第23話 甘い誘惑・夢織姫の紡ぐ夢幻の罠
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実験室の隣の部屋で待機している田島、黒羽、黄龍、輝。少し離れて竹本、田尾夫人。と、田島の通信機が鳴る。
田島(小声で) 「田島だ」
サルファの声 「A7ぽいんとニ反応ガデマシタ。すぱいだるト思ワレマス」
黒羽 「おいでなすったか」
輝 「リーダーと瑠衣ちゃん、どうすんの?」
黄龍 「今、あの二人起こしたら、苦労がパアでしょうが」

竹本(いつの間にか側にきている) 「でたのかい?」
田島 「ええ、たぶん、次の段階に入ってくるはずです。警察で集めた例の球体‥‥取扱いに注意した方がいいかもしれません」
竹本 「わかりました。そっちはまかせて下さい」(黒羽に向かって) 「3人で行くつもりだな? 柴田か早見あたりに声をかけた方がいいか?」
黒羽(にやっと笑って) 「ああ、早見のヤツにはジャマしにくるなって、言っといて下さい。じゃ」
黒羽、敬礼もどきの挨拶で部屋を飛び出していく。黄龍、輝、あとに続く。

田尾夫人 「あ、あの‥‥。何か‥‥?」
竹本 「ああ、奥さん。心配しないで。この人たちにまかせておけば大丈夫ですから。すみませんが、わたしもちょいと本部に戻らんと。じゃ、田島さん、よろしく」
田島 「そっちも気をつけて」
部屋を出ていく竹本。田尾夫人に笑んで頷いてみせる田島。

===***===

夢の中。相変わらず楽しそうな9人と2匹。

美雪 「ねえ、赤星さん、今何時?」
赤星 「4時ちょっと過ぎだけど」
美雪 「じゃ、そろそろ行かなきゃ。友達と約束があるの」
佐川夫人 「茂、あなたもそろそろ家にもどらないと。家庭教師の先生、きちゃうわよ」
茂 「ヴィクロン先生、やさしいから、ちょっとぐらい遅れても大丈夫だよ」
佐川 「こらこら、約束は破っちゃだめっていつも言ってるだろう?」
赤星 「あの、変わった名前の先生ですね?」
佐川 「ああ、スパイダルからの留学生なんだよ。とにかく熱心で‥‥」
美雪 「あたしがこれから会うお友達もスパイダルから来たのよ! すっごく楽しいの! スパイダルって昔は怖い人たちと思ってたけど、ぜんぜんそんなことなかったね!」

驚いた表情の赤星。思わず瑠衣を見ると、美雪から預かったカベルネを抱きながら夢中になって桜木夫妻と話している。さかんな手振りに左手首が見える。クリーム色のチーフが巻かれている。赤星の眉間が険しくなり、スラックスのポケットに手を入れる。取り出した青い首輪に"カベルネ"という文字と電話番号。

赤星 「‥‥なんてこった‥‥。そう‥‥か‥‥」

瑠衣の肩によじ登ろうとするカベルネ。くすぐったがる瑠衣。そのカベルネを抱き上げる桜木。それを横から奪い取って頬ずりする綾。通りかかる別の犬にじゃれつこうとするコロ。それを一生懸命押さえようとする茂と美雪。子供たちを笑ってみている佐川夫妻。

赤星、なんとも言えない表情でその情景を見ているが、振り返って有望を見つめる。
有望 「どうしたの?」
赤星 「‥‥‥‥有望‥‥。俺ってさ、やんなるぐらい幸せなヤツだよな‥‥」
有望 「え?」
赤星 「茂くんも‥‥瑠衣も‥‥。夢に見たい幸せは‥‥もう、戻ってこない‥‥。
   ‥‥‥‥なのに、俺は‥‥全部これからで‥‥‥‥」

赤星、有望をいきなり強く抱きしめる。驚く有望。
赤星 「だから‥‥‥‥俺がいちばん頑張らなきゃ‥‥。何があっても‥‥」(目を閉じて小声で) 「‥‥だから‥‥ごめんな‥‥有望‥‥」
赤星の腕の中で有望がきらきらと光を放つと消える。光の粒が赤星の身体にまとわりつくように消えると、いつもの服装に戻っている。


赤星、瑠衣に近寄る。
瑠衣(綾からカベルネを抱き取りながら) 「どうしたの、赤星さん?」
赤星 「‥‥瑠衣‥‥その子、ちょっと‥‥」
瑠衣 「あ、美雪ちゃん、帰るって‥‥?」
赤星 「‥‥ああ‥‥」
赤星、カベルネを抱き上げると、耳の近くから首のあたりまで掻くように撫でてやる。カベルネの一番好きなところ。気持ちよさそうにゴロゴロいうカベルネ。赤星、目を閉じて、カベルネの頭に顎をこすりつけるように、その声と毛並みを感じている。


