第29話 戦慄の新幹部・守れみんなの夢!
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夕方から降り始めた雨は止む気配もない。どうやら今夜は一晩こんな調子らしい。もうすっかり暗くなった道を赤い車が一台走っていく。夕食の為に外に出た赤星たちが帰るところだった。
「あーあ。今日はなんか、疲れちゃった」
後部座席の中央に座っている瑠衣が珍しくそう言った。
「悪かったな、みんな。怪人倒して引き続きこれじゃな」
運転している赤星が済まなそうに言った。モルフィを倒したあと、そのままSPロボの偽エンブレム処理に巻き込まれていたのだった。いくら怪人がいないとはいえ、爆発するおそれのあるエンブレムだ。完全防磁の作業ルームなどそんなに準備できない。その点リーブスーツなら驚くべき対衝撃防御機能を有しつつ、細かい作業もできる。まあ本来はこういうことのために開発されたスーツなのだ。ブレスレットのエネルギーを再度充填し、手順を決め、実際に作業にも少し入っている。それでもまだ数日は作業が続きそうな状況だった。

「あ、ううん。それはいいの。早くみんなにロボット返してあげたいもんね。ただ、あの怪人がディって言ってた人のことが気になって‥‥。人間でスパイダルに手を貸しちゃう人がいるのかと思ったら‥‥」
「まあ‥‥。金になればなんでもOKってヤツは、実際いっぱいいるからサ‥‥」
瑠衣の左隣にちょっと窮屈そうに座っている黄龍が慰めるように言った。
「それにあの、アトラク=ナクアってのも、すっごく気になるよね‥‥」
いつも元気な輝の声にも今日は張りが無い。
「あいつ。とってもヤな感じで‥‥。アラクネーは‥‥どうして‥‥」

独り言のように呟いた輝に、独り言のように小さく返したのは助手席の黒羽だった。
「‥‥‥‥アラクネーは死んだ‥‥。殺された‥‥‥。殺されたんだろ、あいつらに‥‥」
「え‥‥?」
「‥‥あいつは‥‥スパイダルの最高権威者に切り捨てられた男を‥‥ひたすら慕ってたからな‥‥」

空気がいきなり重くなったようだった。雨音もそれに合わせて大きく響いてくる。「スパイダルの最高権威者に切り捨てられた男」が一体誰で、それがどんな死に方をしたか、他の4人も否応なく思い出した。赤星がちょっと頭を振ると、気持ちを切り替えるように言った。
「とにかく。ディのことは特警にまかせて、俺達としては手強い四天王が増えたってことだけ考えよう。あのナクアっての、本当にハンパじゃねえから」
「そうだな‥‥。悪かった」
なんも悪くねーだろ、と怒ったように言いかけた赤星が、角を曲がって、あれ? と声を上げた。

見えてきた森の小路の前にタクシーが止まり、街頭の光の輪の中で華奢なシルエットが降り立ったのだ。店は赤星の義姉が見てくれていたはずだがもう閉店時間過ぎ。外看板もライトが消えていた。
「あれ、理絵さんじゃない?」
赤星と黒羽の間から身を乗り出した瑠衣が言う。赤星は店の近くで、邪魔にならない道端に車を止めた。輝と瑠衣が一足先にぱっと車を飛び出す。
「理絵さん!」
不現理絵が5人のほうに向き直った。光の加減か、顔の白さが際だった。以前は肩ぐらいまであった黒髪を少年のように短くカットしているが、それがむしろ大人びて見えた。
「わー! 理絵さん、なんかまた素敵になったみたい!」
「理絵さん、お久しぶりですっ」
僅かに理絵が身を引いた。差し出しかけた手を避けられた‥‥と感じたのは輝だけで、他の4人は気づかなかったのだが。

