第29話 戦慄の新幹部・守れみんなの夢!
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「もうちょい先か」
黄龍瑛那は電信柱の住所表示と手元のメモを見比べる。伊藤敏という名と住所。見慣れた達筆は黒羽のものだ。
<開発の主要メンバーには警護が入ってるそうだが、伊藤博士は最重要人物だからな。瑛ちゃんにはガードを頼むって、隊長さんのお達しですよ>
今朝黒羽からそう言われてこのメモを手渡され、伊藤の家に向かっているところだった。

赤星と瑠衣は葉隠や田島と共に酉井に行ったそうだ。実際に怪人に操られたからにはあのロボットには何かがあるはずなのだ。だがそれがわからない。黒羽は輝をつれてSPロボの納入業者の方の聞き込みに回っているだろう。
SPロボの回収は相変わらず続いている。各警察署では鉛の大型コンテナを用意してそこにロボットを収納している。回収場所に大事そうにロボットを預けに来る子供も居るが、ゴミ収集場所に捨てられたロボットも多数あるらしい。

昨夜のニュース。記者の質問に答えている伊藤を見て、翔平がもしこれを見ていたら‥‥と思ったらたまらなかった。父親がテレビで吊し上げを喰らってる図など、子供にとったら最悪だ。少なくともかつての自分にとっては‥‥。

黄龍は何かを振り払うように髪を掻き上げて頭を振ると、早足で歩き出した。

===***===

「うーむ。何かヘンじゃのう‥‥‥」
葉隠暁紘がテーブルに肘をつくと手を組んで顎を載せる。
「なんか判ったんですか!?」
ここは酉井の工場内の実験棟だ。最新の計測設備が揃っている。葉隠は分解した部品や図面をチェックし、伊藤や田島に次々に質問していたが、暫く前から黙りこくっていたのだ。灰色の脳細胞がフル回転モードに入ったことを知った伊藤と田島それに赤星と瑠衣は、足音や声にも気を付けて計測を続けていたのであった。
「いや、どう考えても全く問題なさそうじゃ。そう思わんか?」
「だから困ってんじゃないですか〜〜〜!」

がくっと突っ伏した赤星にはかまわず、葉隠は穏やかに続ける。
「となると、じゃ。もっと別の視点が必要なんじゃないかの?」
「別の‥‥と言われますと‥‥?」
「たとえば塗料の成分とか」
「そんな馬鹿な!」
「いや‥‥相手はスパイダル、我々の常識が通用する相手じゃありません」
驚きの声をあげた伊藤に田島がそう言った。

「伊藤博士。この子たちの色って、やっぱり博士の会社で塗ってるんですか?」
瑠衣の問いに、伊藤は組みあがったばかりのSPロボを手にとる。
「殆どは樹脂パーツの色のままで塗装はしてないんです。でもほら、このあたりの金色の部分は
 あとから仕上げないとダメで。仕上げから梱包まではダンバイのラインなんですよ」
「あー、でもダンバイの方も、昨日からさんざん調べてるけど、なんも出てないって、今朝西条さん言ってたしなぁ!」
赤星が頭をがしがしと掻いてふうと溜息をついたところでノックの音がした。入ってきたのは特警の風間本部長だった。風間は軽い会釈をすると単刀直入に切り出した。

「伊藤博士。残念ですが現在回収しているロボットは処分する可能性が高くなりました」
「ええっ!?」
「だって今、預かりって形で回収してるんでしょう!?」
「事件が解決して、原因究明が終わったら、同型のものをお返しすることで代替する。こちらも在る程度の予算は確保したが、酉井にもダンバイにも在る程度の損失が出るだろう。幸い両社の経営陣が納得してくれた」
「子供達が預けにきてるの、同じ型返しゃいいってもんじゃないんですよ? あれはそれぞれ持ち主が育てたロボットで‥‥」
「"育てた"ではない。"学習させた"に過ぎない。やり直して貰えばいいだけだ」
「風間さん!」