赤星、美雪に近寄ると、片膝をついてカベルネを差し出す。
赤星 「はい」
美雪(カベルネを抱き取って) 「ありがと、赤星さん」
赤星(青い首輪を差し出す) 「‥‥美雪ちゃん、これ、見える?」
美雪 「‥‥それ、ルーちゃんの‥‥? うそ‥‥なんで、それ‥‥」
赤星 「美雪ちゃん‥‥‥‥わかってるんだよね‥‥?」
美雪 「‥‥‥‥うそ‥‥。うそよ! ルーちゃん、ちゃんとここにいるものっ」
赤星 「‥‥美雪ちゃん‥‥‥‥」

美雪 「赤星さん、育て方、全部教えてくれたじゃないっ カベルネがお熱出したときも、ちゃんと来てくれたじゃないっ。なのにひどいよっ なんでそんなことっ」
赤星 「ね、聞いて、美雪ちゃん‥‥。俺も小さい頃、犬を拾ったんだ。俺はその犬が大好きで、ぜんぶ面倒見てた。だけどある時、リードをちゃんと確認しないで散歩に行って、途中で金具が外れて‥‥‥‥。車にはねられた。たった1歳だったのに‥‥‥‥」
泣き出す美雪。カベルネを強く抱き締めている。きょとんとしているカベルネ。
赤星 「‥‥‥‥俺、さんざん泣いて‥‥‥‥。でも、世の中にはどんなに泣いても謝っても、取り返しがつかないことがあるんだって、そのときわかったんだ‥‥‥‥」

美雪 「‥‥‥‥出て行った晩‥‥カベルネ、遊んでほしそうだったの。でも、グルが甘えてきて‥‥そしたら外へ行くって言って‥‥。あたし、帰ってきたらでいいやって思ったの‥‥。なんで‥‥。なんで、もっと‥‥、カベルネのこと‥‥、考えてあげなかったんだろう‥‥っ」
赤星 「‥‥俺も今でもそう思うよ‥‥。なんであの時、きちんと確認しなかったんだろうって。でもいくら後悔しても戻ってこない‥‥。だから俺、大事なものはよく考えて、ちゃんと注意してこうって思ったんだ。全部うまくできてるわけじゃないけど、それを忘れないことが、俺があいつに謝れる、たった一つの方法だと思うから‥‥」

涙をぽろぽろ流している美雪。肩に前足をかけるようにカベルネを抱きなおす。その毛並みに頬擦りする。その手の中でカベルネがきらきら輝きだして消える。美雪、自分の体を抱くようにして、泣いたままうつむいている。
赤星 「‥‥美雪ちゃん。メルロとグルナッシュが待ってるよ」
美雪 「‥‥カベルネの首輪‥‥‥‥。あたし‥‥持っていかなきゃ‥‥」
美雪、両手を差し出す。赤星がその手の中に青い首輪をそっとおく。美雪、両手でそれを包み込んで頬ずりすると黙って向きを変えて去っていく。その背中が光の粒の中に消えていく。

それを見送って、少し俯く赤星。ふと後ろを見ると、瑠衣が大きく目を見開いてその状況を見ている。左手を胸に押し付けて、その手首を右手で掴むようにしている。赤星立ち上がる。
赤星(悲しげな顔) 「瑠衣‥‥‥‥」


===***===


ある高層ビルの屋上。下を見下ろしている怪人スピンドル。両手を上げて子供たちに働きかける波動を送っている。全身がガラス細工にような感じ。
ブラックの声 「そこまでだ、スパイダル!!」
怪人が振り返ると、ブラック、イエロー、グリーンの3人が登場。
イエロー 「子供たちを夢に閉じ込めて騙そうなんて、絶対に許せないぜ!」
スピンドル 「たった3人で、このスピンドルさまに歯向かうつもりか!?」
グリーン 「おまえなんか3人で十分だいっ!」

スピンドルに飛び込んでいこうとする3人の前にいきなりアセロポッドの集団。そして黒衣に覆われたアラクネーが現れる(アラクネーは素顔を出さない)
ブラック 「アラクネーかっ!」
アラクネー 「スピンドル。早く子供たちを洗脳しておしまい!」
ブラック 「させるかっ ブレードモードッ!」
ブラック、アラクネーに切り込む。グリーン、イエロー、アセロポッドたちと戦闘。


