第24話 我が心の翼に
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黒羽は驚愕した。

鎧の男が動きを止めたのは、瞬きほどの時だった。まるでその強靱さを見せつけるかのように、黒羽の放ったドラゴンアタックの火線の中に飛び込んでくる。鎧が一瞬青みがかった輝きを帯びると、金の光を弾き返した。

「赤星っ」
黒羽が悲鳴のような声をあげた。振り返って身構えようとした男の手から三節棍がはじき飛ばされる。殴られた鳩尾を押さえるようにがくりと崩れた。その諸手を掴まれて仰向けに抑え込まれる。
「そこまでだ」
目の前につきつけられた白刃を赤星が凝視する。左手と片膝で、男を完全に組み敷いたブラックインパルスは、ゆっくりと黒羽に視線を上げた。
「驚いたぞ。こちらがお前達の真の姿か‥‥。まさか普通の人間だったとは‥‥‥‥」

「放せ‥‥」
「なに‥‥?」
「そいつを放せっ!!」
黒羽の咆吼が洞窟の中に反響した。
「ほう‥‥」
その声に初めて必死の色が入ったのを、スパイダルの参謀は聞き逃さなかった。
「こいつが例の預かりものの男か、メカニック・マン‥‥いや、ブラックリーブス?」
「そんなこたあ、どうでもいいっ さっさとそいつを解放しろっ」
自分の側にはなんのアドバンテージも無いのに、喚かずにいられない。

「先行けっ‥‥脱出、しろっ」
赤星も必死で抜け出そうとするが、どうしても跳ね返せない。ただ叫ぶだけで精一杯だ。当のブラックインパルスはもがく男のことなど意にも介していない。

「ブラックリーブス。こいつが死ねば、お前がOZにいる理由は無くなるか?」
静かにそう言うと赤星の喉当てにさくりと刃を入れた。切っ先がケプラー繊維を切り裂き、一番内側の防刃パネルで止まる。チタンのハニカム板越しのその感触に思わず赤星が硬直した。この手にかかれば、たぶん首の後ろまであっさりと貫かれてしまうだろう。

「‥‥そんなことになったらな‥‥オレはてめえを地獄の果てでも追ってやる‥‥。てめえを叩っ殺すまでな!!」

怒りが、空間をびりびりと埋め尽くしてしまいそうな声だった。一番危険な状況に置かれた赤星をして、ひととき、すげぇと傍観者になってしまったほどだった。

「では、二人一緒ならどうだ? 我が軍門に下らぬか」
「お断り‥‥だぜ!」
間髪を入れず答えたのは赤星だった。腹部にかかる重さと気管にかかる圧力に喘ぎながら、黒羽の高揚が伝搬したかのようなぎらぎらした瞳で、黒い面当てを見上げている。
「そうかな。お前を生き人形にすれば、あの男も従わざるを得まい」
「な‥‥っ」

「‥‥安心しろや‥‥。いざとなりゃオレの手でケジメつけてやる。ひと思いにな」
親友の静かな物言いに、仰向けた男はひどく無防備な笑みを浮かべた。
「はは‥‥助かる‥‥。わりい‥‥けど、よろしく‥‥‥」

そのやりとりに、黒い鎧は大きく息を吐いた。あの男を、自由意志のままに自分の部下にすることは難しいようだった。
「揃いも揃って愚か者か‥‥。わかったよ。では、代わりに私の愛剣を返してもらおうか?」
意外なセリフに戸惑った男たちには構わず、ブラックインパルスは小刀を戻すとソニック・ブームの鞘を黒羽に投げた。
「剣を納めろ。そしてここに持ってきて置くがいい」

ぱちりと音がして鞘に滑り込んだ刃は、黒羽がいくら抜こうとしても抜けなかった。ブラックインパルスが示したあたりまで近寄って、それを地面に置く。
「よし。いい子だな。では、引き換えだ」
立ち上がった黒羽の胸元めがけて、ブラックインパルスの右手が何かを放った。反射的に身を沈めた黒羽の頭上を越えていったのは、黒いテンガロンハットだった。

「ふざけるなっ」
いきり立って向き直った黒羽の視界の中で、黒い鎧が立ち上がる。男を乱暴に引きあげると同時に、黒羽に向かって振り回すようにぐんと突き飛ばした。
「こいつはオマケだ!」

赤星の身体を黒羽が抱きとめた時には既に、ブラックインパルスの姿は消えていた。

「どわ‥‥。よくも、まあ、放して‥‥くれたわ‥‥」
赤星が腹と喉を押さえながら息をつく。
「‥‥わからん。何を考えてる‥‥?」
黒羽が呟いた。
と、奥から地響きが伝わってきた。二人の頭上にばらばらと欠片が落ちてくる。
「な、なんだ‥‥?」
「まずいっ 脱出だ!!」

二人は自動操縦でホバリングしているオズブルーンの入り口まで走った。下がったワイヤーの梯子を押さえて黒羽を先に上らせながら、赤星はあたりをきょろきょろ見回している。上った黒羽を見上げ、すぐ行くから、と怒鳴った。
黒羽が操縦席で発進の準備を整え終わると同時に、ばたばたと赤星が入ってくる。
「この、ばか‥‥」
「ベルトOK。発進して下さい、機長!」
言葉を遮る茶目っ気たっぷりの声に、黒羽は苦笑して操縦桿を握った。