「竜太、やめなさい。安全を考えれば仕方の無いことじゃろう」
葉隠はそう言って、風間の顔を見上げた。
「処分はいつから?」
「準備でき次第、まずは廃棄されたものから順番に取りかかります」
「なるほど。では、伊藤君、儂たちも急がなければなりませんぞ」
部屋にいる全員が思わず葉隠の顔を見つめた。
「SPロボを全部処分するには時間がかかる。まさかその場でスクラップにするわけにもいかんしの。原因が分かれば3割は助かるかもしれん。うまくすれば6割を救えるかもしれん」
「はい!」
4人の声がぴったりと揃った。

===***===

伊藤翔平と高野大輝が急ぎ足で歩いている。もう学校に行っている時間なのに私服のままだ。
「おい、翔平、それホントかよ?」
「僕だって自信あるわけじゃ‥‥。でも、この間事件のあった大平ジョイパークのSPロボも違ってたんだ。それでSP07S、せっかく出てたのに買うの止めたんだもん」
「げ、じゃ、じゃあオレのダイロンは? あれはみどりやで買ったんだけど‥‥」
「ダイロンは大丈夫だと思う。ヘンなとこ無かったか‥‥‥‥あ‥‥この前の‥‥?」

翔平と大輝は長身の青年が近寄ってくるのを見て立ち止まった。黄龍はよっと手を挙げて笑ったがすぐに真剣な顔になった。
「今、言ってたこと、詳しく聞かせてくんない?」
2人の少年は目をぱちくりする。大輝が訝しげに言った。
「えとさ、あんた、どういう人なの?」
黄龍が懐から佐原探偵事務所の身分証明を出した。
「探偵さん。警察から頼まれて、今度の件を調べてるとこなの。君のお父さんが酉井の伊藤博士だってわかった時は驚いたけど、これも何かの縁っしょ」
翔平と大輝は顔を見合わせる。大輝がちょっと頷くと、翔平が話し出した。

「大平ジョイパークにあったSPロボって、エンブレムが正規品じゃなかった気がするんです」
「エンブレム?」
翔平がごそごそと手提げ袋からSPロボを出した。先日見た大輝のロボットより一回り小さい。色はシルバーだ。翔平はロボットの肩に接着されているエンブレムを指さした。碧い縁取りにやはり碧でSPというロゴがデザインされており、型番号とシリアル番号らしきも入っていた。
「これがダンバイの正規エンブレム。で、大平ジョイパークのは何かちょっと違う感じでヘンだなって思って。あとで父に聞こうと思ってたんだけど‥‥」
「ちょ、ちょっと俺様にも見せて」

黄龍はロボットを受け取った。翔平が示したシールはシリアル番号も入っているしっかりしたものだった。模造品対策のライセンスでもあるのだろう。もしこんなものに秘密があるのだとすれば、本体をいくら調べても分からないはずだ。考え込んだ黄龍を見ながら翔平が続けた。
「父に連絡とろうとしたんだけど、会社に電話しても話し中だし、携帯も繋がらなくて、これから父の会社に行ってみようと思ってるんです」
「でもさ、翔平。お前のオヤジさん、今警察とかに行ってんじゃないの? だって昨日のニュースで‥‥」
「そんなの、わかんないよ!」
翔平は大輝を睨むように見つめ、大声を上げた。
「SPロボが悪いんじゃない! 完成品にニセのエンブレムを貼ったヤツがいるんだ! 父さんがスパイダルに利用されるようなもの、作るはずないだろ!?」

「‥‥‥‥だよな。そうだよな‥‥」
声を荒げた翔平も、そして普段静かな友人の反応に驚いた大輝も、思わずじっと黄龍を見上げる。
「ちょっと待ってみ」
黄龍は携帯を開くとちょっと少年たちから離れた。
「ああ、赤星さん? 伊藤博士の息子さんが興味深いこと言ってる。昨日のロボットはエンブレムが偽物だったらしいんよ‥‥。‥‥だろ? 可能性大アリ。‥‥まあね‥‥。普通気づかないやね‥‥。それでこれから翔平君を博士のトコに連れて行きたいんだけどさ。今、どこいるワケ?」

