第29話 戦慄の新幹部・守れみんなの夢!
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ざわりと、無言の驚きが人々に伝搬した。誰に命じられたわけでもないのに人群れが自然に割れる。その中を強化スーツを着た男が一人、進み出た。
化け物と戦うための存在が、こんな人混みの中にいるのが不思議な感じがする。それでも大人達のざわめきは遠慮がちに引いてしまい、目に映った者の名をはっきりと言葉に出したのは、櫓の上の子供達だった。
「レッドリーブスだ!」
「うそ? ホンモノなの!?」
「ああ、レッドリーブスだ。君たちに降りてきて欲しいんだ」
2人の5年生のうちの片方が言った。
「嘘だよ。警察の人が変装してるんだ」
「嘘じゃない。俺達がこの前、怪人に逃げられちまったから、こんなことになってる。ごめん」
子供達は自分たちに向かってぺこりと頭を下げたヒーローの姿に目を丸くした。

「でも、今はとにかく降りてきて、そのSPロボを渡して欲しい。スパイダルの怪人はそのロボットを通して君たちを暴れさせたり、爆発して‥‥」
「もう何度も聞いたよ、そんなの!」
一番背の高い少年が叫んだ。少年は持っていた箱をぐっと突き出す。
「大人はボクたちのSPロボを壊しちゃう気なんでしょ?」
「ママは警察に持って行かないなら捨てるって言った。だから持ってきたけど、お巡りさん達、乱暴だし、早く早くって‥‥。きっと返す気なんか無いんだ!」

口々にそうだ、そうだと言い出す子供達に向かって、レッドリーブスは少し大きな声を出した。
「ちょっと待って! 頼むから俺の話を聞いてくれ!」
子供達が黙る。オズリーブスのリーダーは一度だけ深呼吸をして話しだした。静かな声だが、それは厚い胸で共鳴してよく通った。
「今、SPロボを作った博士たちがスパイダルがどうやって操ってるのか必死で調べてる。悪いトコがわかりかけてきたけど、全部のロボを直すには時間がかかる。それまでに怪人が出てきてSPロボが爆発したら、近くにいた人はきっと大ケガする。君たちみたいなSPロボのマスターとか、そのお父さんやお母さんもだ。それでもいいのか?」
櫓に上った一番年下の子が、赤いロボットを抱きしめて泣きそうな顔で言った。
「やだ‥‥。でも‥‥。アーサーが死ぬのも、やだもん‥‥」

「アーサーは死なない。そのために警察に預けるんだ」
「え‥‥?」
子供達が意外そうな顔をする。
「警察でSPロボを入れてるコンテナは鉛が入ってて電磁波を遮断する。スパイダルの電磁波に100%効くかどうかは保証できないけど、ある意味、君たちの家に居るより安全なんだ。俺にもロボットの友達がいる。俺はみんなを護ると同じようにSPロボも護りたい。そのためにあの怪人を倒す。だから降りてきて、SPロボを預けて欲しい」

あたりがしんとなった。5年生の1人が一番年下の少年の肩をそっと叩くと、弟のSPロボを受け取って梯子のほうに促した。少年はおっかなびっくりで梯子を下り始め、待ち受けていたレッドリーブスの腕の中にしっかりと抱きとめられる。そうして子供達はつぎつぎに地面に降り立った。


