第24話 我が心の翼に
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建物の前に並んだジェラルミンのバリケードは、十数匹の灰黒色の怪物の進むに合わせて、じりじりと後退していた。

「どーなってんだよっ! 効かねーじゃねーかよぉ!!」
早見が脇にいた島に、空になった357をどんと押しつけると、もう1丁のリボルバーを取り出す。
「見た目は同じなんですけどねぇ」
受け取った銃に弾を込める島はこんな時でも妙に危機感がない。今日は春先らしい、淡いグリーンのスーツ姿だ。
「馬鹿野郎! 情けねえ声出すな! 間延び声も却下だっ!!」
指揮をとっている柴田の顔は、珍しくも真剣そのものだったりする。

怪物たちは周囲を見回しながら、のったりと進んでくる。何か確かめるようにわざと弾を受けている個体もあった。はっきり言って早見の射撃は完璧だ。最初の3発が3匹のそれぞれの額にヒットし、次の3発が立て続けに1匹の額に撃ち込まれた。

なのに倒せない。衝撃に対する強度も通常のアセロポッドより遙かに高いようだ。それが一度にこんなにたくさん出てくるとは! 過去、怪人のような強化された存在が、同時に複数出てきたことはないのだ。

「ったく、Lの奴ら何やってやがる! 島! 本部経由でハッパかけろ!」
バリケード代わりに真横に置かれた早見の車に島がとりついた。警察回線で、西条と二言三言交わして、柴田の方を見た。
「なんか、アカさんとクロさんが別の件に巻き込まれて、来られないそうです」
「なんだと――っ!」

柴田の怒声をセクターの独特の排気音がかき消した。アセロポッドたちを蹴散らすように中央突破してきた2台のバイクはそう大型ではない。取り回しはしやすくて高出力を誇る特別仕様だ。スラロームで暴れ込んでポッドの集団を牽制すると、特警三人組の前で急ブレーキをかけた。

「大丈夫でしたか?」
イエローの長身の後から降りたピンクのスーツが真っ先に島に駆け寄る。
「わあ、助かりましたよー!」
無邪気な中にも品がある島の声がひどく場違いだ。

「額ぶちこんでも、効かねーんだぜ!」
早見が黄龍を見上げる。二人は黄龍が佐原探偵事務所に入った頃からの顔見知りだ。早見も警察の競技会では常にトップクラス。射撃好き同士、話が合った。
「あんたなら、何発かぶち込んでみたんだろ?」
マスクごしでわからないのをいいことに、ちょっとだけ島を睨んでしまった黄龍が、慌てて早見に視線を戻した。
「357、3発立て続けでもダメさ!」

「アカとクロはどこほっつき歩いてやがる! てめーら三人でなんとかなると‥‥」
柴田の悪態がぐっと詰まった。顔の前に緑銀の煌めきが無遠慮に突き出されていた。

「思ってる。いや、なんとか"する"よ」
肩越しにトンファーを突きつけた輝が、グリーンの背中を向けたまま静かに言い放った。バイクで走り抜けた一瞬で見つけた事実を言葉にする。
「額のでっぱり、ストーンじゃない」
「なーる。微妙に違和感あんの、そのセイか」
黄龍が半身を戻すと、異形達の方にざっと踏み出す。

瑠衣がくるりとスティックを一回転させた。
「マジカルスティック、フルパワー」
呟くようにそう言うと桜貝の色をしたスティックがぶんと手の中で暴れる。スーツの上からでも華奢と思えるその手が、それをしっかりと握り締めた。
「ポッドだと思っちゃダメってことよね」

「石はたぶん腹ん中だろ。胴体が貫けなきゃ縦にぶちこむしかねーな」
「うん」黄龍の指示に瑠衣がこっくりと頷く。
「じゃあ、いっくよーっ!」
毎度おなじみの輝の高く通る声と共に、鮮やかな三色の軌跡が灰黒色の集団に飛び込んでいった。


「さしものあんたが気圧されたじゃん」
三人を見送った柴田に早見がからかうように声をかける。柴田は少し肩をすくめると、両手を着古した革ジャンのポケットに突っ込んだ。

