第24話 我が心の翼に
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その大きな鋼の塊は、滑るように動いた。

巨大化したシェロプの怪人の振り下ろす剣を巧みに避けていく。

毎度のことだが生きているようだな、と、ロボット・バードの送ってくる実況中継を見ながら、スプリガンは思った。リーブロボはどう見てもスマートではない。5体の乗り物が合体して1つの巨大ロボットになるという構造上のムリはあるにしろ‥‥だ。それがなぜこうも自在に動けるのか‥‥。

怪人の手から鞭のようなものが繰り出され、ロボットの身体に巻き付いた。激しい電撃。まるで人間のように鉄のボディがのけぞる。
と、小さな戦闘機がモニターの中に入ってきた。それも下からだ。ツバメのように舞い上がりざま、怪人の目にバルカンを発射する。これも時々現れるOZのメカだ。怪人の巨体が思わず数歩下がり、手で目をかばった。

ロボットの方はその隙を見逃さない。縛りあげられたまま突進し、体当たりを喰らわして相手を打ち倒すと、ボディに残った鞭の残骸を振り払う。
絶妙のタイミング。等身大の時と同じように、操縦においても彼ら5人の息はぴったり合っているようだった。鋼鉄の手に剣が伸びると、起き上がってきた怪人を真上から切り伏せる。黄金の奔流が巨体を包み込み、内部に陥没するように爆発した。


「やれやれ‥‥。また侯爵殿がヒステリーをおこしそうだな‥‥」
スプリガンは椅子の背もたれに体重をかけ、ぎし、と音をさせた。
「‥‥まったく小僧っ子たち、よくやるぜ‥‥」

初めて彼らを見たのはマリオネの瞳のカメラ越しだったか。あのとき、グリーンのマスクから発せられた響きは、未だにスプリガンの耳の中に残っている。あんな心地よい響きは久しぶりだった。

実際に相まみえた時は、この自分に、こともあろうにスパイダル四天王、機甲将軍スプリガンに、小兵がたった二人で挑んできた。ものを知らないとは滑稽なほど恐ろしいものだ。あの時、がらにもなく情けをかけたのはなぜだろう。あのピンク色の身体。地面に叩き付ければ、ほとんど改造し直しになるぐらいまでの損傷は与えられたろうに‥‥。

生体ならではの弱々しげな風体と遥か昔の自分を思い出させるような未熟な熱さ。そんな連中が、四天王のとっておきを次々に倒していく。そうやって、いったいどこまでクリアしていくのか。
心のどこかで、他の三人にも、怪人にも、あの五人を渡したくないと思っている自分に苦笑しつつ、スプリガンは立ち上がった。

見惚れて任務をなおざりにするわけにはいかない。

三次元の世界に、暗黒次元の前線基地を作る。
そのために、スプリガンはずいぶんと長い時間をこの次元で過ごしているのだった。


===***===

ここの闇はぬらりとまとわりつくような気がする。

兜を取ったスパイダル帝国参謀、ブラックインパルスの整った面を、粘度のある空気が生き物のようになぶった。

帝国の皇帝、首領Wの間。ここに入ることが許されているのは参謀である彼だけだった。この世界の掟として上位者と謁見する時は相手に素顔を見せねばならない。逆に言えば、帝国のナンバー2であるブラックインパルスが素顔を晒すのはここと自室だけだった。

「ブラックインパルス‥‥」
首領Wの姿が部屋の最も奥に生じた。といってもその姿は、それこそ原子モデルに描かれる電子雲のように統計学的に空間を占めているに過ぎない。三次元の物体を二次元で表現しようとすれば自ずと情報にはモレが生じると同じように、首領Wという高次元の存在を明確に映すには、この暗黒次元の空間をもってしてもキャンバスが足りなかった。
「皇帝陛下。参謀ブラックインパルス、お呼びにより参上いたしました」
遙かな時を越えてそうしてきたように、兜を右脇に抱えたブラックインパルスは片膝を折って深く頭をたれた。

「三次元侵攻‥‥お前らしくもなく手間取っているようですね」
「はっ 申し訳ございません」
うだうだと言い訳をする余地も必要もなかった。皇帝にはお見通しのはずだ。やろうと思えば皇帝はこの暗黒次元の全ての空間に出没できるのだった。
「この次元‥‥お前には鬼門なのかしら‥‥」
「い、いえ! そんなことは‥‥!」
ブラックインパルスの声がめずらしく上擦る。

黒騎士と呼ばれた若き頃より圧倒的な戦闘力を誇り、最短距離でスパイダル帝国参謀の地位にまで昇りつめ、暗黒次元制圧の立役者であり続けた男、ブラックインパルス。今でこそ後方で指示を取ることが多いが、戦場でその戦いぶりを一度でも見た者は、誰も彼に逆らおうとは思わなくなるだろう。