黄龍は目をまん丸くしている二人の少年ににっと笑いかけると、携帯に向かって言った。
「できたらお父さんに直接話してもらえると有り難いんだけどなー。このまま連れてくったら、俺様、誘拐犯みたいっしょ?」


===***===

太平ジョイパークの玩具店"ばぶらんど"は全国にいくつもの支店を持つ大きなチェーン店だ。事件当日はSPロボのキャンペーンをやっていて、普段より多くのSPロボがパッケージから出されて展示されていた。とはいえ今や客の暴動のせいで店内はひどい有様だった。
壊されてごちゃごちゃになった商品の山の中で青年が一人動き回っている。背広が少々だぶだぶした感じがして、いまいち決まらないのは、その若い青年が瞳の大きな人形のような顔つきだからだろう。

とはいえ翠川輝の表情は真剣そのもの。壊されてごちゃごちゃになった商品の山の中から、もはや空き箱になってしまっているSPロボのパッケージを次々と引っ張り出した。事件の時に暴れ出したSPロボのものだ。奥のほうに数個、まったく無事な箱があった。中にはまだ商品が残っている。つまりこれだけがスパイダルに"操られなかった"らしい。
輝は空き箱と正常な箱を見比べる。手近なレジカウンターからセロテープを持ってきて、壊れた箱を器用に修復し、元のイメージが分かるようにする。そこに話し声が聞こえてきた。

「うちのSPロボのエンブレムが偽物だなんて、いったい何を証拠にそんなことを?」
黒羽健と並んで歩いてくる店の責任者は流石に機嫌が悪そうだ。
「偽物だと決めつけてるワケじゃないんですよ。ただ、そういう情報が寄せられたので。マニアの目ってのは時にプロ以上ですからね」
黒羽も輝同様ごく普通のスーツ姿だ。人から何かを聞き出そうとするときは、身分証以上に服装や物腰がモノを言うことを黒羽はよく知っている。

「あの、すみません」
空箱と中身の入ったものと、二つの箱をかかえた輝がやってきた。
「まだロボットが残ってる箱が少しあって。ほら。パッケージが少し日に焼けた感じでしょっ? 空き箱のほうはそんなこと無いから、最近仕入れた分がおかしくなったってことじゃ‥‥」

店長は輝が元の形に戻した空き箱を手にとってじっと見つめた。黒羽がそっと言った。
「ご存じとは思いますが、これらのロボットはスパイダルの怪人の操作によって人を凶暴化させ、その上、爆発する可能性もある。小売店にとって仕入ルートが重要なのはわかりますが、ぜひご協力頂きたいのです」

店長は黒羽と、そして輝の顔を見つめると、ふうっと息を吐いた。
「わかりました。実は最近、ある輸入業者と取引をするようになって‥‥‥‥」


===***===

「なんかあったみたいですね」
タクシーの運転手がそう言う。少し前から車が渋滞して動かなくなっていたのだが、警官が何人も走っていくのが見えた。
「ったく、もう少しだってのに、なんなんよ‥‥」
伊藤翔平の父親はもう2kmほど先にある酉井の工場にいるはずなのだ。助手席に乗っている黄龍がぶつくさ言った時、彼の携帯が振動した。

「ああ、瑠衣ちゃん。どったの? ‥‥うん‥‥。え、なんだって?」
黄龍が急に驚いた声をあげたので、運転手も、後部座席にいた2人の中学生も目を丸くした。
「俺様、いまその近くにいるトコ。翔平君たちも一緒だけど、タクシーで立ち往生しちゃってさ。わーった。じゃあ、車降りてそっち行くワ」

黄龍は携帯を閉じると、身体を捻って、後ろの伊藤翔平と高野大輝と隣の運転手を見やった。
「近くの警察署で、親に引っ張ってこられた小学生が4人、ロボ取られるの嫌がって逃げ出したらしい」
「えーっ!」
「んでもって近くの火の見櫓に上がり込んじまったってから‥‥もう‥‥」
「すげぇ。小学生のくせして、やるじゃん!」
「感心してるバアイかよ! とにかく、運転手さん、ここで降りるよ。いくら?」