「あ、例の用事っての終わったの?」
理絵は赤星の問いに硬い表情のまま頷いた。もともと無表情な少女なのだが、今日は普段以上に頑なな感じがあった。
「今日は‥‥トラジャたちを‥‥」
「あ、そっか。ちょっと待ってて」
赤星と輝と瑠衣が裏に回った。不在の時は中から入って警備のロックを外さなければシャッターもドアも開かないようになっている。
「いっやー、理絵さん、ちょっと見ない間に、えらくキレイになったんじゃない?」
残った黄龍が軽い調子で話かけたが、理絵は無言のまま半歩離れ、黄龍は鼻白んだ。軽いおちゃらけに乗ってくる女性で無いのは確かなのだが、こういった拒否感を示すこともなかった。二人の少し後ろにいた黒羽も、帽子の鍔の下から少し驚いた表情で理絵の様子を盗み見た。

店内がぱっと明るくなると、がらがらとシャッターが開き、赤星が顔を出した。
「入って待っててよ。今輝たちがみんなを回収してるからさ」
理絵は階段を上り、ドアを支えている赤星の脇をすり抜けて中に入った。店内に染みついているコーヒーの香りを確認するように小さな深呼吸をする。だが「何か入れる?」という赤星の言葉には、無言で首を横に振った。

そのうち輝がゲージを一つ抱えて入ってきた。
「お待たせ! まずモカマタリとマンデリンね。トラジャは瑠衣ちゃんが連れてくるから」
人形のようだった理絵の顔に初めて血が通ったように見えた。ぱっと駆け寄ると床に置かれたゲージの側に跪き、扉を開ける。細身の黒猫が2匹おそるおそる出てきて、理絵の手に顔をすり寄せた。
「大きくなったろ。ちょうど伸び盛りの頃だったからな」
「この前1.6Kgぐらいだったよね。トラジャなんかもう1.8Kg越えてたよっ」
3月の頭に400gに満たない状態で理絵が拾った3匹の仔猫。一般的な発情期とはかけ離れた生まれだが、飼い猫には時々あることだった。

足音に気付いた輝がドアを開ける。右手で黒猫を抱き、左手にゲージを持った瑠衣が立っていた。
「ありがと。もう。探しちゃったよ〜」
輝がゲージを受け取る。瑠衣は一番上のお兄ちゃん猫、トラジャを理絵に直接手渡した。
「どこ居たと思います? あたしの部屋の一番高い本棚の上で寝てたの!」
立ち上がった理絵はトラジャを受け取りつつ、無言のまま瑠衣の顔をじっと見つめた。あまり見つめてくるので瑠衣が戸惑ったように言った。
「‥‥え‥‥と、何か‥‥? どうしたんですか、理絵さん?」
理絵がはっとしたように目を逸らした。小さく言い訳めいた言葉を呟くと、トラジャに少しほおずりしてゲージの中に入れた。

「えーと、モカマタリ‥‥も、ゲージ入れて、いいワケ?」
うろつき回り始めた黒猫を抱え上げた黄龍は理絵にきっと睨まれた。黄龍は大慌てで黒猫をゲージに押し込めると、きれいな掌を少女に向け、言い訳めいた笑みを浮かべる。理絵の不機嫌さの原因などまったく心当たりはなかったが、女というのは理不尽な生き物だというのも、黄龍の持論ではあった。

「あー。こんなトコにいたのか。ほらほら。おいたが過ぎますな、お嬢ちゃん」
部屋の端から呑気な声が響いた。テーブルの下に潜り込んでマンデリンを捕まえた黒羽が、脱げ落ちた帽子に構わずに理絵のほうに歩み寄った。動物や小さな子供を見るときに黒羽がよく見せる無防備なこの笑みは、幼子の無邪気さにどこか母性的な慈愛が入り交じって、とても優しいのが常だった。

