第7話 蒼龍・火竜
(1) <2> (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (戻る)

どすんどすんという震動に、かりっと何かを引っ掻くような音が入り交じる。
牙将軍ゴリアントの裸足はいつもこんな音を立てた。

四天王に取り立てられても、ゴリアントは首領Wの宮殿にいるより、モンスターたちの住むこの空間が好きだった。暗黒次元の中でも歪みの多いこの空間は、住む者の身体に気まぐれな外圧を与える過酷な環境。だからこそ、ここに居住するモンスター達の生命力には凄まじいものがあった。

「アモクッ アモクはいねーかっ」
ゴリアントが大声で呼ばわる。
「牙将軍殿、アモク、ここに‥‥」
暗闇から朱色の長身が現れ、ゴリアントの前に跪いた。全身が鱗で覆われ、両腕にはヤマアラシのような長い剛毛が密生している。
「その牙将軍殿ってのは、やめだ、やめっ! ここにいる時ぐらい、いままで通りで呼べっ」
「さすが、大将! 他のわけのわからん将軍達とは大違いだぜっ」
アモクが立ち上がる。浮かべているのが笑顔‥‥なのかどうか、それは彼らにしかわからない。

モンスター軍団。他の連中に蔑まれることが多いが故に、彼らの結束力は固かった。そして何より彼らの強みは、プライドやメンツといったものに捕われることなく、純粋な本能によって行動していくことにあった。
「シェロプもスプリガンも失敗しやがった。特にシェロプのヤツ、ざまぁねぇ! 侯爵様自ら降りてって、なんの土産もなくお戻りだ!」
「となると大将、いよいよオレたちの出番ってわけかい!」
「おうよ! オレっちをバカにしてるあの三人のマヌケ面が楽しみだぜ!」

ゴリアントはヒヒ‥‥と下品な笑い声をたてた。家柄を鼻にかけるシェロプ。戦いの美学だかなんだかを語り出すスプリガン。そしてくそ生意気な小娘のアラクネー。ゴリアントは他の三将軍が大嫌いだった。どんな手段を使おうが目的を達したものの勝ち。おめーらがカッコつけ合ってる間に、手柄は頂く。そして首領Wにモンスター軍団の凄さを見せつけてやる!

「しかし大将、モンスター軍団の一番手に、オレをご指名とは嬉しいぜ」
「お前の"アモク"は最高だもんなぁ! 見ててあんな面白ぇもんはねー! で、もうすぐ次元回廊が開く。わかってんだろーが、速攻でいくぜ!」
「大将、相変わらずだな。あんたも行くのかい?」
「当然! 他の連中は回廊が完全に開いてからじゃなきゃ行けねーが、オレたちなら不安定な状態でもくぐり抜けられる。OZの残党だかなんだか知らねーが、ドギモを抜いてやらぁ!」

二人の喉に何かひっかかるような笑いが響き渡った。

===***===

着装した4人が現場に到着した時、既に朱色の化け物とアセロポッド達が出現していた。出店やオブジェなどが引き倒され、壊され、既に20人近い人が地面に倒れている。逃げまどう人たちや先に到着した数名の警官たちに、嵩にかかって襲いかかっているポッドを慌ててぶちのめす。

サルファが電磁波を検出してから15分。従来のタイミングより異常に早い敵の出現だった。オフィス街の中にある広場では、スピーカーが緊急避難の言葉をがなり立てている。だが昼時のこの時間、サラリーマンやOL、買い物中の主婦など、あまりに多くの人間がここにいた。
4人が、怪人とアセロポッドを囲むように散る。負傷者の救助をしたいところだが、これ以上の被害を食い止めるほうが先だった。幸いサイレンの音が響いて、残りの警官隊が来るのも時間の問題だ。

