第29話 戦慄の新幹部・守れみんなの夢!
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「エージェント・ディから、ピースの散布ルートに調査が入ったと連絡があった」
ナクアはSPロボの1体を取り上げると、エンブレムを爪でひっかきながらそう言った。
「なんと‥‥。ではどういたしましょう」
「既に散じたピースで十分。お前の波動を遮断する仕掛けをしているならアセロポッドを出す」
「ディは、そのままで良いのですか?」
「いい。あれが何か言ったとてどうということはない。金で動く。それだけ。だが役に立つ。アラクネー将軍も面白い人間を見つけておいてくれた」
ナクアはゆっくりとSPロボが"脱走"して崩れた箱の山に近づく。地面に俯せに倒れている警官を避けながら言った。
「モルフィ。その玩具を連れて、行くがいい。何かを作る者達の夢、成長過程にある者達の夢、全て破壊して、この世界に疑心暗鬼を‥‥‥‥」

「そうはいかねえ!」
「なに?」
ナクアが足元を見た。足首に人間の手が伸びてきたと思った瞬間、白い長身が膝からがくりと崩れた。異形の膝裏を猛烈に蹴り飛ばして跳ね起きたのは特警の柴田丈だった。
「伏せろ!!」
叫び声と同時に、どごん、という低い銃声が立て続けに響いた。もちろんさっきの撃ち合いで使われた空砲のニューナンプではない。早見と西条が至近距離から357マグナムをナクアの身体に撃ち込んでいる。白い粘土細工のような身体がめこめこと凹んだ。



「ナクア様!」
「逃がさないッス!」
飛び上がったモルフィの細い足を警官が捕まえた。特警で最もこの制服が似合う男、田口了。どんな異形だろうが相手が力を入れる寸前のわずかな隙を逃さない。モルフィの足の位置がぐっと引き下ろされる。
「お離し!」
怪人が両手を振り上げ、尖った手先から腕までがぎらりとぬめる。田口が一瞬固まった。

「着装っ!」
高い声が響いた。振り下ろされたモルフィの腕を掴んだのはまだ黄金に輝いたままの手。小柄な戦士は田口の幅広の肩を蹴り飛ばし、怪人の手を掴んだまま宙を飛ぶ。一回転して相手を地面に叩き付けた。
「オズリーブス!?」
やっと今定着したスーツで包まれたボディは鮮やかなグリーン。尻餅をついた田口の前に立ちはだかる姿はその身長よりずっと大きく見えた。
「いっくよーっ!」
握り締めた緑銀のスティックから三日月の刃が伸びる。輝は一直線にモルフィに飛びかかった。

「この小僧どもがッ!」
モルフィが一歩踏み込むと少し前屈みの体勢でスピンする。羽の先端分が回転刃となって輝を襲った。かざしたトンファーをはね飛ばし、空いたグリーンの胴を薙ぐ。
「うわっ」
輝が吹っ飛ばされた先には田口がいた。田口は反射的に腰を落として輝の身体を受け止めるが、完全に支えきれず、2人は立木にぶつかった。
「ごめんなさいっ!」
「だ、大丈夫ッス!」
「わっ 来たっ!」
輝が田口を横抱きにして飛んだ。ちょうど田口の頭があった位置をモルフィの羽が通過し、立木の上部がバツリと切り落とされた。



重心のずれた不自然な形でナクアは銃弾に曝されていた。肩がぴくりと痙攣した瞬間、両腕がコマ落としの映像のように急激に西条と早見に向かって伸びた。
「させるかっ」
着装した黒羽のブレードがナクアの左腕に振り下ろされる。その勢いとタイミング故か、前回は食い込むだけだった刃が、今は白い腕をばさりと切り落とした。
「リーブライザー・マックスモードッ!」
ナクアの右腕を捉えた赤星はそのまま相手の懐に飛び込み連打を浴びせた。だがナクアは少し後退しただけ。途中から切り落とされた左腕を平然と引き寄せてぶんと振り回し、赤いスーツを殴り飛ばした。
「くそ、筋金入りの化けモンだ!」
助け起こされた赤星が悪態をつく。とにかくモルフィを倒すのが最優先。そのためにはこの怪人をせめてこの場に止めておかなければならない。だがSPロボのことで手一杯で、この異様な白怪人への対策が練れていない。ブラスターがだめ、シェルモードもだめ、切ってもだめ、衝撃にも強い‥‥。
「打つ手、無しか?」
黒羽の問いに赤星が応じた。
「手はちゃんと2本あらぁ! いっくぜー!」
かすかに肩をすくめた黒羽が赤星とほぼ並んで、白い化け物に突っ込んでいった。