理絵は近くの椅子をがたつかせ、乱暴な大股で黒羽に近寄った。日頃、夜中の猫のように物音を立てない理絵の身のこなしを知っている皆は驚く。
理絵の目は大きく見開かれている。虹彩がまん丸を描く四白眼。その真円の瞳で黒羽をじっと見あげる。今やはっきりと涙ぐんでいることがわかる。だが、その源は怒りなのか哀しみなのか喜びなのか判らない。呼吸が荒ぶり、肩がかるく上下していた。
黒羽の眼差しが訝しげなものに変わり、何か思い出そうとするかのように額に手をやった。だがすぐに降参して口を開く。
「えーと、理絵さん。さっきからいったい、どうなすったんですかね?」

理絵はぱっと手を伸ばすと、黒羽の手からひったくるようにマンデリンを奪い取った。唖然とした黒羽をそのままにモカマタリのゲージにマンデリンを入れて立ち上がる。5人を見つめた瞳は、炯々と紫を帯びた光を放っているように見えた。
呑まれた5人が言葉を継げずにいるうちに、理絵はくるりと踵を返し、合わせて5キロにはなるゲージを持っているとは信じられない身軽さでドアを飛び出していった。
「ちょ、ちょっと‥‥!」
少し遅れて外に飛び出した輝は、ただタクシーのテールランプを見送るばかり。


いいかげんの沈黙のあと、最初に口を開いたのは赤星だった。
「‥‥‥‥‥‥黒羽‥‥。お前、理絵さんに、なんかした‥‥?」
「あのさあ、黒羽‥‥。赤星サンに言われるようじゃ、お終いだぜ?」
「なんでそーなるんだ! あれ以来会ってもないってのに。怒らせたのは瑛ちゃんだろう?」

やいのやいのと言い合いになりそうになった中、ぽつりと瑠衣が言った。
「‥‥‥‥なんか、家であったんじゃないかな‥‥」
皆が瑠衣を見やる。輝が不思議そうに尋ねた。
「どうしてそう思うの?」
「うん‥‥。理絵さんがお休みする前、あたしに、お父さんやお母さんのこと聞いたでしょ? あのときみたいな、何か聞きたいような、そんな顔してた‥‥」
「そうだった? 俺様はなんか恨まれてるような気がしたけどなー。黒羽はどうよ?」
黒羽は隅のテーブルに戻り、テンガロンハットを拾い上げると、軽くはたいた。
「‥‥そんな気もした。だが、心当たりが無い‥‥」
さっきの理絵の眼差しをどこかで見たように思うのだが思い出せない。今まで関わってきたクライアントや、はたまた悪党どもの顔が次々に黒羽の脳裏に浮かんで消えたが、どれも違っていた。

「はーっ だめ。ストップ!」
いきなりでかい声が店に響き渡った。声の主はづかづかとドアに近づき、格子のシャッターをぴしゃんと閉じると、4人を振り返った。
「原因がわかんねーなら、文句言ってきてから考えよ。今は考えんの、止め」
みんなが思わずこけ、楽天的な輝までが呆れたように言った。
「ちょ、ちょっと。理絵さんやとったマスターとして、そんなんでいいの?」
「だって、給料も遅れてないし、猫も元気だし‥‥。わかんねーこと考えてもしょーがねーもん。今はみんなにSPロボ返すのが先。次はナクア対策。理絵さんのことは怒られてから考える! でもって、これからデザート食べたい人は手を挙げて!」

はいはいはーいと輝と瑠衣の手があがり、黄龍と黒羽は形だけ大きな溜息をついてみせた。


===***===

その週末は良い天気に恵まれて暑いくらいだった。あの火の見櫓のある警察署が、また子供達でごった返している。だが先日のようなとげとげした雰囲気はない。
窓口に並んだ子供たちに次々と包みが返されている。受け取る子供達は心底嬉しそうな表情を浮かべているし、渡す職員たちも満面の笑顔だ。ロビーの片隅では酉井のマークが入った作業着を着た男性と、なにくれとそれを手伝っている中学生が二人いた。
「はい。これで大丈夫ですよ。大事にしてね」
彼らは調子が悪くなったSPロボをその場で調整している。作業服の男性は何を隠そうSPロボの開発責任者、伊藤智二博士。手伝っているのは伊藤博士の息子の伊藤翔平、そして翔平の友達の高野大輝だ。