「貴様らがOZの生き残りか?」
朱色の長身がアセロポッドの中から一歩、踏み出す。
「龍球戦隊オズリーブス! 貴様らの好き勝手にはさせねえ!」
赤星の高揚した声が響いた。
「スパイダル・モンスター軍団 アモク! 楽しませてもらうぜ!」
いきなりアセロポッドがアモクを取り囲んだ。アモクの腕が周囲をぐるりとなぜるように一閃する。と、アセロポッドの身体が何かに弾かれたようにビクンと痙攣し、堰を切ったように4人に襲いかかってきた。

走り込んだ輝が、素早く順手に持ち替えたトンファーをポッドの鳩尾に突き込む。が、ポッドはまったくひるまず、そのまま緑の小柄な身体を抱え込み、動きを封じに入った。
「グリーンッ」
声と共にポッドの額がぶち抜かれた。黄龍のリーブラスターが、正確にポッドのディメンジョン・ストーンを射抜いていた。
「こ、こいつら、どうなってんのっ!?」
消えたポッドの上から、なおもなだれ込んでくるポッド達をかわしながら輝が叫んだ。スピードとパワーが格段にアップしていた。そしてダメージに対する強度も!

「動きが違う! 速すぎるぜっ!」
黄龍がチャクラムを手にとまどう。
「額を狙えっ」
見もせずに、ブレードの柄で背中側のポッドの額を叩き割った黒羽が叫んだ。
「距離を保て、イエロー! ブラスターの方がいい!」
黄龍がすっと後退する。黒羽が黄龍の元いた位置に少しだけポジションをシフトすると、ポッドたちはわらわらと黒いスーツに襲いかかった。そこを黄龍が正確に狙撃していく。

拳がストーンに決まるとぴしりとヒビが入り、ぶんとぶれるようにその身体が消えた。赤星が怒鳴る。
「がむしゃらにつっこんできてる感じだ! よく見て一体づつ倒せ! 複数近づけるな!」
「了解っ」
輝の動きが変わる。ただでさえ身軽な彼はスーツを着るとまるで飛ぶように動く。ルートンファーを振りかざし、ポッドたちの頭や肩のを踏み台に移動していく彼を捕まえることなど不可能だった。

輝の動きにポッドが集中する。その隙に赤星はアモクに向かった。走りながら右腕に装着したリーブライザーに触れると両前腕が金色のリーブ粒子で覆われる。左から、少し遅れて黒羽が突っ込んでくることを視界の端で捉えていた。
勢いをつけた左ストレートがアモクの右腕でガードされた。腕を覆った剛毛の針のような鋭さがグローブ越しに伝わってきた。かまわず空いた顔面めがけて右も叩き込む。と、アモクの長い左手が赤星の右肘を外側からがっちり押さえ込んだ。その体勢で右手首を外側に押され、腕を固められた赤星は思わず呻いた。
アモクの右から入った黒羽が、下からブレードを跳ね上げた。注意を黒羽に向けたアモクから赤星が解放される。ブレードがアモクの両腕の剛毛で滑った。引くとみせかけた黒羽はそのままブレードを突き込んだ。アモクが思わず後退する。

「20秒!」
赤星が叫んだ。
「わかってる!」
黒羽が答える。

サルファがスパイダルの波動をキャッチした時、赤星は言ったのだ。「四人で行く」と。瑠衣は授業中だった。それは赤星の未練だったのだろう。

「ブラック! コンビネーションだ!」
「おうよっ」
赤の後ろに黒が縦列して疾走する。長い腕でガードするアモクに、赤星はまっすぐに突っ込んだ。黒羽が赤星の肩を踏み切って、アモクの頭頂めがけてブレードを叩き込む。とっさにそのブレードを押さえ込んだアモクのがら空きになったボディに、リーブライザーのマックスモードが炸裂した。