===***===

シェロプはきわめて不機嫌だった。ブラックインパルスが何も告げずに地球に降りた。あの小娘と機械人形も地球にいる。下賎な連中が集まって、何かたくらんでいると思うと、不愉快きわまりなかった。

今回の三次元侵攻。シェロプはなんとしても手柄を上げたかった。できれば、ブラックインパルスを失脚させた上で‥‥。もうこれ以上、あの成り上がり者の部下でいるのはまっぴらだった。
オズリーブスの出現はシェロプにとってありがたい面もあった。地球侵攻が遅れれば、皇帝もブラックインパルスの責任を追及せざるを得ない。予定外に現れたオズリーブスが、スプリガン、アラクネー、ゴリアントの部下を叩きのめしてくれるのは、ある意味歓迎できる事だった。
ただ、自分の顔に泥を塗ったことは絶対に許せなかった。それは、いつか必ず、後悔させてやる‥‥。

だが、あの黒騎士が、前線に出てしまったら‥‥。
そうしたら事態は一気に進んでしまう‥‥。
ヤツには、それだけの力がある‥‥。

シェロプは、自室の中でいらいらと、いったり来たりを繰り返していた。
ふと、その足が止まった。

「ふん‥‥。魔神将軍よ‥‥。かなりイラついているようだな?」
「だ、誰だ!?」
部屋の中に、真っ白なケープとフードで覆われた姿がいきなり現れた。
「き、貴様は!」
「我が名はファントマ。皇帝よりスパイダル帝国参謀の地位を与えられしもの‥‥」
「な‥‥!?」
「シェロプ‥‥。私は前からキミを気に入っていてね‥‥。私の話を聞くつもりはないか‥‥?」
シェロプの表情が、驚きから、すっと計算高いものに変わった。ファントマ。トップクラスの家柄のシェロプでさえ、聞いたことしかないその名‥‥。皇帝の傍系というウワサもあった。

「面白い‥‥。いや、これは失礼を‥‥。ぜひそのお話、伺わせていただきましょう」


===***===

オズブルーンは夕焼け空の中を悠然と飛んでいた。

山腹の洞窟から抜けた直後、追ってくるかのように火柱が吹き出した。ブラックインパルスかスプリガンが、秘密保持のために爆破してしまったのか‥‥。悔しかったが、今はもう戻って調べる余裕はなかった。オズベースと連絡を取り、照明設備のある自衛隊演習場の片隅を借りて、オズブルーンの徹底チェックをする手はずを整えた。田島を筆頭に、OZの技術者集団もそちらに向かっている。

「‥‥いよいよ本格的になってきたって感じだな‥‥」
オズブルーンを自動操縦にしてシートを倒し、横になった黒羽が呟いた。
「ま、あとは基地に帰ってから考えようぜ」
黒羽を見下ろしながら、サブシートに浅く腰掛けた赤星が答えた。黒羽の目の周りにはうっすらと隈が浮いていて、右腕に巻いたさらしのところどころにも血がにじみ出している。それでもこうやって、お互い無事でいられたことに感謝がこみ上げてきた。
「‥‥お前ってさ‥‥、ホント、悪運強いよな‥‥」

「そりゃ、旦那だろう? あの状況で、普通、助からんぜ?」
「はは‥‥。ま、それもそうかもしんねえけどな」
赤星が無意識に首回りを撫でる。さっき外した腕甲はひしゃげていてあの力を思ったらぞっとした。
「‥‥確かに‥‥。今度ばっかは、俺も、マジで覚悟したよ‥‥。ただ、アイツさ‥‥。あの、ブラックインパルスってヤツ、お前のこと妙に気に入ってたと思わねえ?」
「バカ言うのも時たまにするんだな。そんなことあるわけないだろうが」

「だって、なんか、やたらスカウトしたがってたろ、お前のこと。やっぱ、ヨソの世界の人間でも、お前の凄さはちゃんとわかってんだよな」
分別くさい顔でうんうんと頷く赤星に黒羽が突っ込んだ。
「‥‥‥‥おい、赤星‥‥。もしかして、オズブルーンの腹、ひどく焦がしたのか?」

しばしの沈黙のあと、赤星がぼそぼそと言った。
「‥‥その‥‥。焦げたっていうか‥‥、溶けたっていうか‥‥‥‥」
「なにぃっ!」
黒羽が、がばっと上半身を起こした。
「わ、わりいっ! でも、表面だけだからさっ!」
「この、へたくそ!」
愛機を傷つけられた事実に、黒羽の疲労はふっとんだようだった。
「お前の線からちょびっと出ただけだもんよ!」
「ったく! で!? 発進の直前は何やってたんだ! ちゃんと言え!」
「へへっ これこれ!」
いきなりの尋問にもめげず、赤星は横においてあった帽子を取ると黒羽の頭にひょいと被せた。
「せっかく返してよこしたからさ」

