理絵さんの夢織劇場
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その4 幸せ家族 Act.2 父帰る

いつも通り空はとっても青いです。赤い空に見慣れていたスプリガンおとうさんとしては、この青色に慣れるまで少々の時間がかかっていたようですが、それは別にいいです。

おとうさんは何故か妙な不安がありました。


空気はハッカみてえな爽やかで、こんなにも青い。
風はこんなにも暖かいのに、どうしてこんなに………。


「汗が出そうだぜ。出ないけどよ。」

いつもとは違うスタンスの独り言をつぶやいて、スプリガンおとうさんは空を見上げました。

(………イヤな予感がする。)

こういう場合のイヤな予感というのは、よくよく当たるものです。
銃と剣をぱちんと納めて、スプリガンおとうさんは家路をゆっくりした足並みで急ぎました。





「司令官殿、こちらです。」
アラクネーおかあさんは一緒に歩いている男のひとを『司令官』と呼びました。おかあさんがそう呼ぶのはこの世でただひとりしかいません。
黒いマントに長い黒髪、鷹のような目をした男のひとの名前は、そう!死んだと思われていたブラックインパルス様でした。

嬉しいことにブラックインパルス様は生きていたのです(都合上、感動の再会シーンはカットさせていただきます)。

「またこうして司令官殿と……」
「もう司令官ではない、アラクネー。普通にしていてかまわない。」
「はっ、し、しかし……」
「…ところで、アラクネーはどこに住んでいるのだ?」

BI様は元部下であるアラクネーおかあさんにこれ以上気を使わせないよう、適当な質問を始めました。

……………が。


「ハイ。今はスプリガンと一緒に暮らしてます。」
「……………何?」

BI様は、てっきりアラクネーおかあさんはひとりで暮らしていたと思っていたのです。
ロボットまんまのスプリガンおとうさんの顔を思い出して、なんとなくムカつきましたがそんな事を口に出して言えるわけありません。
冷静さを装って、またアラクネーおかあさんの顔をみました。
おかあさんはちょっとだけ困っています。BI様はまた複雑な気持ちになりました。

「そ、その…色々ありまして……。そうだ、司令官に会いたがっている者がもうひとりいますわ。」
「ほう、一体誰だ?」
「ハイ、プラリネといってあたくしとスプリガンのこど」

そこまで言いかけたアラクネーおかあさんでしたが、隣のBI様が尋常ではないくらいの『気』を舞い上がらせている事がわかりました。
アラクネーおかあさんは思わず半歩後ずさりしました。

「し、司令官?どうなさったのですか?」
「こ、こ、こ、こどもだと…………?」
「色々ありまして……その。」
「色々………………。」


あの男……………・・・。


BI様の頭の中で色々と物騒な事が浮かんでは消えました。
しかし、いくらなんでも自分を慕っているアラクネーおかあさんの前では絶対こんな事は言えません。
怒り心頭になりかけた時に、おうちが見えてきました。

「ただいまプラリネ。お客様よ。」
「おかえい、あやくえ。……あ!」

後ろから、のそっと入ってきたBI様にプラリネちゃんは大喜びです。
お写真の中のひとが、絵本をマジックで書き直してきた王子様が、目の前にいるのですから。
プラリネちゃんはアラクネーおかあさんに教えられた通りにりびし!と敬礼してみました。

「おしゃしんとおんなじおかお!」
「ははははは、可愛い娘だなアラクネー。」
「ありがとうございます、司令官。」

プラリネちゃんの愛らしさにニッコリ笑っているBI様ですが、「おしゃしん」という一言でカベ中に貼られているご自分のポートレートに気が付いたハズです。
しかしそこはBI様、特に驚きもせず勧められた席に座りました。
もちろんアラクネーおかあさんは、現役時代と同様にそばに控えます。
BI様のお顔をちらちらと見ながら、プラリネちゃんもまねっこして控えてみました。