「要は場数ってか。素人さん達まともになってきやがったぜ。そう思わねぇか?」


===***===

「もう一度聞こう。貴様の名前は?」
スパイダルの参謀と名乗った男は静かにそう言った。威嚇も嘲りもない。むしろいつまでも聞いていたくなるような不思議な声音だったが、黒羽は敢えてそこから意識を引き剥がした。相手の右側に無造作に抜き放たれた抜き身が、変幻自在に襲い来るだろうことは容易に想像が出来た。

「申し訳ありませんが答えも同じでしてねえ。名乗るほどのもんじゃない」
こと此処に至ってなお、応ずる声にはどこか人を喰ったような響きがある。これが黒羽という男のスタイルであり、実際の余裕の有無は関係がなかった。
「私が名前を聞くのは気に入った相手だけなのだがな。まあよい。スプリガンの処置を受ければ、
 わかることだ。さあ、大人しく牢に戻ってもらおうか?」
「それもいやなこった」

緊張感のない調子で会話を続けながら黒羽は相手を観察していた。鎧が身体により密着しているように見える。だから金属音がしなかったのかもしれない。だが、これだけ重厚な鎧を着込んでいるということは、逆に中身は人間に近いのだろうか? ゴリアントやスプリガンは怪人と似たり寄ったりで、確かに通常の人間の力でどうこうできそうな雰囲気ではない。だがアラクネーは明らかに人間そっくりだし、このブラックインパルスとかいう男ももしかすると‥‥。それに、まだこの次元に慣れていないのか、先ほどから何かひっかかるような所作が目立った。

「腕の差がわからんとも思えんがな?」
ブラックインパルスの声はいまだ穏やかだ。
「確かにあんた、日本で一番の腕前のようですなぁ。だが形勢はオレの方が有利のようだぜ?」
「ほう‥‥強がりも‥‥」
いいかけたブラックインパルスが言葉を呑み込んだ。どこから取り出したのか地球人の右手に何かの金属が握られている。くいと手首を返して刃を開くとそれを自分の耳の下にぴたりとあてた。

「貴様‥‥!?」
「はてさて、こんなみっともないマネをする事になるとは思わなかったが、仕方ねえなぁ。流石に死体にあいつを操縦させるようなマネはできんだろう?」
肥後守の特徴であるチキリと呼ばれる刃体の尾を親指でしっかり押さえ、よく研いだ両刃の鋼を自分の頸動脈にあてながら、黒羽は髭でもあたるかのような自然な態度でオズブルーンに一瞥を投げた。

「ばかな。大人しく従えば、このままお前も偉大なる皇帝陛下の民として生きられるのだ。くだらん感傷で命を捨てることはあるまい」
「命より大事なものを、あそこのヤツにちょいと預けててね。あんたらをおっぱらったら、返してもらうつもりなのさ。あれ無しで生きてくのは、どうにも切なくていけねぇ」

「OZが滅んでそやつが死ねば、その大事なものとやらも返ってくるだろうさ」
「オレが好きこのんで預けたのに、そういうわけにもいかねえな」
「わからんな。いったい何を預けた?」
「"渡り鳥の自由な翼"ってとこかね」

「‥‥自由な‥‥翼‥‥?」
黒い鎧がなぜか一瞬、虚を突かれたように固まった。
それを不思議に思うより先に黒羽は反射的に前進していた。一方ブラックインパルスの動きには明らかに躊躇いがあった。刀を返して峰打ちしようとした時には既に男に飛び込まれていた。

黒羽は左手で相手の刀の柄を掴むと同時に、籠手をつけていない手袋だけの手首をナイフで突いた。ブラックインパルスは思わず剣を手放したが、本能的に左手で小刀を抜くと素早く薙ぎ払う。その刃先が飛びすさろうとしていた黒羽の右前腕を切り裂いた。

剣は手頃な重さだった。黒羽はそれを両手で握り締めると、今度は愛機に見向きもせずに外に向かって走り出す。オズブルーンに到達するには小刀を持った鎧の男をクリアしなければならない。やりすごせばすんなり機内に籠城できるという保証もなかった。それならば、またぞろ湧いてきたアセロポッドの方がまだマシだ。襲いかかってきたポッドが数人、黒羽の鮮やかな剣さばきに文字通り露と消えた。右腕の傷はそう深くはなかったが、力が加わったせいで出血がひどくなった。

スパイダルの戦闘機も短距離離着陸タイプなので発着場は短かい。幸いブラックインパルスもすぐには追ってこない。進入してきた時の記憶だと左手の斜面は緩やかだった気がする。そちらから降りて森の中に紛れ込んでしまえば時間が稼げる。そうすれば‥‥。

