理絵さんの夢織劇場
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その2 親じゃないのに親バカ勝負

それはいつもにも増してデート日和の日曜日のことだった。
黄龍瑛那は桜木瑠衣を誘い、新しくできたショッピングモールを歩いていた。ここは瑠衣の大好きな雑貨店が多いし、お薦めスイーツもしっかりチェックしてきた。しかし何よりいいのは、あいつらがこういう場所を大の苦手としていることだ‥‥‥‥。

「あ! ほんとだ、スゴイ素敵!」
瑠衣が目的の店を見つけて声をあげた。
「だろー? なんでもイギリスのアンティーク雑貨の店と、店長が友達同士なんだって」
「すごーい。瑛那さん、ちゃんと調べてくれてるんだ。ありがとvv」
「いやー、なんてことない‥‥」
黄龍はびくりとした。そっと背後を伺う。視界の端を何か黒い影が走り抜けた気がする‥‥。

「このオルゴール、可愛い〜!」
瑠衣は何も気づかず、アンティークなオルゴールを見てはしゃいでいる。黄龍は思った。
(そー言ってる瑠衣ちゃんの方が、よーっぽど可愛いや)
そう。こっちが現実。さっきのはきっと俺様の心が見せた幻だ・・・・・



同じ頃。ある空き地では一人の少女が、野良猫が蝶を狙う様を飽かず眺めていた。肩までの髪は黒いが軽やかで驚くほど華奢な肢体の持ち主だ。実は彼女、この世界の人間ではない。暗黒次元の諜報担当であるアラクネーである。

アラクネーがふと振り返った。何かの気配を感じたような気がしたからだ。だが誰もない。駐車してあるトラックの傍まで戻ってみたが気のせいだったのか‥‥。

再び猫を見やると、蝶は既に飛んでいっていて、猫は顔を洗っていた。



「ほら、買ってきたぜ」
「わーい! ありがと!」
黄龍は公園のベンチに座っていた瑠衣にソフトクリームを渡すと、その隣に座った。コーヒー缶のプルタブを開けてよりかかる。さりげなく瑠衣の肩に手を回そうとした瞬間、とてつもない殺気を感じた。
「ど、どうしたの、瑛那さん!」
がばっと立ち上がった黄龍に瑠衣は驚いた。黄龍は周囲を見回すが誰も見えない。おかしい。あれだけの殺気‥‥。今度は勘違いじゃない。キョロキョロする黄龍に瑠衣がもう一度声をかけた。
「どうしたの?」
「いや‥‥なんでも‥‥ない」(明らかに俺だけを狙っている‥‥)
だが大きな木が沢山ある公園では、楽器を握りしめるその影を見つけることはできなかった。



アラクネーはわざと人通りの少ない道を選んで歩いた。

ついてくる‥‥。確実につけてくる。それも一定の距離を置いて‥‥。

殺気は感じられない。でも何の用? なぜ何も動かない?


と、向こうから見覚えのある二人がやってきた。小さな人間の方が手を振ってきた。アラクネーも形だけ手を振り返す。瑠衣は半分走るように近寄ってきた。いつも通りの元気のいい声だ。
「理絵さん! こんなトコで会うなんて! 瑠衣、ビックリしちゃった!」
「よぉ! 奇遇だね〜」
「こんにちは。黄龍さん、瑠衣さん」

黄龍と瑠衣は今日見てきたショッピングセンターの話を少しした。だが黄龍は心なしかそわそわしている。
「どうかしたのですか? 黄龍さん」
「いや、なんか誰かに見られてるような気がしてさ〜」
アラクネーは少し目を見開いた。
「もしかして、誰かにつけられているのでは?」
「え! そうだったの瑛那さん!」
驚いたように瑠衣があたりを見回す。
「あれ! あのあたり‥‥。ちょっと行ってみよ!」


ぜーったいに見えてたハズは無いのだが、少女のヤマカンは怖い。楽器を握りしめた黒い影はさっと身を翻し、路地に走り込んだ‥‥ら!
「!」
「!!」
なんといきなり、もう一人の黒ずくめの男とぶつかった。
「これは、失‥‥。お、お父さん!?」
「健!?」
「と、とにかくこっちへ!」

ギターを持ったまま黄龍瑛那と桜木瑠衣の後をつけていた影――黒羽健――は、こんな処で会うはずのない自分の父を押しやって、もっと細い路地に入り込んだ。
「お父さん、なんでこんな所に?」
「お前こそ何をやっているんだ、健?」
「お、オレは色々、仕事で‥‥‥‥。貴方は?」
「いや‥‥私も色々‥‥な‥‥」
「ふーん‥‥。あ! こうしちゃおれん。お父さん、失礼します!」
黒羽が元の道までそっと戻ってみると、三人はいつのまにやら居なくなっていた‥‥。



数日後。森の小路で。
「黒羽、お前、ほんとに探偵か? しっかり見てろって言ったろ?」
「色々あったんだよ。しょうがねえだろ。だいたい赤星、お前だってこの前、失敗したろーが」
「だ、だって‥‥。あいつら、お化け屋敷に入るんだぞ!」
「今日の場所に比べたらお化け屋敷の方が100倍マシだ!」
「そんなこたねえって! あのお化け屋敷、すげー良くできてて‥‥あああ‥‥思い出してきた!」
「‥‥って、赤星、おい! ‥‥‥‥‥‥行っちまった‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥しっかし、親父様はいったい、あんなとこで何してたんだ?」


そして暗黒次元では。
「‥‥ということで、司令官。現時点で判っているのはここまでです」
「ご苦労だったな。何か問題は起こってないか?」
「それが‥‥」
「どうした?」
「先日、何者かにあとを付けられたのです‥‥。どうしても正体が分からなくて‥‥。
 三次元にあれほどの追跡能力がある者がいるとは信じられません‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「いかがされました?」
「‥‥いや、心配はないだろう、引き続き調査を」
「はっ」

「‥‥‥いったか。ふう‥‥。流石はアラクネー。こちらももう少し尾行技術を上げなければ‥‥。
 あいつは少々世間知らずなところがあるから、三次元で悪い虫がついたら大変だからな。
 しかし‥‥それにしてもだ。健はいったいあんな所で何をしていたのだ?」

こうして不毛な追跡劇は明日も続く‥‥。
夢見:理絵/文:管理人 2003/9/3

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