エンブレムを剥がした後に出来てしまった傷は仕方がない。それについては公示されているし、窓口でも説明されている。だが預かって保管される過程に衝撃を受けて誤動作が出るようなものは、ちょっとしたリセット等で修復が可能だった。
伊藤の顔には蓄積された疲れが残っていたが、それでも一山越えた安堵も入り交じって表情は軟らかい。一方の翔平と大輝は元気の塊。翔平は自分ができる調整は一人でやっていたし、大輝は構内で困っている子供を見つけると案内までしてやっている。二人とも人のために何かできる喜びの高揚に満ちていた。


「ええ。今日はまず月曜日に預かった分を返却してるらしいですよ。火曜の分は、もしかすると間に合うかもしれないけど、保証はできないって言ってましたから」
庁舎のすぐ外に居る黄龍が子供のロボットを返してもらいにきた母親にそつなく答えている。相手が美人だと笑顔が必要以上に優しくなるのは‥‥‥‥この男の習い性である。

少し離れた所で待ちきれなくてぐずりだした子供をあやしていた瑠衣が、見知った顔を見つけて、笑いかけた。
「あら、こんにちは‥‥ええと、有賀浩二君?」
ペーパーバッグを持った有賀浩二はちょっと顔を背けたが、肩越しに僅かに頷いた。一応挨拶のつもりらしい。
「翔平君たちに会った?」
瑠衣は屈託なく続ける。少し怒ったように振り向いた浩二は、いつのまにか瑠衣の脇に立っていた黄龍瑛那と顔をつき合わせることになった。

「会ってくれば。今度の事件解決の一番のヒーローだぜ、翔平」
「モヤシが?」
「そ。警察も博士達もOZも気が付かなかったことを、あいつが気付いたんだ。それが全ての糸口になった。ほんとに‥‥あれが無かったら、SPロボ、半分以上潰れてたかもしんねーな」
「‥‥‥‥おっさん。あんた、何もんだよ」
つい実感のこもった口調になってしまった黄龍に浩二が突っ込む。黄龍は慌ててごまかし笑いをして手を振った。
「え‥‥? あ、探偵、探偵。警察に色々頼まれて動いてただけ」

瑠衣がちょっと苦笑すると変わらないゆったりした口調で言った。
「ねえ、有賀君。ちょっと君のSPロボ、見てみてよ。箱の中」
怪訝そうな顔で浩二が自分のSPロボを取り出す。翔平に預けておけと託したものだ。箱を開けてみるとロボットはパッキングできちんと覆われていた。
「それ、翔平君がやってくれたの。預ける前に、壊れちゃいけないからって、梱包材もらって自分のロボット達と同じくらい丁寧にやってたよ」

浩二はしばらくそのSPロボを見つめていた。ふと顔を上げる。どうする?と言いたげな表情の黄龍に向かっていきなり口を開いた。
「あんたはさ」
「なによ?」
「夢、あんのかよ」
黄龍はちょっと目を見開いたが、頭を掻いてにっと笑った。
「べつに無いけど、不満もねーよ」

===***===
大平ジョイパークのばぶらんどは大分片づいていたがまだしばらくオープンは無理そうだ。カーテン代わりの厚いシートで覆われている。刑事達を出迎えた店長はなんとなくTVドラマの収録に協力しているような気分になっていた。事件は現実離れしていたし、目の前にいる3人は揃いも揃って人目を引くほどのハンサム揃いだ。