彼の輝かしい戦歴の中、唯一の汚点が地球時間にして30年前の3次元侵攻作戦の失敗だった。

今ほどではなかったが、あの時も次元回廊が開いたのだ。しかし陣頭指揮を執るために先行して地球に入ったブラックインパルスは、事故で記憶を失い行方不明になってしまったのだった。いきなりの参謀不在に見舞われたスパイダル帝国は混乱に陥り、3次元侵攻は立ち消えになってしまった。
だが、幸いにして当時の四天王は参謀の留守を守りきり、いくつかの国を征服してさえいた。そして彼らはまたブラックインパルスを心から尊敬していたので、7年間の空白を経て彼が帰ってきた時も、彼を参謀として再び迎え入れてくれた。

もしも30年前、自分があのようなしくじりをしなければ、既に3次元空間はスパイダルの配下にあったことだろう。OZなどというやっかいな存在はなかったし、四天王の質も違った。そしてなにより怪人の改造にぎりぎりで回るような疲弊した戦力状況でもなかった‥‥。

だが‥‥。『もし〜ならば』という言葉は、自分の立場が使ってよい言葉ではなかった。

「‥‥まあいいでしょう。下手な言い訳をしないところがお前のいいところよ‥‥」
「恐れ入ります」
「期待していますよ。今までずっとそうだったように‥‥。応えてくれますね?」
「もちろんです。皇帝陛下の御為にのみ、私は存在するのです」
「いいでしょう‥‥。もう、お下がり」
「はっ‥‥」

皇帝の気配が感じられなくなるまで、ブラックインパルスは伏せた面を上げなかった。空間の動きがなくなったことを確認するとおもむろに立ち上がる。出口のすぐ側で兜を被り、面当てをつけようとした時だった。後ろに異様な気配を感じて振り返った。

「誰だ?」
「‥‥‥‥‥‥」
真っ白なケープとフードで覆われた姿が柱の陰からずいと踏み出した。
「恐れ多くも皇帝の間で、何をしている?」
「わたしも皇帝陛下に呼ばれたものでね」
幾分甲高い、しかしフード越しのくぐもった声が応えた。

信じられない。四天王ですらよほどのことがない限り目通りは敵わないのだ。だが逆に不要な者がここに居ることを許すほど、皇帝は寛大ではなかった。
「貴様、何者だ? 無礼であろう。顔を見せい!」
「‥‥同格のものに、その必要はないね」
「なんだと‥‥?」
そんなバカな! スパイダル帝国の参謀は自分ただ一人。そこに並ぶ位など有り得ない。

白い布に覆われた顎が、傲然と上がった。
「私はスパイダル帝国参謀、ファントマ。皇帝のお達しを伝えよう。ブラックインパルスが再び三次元侵攻に失敗しそうになった際は、その役目、このファントマが果たすように‥‥と」

ブラックインパルスは思わず部屋の最奥部を凝視した。だが、皇帝自らがそう望まない限り、何人たりとも、その声を聞くことは不可能なのだ。

そこにはただ、よどんだ闇が横たわるだけだった。


===***===

「ふーっ 今日はマジ、オズブルーンに助けられたぜーっ」
OZの最も古株の戦闘マシーンであるその機体を見上げて、赤星は素直な感想を述べた。
「オズブルーン、すごいやっ だーれも乗ってなかったのに、あんなことできるんだもん!」
輝は両腕を広げて、オズブルーンの車輪の周りをぐるりと回る。
愛機を褒められた男はさりげなく帽子の鍔を引き下げたが、口元が緩むのを押さえられない。目ざとい黄龍が忍び笑いを漏らし、黒羽にいきなり頭をはたかれた。

「ねえ、黒羽さん、瑠衣も一度オズブルーン操縦しちゃ、だめ?」
瑠衣がいきなり言い出す。
「スタードラゴンとはぜんぜん違うのかなぁ」
「それは、ちょっと、やめたほうがいい気がすんな‥‥」
赤星にいきなり止められて、少女はちょっと口をとがらせた。
「でも‥‥ランドドラゴンは仕方ないけど、オズブルーンは黒羽さん以外にも操縦できた方がいいと思うの‥‥」

「い、いや、その、オズブルーンはな、なんつーかその、ひねくれてるっていうか‥‥いてえっ」
「そりゃ黒羽がしつけたんじゃ、メカだって性悪になる‥‥いてーっつーのっ!」
赤星と黄龍の頭に思いきりギターのネックが炸裂する。
「お前さん方、レディに向かって、少々デリカシーに欠けるんじゃないかね?」
黒羽は反論しようとした二人を無視すると瑠衣に優雅に一礼した。
「どうぞ。瑠衣ちゃん。ご案内いたしましょう、オズブルーンの操縦席まで」

