第29話 戦慄の新幹部・守れみんなの夢!
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さっきまで赤かった空はもう暗紫。だが看板や門灯に灯が入れば、かえって活気が満ちる気がする、それが街の不思議だ。そんな中、歩いてくるのは我らがOZの5人であった。

「お腹すいた‥‥」
いつもの元気はどこへやら、情け無さそうにそう言ったのは翠川輝。
「あたしも〜」
紅一点の桜木瑠衣がそう応える。
「このタイミングでヤツら出てきたら、絶対負けるって感じ」
黄龍瑛那が力の抜けた声でそう言うと、半分本気に聞こえてコワイ。

「大げさだろ? だいたい空腹なんてのはなぁ‥‥!‥‥だめだ‥‥ハラへった‥‥」
途中まではリーダーらしかった赤星竜太だが、なんせメンツの中で一番食うのは彼なのである。赤星の腹がぐうと鳴ったのを聞いてしまった黒羽健は苦笑しつつ、それでも元凶を指摘するのを忘れない。
「まあとにかく、こんな時間に身体チェックの予定を入れた旦那が悪い」

「だってさ、6時間も前からなんも食うなって話になるとは思わねーもん!」
まあ彼らの年齢では想像がつかなくてもムリはない。健康診断は色々大変なのである。それでも女の子は現実的だった。
「でもいいの! 『樹菜』の焼き肉食べ放題に行けるんなら、ラッキーだもんvv」
人間ドックで焼き肉屋の割引チケットをくれるとはこれ如何に。


中学生ぐらいの少年少女たちが、ちらほらと建物に集まり始めた。友達同士で手を振り合い、寄り添いつつビルに入っていく姿は、ほとんど登校風景のようだ。
「そろそろ塾始まる時間なんだ‥‥」
そう呟く瑠衣も半年ちょっと前まであの人群れの中に居た。
「来年は昴も行くのかな。帰り遅くなるのがヤだよ」
輝の二番目の妹は今中学2年生。長女のひなたは成績も良くて妹の勉強もよく見てやるが、受験対策まではやっていられない。
「しっかし、ガッコ終わって、こんな時間からまた勉強なんて、偉いよなぁ」
しみじみとそう言った赤星が、ふと立ち止まった黒羽を振り返った。
「どした?」
黒い鍔の下でちょっとだけひそめられた眉。そんな親友の表情は今まで何度も見てきた赤星だった。




「なんで一緒に来ねーんだよ!」
「もうおまえたちとはツルまねーって、言ったろ!」
塾から2ブロックほど離れたカラオケ屋の脇の袋小路。街灯の光の中で、3人の中学生が2人の中学生に詰め寄っている。
「勝手にイイ子ぶんじゃねーっての!」
「人の勝手だろ!?」

3人は一見していかにも"不良"っぽいカッコウだ。崩して着ているのは近くの弥生中学の制服。一番大柄で腕っ節も強そうなのが有賀浩二。阿部海斗は念入りにワックスで形を整えた茶髪にピアスまで決めている。ずり降ろしたスラックスのベルトや学校指定のバッグにじゃらじゃらと安物のシルバー・アクセサリーを付けているのが森下直樹。
そんな3人を相手にしているのは、髪は明るい茶髪だがごく普通のジーンズ姿の少年。高野大輝という。彼も弥生中学の2年生で、少し前まで浩二たちとあまり良くない遊びをしていた。その背中で少し怯えたように縮こまっているのは、伊藤翔平。大輝のクラスメートだ。

「モヤシと付き合って、塾行き始めるなんて、どーかしてんじゃないの?」
「翔平はモヤシじゃねえ! SPロボのこと、これだけ知ってるなんてオトナだっていねーぜ」
「おめー、バッカじゃねーの? SPロボなんざガキの玩具だろ」
「ち‥‥ちがうよ! SPロボにはいろんなすごい技術が入ってるんだ!」
大輝の背中からちょっとだけ顔をのぞかせて翔平が反論する。
「オレもSPロボの仕組みを判るようになんだよ。だからおめーらと遊んでるヒマねーの!」
「てめーの頭でできっかよ!」
「出来るよ!」
「くっだらねー。それ、よこせ!」
3人は大輝を押しやり、翔平を突き飛ばすようにして、彼が大事に抱えていた箱を奪い取った。
「やめてよ!」
「何すんだっ 返せ!」


