理絵さんの夢織劇場
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その7 新しいお仕事

暗黒次元には暗黒次元なりの「時間」があります。勿論朝も昼も夜も勤務時間もあります。そして参勤交代‥‥もとい三交代制もあって、暗黒城ではアセロポッドも三交代勤務しているのです。
交代の合間の微妙な休み時間はアセロポッドたちの大事な情報交換の場です。そしてここでも夢織将軍お付きのアセロが頭を寄せ合っていました‥‥。

「おい、最近アラクネー様の部屋から妙な鳴き声が聞こえるらしいぞ」
そう言っているのは中堅アセロのV。新人アセロNもそのウワサを知っていました。
「ボク、お掃除当番だったR先輩から聞きました。なんか妙な生き物がいたとかいないとか‥‥」
それはな、と言葉を挟んだのは、ベテランアセロのJです。
「黄色と黒のシマシマで牙が生えた奴だろう?」
「ええ、J先輩、正体を見たんですか!?」
「いや、見てはない。ただYがこの前、片手を食われたらしい」

がーんとするVとN。しかしまあ、アセロポッドは手足がなくなっても培養液に浸っていれば元に戻るので心配はいらないのですが。Jはかまわず説明を続けています。
「三次元ではペットと言って食用とは別に生き物を飼う習慣があるんだよ。
 それでアラクネー様があちらで拾われた生き物らしいんだ」
「そんな恐ろしいものを放してあるなんて‥‥! 三次元のイメージ狂ったなぁ‥‥。
 それより、ボク、明日当番なのに!」
「まあそんなに神経質になるな。実はそう恐ろしくもないのかもしれん。スプリガン様もそれを
 可愛がっておられるようで、よく歯形つけられまくって帰って来るとBが言ってたぞ」
「それってその生き物に嫌われてるんじゃないんですか、スプリガン様?」
「それよりスプリガン様のボディとオレたちのボディ、デキが違うんだからさー!」




さて、そのころ三次元では、謎の事件が起こっていました。動物盗難&返却事件です。
動物園から猫科の動物が盗難され数日後に元の場所に返却されるという不思議な事件。盗難にあったのはまず光洛園遊園地の動物コーナーにいた雌のマーゲイ。それが帰ってきたと思ったら次にオセロットが居なくなりました。そしてオセロットが戻ってきた翌日、今度は西都動物園からチーターが消え、2日後に帰ってきたのです。
いずれも夜中に忽然と消え、再び忽然と現れるという怪奇現象。当の動物たちは戻ってきた日は少々バテ気味でしたが、別に病気になっている風でもありません。数日ですっかり元気になって普通の生活に戻っています。いったい犯人の目的は何なのか。愉快犯にしても犯行声明がまったく無いのが気になります。

そして、今日。四度目の盗難事件が予想外の形で起こったのです! 喫茶店、森の小路でも、客がいないのをいいことに、店長と従業員がテレビにかじりついていました。

「東野自然動物園でトラが逃げ出し、その後消滅した事件の続報です。本日、朝10時頃、
 東野自然動物園で三歳の雄トラ、コウタが堀を飛び越えて逃げ出しました。
 全入場者が避難するなどあたりは騒然とした空気に包まれましたが、
 幸い警察の狙撃部隊が麻酔弾でトラを眠らせることに成功しました。
 ですが、トラが完全に眠り込む前に、突如現れた人影と共に空中に
 吸い込まれるように消滅しました。当局取材班のカメラでもその映像を捉えております‥‥」

「‥‥ねえ、マスター‥‥ 今の人、理絵さんそっくり‥‥‥‥」
その衝撃の映像を見た人形のように可愛らしい顔をした従業員が、しばらくの沈黙の後に言いました。あ、彼はれっきとした男性です。
「‥‥‥‥そんなこと、あるわけないだろ?」
やはりしばらくの沈黙の後、自分に言い聞かせるように言ったのが、店長さん。
「そうかなぁ」
「だって、考えても見ろ、輝。あれが10000歩譲って、理絵さんだったとしても、だ」
「うん」
「トラジャ、マンデリン、モカマタリ‥‥と3匹も猫いるのに、トラなんか飼えないだろ?」
「‥‥‥‥うん‥‥」
「だから理絵さんじゃないよ、やっぱり‥‥」
「そっか‥‥‥‥‥。‥‥じゃなくて、マスター! 現れたり消えたりする方がおかしいでしょ!」




そうなのです。そうやって夢織将軍はトラのコウタ君を手に入れたのです。アラクネー様は三次元日本人の感覚から言うと、秋田犬ぐらいの大きさになっているトラを撫でています。
「ほう。こんどは手頃な大きさじゃねーか」
興味津々でそれを見ているのは機甲将軍のスプリガン様。
「もう一回り小さいと良かったけど、この子にするわ。凄く可愛いし。貴方の名前はトラジャよ」
「いいんじゃねーか? 前のは小さすぎさね。ゴリさんに見つかったらひと呑みだ」