コントロール・ルームのスピーカーから、オズブルーンに翻弄された瑠衣の悲鳴が聞こえてきたのはきっかり15分後だった。
珍しく、悪戯を見つかった子供のような顔をした黒羽と、涙目の瑠衣が戻ってきたのがその10分後。
そして「徹底的にむすくれた」オズブルーンの機嫌を直すため、黒羽が愛機と空の散歩に飛び立ったのは、そのまた5分後のことであった。


===***===

「どうなさったのですか?」
普段は伏せがちの切れ長の目が見開かれ黒紫の瞳が真円を描く。自分を見上げる表情に気遣わしげな色を認めて、ブラックインパルスは苦笑した。面当てをつけ、目庇を下ろし、こちらの表情など一切見えないにもかかわらず‥‥だ。
「これは夢織姫。もどっていたのか」

四天王の一人、夢織将軍アラクネーは、小さな少女の頃の呼び名で呼ばれて、少しうつむいた。十歳で軍属となった時、彼女をその名で呼んだのが、今、目の前にいるこの男だった。二人きりになると時々こう呼ばれるが、少し気恥ずかしいような心地よいような不思議な気がした。もっとも、その時代のアラクネーを知るスプリガンも、時々はからかうようにこう言うのだが、そんな時は聞こえぬフリで、あっさり無視することにしていた。


記憶の彼方に朽ち果てるに任せた過去の真実も、不吉で、なお必然である未来の現実も、彼女の夢は容赦なく抉り出した。その驚くべき夢見の力に、両親は自分達の娘を疎んじ、軍部から申し出があった際、一も二もなく少女を引き渡した。
両親への信頼の、最期のひとかけらも喪った少女は、夢と向き合う術を見失う。自らの在る意味はもはや夢にしかなく、同時にそれは少女から全てを奪うものだった。

だが、彼女を引き抜いた帝国の実質的なナンバーワンはこう言った。
「お前の力はお前のもの。お前の手足と違い無い。己が手足を恐れる人間が何処にいる?」
そうして彼は、その高位に置く身を沈めて片膝を付き、少女の手をとった。
「私の小さな夢織姫。恐れるのは愚かなこと。お前を見いだした私の目を信じるがよい」

風に髪がなびくがままに素顔をさらしたブラックインパルスの姿を見たのは、その時が最初で最後だった。しかし、その男の笑みも眼差しもアラクネーの脳裏に深く焼き付いている。


「スプリガンの様子はどうだ?」
「順調‥‥とのことです。彼のシステムによって発生した空間はレーダーを素通しし、探知されません。そして内部では人間どもの通信機や制御装置は機能しないそうです。ただ、まだ空間を安定化させるまでには、もう少し時間がかかるとのことで‥‥」

ブラックインパルスは少女の声に軽いいらだちが含まれているのを感じた。
「どうした? 何か気になることでも?」
「いえ‥‥。ただ‥‥機甲将軍のやり方は、どこか真剣味がないように思えて‥‥」

スパイダルの参謀は面当ての奥で思わず微笑んだ。

アラクネーは生来の能力に決して溺れることがなかった。この華奢な少女がどれだけの努力をして今の地位にいるかを最もよく知っているのは自分だった。そして彼女は破格の抜擢にもひとすじの慢心も見せなかった。若く、生真面目なこの少女に、スプリガンのやり方が理解できないのは無理からぬ事だった。

戦いに楽しみを見いだそうとするのがスプリガンのやり方であり、それが彼の強さなのだ。相手がどれだけ強かろうが、遠回りはしても最期にはなんとかできるのはその性格故だ。ただ、スプリガンの視点は未だ一介の戦士の域から出きれていない時がある。彼は一匹狼である自分が好きなのだ。四天王としてもの足りない部分があるとすれば、まさにそれだった。

一方シェロプは確かにものが見えていた。自分の行動が全体の中で何を意味するか実によくわかっていた。そして長所でもあり短所でもあるのが、その野心だった。適度であれば向上と成果につながるが、多すぎればいつか自分を滅ぼす。

その意味ではゴリアントはバランスがよかった。彼はモンスター軍団をもり立てるためにはどんな手段も躊躇いなくとった。部下であっても容赦なく捨て駒にする非情さを持ちながら、軍団構成員からあれだけ慕われているのは、行動に私的な要因がないからだった。いくつかの前提条件はあるにしろ、一つの師団を預けるトップとして一番の資質を持っているのが、一見愚かに見えることさえあるゴリアントだというのは、皮肉な話だった。