「本当にありがとうございました。はいこれっ お返しします」
スーツ姿の輝がばぶらんどの店長にSPロボの箱をいくつか差し出す。
「いえ‥‥。お役に立ったのならよかったです」
「いっぱい役立ちましたよ! 実際に襲われても大丈夫なロボがいた証拠になったんですから!」
「はあ‥‥」
元気な輝とは好対照に店長は力無く箱を受け取った。島がテキパキとした口調で続けた。
「それで、例の輸入業者‥‥エブリハッピイなんですが、教えて頂いた事務所が閉鎖されてまして、そちからは連絡が取れないでしょうか?」
「いえ。私どももなんとか連絡しようとしてるんですが、皆目‥‥」
「そうですか‥‥。あ、あと今回の取引関係で『ディ』と呼ばれてる人が居なかったでしょうか?」
「え‥‥? ディ? いや‥‥。そんな変な名前、聞かなかったと思うけど‥‥」
「わかりました。また何かわかったら御連絡いただけますか? ぜひ気を付けて下さい。スパイダルもだんだん妙な手を使うようになってますし‥‥」
「はい‥‥」

店長が何度目かの溜息をつく。それを見ていた黒羽が静かに口を開いた。
「しかし‥‥本当にたいへんなことでしたね」
「いえ‥‥。こちらがもうちょっときちんと調べていれば‥‥こんなご迷惑を‥‥」
店長はすっかりしょげかえった様子だ。黒羽は慌てて手を振り穏やかな口調で言った。
「いえいえ。お宅は被害者なんですから。せめて壊れたロボットの分だけでも取り返せたらねえ」
「いやもうダメでしょう。エブリの前の社員もどうなったか知らないって言ってたし」
黒羽がぴくりと目を見開いた。
「前の‥‥?」
「ええ。エブリハッピィって一ヶ月前に倒産しかけて、それを今の社長が買ったって話ですよ」
「そうだったんですか。エブリがSPロボを買いあさり始めたのが2週間前ぐらいですよ」
「それで品薄に! うちみたいな大型店は取り寄せってのがかえって言いにくいんです。特に他にあるとなると余計。もちろん価格が安かったのもあるんですけど」
黒羽は大きく頷き、さりげなく手帳を出した。
「なるほど‥‥。いや、色々ありがとうございました。それでさっき話されていたエブリハッピィの前の社員の方の連絡先、もしよろしかったら教えて頂けないでしょうか。今のエブリが貴店に対して詐欺行為をしたのは確かなわけで、その上、スパイダルを手助けしてたとなると大問題ですから‥‥」



店を出ると輝が待ち切れなさそうに上着を脱いだ。しゅるしゅるとネクタイまで外してしまう。
「暑かった〜」
黒羽もネクタイを緩めると首を回す。
「あーあ、これだけは慣れんな。これで仕事続けろって言われたら死ぬ」
めずらしくぶつくさ言った黒羽に輝が吹き出した。
「だって黒羽さん、すっごくかっこいいのに。ずーっとそのスタイルでもいいのにねっ」
「ちっちっ いくら坊やの頼みでも、それだけは聞けんな」

なんとなくじゃれ合うといった風情の二人の、少し後ろを歩いていた島が躊躇いがちに声をかけた。
「あの‥‥黒羽さん‥‥」
「はい?」
「さっきの聞き込み‥‥感心しました。僕も見習いたいです」
黒羽は島のまじめな顔を見やると頭を掻いて苦笑した。
「何を仰います。オレのは適当な我流ですよ」
「いえ。でも僕じゃあんなふうには聞き出せなかった気がします」
「まあ、あんな場合なら、Yes、Noで答えられる質問は避けるって常套は使えますかね。あとは相手にゆとりを持たせてあげられれば‥‥」
「はい‥‥。見ててそうは思ったんですが‥‥でも知識を生かすって難しいですね」
「警察相手だと話すことでも、探偵相手だとなかなか口が重いので、まあこちらも色々とね。でも島警部補のような方は、そんなのは気にされなくてもいいんじゃないですか?」
「なぜですか?」
「回数を重ねれば人柄の良さがおのずと出ますからね。小手先の器用さなんてあまり‥‥。そうでなかったらうちの隊長殿なんざ生きていけませんや」
脇で輝がおどけた顔でうんうんと頷くので、島は思わず吹き出してしまった。