「リーブラスター!」
黄龍と瑠衣の声が重なる。モルフィは身を起こすと、今度は羽を自分の身体に巻き付け紡錘形で回転した。2本のエネルギー波がことごとく弾き返された。
「何が実戦向きじゃねーだっての!」
「まるでバレリーナみたい」
「感心してる場合!?」
「イエロー、続けて! あれ、ほどいてみる!」

一陣の桜吹雪のように。
三日月の刃が飛び出たままのトンファーを拾い上げると、モルフィの頭上を舐めるように小さな躯が飛んだ。黄龍のブラスターを跳ね返そうと回転する怪人は巨大糸車。瑠衣はトンファーをその先端に投げつけて着地すると、マジカルスティックを引き絞った。引きずられそうになるスティックを飛び込んできた輝が一緒に押さえた。
「すごいよ、ピンク!」
少女はトンファーをマジカルスティックのリボンで結わえ、鎖鎌のように放ったのだった。上部を引っかけられたまま回転を続けたモルフィの羽がばさりとほぐれる。

吼え荒れる砂塵のように。
「行けーっ チャクラム!」
モルフィの頭部が露わになった瞬間、殆ど一直線に飛んだ円盤が、ソテツの葉のような触角をスパリと切り落とした。完璧すぎるタイミング。蝶の怪人は触覚が無くなったことより先に、視界が開けたことに驚く始末だった。刑事達の足下をうぞうぞと危うくしていたSPカーがぴたりと止まった。

そして燃え立つ新緑の竜巻。
チャクラムが戻り始めた時には既に2本のトンファーを握り締めた輝が高く跳ね上がっていた。落下のエネルギーを全てぶち込んで、2つの刃をモルフィの右肩に叩き込む。片羽をもがれた怪人がバランスを崩してくるくると回った。
「貴様ら!」
モルフィが金切り声で叫んだ。



地面に落ちていた白い腕がざわり、と蠢く。パン生地の様にぐにゃりと変形し、びゅんと飛んだ。
「危ない!」
気づいた島が叫んだ時はもう遅い。パン生地は赤と黒の獲物を絡め取り、そのまま持ち主の元に戻る。赤星と黒羽は白い柱にぐるぐる巻きにされた形になった。2人の足は完全に宙に浮いている。
「こ、のっ」
「放しやがれっ」
2人の男ごと自らの身体を数周も取り巻いている腕。その先端からヤツデ並の大きな掌がにゅっと飛び出した。まるで慈しむように2人の頭部を覆い、白い肩に押しつけた。
「動くな。くすぐったい。すぐ終わる」
ナクアの口元がにいっと裂け、腕のあちこちが隆起した。締め付けられた赤星と黒羽が苦痛の声を上げる。だが見ていた島が助けを呼ぼうとした瞬間、白粘土に覆われた2人の身体が金色に輝きだした。

白い怪人が、シャアア、という、悲鳴ともなんともよく判らない音を出し、腕がまるで気化するように溶けた。半ば賭のようなドラゴンアタックで窮地を脱した赤星と黒羽が転がり出てへたり込む。島が駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「な、なんとか‥‥」
着装の解けてしまった2人は珍しく肩で息をしていた。顔面や胸を煮溶かされたナクアが藻掻くようにして立ち消える。と、そこに黄龍の声が響いてきた。
「仕方ねー! スターバズーカだ!!」



ブラスターを構えた黄龍はいつもの間合いよりぐっと怪人に近づいていた。輝と瑠衣がすぐにそれに倣う。
「誰でもいい! 手伝えっ シェルモードッ!」
黄龍は周りも見ずに喚くと引き金を続けて引き絞った。輝と瑠衣のブラスターも火を噴く。早見と柴田のマグナムがサイドから加わった。モルフィは残った羽を身体に巻き付け、とーんと跳ね飛んで距離を稼ぐ。被弾して弱ったのは確かだが止めではない。ブラスターのエネルギーも刑事達の弾丸も既に尽きた。
黄龍が舌打ちした。バズーカを使わずに倒せればと思ったが甘かったようだ。こうなっては致し方無い。リーブレスに向かってオズリーブスの切り札の名を叫んだ。