「‥‥スプリガンはあれでよいのだ、アラクネー」
「‥‥はい‥‥」
アラクネーは不承不承頷いた。と、彼女は次の参謀の言葉に再び目を丸くした。

「私も三次元に下りるつもりだ」
「なっ‥‥し、司令官、そんなことは‥‥!」
「今度の侵攻の遅延‥‥。すべては私が前線に行かぬ事が問題だったように思う」
「そんなことはございませんっ! すべてはあたくしたち四天王がふがいないせいで‥‥っ」

ブラックインパルスがすっと目庇を上げた。幾分年老いてきたが、深みのある瞳で、まっすぐに少女を見つめた。
「お前の思いはありがたく受け取ろう。だが、所詮、戦いを率いる者が、銃後にあろうとしたことが過ちであった。スプリガンの元に案内してもらおうか」
「‥‥はい。かしこまりました‥‥」

何をお考えです、司令官殿‥‥。何があったのですか‥‥?

歩き出したブラックインパルスの後に従いながら、少し不安な気持ちになる。
そして同時に、アラクネーは、時々生まれ出づる疑問を、心の中でつぶやいていた。

‥‥いったい貴方様は‥‥。あたくしの後ろに誰を見ておいでなのですか‥‥?


===***===

操縦桿は少ししか動かしていないハズだった。なのにその機体はいきなり舞い上がりぎみに急旋回する。安全な空域にオズブルーンを戻すのに、手慣れた黒羽もちょっとだけ焦った。
「‥‥お嬢さん、いいかげんに機嫌を直さんか?」
いきなり燃料計のエンプティを示す赤ランプが点滅する。黒羽は小さな溜息をついた。燃料は出発前にフルにしてきた。無くなるはずがない。

「今のはすこーしばっかりタチが悪くないですかい? あ、オレの寿命が3年減と出てる」
おずおず緑のランプが付くと、言い訳のように加速が緩み、黒羽はやっとGから解放された。
こんな調子じゃ、本当にいざとなった時はどうなるのかとも思うが、ま、その時はその時でわかるものなのだろう。‥‥たぶん‥‥。

よりによって操縦したのが女性だったのが悪かったのだろうか‥‥。赤星相手の時だってあんなアクロバティックなマネはしない。まあ、赤星は最初から諦めていて、全部自動操縦にしてるせいもあるが‥‥。しかし降ろした後までこんなに拗ねるとは思わなかった。

オズブルーンの人工知能は確かに少々変わっているかもしれない。いや、機体のコントロールに関しては完璧だ。どんなマヌケが運転しても絶対に落ちない。だが、墜落しないというのと人間がマトモに乗っていられるというのは別問題だった。

OZで開発した人工知能は複雑系理論を応用したもので、その原型は増殖可能なミニコードをコンピュータの中で"育てる"ところから始める。それらのコードの集まりと、キーボードとモニターでひたすら会話していくのだ。コードは子供の成育過程のように、ものを覚えて増殖していく。

サルファの原型は赤星が育てた。単純な人間の方がいいだろうという葉隠の意見によるものだった。ただその後、赤星もえらく忙しそうになってきて、見かねてオズブルーン育成は引き受けてやったのだ。それで‥‥‥‥‥‥。

赤星は全部お前が悪いと言うが、こんな可愛らしく育ててやって、そんなことを言われる筋合いはないというのが黒羽の言い分だった。

馴染みきった操縦桿を握り、軽く機首を下げてみる。機体は完璧に黒羽のタイミングで反応した。
「気が済んだかね?」
ピコピコと音がしてそこらのステータスランプが明滅し、機嫌のいい時のパターンが描き出された。
「じゃあ、そろそろ戻るか」

旋回させようとした途端、いきなり操縦桿が動かなくなった。
「おいおい、お嬢さん。あんまりワガママを言うと‥‥」

が、笑いかけた顔が、突然、すっと引き締まった。
エンジン出力、昇降舵、方向舵、補助翼、すべて制御不能だった。だからといって自動操縦にも切り替わらない。そのうちパネル中がエマージェンシー・ランプで一杯になった。速度計と高度計の指針がどんどん下がっていく。
「おいっ オズブルーン!」

通信機をとったが、妨害電波に覆われた時のガーガーとひどい音が飛び出してくる。オズブルーンをまるごと制御不能にする妨害電波など信じられなかった。仕方なくリーブレスにコードを叩き込んで口元に上げたところで気付いた。リーブレスの小さなステータスランプが全て点灯している。
「まさか‥‥機能してない?」

指紋照合をしてキーワードを吹き込む。が、リーブスーツも着装されなかった。この異常な空間のせいで、リーブレスまで狂ってしまったのか‥‥。

電波圏から抜け出た時にすぐ対応すればまだ道はあるかもしれない。コントロールが取り戻せるのが、地表からどれくらいの距離かにもよるが‥‥。

黒羽は手袋をはめ直すと、ぎゅっと操縦桿を握りしめた。


2002/3/30

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