===***===
警察署の裏に小型のコンテナトラックが入ってくる。庁舎の裏の搬入口の側に止まると運転席から赤星が降り立った。コンテナを開けてどでかい台車を降ろし、そこに大きな箱を丁寧に積み上げていく。
「なかなかいい手際ネ。運送屋のほうが似合ってるネ」
「どうせそうですよ。博士にも前そう言われましたよ、もう」
搬入口から出てきて憎まれ口を叩く三上に向かってぷいとふくれてみせた赤星は、いたずらっぽい笑みを浮かべると言った。
「何見てんです。こっちきて手伝って下さいよ」
「ミーが? なんで?」
「スパイダルの被害を修復するのも特命課の仕事でしょ」
「いやヨ。ミーは忙しいネ」
ぶつぶつ言いながら台車に近寄ってくる今日の三上は襟の大きな白いシャツにワインカラーを基調にしたペイズリー柄のベストを着ている。
「伊藤博士のサイン貰わないと、島に怒られるネ」
「そんなのあとでいくらでも貰えるでしょー!」

これでこの警察署で預かった全てのSPロボがチェックが終わって戻ってきたことになる。三上は、この台車なんでこんなでかいネ、やっぱり引っ越し屋参入を狙ってるネ、こんなに積んだら崩れるネ‥‥とぶつぶつ言い続け、赤星は赤星でいちいちそれに応じるので大変騒がしかった。積み終わった箱にロープをかけて固定したところで、とたたた‥‥という子供の足音を聞いた。

振り返ると箱を持った小学生の低学年ぐらいの男の子が走ってくる。後ろから「待てよ!」と駆けて来るもう少し年上の少年。と、前の子供が何かに躓き、その手から箱が放り出された。
「あーっ」
箱は宙を舞った。地面に落ちるすんでのところで赤星が飛び込んできた。
「ふう」
座り込むように膝と腕でその箱を受け止めた赤星が、そのままぺたりと正座する。子供が二人駆け寄ってきた。
「よかったぁ。どうもありがとう。ほらアキオも、お礼、言え」
年上の少年が年下の子供の頭を押さえるようにした。
「兄ちゃん、ありがと」
赤星はちょっと驚いたような顔で二人の子供を見比べていたが、にこりと笑うと箱を差し出した。
「気をつけて。大事なもの持ってる時は走らない方がいいよ」
「弟がこっちに近道があるからって走り出しちゃって‥‥」
「それ、SPロボ?」
「うん。今返してもらったの」
「もしかして‥‥。アーサー?」
二人の子供の目がまん丸になった。
「なんで知ってるの?」
「君たちが日曜日にここで櫓に上っちゃった時、俺も見てたからさ」
「じゃ、兄ちゃんもレッドリーブス見た? ボク、あくしゅしちゃったんだよ!」
「良かったな。でももう二度とあんな危ないことしちゃダメだぞ」
「うん」
赤星が立ち上がり、ぱんぱんとジーンズをはたくと付け加えた。
「そうだ。アーサー、今ので具合が悪くなってるといけないから、ちょっと調べて見た方がいいよ。今ならお医者さんもいるし」
「お医者さん?」
「今日はSPロボの博士が来てるんだ。中でお巡りさんに聞けばすぐ教えてくれるよ」

今度は兄のほうが箱を持ち、二人の子供は庁舎の正面の方に戻っていった。近づいてきた三上がしみじみと言った。
「ロボット無事でほんとに良かったネ。みんなすごく嬉しそう」
「やっぱり三上さんもそう思います?」
「あたりまえじゃない。だからミーは前から言ってるネ。オズリーブスが子供の夢を壊したらタダじゃおかないって‥‥」
「はいはい‥‥」


