


車が最後のカーブを曲がる。「森の小路」の前の緩やかな坂を上ると、喫茶店の前の外階段の下で輝と瑠衣が背伸びをするように両手を振っていた。白いギターを肩に担いだ黒羽も、手すりに寄りかかってこちらを見ている。
「この寒いのに、外にいなくたってさー」
黄龍が言った。
「瑠衣も輝も心配してたからな、お前のこと」
「ーったく、俺様のこと心配するより、自分の心配しろって感じ?」

車庫の前で車が止まる。赤星に促されて、黄龍がドアロックを開けた。降りようとした長身がふと止まる。
「どうした?」
後退のためにシートベルトを外しながら赤星が訊ねた。
「いや‥‥」
黄龍が身をひねって赤星の顔を見た。

「‥‥‥‥帰りたいトコがあって‥‥。そこに帰れるって、いいもんだな」
「ああ‥‥。待ってたヤツが帰ってくるってのも、いいもんだがな」
赤星の答えに、はにかんだような、どこか幼い笑みを返すと、黄龍は車を降りた。

いつも通りの気を持たせる態度で、髪を梳き上げる。こっちに走ってこようとした瑠衣を引き止めて輝が何か言っている。どうせ何か良からぬことに違いない。

3人に向かってゆっくり歩き出した。黒羽が帽子の鍔をくいっと上げてこちらを見やる、唇の片端にはいつものにやにや笑いが浮かんでいる。

後ろで車庫のシャッターがガラガラと締まる。早足で近寄ってくる足音がする。


背中に置かれる手、腕にとりすがってくる手、背伸びをして人の顔の前で振り回される手、敬礼もどきのキザな挨拶をしてくる手‥‥‥‥。


手の中に子供の背中の小さな丸みが蘇る。自分の力で護りたい誰かを護れたことの喜びと、それを分かち合う仲間がいることの喜びと‥‥。


弾けるように階段を駆け上がって、勢いよくドアを開け、輝いてこちらを見つめる目。
こちらの腕を掴んでひっぱるように先に立ち、振り返って見上げる、少し潤んだ瞳。


俺はここで精一杯やってみよう。自分の心の声にまっすぐに耳を傾けて‥‥。


後ろに視線を投げれば、今暫くは自由と引き換えに此処に居を定めた風の男が、友の肩に手を回して微笑む。胸のうちに火を持つ男は照れたように笑った。それは激しく燃え上がるかと思えば、時に熾火のように周囲を包む‥‥そんな赤い炎だった。


いつか、帰るべき場所に、帰れる強さを持つために‥‥。

俺も‥‥いつか‥‥。


   (了)
2002/2/21

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