ほんとはコウタなんですが、別に名前はどうでもいいようです。コウタ改めトラジャはガオンとあくびをしました。彼の首輪には黒光りする綺麗な石が填め込まれています。
ペット用にアラクネー将軍がスプリガン将軍に特注したディメンジョンストーン。どこにいるかすぐ判るようになっていて、リラックス効果もあるという‥‥。

「なのに三次元より小さくなっちゃうって副作用が出るなんて‥‥」
アラクネー様が溜息をつきます。
「だから詫びの印に、ここまで付き合ってやったんだろ!?」
スプリガン様がちょっとむすくれて答えます。約束が違うと夢織将軍にさんざん文句を言われた機甲将軍は、お気に入りのペットが見つかるまで、アラクネー様の手伝いをするハメになっていたのです。
「これでオレはお役ご免だからな。あとは勝手にしろ」
「まだよ、スプリガン。もう二頭いないと寂しいわ」
「なにー!!」
「モカマタリとマンデリンはどうなるの?」
「いーかげんにしろ! ゴリさんとこから、何か貰ってこい!」
「ぜったい、い・や!!」

必殺の「い・や!!」の前にはスプリガン様はひとたまりもありません。肯定という名の沈黙あるのみです。
一方うってかわって哀しげな溜息をついたアラクネー様は、部屋の隅にある籠に近寄りました。
「この子達を返してあげなきゃ‥‥。こんなに小さくなっちゃったらこの世界じゃ暮らせないわ‥‥」
籠の中にいるのは‥‥3匹のスナネズミ‥‥ではありません。それは信じられないほど小さな黒猫たちだったのです。アラクネー様はもう一度深い溜息をつきました。




喫茶店「森の小路」。カラン・カラン‥‥とドアベルの音がします。
「いらっしゃいませっ!」
とお客様をお迎えしたのは挨拶したのはお馴染みの元気な従業員です。
「あ! 理絵さん、お久しぶり!」
カウンターから店長も出てきました。
「店長。翠川さん。ご無沙汰いたしました」

お客さんはとても華奢で綺麗な女性です。彼女は引き綱をつけて3匹の黒猫を連れていました。実は彼女はしばらく前にこのお店でバイトをしていたことがあります。そして自分の飼い猫を3匹、しばらく預かってもらったこともあったのでした。
「トラジャ、でっかくなったねっ!」
「すげー。よく大人しく散歩できてるなー!」
猫に引き綱つけてお散歩ってのも珍しいですね、はい。

「実は‥‥店長‥‥」
たいへん言いにくそうに理絵さんが口を開きました。
「何? また預かって欲しいの? いいよ」
あっさりと先を読む店長。うんうんと嬉しそうに頷いている輝君。

理絵さんはほっとしたような笑みを浮かべると、頭を下げました。
「申し訳ありません。ストーンの改良が終わるまで‥‥‥‥」
「「えっ?」」
「あ‥‥いえ! ‥‥ええと‥‥ペット可のマンションが見つかるまでで結構ですので‥‥」
「おっけー」
いくら動物好きとはいえ、けっこうお気軽な店長と従業員です。‥‥が、従業員の輝君はふとあることに思い至りました。
「‥‥あの‥‥理絵さん‥‥」
「はい?」
「‥‥まさか、新しいペットを飼ったりは‥‥」
「はい。あ、でも大丈夫ですよ。この子達もちゃんと迎えに来ます。
 あっちの子は、シマトラジャって呼ぶことにしましたので」
「シマ‥‥ですか?」
「ええ、黄色と黒のそれはきれいなシマシマの子なので‥‥」
「「‥‥‥‥‥‥‥‥」」
「あ、では、本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
理絵さんはちょっと固まり気味の店長と従業員に猫たちを渡し、にっこりととっておきの笑顔で挨拶すると出て行きました。

その後、大型猫科動物盗難事件はぴたりと治まりました。ただ東野自然動物園のトラ担当の飼育係が1週間ほど行方不明になるという事件が起こりました。飼育係も無事戻ってきたのですが、発見されたとき、どこで何をしていたか、まったく覚えて居なかったのです。




「よかったぜー。アラクネー様、一匹で諦めて下さって‥‥」
「それに小さくなっててくれてよかった‥‥。あのニンゲンが言ってた大きさがホントなら
 大変なことになってた‥‥」
トラの世話講習を1週間みっちりと受講させられたアセロは15人に及びました。さしものベテランアセロJも最悪な状況は免れた、という事実にほっとしていたのです。
こうしてアセロ達は新たなスキルを身につけることができました。スパイダルに動物園が出来るようになった時には、無事転職できるかもしれません。めでたしめでたし。


おわり

原案夢見:理絵/脚色:管理人 2004/8/22

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