アラクネー両手から大量の銀の糸を放出。ブラック、ブレードでそれを薙ぎ切る。
ブラック 「綿飴ごっこはいいかげんに‥‥‥‥なんだとっ!?」
切れた糸が溶けてブレードにまとわりつく。ただの棒と化すブレード。
アラクネー 「わたしの糸を甘く見るなっ」
アラクネー、飛び上がりながらもう一度糸を放出。ブレードに巻きつく。今度はまったく切れない丈夫なもの。糸がものすごい力で篭手の中に戻っていく。
ブラック(ブレードを引き込まれそうになって) 「ばかなっ」
ブラックの手がゆるむ。アラクネーのフードから見えている薄い唇がにやりと笑うが‥‥。
アラクネー 「なっ!?」

ブラックが一瞬離したと見せかけた剣をまた掴み、アラクネーの力を利用してそのまま突きこんでくる。とっさにかわすアラクネー。黒衣が舞い上がり露出度の高い華奢な体が一瞬見える。
アラクネー 「やるわね、ブラックリーブス!」
ブラック 「お嬢さんこそ、なかなかのものですな!」
アラクネー 「‥‥その生意気な口、二度と叩けなくしてやる」
再び組み合っていく二人



アセロポッドを次々と倒していくイエローとグリーン。
イエロー 「ほいっ これで最後‥‥って、おい、グリーンッ!」
既に一人で怪人に飛び込んでいるグリーン。
グリーン 「トンファー・ブレードモード! いっくよーっ」
イエロー 「ばかっ 一人で行くなってーのっ」
グリーンが飛び上がって、スピンドルにトンファーを叩き込もうとするが、スピンドルの全身がフラッシュのように強烈に光る。
グリーン 「わあっ!」
グリーン、目が眩んで思わず立ち止まる。逆にスピンドルに攻撃されそうになるところをイエローに助けられる。
イエロー 「だいじょぶかよっ!」
グリーン 「目‥‥見えない‥‥っ」
イエロー 「少しじっとしてろっ リーブラスターッ」
イエローの撃ったリーブラスター、スピンドルの体内で反射して、収束して戻ってくる。
イエロー 「なにーっっ」
イエロー間一髪でグリーンを押しやって避ける。

グリーン 「あ‥‥少し見えるようになった‥‥」
イエロー 「ふーっ ちょい眩んだだけみたいだな、よかったぜ。しっかしこのプリズム野郎!」
イエロー、リーブレスに叫ぶ。
イエロー 「オズベース! やったらフラッシュをたいて眩しくて見えねー! 方法はっ!」
サルファの声 「すーつノごーぐるニハのくとびじょん機能ハアリマスケド‥‥」
田島の声 「そりゃ逆だ! 使ったら目がつぶれるぞ! 今の装備じゃフォローできん!」

スピンドル 「それで終わりか。ではこっちから行かせてもらう!」
スピンドル、太陽光を取り込んでそれを収束して撃ってくる。逃げ回る二人。
グリーン 「イエローっ 普通の銃はっ!?」
イエロー 「おーっ 冴えてるぜ、グリーン!」
イエロー、コルトパイソンを出して撃つ‥‥が、スピンドルウィーヴィング・グラスを放り投げて、その銃弾を全部止める。
グリーン 「すご‥‥」
イエロー 「だーっ 感心してるバアイかーっ」



ブラックとアラクネーの戦い。飛びすさったアラクネーめがけてチェリーを放つブラック。
ブラック 「ブラック・チェリーッ!」
アラクネー 「くっ‥‥!」
アラクネー、避けられず受けようとするが、そこにスプリガンのロボット・バードが飛び込んでくる。チェリーにぶつかって爆発。
ブラック 「誰だっ」
空を見上げるが誰もいない。視線を戻した時にはアラクネーが消えている。
ブラック 「くそ‥‥」


===***===


再び夢の中。

赤星 「‥‥瑠衣‥‥」
赤星、瑠衣に数歩近寄るが、瑠衣が掌を上げてそれを止める。瑠衣、大きく深呼吸。瑠衣の後ろ、桜木夫妻。少しぼやけた感じで、それでも瑠衣をじっと見ている。
瑠衣、両親と子犬と楽しそうにしている茂を見つめる。ゆっくりと両手をあげて何か願うように目を閉じると、その手の中にハーモニカが出現する。赤星目を丸くするが、唇を引き結ぶと、少し下がる。

瑠衣、茂に近づく。
瑠衣 「ねえ、茂くん。また、ハーモニカ聞かせてくれる?」
茂 「あ、いいよ!」
茂、ハーモニカを受け取り 「埴生の宿」を吹く。茂の母がハーモニカに合わせて歌い始める。澄んだ歌声。思わず聞き入る瑠衣と赤星。茂、目を閉じて、何かに憑かれたかのように吹き続けている。
少し俯きかげんだった瑠衣が顔を上げる。大人びた表情。どこからか聞こえてくるギターの音(第14話で使用した黒羽のアレンジ)。茂、驚いて、ハーモニカから口を放す。歌が止む。
茂 「‥‥お姉ちゃん‥‥やめてよ‥‥」
瑠衣(優しく) 「‥‥何を?」
茂 「‥‥ギターだよ‥‥。ボク‥‥知らないもの‥‥。ギター‥‥嫌い‥‥‥」
瑠衣 「このギターを弾いていたお兄さんのことも嫌い?」
茂 「‥‥‥‥そんなこと‥‥ない‥‥けど‥‥」