===***===
小学校に上がる前ぐらいの小さな子供が泣きそうな顔で箱を差し出す。翔平はにっこりとそれを受け取ると、机の上で子供の大事な友達を取り出した。パワースイッチを入れてもウンともスンとも言わない。翔平はロボットの背中を開いてバッテリーを取り出しすと、精密ドライバーで小さなねじを外す。カバーを開けて基盤を剥き出しにすると5つ並んだディップスイッチをあるパターンに切り替えた。脇に居た大輝が手慣れた風にロボットを直立させ、ケーブルでぶら下がっているだけのバッテリーと共にうまい具合に支える。その状態で電源を入れるとシュインと音がしてロボットの目に光が宿った。
「うわ。うわーっ 直った!! カブトが直った!」
「ちょっと待って。まだもう少し」
翔平の方はまだ真剣な顔つきだ。リセットモードで立ち上がったことで電源に問題ないことは分かったが、メモリの内容がぶっとんでたら"カブト"はただのロボットに戻ってしまう。もう一度ディップスイッチを元に戻して、立ち上げ直す。

再びロボットの目に光が宿るが点滅している。極めて機械的な声でロボットがそう言った。
「かばーガアイテイマス」
翔平が子供に言う。
「カブトに何か聞いてみて」
「カブト、大丈夫なの?」
「かばーガアイテイルノデウゴケマセン。慎吾。ハヤクトジテクダサイ」
翔平がにっこり笑った。
「OK。大丈夫だよ。カブトにお休みって言って」
子供も嬉しそうに笑うと言った。
「カブト、すぐ直るって。お休み」
手際よくバッテリーやカバーを元に戻すともう一度パワーをオンにして子供に渡す。完全に直ったSPロボを抱えた子供は大喜びで、何度も礼を言うと帰っていった。

「あ。有賀君?」
子供を見送った翔平が有賀浩二に気が付いた。今のやりとりをずっと見ていたらしい。浩二はそのまますたすたと翔平達の元に近寄った。
「浩二。返して貰ったのか、お前のロボ?」
大輝が訪ねると、浩二はこっくりと頷き、ぼそりと言った。
「翔平。お前の夢、バカにして悪かった」
翔平はびっくり顔のままで固まってしまったが、大輝はすぐににっと笑みを浮かべた。何か言おうとしたが思い直す。日頃口の軽い大輝だがこんな時はコメント不要なのがなんとなくわかった。
「アキレスが世話んなったな」
浩二の言葉に翔平は首を強く横にふると、言葉を探して口をぱくぱくさせた。
「‥‥えーと、えーと‥‥。‥‥もし、具合悪かったら見るけど‥‥」
「そうしたらあとで頼む」
それだけ言うと浩二はぷいと歩み去った。

その背中を見送っていた翔平が、確認するように大輝に訪ねた。
「あれ。もしかして有賀君、僕のこと、名前で呼んでた?」
大輝が大笑いすると言った。
「いーんだって。ほら翔平、お客がいっぱい待ってるぜっ」


手が回りきれなくなった翔平の父、伊藤博士が、息子とその友達に手招きをしている。慌てて駆け戻る翔平と大輝。入り口で一度だけそんなクラスメートを見やった有賀浩二は、入り口の脇にいた変わった取り合わせの5人連れに気付いた。ぷいとしたそぶりで、それでも片手だけあげてみせ、ロビーを出て行った。

小さなロボット博士の初仕事は大盛況。 その周りには大事な友達を抱きしめたたくさんの子供達。

技術者や少年達や子供達。多くの人達の友達と希望と夢‥‥。
5人が想いの丈を込めて守ったものが今ここにあった。

===***===***===***===(おしまい)
2004/11/14
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background by 幻想素材館Dream Fantasy