「こらっ!」
浩二が奪った箱を地面に叩き付けようとした瞬間、怒鳴り声が響いた。思わず固まって振り返ると通りからオトナが入ってくる。と、空中に上げたままの手からひょいと箱が奪われた。
「いけない坊やだ。人のものを壊そうなんざ」
3人が吃驚して向き直ると、いつの間にやら自分の傍に、どう見ても怪しい黒ずくめの男。
「なっ なんだよ、オッサン!」
「お・に・い・さ・ん」
「オッサンだよ!」


「だいじょぶ?」
「あ、ありがと‥‥」
瑠衣に助け起こされた翔平はちょっと目をぱちくりしてそう呟いたが、微笑んだ黒羽が箱を差し出しているのに気付いてぱっと起き上がる。礼もそこそこに箱を開けると30cmぐらいのロボットを取り出した。
「壊れてない?」
駆け寄ってきた大輝が翔平のすぐ側に座り込んだ。

「それってもしかして、SPロボ?」
落ちたままになっていた大輝の鞄を拾ってやった輝がそう尋ねると、大輝がぱっと笑った。
「おたくもマスターなの?」
「え? ううん。オレはそういうの苦手だもん。でも流行ってるのは知ってるよ」
玩具とゲームの有名メーカー、ダンバイが半年ほど前に発売したSPロボは、29800円というやや高めの値段設定にも関わらず相当のヒット商品になっている。音声識別機能を有し、最初に決められた単語を吹き込むことで持ち主の言葉をより正確に理解するようになるため、持ち主はSPロボの"マスター"と呼ばれる。

赤星が逃げだそうとしていた浩二と直樹の肩のあたりをとっつかまえながら言った
「確か酉井で作ってるニューロチップのロボットだよな」
今度は翔平が嬉しそうな表情を浮かべる。SPロボは企画と販売こそダンバイによるが、実際の開発はほとんど酉井重工のロボット部門で行われている。コンシューマ・マーケットを模索する酉井重工にとって初めての試みだ。
行動決定には酉井が産業用ロボットのために開発したニューロチップの廉価版が使われている。人の意志決定システムを模した学習機能を有しているので、つき合うほどに固有の反応を示すようになる訳だ。からくり人形のようなすり足にしろ2足歩行する上に、車の形に変形してマスターの言葉で応じて走行するので、少年だけでなく20代、30代の男性ファンも多かった。

「そうです! これ、大輝君のSP07Sモデル。出荷台数が一番少ない型で‥‥」
「翔平、いーから、早く確認してよ!」
「あ、ごめん。えーと‥‥」
翔平はロボットの背中のバッテリーカバーを開けると電源を入れた。普段はパネルの中に隠れている小さなランプがちかちかする様をじっと見ている。海斗の肩を押さえている黄龍がそっと黒羽に耳打ちした。
「なにしてんのよ?」
「ステータスランプの点滅パターンで各チップの初期動作を確認中」
「うっそだろ?」
「たぶんホント。素人は黙ってるこった。偉大なるマスターの気が散る」

そのうち小さなランプの動きが止まった。
「うん。だいじょぶみたい。大輝君、試してみて」
翔平がカバーを戻すとロボットを大輝に渡す。大輝はロボットに「立って」と声をかけてから、そっと地面に置いた。SPロボは摩擦音をたてて両手両足の位置を微調整すると、地面にしっかりと立った。
「ダイロン、大丈夫か?」
大輝がそう言うと、ロボットは少しの間のあと、きいっと顔を仰向けた。
「だいろん、セイジョウ。だいきハゲンキカ?」

「うわー! 凄いっ オレ実際見たの初めて!」
「やだ、なんて可愛いのvv」
輝と瑠衣が思わず膝をついて、ダイロンと呼びかけられた小さなロボットを見つめる。
「すげーな。初期チェックのパターン、覚えてんのか?」
赤星が翔平を見つめて感心した声をあげると、翔平は照れたように頭を掻いた。
「うん。何回も見てるうちになんとなく‥‥」
「だってさ、翔平のオヤジさん、SPロボの開発メンバーなんだぜ! 翔平も大人になったらロボット博士になるのが夢なんだもんな!」
むしろ大輝の方が自慢げだ。


「はあーあ、くっだらねー」
「ガキの玩具の博士なら、モヤシにゃ、ちょーどいー‥‥てっ!」
悪態をついた浩二と直樹は赤星に上腕をぎゅっと掴まれて思わず声を上げた。
「人の夢、バカにすんな」
「うっせーよ、おっさん、放せよっ!」
二人の少年は腕を振り回すようにして赤星の腕を逃れた。