「ちょっと、どしたの!?」
「わりいっ!」
驚いたことに寸刻遅れた赤星と黒羽は着装が解けていた。ブレスレットを所定の場所に押し込んだ2人に向かって黄龍は早口で捲し立てた。
「早く離れろっての! グリーン、ピンク! いくぜ!」
この3人でスターバズーカを取り回すのは文字通り「ヘビー」ではあるが無理ではない。いつも中心になる2人を追い払うと、3人の身体にぐっと力が入った。
「ファイヤー!」



きらきらと鱗粉が降り注いだ。相手が何者であろうが、死は常に吐き気に近い圧迫感をもたらす。そこに安堵が重なって、毎度の虚脱感が5人を覆った。
「とにかく、ディメンジョンストーンを‥‥」
黒羽の言葉にバズーカを空に戻した黄龍達が前へ踏み出す。モルフィの残骸はどれも青緑色でストーンが判別しにくかった。

「え‥‥?」
微妙な圧力の変化を感じとった3人の足が止まった。赤星と黒羽もすぐに気が付く。そしてこの異様な違和感を一度だけ体験している早見と田口もあたりをきょろきょろと見回した。
「なんで!? 四天王はいないのに!」
瑠衣が困惑の声を上げる。
「とにかく離れろ! 離れるんだ!」
黒羽が刑事達を押しやるようにした。
「ガーディアンを!」
赤星がリーブレスを口元に上げた時、黄龍が叫んだ。
「あれ!」

ばらまかれた肉塊ががたがたと動き始めている。その中心にぼやりと人影が浮かび上がった。亜麻色の一枚布で身体の全てを覆ったその細長い肢体。頭部の布を取ると銀髪がこぼれ、血色の瞳が無表情に光を反射した。白い顔の中で薄く赤い唇がにっと孤を描く。
「我の身体をあんなに削って‥‥。あちこち足りなくて、戻るのに手間取った」
現れたナクアは大分背が低くなっていた。手を挙げるとその甲がぱくりと割れ、内部に禍々しい光を放つ石が覗く。ディメンジョンストーン制御装置。三次元で死んだ怪人を巨大化させるための装置だ。
「モルフィ。早く大きくなーれ」
老婆が少女の声色をしているような奇妙に無表情な声だ。
「お前は‥‥。何者なんだ!」
「我は夢織将軍アトラク=ナクア」
「夢織将軍? アラクネーと同じ‥‥?」
輝が疑問をそのまま口にする。ナクアが唄うように言った。
「アラクネーは死んだ。死んだ。もういない‥‥」
既に頭痛を引き起こすほどに耳鳴りが酷くなってきている。モルフィの破片は再構築され始め、ナクアの姿はまた消えていく。金属を摺り合わせるような不快な音が伝わってきた。5人は急いで遠ざかりながら、なぜかそれをナクアの「笑い声」と感じた。


合体したまま飛んできたガーディアンの巨体が爆音を響かせて下りてきた。初出動の時は間に合わなかったリーブ・トレーラービームも完備され、操縦席にダイレクトで引っ張り上げて貰えるようになっている。しかし‥‥。
「このカッコじゃトレーラーに乗れねえ。3人でやってくれるか?」
赤星が謝罪と悔しさの入り交じった顔で黄龍と輝、瑠衣に言った。トレーラービームはリーブ粒子によって構成されたスーツを引っ張りあげるもので、着装していない赤星と黒羽では使えない。もちろんペッカーから搭乗することも可能だが、動き回っているロボットの内部を生身の状態で移動するのはこの2人にしても少々難儀な相談だった。
「お任せ!」
明るい声で応じた3人は黒い巨人の3カ所のコックピットから発せられる光のエレベーターを上っていく。瑠衣はペッカー、黄龍がレヴィン、そして輝がオウルへ。
「神様。瑛ちゃんが無謀な操縦をしませんように‥‥」
黒羽がこっそりとそう呟き、赤星は思わず脱力した。


巨大化したモルフィは自分の前に立ちふさがった鋼鉄の巨人に向かって大きく羽ばたいた。マグネシウムのような鱗粉がガーディアンに降り注ぐ。ガーディアンの全身がばちばちと火花を散らした。
「センサーが!!」
瑠衣の前に並ぶたくさんのモニターの全てがぶつりと途絶えた。瑠衣が慌ててオズベースの指示を仰ぐ。そこに激しい衝撃が加わった。モルフィがエッジのついた青い羽をぶん回したのだった。
「このやろう!」
黄龍は右足を一歩だけ下げて安定度を上げるが、周りの状況が判らず動けない。
<メインモニター復旧!>
瑠衣の声が響くと同時になんとか正面のモニターが復旧した。同時に3人のリーブレスから赤星の声が飛び出した。
<奴を止めろ! 触角だ!>