さっきのモールスを、もし受信できてれば、たぶん‥‥‥‥。

おっといけねえ。ったく、あのお節介のお陰で‥‥

身に付きかけた悪癖を振り払うように、陽の光の中に飛び出した刹那、黒羽の頭上を何かが飛び越えた。

「見事だった。だがここまでだ」
黒羽の行く手を遮ったブラックインパルスの黒い手袋をつたって、埃で白っ茶けた岩の上にぽたりと朱が落ちた。自分たちとまったく同じその血の色が、黒羽の脳裏に鮮やかに染みついた。

敵の参謀が何か言いかけて歩み寄ってくる。しかし一瞬立ち止まりはしたものの、もう黒羽は敵を見極めるための時間稼ぎの会話などするつもりがなかった。そのまま突進し、下げた切っ先をはね上げて相手の腕を払う。空いた胴の腰の継ぎ目のあたりに体重を乗せて突き込んだ。肉を刺した感触こそ無いものの、勢いで鎧の男の重心が少しだけ後に流れる。その隙に崖縁に走り寄った。しかし、入り口中央部のそこは普通に降りられるような傾斜ではなかった。

「待て!!」
黒い手袋が男の身体を捉えようと伸びた。だが地球人は躊躇いもせずにその崖を飛び降りた。

ブラックインパルスの手に残ったのは、革製の黒いテンガロンハットだけだった。


===***===

小柄な身体に似合わぬ大きな両拳をがつんと合わせる。前腕にそった長柄から伸びた三日月刀が、ぎらりと陽の光をはね返した。普段なら次に倒すヤツのことも考えているけれど、今の輝は真っ正面の一人だけを見据えている。

最初の一人さえ倒せれば、あとはそのくり返しのはず。だけど、確実な方法がわかってないなら、一番素早く動ける自分が試したほうがいい。ちょっとだけリーダーの気持ちが分かる。真っ先に危険を買おうとするのは、ヒトを信じてないんじゃなくて、自分に自信があるからなんだね。

一番手前にいるポッドが飛びかかってくる。身を沈めて背後に回ると振り返りざまに背中から首の付け根にざくりと切り込む。ちょうどその部分が鎧のつなぎ目になっていることを知っていた。だが、いつもより手応えが遙かに固い。刺すというより引っかけた感じのブレードを支点に、ぐんと飛び上がると相手の頭を蹴りつけた。

刃が楔の役割を果たし、灰黒色の頭が斜め前にめしりと折れた。首が半分ちぎれて濃緑の液体がしたたり落ちる。だがそのボディは何もなかったようにグリーンの身体に向き直り、手を伸ばしてきた。こんな状態でもあまり困っている風には見えない。

ちょっとだけ生唾を呑み込むと、輝はルートンファーをグリップ状に引っ込めて宙に跳んだ。
「リーブラスターっ ブレードモードっ」
右手で逆手にもった柄の端に左手を添え、全体重を乗せて首の裂け目から、その長剣をぶち込んだ。消えると思ったその身体は、首から剣の柄を生やしたまま地面に倒れ、そこに存在し続けた。


もはや頭部がただのカザリなのは明白だった。横から輝に襲いかかろうとしていた灰黒色の胴体にリーブラスターをぶち込む。いつもだったらこれで十分なハズだった。だがターゲットは少し止まっただけでこちらを向いた。鋭い爪が飛んでくる。
黄龍はぎりぎりのスウェーでそれを避けると、至近距離から相手の腹部にもう一発撃ち込んでみた。甲羅の強度が知りたかった。と、視界の端で一匹のポッドが、輝に串打たれて倒れこむ。

オーケー。ありがとよ、アキラ。イザとなったら口からぶち込んでみるさ。

衝撃でポッドの頭部がぐんと手前に振れる。が、どこぞの映画の敵役のようにじわっと起き直ってきた。だがその腹はアオコで覆われているかのようだ。多少動きが鈍くなったものの、両腕を上げて迫ってくる映像はなかなかのモノだ。