===***===

人垣に遮られて大輝と翔平に見えたのは櫓の上の小学生達だけだった。でも、彼らとレッドリーブスが何を言っているのかは聞こえたし、子供達が全員梯子を下りたのもわかった。大輝は緊張から解放されてふうーっと息を吐き、友達を振り返った。だが翔平は布袋の中のSPロボを抱えるようにして俯いている。
「翔平、どした?」
「僕‥‥」
「なに?」
「僕も、預けるよ。ナイトも‥‥ほかのみんなも」
「え? だってお前のSPロボも大丈夫って言ってたじゃん?」
翔平は困ったような、でも半分は嬉しそうな、そんな笑顔で友人を見る。
「やだなぁ。エンブレムがヘンって、僕がそう思っただけで、正しいかどうかわかんないんだよ?」
「でも、翔平君。翔平君の案、かなり当たってるみたいよ。それでも預けるの?」
瑠衣が小柄な翔平の顔を覗き込むようにしてそう言った。翔平はこっくりと頷く。
「さっきレッドがSPロボも護りたいって言ったよね。ちょっとびっくりした。大人はいつも人間のことしか考えてないって思ってたんだ。でもオズリーブスがSPロボを守りたいっていうなら、僕はそのオズリーブスを信じたい。信じるなら、ロボを預けなきゃ、ずるい気がして‥‥」

「それもそっか‥‥。よーし! オレもダイロン持ってくる‥‥と、と‥‥」
走り出そうとした大輝が思いついたように黄龍を見上げると、ぱっと掌を広げた。
「アニキ。家に帰るタクシー代くれよ。道混んでるといけないから多めだと助かるぜ」
調子のいいアニキ呼ばわりに黄龍はちょっとコケた。
「そこまで焦んなくてもいいっしょ? ちゃんと俺様が送るって‥‥」
「あーっ!」
「なんだっての!」
黄龍が大輝の視線を追って振り返った。そこに居たのは有賀浩二。先日大輝と翔平をからかっていた少年達の一人だった。
「浩二! なんでこんなとこ、いんだよ!」
「かんけーねーだろ!」
浩二は持っていた手提げ袋を大輝たちから隠すようにして歩み去ろうとした。

「ねえ。ちょっと待って」
瑠衣の言い方は毎度のことながらふわりとしている。日頃悪ぶっている中学生も思わず立ち止まってしまった。
「もしかして、持ってるの、SPロボじゃない? 届けにきたの?」
「お、オレのじゃねーよ! 弟のだよ!」
「へー。ホントかよ、浩二。案外お前も、隠れ‥‥いてっ」
浩二をからかおうとした大輝の頭をはたいたのは黄龍だった。
「あんた、そのロボット、途中で捨てたりしなかったんだ。捨ててるヤツ、いっぱいいんのにサ」
浩二は意外そうな顔で黄龍の顔を見る。黄龍がにっと笑った。
「見直したぜ」
「へっ。おっさんに見直されたくなんかねーぜ」
浩二はぷいっとそっぽを向いてその場を離れようとした。

「待って」
今度浩二を呼び止めたのは翔平だった。
「あの。有賀君。君の持ってるSPロボ見せてもらっても、いい?」
浩二は持っていた袋から一体のSPロボを取り出すと翔平の方に突き出した。少し近寄った翔平はすぐに感心した声を上げた。
「SP03Wの限定迷彩版だ! スゴイ!」
浩二がぶすっと言った。
「モヤシ。お前もロボット預けるって言ってたな」
「うん」
「一緒にこれも預けとけ」
「え‥‥?」
「壊れてもお前のせいにはしねーから。ケーカンと話すなんざ、うぜぇんだよ」

浩二はロボットとペーパーバッグをどんと翔平に押しつけた。黄龍と大輝をちらりと一瞥したが、何も言わずに去っていく。翔平と大輝は目をぱちくりしてそれを見送り、黄龍と瑠衣は視線を交わして淡く笑った。


===***===

「ご苦労だった」
風間が普段の姿で戻ってきた赤星にそう言った。敷地内はまだごたついているがもはや特警の出る幕でもない。赤星の方は軽く頭を下げたが堅い面持ちのままだった。
「意外にうまく言いくるめたネ。ミーも驚い‥‥」
「俺、"言いくるめた"つもりは無いです、三上さん」
遮られて少し鼻白んだ金髪碧眼の刑事にかまわず、赤星は風間に言った。
「風間さん、SPロボ壊すの、やっぱりもう少し待って下さい」