メイン・モニターの中でちょっとだけ後退した巨大モルフィがくんと背を逸らして触角を伸ばしかけている。この状態でコントロール波を発せられたら大変なことになる。だが輝は攻撃の間合いから敵の次の手を読んでいた。
「早くなるヤツOKっ! 間に合うっ!」
<よっしゃ!>

黄龍がぐんとスティックを押し込む。
「オーバードライブ!」
ガーディアンはあり得ないスピードで間合いを詰めると両手でモルフィの頭部を押さえた。輝は既にオーバードライブを切り、リーブ砲のチャージに入っている。
「リーブ砲充填あと2秒!」
モルフィはめちゃくちゃに羽を動かし、ガーディアンの身体のあちこちで再び火花が散るが巨人は手を放さない。
<チャージ!>
「ファイヤー!」
ガーディアンの左手からエネルギー流が噴出しモルフィの頭部が吹き飛ばされた。だがまだ動きは止まらない。鋭い羽のエッジを振り回して警察署の上部を思い切りぶち壊した。
「イエロー! 早く消滅させないと!」
正面と左右の広角カメラの回線をなんとか保持している瑠衣が叫ぶ。
「飛ぶヤツもOKだよっ!」
輝の手回しは完璧である。
「ガーディアン、テイクオフ!!」
変形して三角翼を広げたガーディアンがモルフィを抱えたまま一直線に上昇する。
「あとは薙刀だっけ? それもOK‥‥」
「リーブランス! 適当に呼ぶと気ぃ抜けるっしょ!」

黒い手の中からぐんと伸びた槍の刃先がモルフィを貫く。ガーディアンは上昇のスピードを上げ、槍ごと巨大な怪人をもっと上空に投げ上げる。自分はすっと脇にスライドして離脱した。
ずんとくぐもるような爆発音が起こり、空高く放り出された青い巨大な蝶は内部から高準位のリーブ粒子に焼灼され尽くした。



「やるなぁ、3人とも!」
ガーディアンを見上げた赤星が感嘆の声を上げた。
「まあまあ、ですかね」
黒羽もまんざらでもなさそうだ。
「お前ら、いつ引退してもよさそうだな」
柴田がぼそりと言った。早見がにやにやしながら2人を見やる。
「いっそ特警に来いや。こきつかっちゃる」
「ヤですよ! 警察勤務なんて、俺、絶対無理‥‥」
「でも、いいとこッスよ! アカさんもクロさんも気に入るッスよ、きっと」
かなり本気でそう言う田口の肩に、西条がポンと手を置いた。
「ストップ。よりによってこの2人スカウトして本部長の心配事をもっと増やす気か? 今のメンツだけで十分だろう?」
そりゃ無い! いや全部お前が悪い!と騒ぐ男達のもとに島がやってきた。

「実験は成功ですよ、赤星さん」
「え! ホントですか!」
島がさっきSPロボを回収していた場所に歩いていく。あとの連中もそれに続いた。テントは引き倒されて段ボールの山も崩れていたが、3つあった段ボールのうちロボットが暴れたのは1つだけなのがよくわかる。島はテーブルに並べた3つの装置を示した。記録された電磁波振動の状況がプリントアウトされている。
「偽エンブレムを貼られたSPロボは、あの怪人が出てきた時、異常な電磁波を発していて、実際に暴れ出しました。でも正しいエンブレムを貼っていたSPロボと、偽エンブレムを貼られていたけどきちんと剥がした分は、問題ありませんでしたよ」
赤星が心底嬉しそうな顔をした。
「よかった‥‥。これでほんとにエンブレムだけって証明できましたね。あんな状況で、きちんと計測して下さってありがとうございました、島さん」
「いやー。僕としても、せっかく声を覚えさせたSPロボ、破棄したくなかったですから」
「え‥‥。島警部補。もしかして‥‥」
黒羽の問いに島はまるで少年のような笑みを浮かべた。
「プレミアムが出るたんびに買ってたら10体ぐらいになっちゃって‥‥。忙しいんでまだ3体のマスターにしかなってないんですけど‥‥」
特警の先輩たちは呆れまくり、赤星と黒羽は大笑いして島に握手を求めた。


2004/10/24

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background by 幻想素材館Dream Fantasy