茂の手の中でハーモニカが汚れてひしゃげていく。驚く瑠衣。茂、それを両手で握りしめる。
茂 「‥‥あ‥‥れ‥‥。なんで‥‥っ」
すっかり吹けなくなってしまったハーモニカ。それを抱え込むようにうつむく茂。佐川夫妻、少しぼやけた感じになって無表情に立っている。
茂 「‥‥ボクの‥‥ハーモニカ‥‥。‥‥あのとき‥‥家にあって‥‥」

瑠衣、茂の両肩にそっと手を置く。
瑠衣 「茂くん‥‥。あたしのパパとママもね‥‥、茂くんのパパとママと同じ事故で死んだの」
(思わず顔をあげる) 「え‥‥!?」
瑠衣 「だから‥‥茂くんの気持ち、わかる気がするの‥‥」

瑠衣、すっと仰向く。光、空、木々の枝と葉‥‥。独り言のように‥‥。
瑠衣 「怖い夢の時は、どれだけ起きたくても起きられない‥‥。見たことも、見てないことぐるぐると話が進んでいって‥‥怖くて、悲しくて、悔しくて‥‥、なのに起きられない‥‥」
涙が瑠衣の頬を伝って茂の手に落ちる。茂、瑠衣の胸に顔を埋めている。嗚咽が漏れている。

瑠衣 「楽しい夢の時は‥‥‥。なんだ、死んじゃったなんて、夢だったんだって、いつも思う。そのくらい楽しくて‥‥ほっとするよね‥‥‥‥なのに‥‥‥‥」
瑠衣、茂の身体に腕を回す。声が震えている。
瑠衣 「‥‥なのに、目が覚めちゃうんだよね‥‥。起きると‥‥なんで‥‥いないのって‥‥‥」
茂、声をあげて泣き出す。泣きじゃくる茂を強く抱き締める瑠衣。見ている赤星も涙がこらえきれない。

瑠衣 「‥‥ごめんね、茂くん‥‥‥‥。でもね‥‥あたし、最近は、こう思うようにしているの。楽しい夢は‥‥パパとママがくれるご褒美なんだって‥‥」
茂 「‥‥どういう‥‥こと‥‥?」
瑠衣 「パパとママはもういない。でも、あたしの心の中にいるパパとママがどんな時に喜んで、どんな時に悲しむか、あたし、知ってるの。だからね、二人が悲しまないようにしてあげたい。頑張ったらパパとママが、よくやったねって夢で出てきてくれるの。そうするとね、起きた時、パパとママがいなくても、また頑張ろうって思えるの‥‥‥‥」
瑠衣、茂の肩に手を置くと身体を少し離してその顔を見つめる。

茂 「‥‥ボクも、知ってる‥‥。ずるいことしない‥‥。約束守ること‥‥。人に優しくすること‥‥」
瑠衣、微笑んで茂の頬に自分の頬をつける。
瑠衣 「あたし、茂くんのこと大好きよ。黒羽さんもあなたが大好き‥‥みんなも‥‥。悲しいのは我慢しなくていい。いっぱい泣いていいよ。だけど、パパとママはこの世にいなくても、あたしたちは一人じゃない。あたしたちを大好きな人がいるから‥‥」
茂 「‥‥‥‥ボク‥‥起きなきゃダメなんだね‥‥」
瑠衣(微笑んで) 「‥‥ずーっと寝てたら、お腹すいちゃうよvv」

茂、瑠衣に少し笑いかけると、ぱっと振り返って両親の元に走っていく。茂、両親の身体に両手を回すようにする。
茂 「お父さん、お母さん、ボク、帰る‥‥。またね‥‥」
両親を見上げる茂。少し透明がかりはじめる両親。微笑んで茂を見ている。茂、歪んだハーモニカを父親に渡すと、二人の間を突き抜けるように駆けていく。輝いて消えていく茂。それを優しく見送った佐川夫妻が消える。

茂の消えたあとをしばらく見ている瑠衣。赤星の視界の中の瑠衣の横顔、涙で濡れている。瑠衣、少し俯き、また顔をあげると、くるりと向きを変え、自分の両親に向かって歩いていく‥‥。

2002/6/8

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