黄龍はブラスターを上げた。暴発するかしないかのぎりぎりで、相手の胸の中央部に向けて引き金を引いた。ポットはもう数歩だけ寄ってくると、びくりびくりと痙攣する両腕を絡みつかせてきた。激しい嫌悪に思わず突き放す。赤い目から光が消えるとそのまま仰向けて動きをとめた。敵の強靱さには何も感じなかったのに、そこに横たわったアセロポッドが居ることに、ひどく違和感を覚えた。


最近、よく思う。

目の前に具体的な敵がいたことで、自分は救われているのだろうかと。

同じ憎むなら、堂々と憎める相手を憎む方がラクなのかもしれない。

このスティックを打ち下ろし、たぶん"生きて"いるものを"殺す"。

罪悪感と憎しみが、相殺されて少しずつ溶けていくような気がする。
いつか両方なくなって、すっきりする日が来るような気がする。
‥‥そうしたら、その時やっと、きちんとありがとうと言えそうな気がする‥‥。

あんなに沢山の痛みを抱えながら、あたしの気持ちを分かってくれたあの人に‥‥。

だから、今は、自分の声は聞くまい。
この目で見たことと、しなければならないこと。それだけを考えよう。


フルパワーのマジカルスティックは、時に両手が必要だ。力一杯アセロポッドの頭めがけてうち下ろす。ばりばりと派手な音を立てて、ポッドの全身が電撃にのけぞる。が、どこか麻痺したように引きつりながらまだ向かってくる。

「ライトニング・ピアスっ」
空気を切り裂く声と同時に、輝のブレードがアセロポッドの肩口に斬りつける。瑠衣も既に跳んでいた。にじみ出した液体に高電圧がスパークする。ポッドの抵抗がなくなるまで、跳ね回るスティックを、両手でしっかりと押さえ込んでいた。

「きゃっ! なんで、消えないのっ」
倒れ込んできたポッドの下敷きになった瑠衣が、わたわたと這い出そうとしつつ文句を言った。その手を黄龍が引き上げる。
「この次元で作ってんだよっ たぶんな!」

「イ、イエローっ ほんとなのっ!?」
瑠衣と黄龍を背中に庇うように立ちながら、輝が叫ぶ。
「それっきゃ考えられねーっしょ! いつぞやのネコのおもちゃと同じだよっ。しっかし、この数! マジで前線基地、作ってやがんな、こりゃ‥‥」
「じゃ、く‥‥二人の行ったとこ、まさか‥‥?」瑠衣の声が上擦る。

「今はこいつら倒すことだけ考えろ! それが一番、二人のためになる! わかったな!」

黄龍の真剣な声に、輝と瑠衣は手の中の得物を、強く握り締めた。


===***===

びゅうと風が吹いた。灌木の中に横たわるようにじっと身を潜めた黒羽の視界の中に、ひらひらと何かが舞った。ふと風上を見やると、早咲きの山桜が一本、曇天に白く浮かび上がっていた。

木の中に突っ込んだとき、枝を捕まえてなんとかスピードが殺せた。枝は折れたが斜面に沿って横に逃げることができた。そこらにあった岩を蹴落として、なんとか敵の目はごまかせたようだった。あの勢いなら下まで落ちる方が普通だろう。

しかし我ながらヒドイ有様だ、と黒羽は今日で何度めかになる悪態をついた。

急斜面を転げ落ちたので全身あちこち打撲の山。右腕に適当に巻き付けた白いスカーフはもう真っ赤だ。とにかく枝を掴んだとき左肩を完全に伸ばしてしまったのが最悪だった。おまけに右足首の捻挫ときては、もう少しだけ身体を休めたい所だった。

先ほど、ほんの一瞬だけベースと通話することができた。赤星がそろそろ着くから一人で無理するなと、田島の怒鳴り声を初めて聞いた気がする。
赤星と二人ならオズブルーンを取り返せるかもしれない。だいたい、お前はむちゃだのなんだの言っておきながら、その場に行くと率先して盛り上がるのはアイツの方なのだ。

他人との距離は少々空けておく‥‥というのが黒羽の信条だ。だから人が近づけるような隙を見せることはあまりない。だが、赤星は委細お構いなくいきなり間合いを詰めてきた。最初の頃は少々冷たくあしらってはみたものの、懲りない鈍感男には根負けした。

とにかく強い。格闘センスが抜群だ。危急の時も落ち着いているし、キレるといった感情とも無縁だ。そういう意味で現場では圧倒的にアテにできる。かと思うと日常生活では妙に不器用なところがあって、せめて状況だけでも把握しておこうかという気にさせられるから不思議だ。そんなこんなで結局、ずいぶんと長い時期を共に過ごしている。