「アラクネー、何度も言うが私はもう司令官ではないのだ。普通にしていてかまわない。」
「し、しかし司令官………。」
「何度も言うが、司令官ではない………ん?」


がしょっ、がしょっ……。

聞き慣れた足音がします。
金属がこすれる音がだんだんと近づき、その足音は家の玄関で止まりました。

「今帰ったぜアラクネー、プラリネ。」
「おかえりなさい。」
「おかえい!」

いつもなら可愛いお子さんともっと可愛いお嫁さんが出迎えてくれるのですが、今日はでっかいのがひとりいることに気が付きました。

死んだと思われていたBI様です。

「司令官殿………?」
スプリガンおとうさんは感激と冷や汗とその他諸々の感情が入り交じった汗が出て(出ないけど)、現役時代同様に崩した敬礼をしてみました。

「生きてらしたんですかア…………こらあまた、オレはてっきり………。」
「久しぶりだなスプリガン。」

頼む。
頼むからもうしゃべらねえでくれ………。
神様がいることを信じてないスプリガンおとうさんですが、流石にこのときばかりは何かに祈りました。

「暫く世話になるが宜しく頼む。」
スプリガンおとうさんから汗と言う名のオイルがドバっと出ました。


あああやっぱりかよお!!!この御仁は!!

出ないはずのオイルを拭きつつ、イヤな予感はバッチリ当たりました。






「しれいかん、ごはんできたよーv」
テレビを見つつくつろいでいたBI様ですが、プラリネちゃんの呼び声に薄く笑って応えました。
なんだかんだでもうお夕飯の時間です。

訳のわからない香りがただよっている台所から出されたものは、これまた訳わからないスープです。
スプリガンおとうさんが見かねてお手伝いしようとしたのですが、アラクネーおかあさんはひとりでゴハンしたくをして、できたものです。
スプリガンおとうさんは香りを感じるセンサーを遮断しつつ、BI様のところにプラリネちゃんとゴハンを運んでいきました。

「今日は上手くいきました……。司令官どの。」
「ほう、美味そうだなアラクネー。」

その言葉にアラクネーおかあさんはちょっとだけほほえみ、スプリガンおとうさんは社交辞令なセリフに苦笑しました。
今日はスプリガンおとうさんにとっては不本意ですが、テーブルを4人で囲んでゴハンです。
「いたらきまーす!」




スープのお鍋は全てからっぽになっていました。
BI様が全て残さず食べたからです。
『美味しそう』の言葉が単なるマナーの言葉だと思っていたスプリガンは別の意味でBI様を尊敬し直しました。
「好き嫌いしていると大きくなれないからな、プラリネ。」
「はーいvv」

すっかり孫とじいさんと化しているプラリネちゃんとBI様ですが、もう寝る時間です。
アラクネーおかあさんは客間のベッドを何度も何度もチェックしつつベッドメーキングに余念がありません。
こちらも今日のお料理同様、会心の出来になったみたいです。
満足しつつBI様に「こちらでお休み下さい」と言いました。

「あたくし達も失礼します。お休みなさいませ、司令官殿………。」
「おやすみなさーい!しれーかん!」
「そんじゃ失礼します。」
スプリガンおとうさんはアラクネーおかあさんとプラリネちゃんを先に部屋に通して、自分も入ろうと思いましたが、BI様の刺さるような目線に気が付きました。

鋭い漆黒の目が背中に突き刺さっているような気がしないこともないですが、そこはそれ。
今からは可愛いプラリネちゃんももっと可愛いアラクネーおかあさんもひとりじめです。
そう思うとスプリガンおとうさんはとてつもない優越感にかられたのか、背中で笑いまくりこともあろうかBI様に振り向いて、手をひらひら、と振りました。

「そんじゃお休みなさいませ司令官殿。良い夢を♪」


「………………………………………………………………………………………ああ。」




パタン、と戸を閉めたスプリガンおとうさんですが、次の日からそれを後悔することになるとは誰も知りませんでした……………。








翌朝。
いつも一番最初に起きるはずのスプリガンおとうさんですが、今日は隣にアラクネーおかあさんもプラリネちゃんもいません。そして台所からはありえない話なのですが良い香りが漂っています。
またイヤな予感がしてスプリガンおとうさんは飛び起きました。