風間は少し目を細め、無言で赤星を見やった。エリートでありながら現場での経験も豊富なこの警察庁の幹部は、時に刺すような威圧感を放つ。だが赤星の方もそれで臆するほど遠慮深くも無い。
「SPロボを片っ端から壊すのがより安全だってのはわかります。でも既にマスターがいるSPロボは代替が効くようなもんじゃない。壊す前に打つ手があると思うんです」
「たとえば?」
「さっき言ったSPロボを保管してるコンテナが電磁波を通しにくいってのはホントです。あとは低周波音発生装置をコンテナに放り込んでおく手もあります」
「低周波音発生装置?」

「この前の時、プロテクトモードのお陰で俺たち正気で居られたんですけど、低周波音発生装置はプロテクトモードと同じ場を作り出すメカなんです。それでコンテナを覆っちまえば周りの人が暴れ出すことはなくなると思います。まあ、近く居ると相当気持ち悪くなりますけど」
「数はどれだけある」
「この前M島から回収してきたうち20個が使えます。密集地の警察署に優先的に回して、あとは地道に偽エンブレムを処理していけば‥‥」
「地道すぎる。素人には区別が難しいのだろう?」

「まあ、地道は地道ですがねぇ‥‥」
一歩踏み出して唐突に口を挟んだのは黒羽だった。きちんとしたグレーのスーツ姿。風間に向かってちょっと斜に構えた会釈をする。隣の輝は対照的に丁寧な一礼をすると風間に1枚の紙を渡した。人形のような大きな瞳が真剣そのものだ。紙には3桁の数字がいくつか並んでいる。黒羽が説明した。
「偽エンブレムを貼り付けた業者に回った分のロット番号です。もちろんこのロット全部がそうってわけじゃないですがね。問題の業者がどの小売りに卸したかは、三上刑事がもうご存じのはずだ。その周辺から片づけてけば、かなりいいセンいくんじゃないですか?」

「片づけるってなにするネ。シールを一個一個剥がすの? その作業自体が危険じゃないの!」
そう言った三上に赤星が応えた。
「俺達がやりますよ。万が一爆発しても大量じゃなきゃなんとかなります」
三上は少し押し黙り、それから大げさな溜息をついて首を振った。
「‥‥あのねぇ、隊長さん。さっきのナントカ装置のこととか、もっと早く思いついたらどーなの? そうすれば本部長だって打つ手が変って来たかもしれないでしょ!」
切り返された赤星が、一変きまりの悪そうな顔になった。
「す‥‥すんません‥‥。なんかあの子達の顔見て‥‥やっと色々頭回ったっていうか‥‥」

「まあどっちにしろ、です。風間本部長」
赤星の様子に少し忍び笑いをした黒羽が、すっと唇を引き締めて風間を見つめた。
「もしSPロボを早いタイミングで壊しちまったら、レッドリーブスは子供達相手に公然と嘘をついたことになっちまいますが、世論的にそれでいいんですかい?」

特警のトップが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。だがすぐに何か思い出したように笑い、制帽の鍔をあげて赤星と黒羽を順に見やった。
「西条の気持ちがわかった」
「は?」
「あいつが昔、赤と黒、2人揃うと手が付けられないとこぼしてたことがある。まったくだな」
「それはそれは。お褒めに預かりまして」
「ぜんぜん褒めてないネ!!!」