「‥‥‥呆れたヤツだな‥‥。発信機とか敵のワナとか考えんのか?」
「一応調べたけどなんもなかったぜ。あとでオズブルーンと一緒にちゃんと見てもらえばさ」
「‥‥そうか‥‥。考えてみりゃあ、こっちが主役で旦那はオマケだったな」
「あっ‥‥あれは言葉のあやってヤツで‥‥‥‥」
「旦那より、あの剣のほうが役に立ったかもな」
「どーゆー意味だよっっ‥‥‥‥あ――っ」
「どうした!?」
「ついでに三節棍も拾ってくりゃよかった! あれ特製なのにっ おっちゃんに怒られっちまう!」

頭を抱えた赤星を見て黒羽は思った。コイツと付き合う方がよっぽど疲れる。なんでこうもヌケてるんだ? いやそれより、これがさっきまで生死の瀬戸際にいた男か? きっと短期記憶の機能に問題があるんだな、と赤星の科学者ぶりっこをマネして一人ごちる。こんな時は常に、自分だけはしっかりと棚に登っている黒羽であった。


帽子を取ると軽く払いながら全体を見直す。いつもと変わらないお気に入りのテンガロンハットだった。ふと、もう一つの遺失物に想いが飛んで、無意識に尻のポケットに手をやる。空の手に視線を投げたところで、いきなり赤星が話しかけたきた。

「もしかして、お前も、肥後守、無くしちまったのか? あの大事にしてたヤツ‥‥?」

黒羽の目が驚きに大きく見開かれた。
「‥‥おま‥‥え‥‥、なぜ‥‥?」

「よくそこに入れてたろ? 借りたこともあったしさ。柄に名前の方が彫ってあるし、刃もすごく減ってるから、ガキの時から使ってたんだろうなって思ってたけど‥‥。あれ、ちゃんとした鍛造モノだよな。もし、無くしたんなら、鷹山のおっちゃん経由なら手にはいると思うぜ?」

確かに赤星の前で使ったことはあるだろう。貸したこともあるかもしれない。だかそんなことは数える程度のことだ。だいたい二人の間であのナイフを話題にしたことなどない。あれの由来を話したことがあるのはただ一人、飛島だけなのだ。

「たぶん手に入るよ。また大事に使えばいいじゃん。あのチビにゃ愛着あるんだろうけどさ、覚えててやりゃあ、それで‥‥‥‥」

言葉を重ねる黒い瞳は、まるで子供のようにひたむきに自分を見つめてくる。

鈍感なヤツだと思ってると、これだから‥‥‥‥。
‥ったく‥‥こいつにゃ、負けるぜ‥‥‥‥。

黒羽がいつものように、唇の片端に笑みを刻んだ。
「いや‥‥。部屋に忘れてきたのかもしれん‥‥‥‥」
「そっか。じゃ、見つかんなかったら、遠慮無く言えよな」
「ああ‥‥。そうさせてもらうさ‥‥」

黒羽は再び横になった。オズブルーンのエンジン音が心なしか優しくなったような気がした。降ってくる柔らかい眼差しにウインクを返すと、顔にテンガロンハットを乗せて目を閉じる。そっと身体にかけられた革ジャンパーの重みに吸い込まれるように、黒羽は眠りに落ちていった。

目的地までの短い、だが、安らかな眠りに‥‥。


===***===


あの日も、空には、一羽の鳥が悠然と舞っていた。


―――あれはなんだろう?

―――鳶という鳥です。

―――気持ちが良さそうだな。

―――はい、彼らはあの翼でどこへでも飛んでいける。自由です。

―――どこへでも飛べる鳥‥‥。‥‥自由な翼か‥‥。

―――はい。羨ましいですわ。

―――‥‥‥‥私は‥‥‥‥。

―――何か思い出されましたか?

―――いや‥‥ただ‥‥。あの翼になりたいと、ふと思ったのだ‥‥。あの黒い翼に‥‥。
    そのように名乗ることは、可能だろうか‥‥?

―――ならば、黒羽、というお名前はいかがでしょう? 黒羽様‥‥。佳いお名前ですわ。


そう言って、女は木ぎれを拾うと砂浜に文字を刻んだ。

男が7年間名乗ることになるその二文字を‥‥。

風は、潮の匂いがしていた。

黒い髪、黒い瞳の美しい女だった。

女の書いた文字は、風に吹かれてすぐにもろもろと崩れていった。



手の中のナイフを見つめた。柄の5つの文字。そして、少し離れて、もうひとつ。

「‥‥ひごのかみ‥‥かねこま‥‥」

正しく読める人間はあまりいないだろうその5つの文字を、異界の男は正しく発音した。


そうしてもうひと文字。

他の文字と比べると、少しぎこちない感じのするひと文字。

それはかつて、大切な存在だった者のために、彼自身が掘ったひと文字‥‥‥‥。


「‥‥け‥‥ん‥‥‥‥。‥‥黒羽‥‥健‥‥」


日が落ちて、冷たさを帯びた風が、兜を脱いだブラックインパルスの頬を撫でた。


===***===(了)===***===
2002/5/12
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