「二人とも 離れろっ!」
右の地面すれすれから黄龍のチャクラムが迫っていた。赤星と黒羽が慌てて離脱する。腹をおさえかがみ込んだアモクに、舞い上がったチャクラムが突き上げるようにヒットして爆発した。
「スターバズーカッ」
既に上空に待機していたバズーカを輝が呼び寄せる。3人が輝の元に集まった。
「リーブレス、アタッチ!」キーワードを吹き込み、4人がいましもリーブレスをセットしようとした瞬間だった。

メキッ ボコッ という金属音が、悲鳴に混じって響きわたった。

負傷者の救助のために入っていた救急隊員と警官隊にいきなり現れた巨体が襲いかかっている。どでかい拳がジェラルミンの楯ごと機動隊を打ち飛ばしていた。
「リーブ・チャクラムッ」
黄龍がとっさに残りのチャクラムを投げる。チャクラムを避けた怪物と警官隊の間に距離ができた。
赤星は周囲を見回した。今、人がいるのは、その方向だけだった。一瞬の躊躇の後に彼は叫んだ。
「ガードだ!」
変形前のバズーカはそのまま上昇し、4人はだっと怪物と警官隊の間に入った。

黄褐色のざらついた感じの肌と黒い斑点模様。黒光りする角。恐竜がこの世に現れたとしか思えない。だがぎょろついた赤い目は高い知能とずるがしこさを感じさせる。発達したキバが覗くその口が、ニヤッと左右に裂けた。大柄なのに恐ろしいほどのバネを感じさせるその生き物が4人を睨め付けた。
「上から見てたが、なかなかヤルじゃねーか、OZの死に損ない?」
野太くざらついた耳障りな声音だった。

「お前は‥‥?」
赤星はぞくっとするような感触を覚えていた。危険だ。こいつは危険だ!
「スパイダル四天王、モンスター軍団のゴリアント様だっ!」
言葉を発すると同時に、ゴリアントは大剣を振りかざし、赤星に襲いかかっていた。反射的に変化させたブレードでその刃を受け止める。輝が身構え、赤星の側に位置づける。
「早く避難するんだ!」
黒羽と黄龍は負傷者の救助に入ろうとした。

「なにをするっ」
「やめろっ」
いきなり驚愕の叫びが周囲を埋める。
気を失っていた負傷者の半数ほどがいきなり立ち上がり、救急隊や警官隊に殴りかかってきた。

「な‥‥!?」
「どーなってんだっ!?」
予想外の展開に黄龍とさしもの黒羽までが動きを止めた。ゴリアントの引きつったような笑いが響いた。
「"アモク"だ! きかねーのかと思ったぜ! 地球人にはよっ」
「どういう意味だっ」
赤星が力任せにブレードを薙ぎ払う。信じられない身軽さで巨体が後ろに跳ね飛んだ。その脇に朱色の怪人、アモクが並んだ。
「こういうことさ!」
アモクがすっと腕を一閃させた。赤星と輝はスーツに何かがぴしぴしと当たるのを感じた。背後で悲鳴が上がる。
「レッドッ 針だよっ 腕から針を発射するんだっ」
救急隊員、警官隊、そして救助されるている途中の負傷者たちまでもが、針にさされてうずくまっていった。

「楽しみにしろっ! そいつらもそのうち、暴れ出すぜっ アモクッ こいっ」
ゴリアントはそう言い捨てると、アモクと共にそのまま消えた。

ごく普通のサラリーマンやOL達が襲いかかってくる。その強さと速さが異常だった。
「どーなってんだっ! 人間業じゃねーっ」
彼らに掴みかかられて黄龍が怒鳴る。
黒羽はスーツ姿の華奢な男の拳を紙一重でかわして、首筋にすとんと手刀を落とした。崩れた身体をささえてぞっとした。今のストレート、入ってたら相手の手の骨も折れていた‥‥。
「攻撃を受けるな! かわせっ 受けたら相手がケガするぞっ」

赤星は一番最初のアモクの不思議な行動を思い出した。あの時、アセロポッドたちもあの針で刺されたのだ。そして自己保存のためのリミッターが外れ、自分の身体が壊れることもかまわずに攻撃してきた。それがあの強さの秘密だったんだ。