タクシーを降りた黄龍はきょろきょろとあたりを見回すと、ゲーセンを見つけて指さす。
「悪いんだけどさ。ちょっと‥‥」
「待ってるなんて、やだよ。オレたちも行くぜ。いいだろ?」
「いや、でもさ‥‥」
「オレだってまだSPロボ、警察に持ってって無いんだ。お袋には嘘ついてて‥‥」
黄龍は開きかけた口を閉じた。大輝の瞳は熱を帯びている。
「だから。オレも行きたい」
「僕も行きたい」
翔平も言った。2人は真剣な顔で黄龍を見上げてくる。黄龍はふうっと溜息をついた。
「わかったよ。じゃ、俺様からはぐれないように頼むぜ」
「おう!」

騒動に向かって早足で歩いていく3人。周囲には泣きべそをかいた子供の手を引いて現場から離れようとしている母親やら、逆に野次馬根性丸出しで騒ぎの方に向かっていく大人達。それらをかき分けつつ警察署の敷地に踏み込んだ。敷地の中にはまだ多くの野次馬やマスコミの人間が居た。

「瑛那さん! あ、こんにちわ。この間はどうも」
「こ、こんちわ‥‥」
周囲が異常な雰囲気になっているのに、現れた桜木瑠衣の声は穏やかで、大輝も翔平も面食らったような表情を浮かべた。
「状況は?」
「親御さんとか一生懸命説得してるけど言うこときかなくて。でも本部長さんも無理なことはしたくないって」
「そりゃ、これだけ人の目があっちゃね。ブン屋さんもいるしな」
「それで‥‥」
瑠衣が背伸びすると黄龍の耳元で何かささやいた。黄龍の顔が不快そうに歪んだ。


===***===

「俺が‥‥?」
パトカーと警官と私服刑事に囲まれた空間。赤星は肩越しに言葉を投げてきた風間にそう問い返していた。空を見上げれば3階建てほどの高さはある古びた火の見櫓に4人の子供が座り込んでいる。もう1時間ほど経っただろう。小学校の3〜5年生で、うち2人は兄弟なのだそうだ。
風間はくるりと向き直ると派手な制帽の鍔の下から赤星をまっすぐに見つめ返した。
「そうだ。キミに‥‥レッドリーブスに、あの子達の説得を命じる。オズリーブスが表に出れば、これからの回収もスムースになるだろう」

赤星は言葉に詰まった。集められたSPロボは子供達に返されない可能性が高くなっている。早く安全な場所で処分した方が安全なのは確かだ。だがSPロボはただのモノじゃない。特に子供達にとっては一個の人格を持った友達だ。敢えて言えば自分にとってのサルファのような存在‥‥。

数日前、出会った少年たちの顔がちらつく。自分のロボットが壊れてないかと本気で心配していた。そして事件の解決に大きな糸口を見つけてくれた偉大なる小さなマスター。彼のお陰である業者を経由したロボットだけが問題なのはわかってきた‥‥が、それらを分別する時間などないだろう。

「スパイダルの罠が仕込まれたロボットだ。いつ、何が起こっても不思議はない。怪人の信号によってはいきなり爆発する可能性もある。だから一刻も早く回収しなければ」
「‥‥はい‥‥」
風間の言うことは判る。判るが身体が動かない。たまたま近くにいてこちらに回されていた特警の三上が少し苛ついた声を上げた。
「もう‥‥。早くしなきゃ駄目ネ。そーゆーのも隊長の仕事ネ」

赤星が大きく息を吐いて、着装するためにその場を離れようとした時、一人の私服刑事が、伏し目のまま、すっと赤星の前に出てきた。
「お前さんには演技は無理だな」
「‥‥あ、お、お前‥‥?」
黒羽健はいつもながらの茶目っ気たっぷりの眼差しで赤星を見やると、人差し指でとんとんと親友の胸をつついた。
「ホンネで行けや。それしか出来んだろ?」
赤星は珍しく少々自信のなさそうな笑みを浮かべると、それでもぽんぽんと友の肩を叩き、人の輪を抜け出ていった。


2004/8/18

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