風間は警察用の携帯端末を取り出した。
「風間だ。SPロボの処分を延期する。これからすぐ戻る。自衛隊には私から連絡しよう」


===***===

その警察署は埋め立て地にあり、周囲は住宅地でも商業地でも無い。官公庁関係の建物がいくつかあるだけだった。贅沢にスペースを取った駐車場を兼ねた前庭にはテントが張られ、段ボールの山が3つできていた。夕闇が迫る中で何人かの制服警官が整理に追われていた。紙にチェックをしたり、段ボールに何か書き付けたりしている。
「ほんとに早くコンテナに入れなくていいんですかぁ?」
若い警官が少々間延びした声でそんなことを言った。
「全部チェック終わってから入れればいいって。いちいち一個一個なんてやってられっかよ」
先輩の警官が答える。えらく早口だ。
「でもホントに大丈夫ッスかねぇ」
また別の警官が言った。
「だから早くやれって言ってんだろーが!」
いちばん年配そうな警官がドスの効いた声で一喝し、首をすくめたほかの人間は大人しく仕事に戻った。

子供連れはもう居なかったが、構内にはSPロボを預けに来た民間人がまだ数名いた。けっこうなマニアらしい長身の二人組が厳重に包んだ箱を5つ持ち込んでいた。撫でつけた髪にファッション誌から抜け出たような洒落た格好が人目を引く。生真面目そうな警官が中を開けて確認したがり、押し問答になっていた。その隣ではむき出しのままのSPロボを2体持参した青年が、汚損防止のためちゃんと包むよう言われて、エアパッキングと悪戦苦闘していた。半袖のシャツからのぞく腕が筋肉質で野球帽がお似合いだが、彼が作りあげた包みは呆れるほど不格好なのだった。
ちょっと離れた所ではロボットを預け終わった高校生ぐらいのアベックが興味津々であたりを見回している。彼氏の方はダボっとしたシャツに丈の短いパンツという無造作な格好だが、よく見るとまるでアイドルのような顔立ちで、少々背が低いのが惜しい程だ。隣にいる少女はオールドローズのスカートが大人っぽさと可愛らしさの絶妙なバランスを保って、すらりとした素足にサンダルがまぶしかった。

「あれ?」
少女がパサリという音を聞いて空を振り仰いだ。と、アベックの眼前に人間大の蝶が舞い降りた。
「何これっ!?」
彼女を背中にかばった青年が叫んだ時、二人とその異形の間に3人の警官達が割り込む。
「スパイダルかっ!」

「やっと反応があったわ。こんな所に集まっていたのね」
金属光沢に輝く羽を華奢な身体に巻き付けたその怪人は青いドレスを纏った貴婦人のようだった。
「面白い。それは武器ね?」
モルフィは警官達が手にもった拳銃を見回すと、軽く仰向くようにして触覚をピンと伸ばした。
「きゃああっ」
「うわあっ」
黒板をひっかくような耐えきれない高音が響き渡る。それに呼応するようにそして皮膚の内側が泡立ってくるような、そんな不快な音がどこからともなく響き出した。警官達もその場にいた民間人も、悲鳴を上げ、頭を押さえてうずくまる。

段ボールの箱の山のうちの一つががたがたと崩れ、そこからSPロボがワラワラと抜け出してきた。それに伴って音がどんどん大きくなる。人々が異様な表情で身を起こし、お互いにつかみ合いを始める。そしてまずいことに拳銃を抜いていた3人の警官はそれを他の人間に向け始めた。
SPロボが発する音で正常な判断がつけられない人々は、拳銃を見ても構わずに向かっていく。パンパンと軽い音が響き渡り、アベックも、青年達も、うずくまり、倒れ、そのまま動きを止めた。そして警官達もほとんど相打ちのような状態で全員が倒れていった。

状況をじっと見ていたモルフィは、かるく伸びをするが如く羽を広げて巻き直した。彼女の周囲にはSPロボが集まってきている。モルフィの斜め後ろの空間がかげろい、アトラク=ナクアの白い姿が現れた。
「ナクア様!」
「ピースを付着させた道具を、軍に集めたと」
「はい。これはかえって好都合かもしれません」
「わかる。今まで軍部にはアセロポッドを潜入させる隙が無かったが、これなら」

ナクアは倒れ伏した人々の姿を見回すと、薄く紅い唇の両端をにいっと上げた。


2004/9/25

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