「おはようあなた。」
「すぷいがん、おはよう!」
「…………何やってんだあ?お前ら……。」

そこには可愛いお子さんともっと可愛いアラクネーおかあさんと、かっぽう着を着たBI様がいました。ひとんちのお玉に口を付けて、味見をしています。
「うむ、良い具合のダシ加減だな。」
「素晴らしいですわ、司令官。まさか昨日のうちにこんなことを……。」
「何。大したことはやってはいない。スプリガンも食べるか…ああ、お前はオイル専用だったな。」
「え、ええ………まあ。」

スプリガンおとうさんを抜かして、和気藹々とした空気が台所を駆けめぐっています。
そうです。
この時点ではまだ気が付いてませんでしたが、昨日の復讐(という名のイヤがらせ)はすでに始まっていたのでした。




「アラクネー、散歩にでも行かないか。この辺の地理は不案内でな。一緒にどうかと……。」
「もちろんですわ司令官!」
「あたしもいくいく、あたしも!」
「お、おいおい。」

「プラリネ、よければ絵本でも買いにいかないか?」
「いくー!買ってくれうの?」
「もちろんだ。」
「わーいvv」
「おい!」

「アラクネー、よければ夕飯の買い出しにつきあうぞ。」
「ええっ、そんな……。」
「オレが行きますよ。」
「お前はオイルしか食べないのに行くのは面倒だろう。私が代わりに行ってくる。」


ここまで言われなくても、スプリガンおとうさんでなくても、露骨すぎるイヤがらせというのはわかります。
しかし、ちょっとだけ司令官に盲目的なアラクネーおかあさんと、そんなおかあさんに育てられたプラリネちゃんは全然気が付きません。

………むしろ喜んでBI様のあとをついていきます。



「そ、そうだ司令官殿。そろそろ息子さんとこにでも行ってみたらどーですかい?」
「健はさすらっているからな。居場所がわからん。」
「司令官殿はいつでもどこでも瞬間移動できるでしょうか。」
「スプリガン!!」

思わず大声を上げたBI様にスプリガンおとうさんは別の意味でビビりました。

「そんな簡単に再会してもドラマというものがないだろうが!!幾多の困難を乗り越えて出会うからこそ、再び出会った時の喜びと言うのが…………ブツブツブツ。」
「なーにが『幾多の困難』ですかってんだ……そんなもんもう間に合ってますぜ……腐るほど。ブツブツ……。」
「聞いているのか!」
「あーあーあー!!ハイハイ!!」
「返事は一回でかまわん!!」



「すぷいがん、おこらえてる。」
「すべて司令官殿の仰るとおりだと言うのに………。」

可愛いお子さんともっと可愛い奥さんの陰口を聞きながらスプリガンは思いました。


再び出会った喜びって、ぜってえ週一間隔であいつを見に行ってるにきまってる。
アキラやリュータがでっかい黒い影を見たとかホザいてたしな。
大体その話を聞いたときからなんか嫌な予感がしたんだ。



ちくしょう〜〜〜〜〜息子のとこに入り浸りになってろっつの!!




まさかこの年になってお小言を喰らわされることになるとは思ってもみなかったスプリガンおとうさんでした。
周りに味方が誰もいない状況には慣れていると思っていたのですが、さすがにコレはキツイです。
おくさんもお子さんもすっかりBI様になついています。


かっぽう着と三角巾をつけたかつての上司にお小言を言われている状況と、大好きなお子さんと奥さんまで手玉に取られたことと、そして何故か黒羽さんを恨みつつ………司令官の仰った通り、『暫くの間』このイヤがらせは続くのでした。


おしまい。

夢見:理絵/文:ラバランプ 2003/11/2

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