‥‥そういやあ、初めて会った時も‥‥‥‥。

桜につられて少し上半身を起こした男にかすかな足音が聞こえてきた。思わず横臥して地面に耳を押しつける。剛胆な黒羽をして背中を冷たいものが流れた。見つかったら、今度こそ敵の思うつぼだ。そうなったらあまりよくない選択肢しか残らないはずだった。

と‥‥黒羽の目が見開かれた。必死で気配を探る。次の瞬間、彼の緊張の糸はぷつんと切れた。

「黒羽‥‥っ」
だっと駆け寄ってきた赤星は起きあがろうともせずにごろりと仰向けた黒羽を見て、目をまん丸にして膝をついた。横たわった親友は左肘を曲げて抑え込んでいる。その右腕も血に染まっていた。
「大丈夫かっ」
「‥‥せっかく花見、してたってのに‥‥無粋な旦那だぜ‥‥」
少し弱々しいが、いつもの物言いに赤星の肩の力がくたりと抜けた。
「‥‥ああ‥‥ったく‥‥。心配させやがって‥‥」

背負っていたデイバッグを下ろすと折り畳んだサラシを引っ張り出して引き裂く。少し厚く畳んだもう一枚を創傷にあてると強めに巻き直した。
「左肩、抜いたのか?」
「‥‥らしい‥‥」
赤星は黒羽の背中に手を差し入れて上半身をそっと起こした。
「ちっとだけ我慢しろ」
背中側から抱きかかえて左脇の位置を固定すると、肘のあたりを掴んでゆっくりと引っ張る。黒羽の体がぐっと張りつめ、苦痛をこらえているのがわかった。あるところでカクンという手応えがあり、黒羽がほうっと大きく息を吐いた。

「わり。はめる時のほうが痛えんだよな」
「‥‥‥‥旦那に、野戦医師のマネが‥‥できるとはね‥‥‥‥」
「入ったからってあんま動かすなよ。あと、足か‥‥」
赤星はそう言いながらまた布を裂いている。黒羽の顔を見ながら痛みの少なさそうな角度で足首を固定した。
「これでよし。途中で水があったら冷やそうな。オズブルーンは?」

「近くにスパイダルの前線基地があって‥‥、そこにとっつかまってる」
「そうか。とにかくお前を連れて、いったんここを離れてからだ」
「バカ言うな。アイツ一人置いて逃げられるか。こうしてる間にも何されてるか」
確かにオズブルーンにはOZの研究成果がふんだんに盛り込まれている。調べられるのはあまり喜ばしいことではない。

「しょうがねえな。じゃ、オレがオズブルーンを奪い返して来るまで、どっか隠れてろよ」
「だめだな。あの状態のブルーン、お前さんの操縦技術じゃ離陸させられんよ」
「げ‥‥。じゃ、じゃあ、リーブロボで出直して‥‥って、ここじゃ動かねーのか‥‥」
「だから、オレが行けばそれで話が済むだろうが」
「んなこと言ったって、その身体じゃ、無理だって!」
「旦那がなんと言おうが、オレも行く」

赤星は頭をかかえた。普段の黒羽は一見マイペースの様でありながら実に周囲に気を配る、ワガママの対極にあるような男だった。だから逆にこうと言い出したら、絶対にひっこめないのだ。

こうなったら手は一つしかねえ‥‥。

赤星が、背中でこっそり拳を握りしめた瞬間、黒羽が口を開いた。
「オレのこと殴り倒して行こうなんて思うなよ」

「え! あ‥‥。お、俺、別に‥‥‥」
「そんなことしたら、お前さんとは絶交だからな」
セリフだけ聞いたら子供のケンカである。だが、赤星にはこういう言い方が一番効果があるのだ。それに今の自分の状態ではうっかりすると本当に当て身を喰らわされかねなかった。

案の定、赤星は困り果てた犬のような目で黒羽を見つめ、大きな溜息をつくと苦笑した。
「‥‥‥‥お前ってさ、ほんとに、ぜんぜん進歩ないのな」
「それはオレのセリフだぜ」

風がまた、花吹雪を二人に運んだ。ちょうど9年前の、邂逅の日と同じように‥‥。


2002/5/3

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