「オズベース! 警察と回線接続して下さいっ」
赤星はリーブレスに向かって、手早く事情を説明しだした。

瑠衣を呼ばなかった自分の判断を、痛恨の思いで噛みしめながら‥‥。

===***===

被害者達は警察病院の特殊病棟に監視付きで隔離された。アモクの針に刺されるとすぐ意識を失うが、30分程度で異常な興奮状態になって暴れ回る。自らの格闘行為で手足を骨折した人もいた。彼らのカテコールアミンの血中濃度は正常値の5倍以上にも達していた。だが、幸い現在使用されている薬物で、それを下げることは可能であり、二度目に攻撃を受けた人たちは、発症を抑えることができた。

コントロール・ルームで赤星は、無言で戦闘データの整理と分析を行っていた。もし5人揃っていれば、先にアモクを吹き飛ばせていただろう。チャージに20秒もかかっていては警官隊に死者が出るかもしれない。そう思って撃つのをやめた。

(赤星、甘いぞ)
4人で出撃すると言った時、黒羽が耳打ちした一言。

その通りだ‥‥。先週、瑠衣を戦わせると決めたばかりなのに、こんな大事な時に迷うなんて‥‥。 まだ、チームで戦うことが、どういうことか、俺にはわかってねえんだな‥‥。

それでも黒羽は現場に出れば、いつも黙ってフォローしてくれる。
自分にはできすぎた相棒だと感謝の言葉もない。

黄龍や輝でさえ、それを戦いの場に引きずり出すのだと感情的に納得するのにしばらくかかった。ましてや小さな小さな子供時代から知っている少女をリーブスの一員とすることに、赤星の感覚は追い付いていなかった。

感情にとらわれちゃ、ダメだ‥‥。冷静に考えないと‥‥。

自分が自分でなくなっていく気がしたが、こんなことは、ここ何年のうちに何度も経験していた。

「赤星さん、こっち終わったよ。次、どれだい?」
黄龍の声で我に返った。輝は上に行っており、黄龍と黒羽がデータ分析を手伝ってくれていた。特に黄龍は、多少のハッキングをやる程度の知識があり、ちょっと教えるだけでこういった作業を効率よくこなしてくれた。
「サンキュ。次、じゃあ、グリーンのログデータ、処理してくれるか?」
「オッケー」

警察の専用回線に通信が入った。側にいた田島が通話機を取った。
「はい、こちらオズべース‥‥。え、浅見警備局長‥‥!」

赤星が思わずがばと立ち上がる。その顔が一瞬歪んだのを黄龍は見逃さなかった。警察庁警備局はテロやゲリラ対策を担当する公安1課2課を抱えるいわば特殊犯罪担当局である。OZは、この警備局局長が直に管理する警備局特命課と最も密接に連絡を取り合っている。黒羽の先輩にあたる西条進吾刑事もこの特命課に在籍していた。

「赤星‥‥。浅見さん、こっちに来るって。お前と話したいらしい」
通話機を置いた田島が少し気の毒そうな声で、赤星に言った。
「げ‥‥。こんなトコ‥‥来るヒマあんのかよ、あの人‥‥」
「グチは言わない。現場はお前の担当だ」
「‥‥ですね‥‥。はい‥‥。覚悟、決めますよ‥‥‥‥」

「赤星さん、めっずらしいねぇ。そんなヤなヤツってわけ?」
黄龍が口を挟む。
「いや‥‥イヤっていうか、キツイ人なんだよ。前からあの人とは色々あって‥‥」
「グチは言わない」
黒羽が田島のマネをして笑った。
「西条先輩、その局長、厳しいが悪い人じゃないと言ってたぜ?」
「悪い人じゃないのはわかってるさ‥‥」
赤星は大きな溜息をついた。


2001/12/23

(1) <2> (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9)
background by Studio Blue Moon