アクセサリをじゃらじゃらさせながら直樹が言う。
「夢持つなんて下らねーじゃん。そのためにガリガリ塾行って、なーにが楽しいワケ?」
「何言ってんのさ。やりたいことのために頑張るって、楽しいよ」
立ち上がって反論したのは輝だ。瑠衣もうんうんと頷いている。
「んなの大人のジコギマンなんだよ! てめーら乗せられてイイ気になってんのさ!」
浩二がTVに出てくるチンピラのように肩をいからせながら大輝と翔平を指さす。
「だいたい夢なんて8割叶わないんだから、持つ方がバカじゃん?」
黄龍から離れて二人の側に近寄った海斗も髪を撫でつけながらそう言った。

「お前らさぁ!」
赤星が声を上げたとき、黄龍が小さく笑った。
「まあ、あんたらの言い分もわかるって感じ?」
浩二がぺっと唾を吐いた。
「ヤだねぇ。時々いんだよね、若いモンの気持ちが判ってるってフリする奴がさ」
黄龍がけだるげに髪を掻き上げて踏み出した。だらしない立ち姿なのに妙に人目を引きつける。
「フリじゃねーの。判るから、それがどれだけみっともねーかも判んの」
「みっともねー?」

「世の中な、明確にやりたいコト持って頑張ってる奴もいるけど、そーゆーのが無い奴もいる。ご大層な夢が無くても幸せにやってるのもゴマンといるし、逆に夢があるから苦労したり、叶わなかった時には落ち込んじまうってのもあるよ。だけどな‥‥」
黄龍が浩二の顔を真っ正面から見下ろした。少し細めた瞳が威圧的な光を宿していた。
「夢が無くてもいいって本気で思ってる奴は、あんたらみてーに喚かねーんだよ。人は人、自分は自分だからさ。そーやってぎゃあぎゃあ吼えたてんのは、一生懸命やってる友達が羨ましくってしょーがねーからだろ? 違う?」

路地がしんとなる。見つめられた浩二は少しだけ黄龍を睨み返していたがすぐに目を逸らした。
「うっせーんだよ!! こんなんで時間潰してられっかよ! おい、行くぜ!」
有賀浩二は森下直樹と阿部海斗に顎で合図して、ばたばたと路地を出て行った。

「な、なんだよ、赤星さん、 気持ち悪ぃな!」
3人の背中を見送った黄龍は喜色満面で自分を見つめてくる赤星に気付いて、思わず後じさった。
「なんでもねーよ。感心しただけ」
「んならニヤニヤしてねーで、メシ奢って」
「おう!」

「そうよ、大変! 君達、塾行くとこだったんでしょ? 遅刻しちゃうよ!」
瑠衣の声にはっと我に返った大輝は慌ててSPロボに声をかける。
「おやすみ、ダイロン」
ぷしゅんとパワーの切れたロボットを丁寧に箱にしまうと鞄を肩にかけた。翔平も自分の鞄を取り上げる。5人と2人はどやどやと大通りに出た。

「どうも、ありがとう」
「がんばってね、未来のロボット博士君!」
「はい」
「オレも一緒にロボット作るんだよ」
「よーし、二人とも思いっきり頑張って来い!」
2人の少年はぱたぱたと塾の建物に向かって駆けて行った。

再び焼肉屋を目指して歩きつつ、瑠衣がしみじみと呟いた。
「2人とも偉いなぁ。あたしも来年は理系クラス入れるように頑張ろうかな‥‥」
「え? 瑠衣、ホントか!?」
「うん。今年のテストの平均点で決まるって聞いたから、半分諦めてたんだけど‥‥」
「とにかくやるだけやってみろよ! やった! 俺もできるだけ‥‥」
「旦那はともかく、主任が居れば大丈夫だな、瑠衣ちゃん」
「はい!」
「うそ。瑠衣ちゃんって、そこまで理数科目好きだったんだ‥‥」
「ひええ‥‥俺様、セロリの次に苦手‥‥」
お腹はぺこぺこだったが、心は一足先に満ち足りた気分の5人だった。




その2日後。穏やかな日曜日に事件は起こった。東京のあるショッピングモールで大量の客が突然に暴れ出したのである。玩具の大型量販店から流れ出した暴徒達は周囲の店でも傷害や器物損壊に及び、お互いに気を失うまで殴り合う者達も出た。事件は発生後約1時間で収まったが、本人たちは自分のやったコトをまったく覚えていない有様だった。幸い死者こそ居なかったものの、大量の負傷者が出て、物質的な被害総額も一千万に上った。
警察の対応は決して悪かった訳ではない。ただしそのモールを中心にした半径5Kmの地域で小さな暴力事件が多発して110番通報が殺到したため、管区の警察官が非番を含めてほぼ全員出動しても手が足りないという異常事態になったのである。


2004/5/27

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