第33話 恋 心 
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瑠衣のためにコーヒーをとびきり丁寧に淹れてあげている黄龍。
ギターを弾きながらかすかに唇を動かす黒羽。
有望の横でぼさーっとしている赤星。
いつも通りの何気ない風景だったが、皆一様に昨日から考えている事は一緒だった。

輝が『猛烈に恋している相手はもしかして黒羽なのか説』が、頭をかけめぐっていたのだ。


それもちょっといいかもと思ったのは瑠衣。
赤星と有望がまとまった事だし、これはこれでいいのではないかと思っている。
彼女は未だに輝の性別に疑問を抱いているのだ。価値観が広がっているし、同性同士で結婚したって大丈夫な世の中が近いうちに来るかもしれない。
男同士でも問題ないじゃない。あ。そうだ海外に引っ越したらいいのよ。
それよりも、輝さんが女の子だったらもっと問題ないわ。
どっちにしろ、お似合いかもvきゃああっvv

いや、別に瑠衣の言った通り黒羽の事をスキになった訳じゃねえだろ、と思いこむように努めているのは赤星。
A10神経が司る欲望は、誰かを好きになるって事だけにとどまる事はない。例えば、博士のケーキが食べたくて食べたくてしょうがないだけかも知れないし。そしたら博士にたくさんケーキを焼いてもらえばいいんじゃねえか。あ、けどそしたらあいつ太るよな・・・・・・。スピードが落ちて戦いに不利になる・・・。小柄で体重ないのが弱点だけど、それをカバーするのがあいつのスタイルだし、今更それを変更するのもなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・?
あれ、こんな話題だったっけ?


俺様には実害なさそーだから。
黄龍はマグカップを拭きながら無責任な考えをめぐらせていた。
誰好きになったっていーじゃねえかよ。他人に迷惑かかんなきゃイイ話だし、相手は黒羽だからいくらでも迷惑かかったってかまわねーし。
それに、いつでもどこでも誰とでもできるってのが片想いのいいトコだしよ。
黒羽だったら襲う事はあっても襲われる事はねーだろ。逆に輝の方がヤバイかもしれねーぞ。



有望が皆の心情をまとめて、黒羽につぶやいた。
「ねえ、黒羽くんはどうなの?」
「オレは別にかまいませんぜ。」
「かまうわい!!」



赤星がコーヒーを波打たせている頃、葉隠博士達は西都病院に運ばれた怪人の被害者報告に目を通していた。
皆、輝と同じく首に爪が打ち込まれ、命に別状がないのが共通項。
しかし、だ。
「把握しているだけでもかなりの人数です。これがもし、欲望のままに動き出したらどうなるかわかりません・・・・・・。」
「都市機能をマヒさせることくらいなら軽くできそうじゃのう。」
「針を刺した怪人を倒す事が、最上策なんでしょうけど、ひっこんでしまったし・・・。」

と、目の前の直通ダイヤルがけたたましい音を鳴らす。洵だ。
「ねっねえ、父さんっ!?輝くんに何か別状はないっ?うわわっ。」
「どうしたんじゃ洵!!」
彼の声の背景が異常事態を示している。静粛第一のはずの病院内の音ではない。
その背景に、葉隠博士の背筋に緊張が走った。

しかし。

病院からの洵の声はどうも要領を得ない。くすぐったいって、とかやめてよお、とか、慌てている赤星が聞いたらすっ飛んでいきそうな声ではあったが、どうも緊張感というか危機感があまりない。
つまり、それほど危険な目にもあってはなさそうだが、困った事態になっているというのは葉隠も田島もわかった。

「あ、あのねえ!襲われた人達が、なんかみんなおかしいんだよお。看護婦さん達にラブレターを送りつけたり、ずっと手を握って離してくれなかったり、今、僕も・・・わっ!」
ぶつん、と連絡が途絶え、博士はすぐに彼の携帯にリダイヤルする。
「じゅ、洵?どーしたんじゃいっ?敵なのか?」

つながってはいるが床に携帯を落としたらしく、がしゃんと音がした。そこから聞こえてくるのは少女の声と困っているのか笑っているのかわからない洵の声。
『ね、先生?あたしのことおよめさんにしてっ!』
『ちょ、ちょ、いきなりそんなこと言われてもお・・・っ。』
『だーめっ!いいっていうまで離さないからっ!!』
『わ、わ、そこダメダメ!くすぐったい!!うわわわわっ』

「・・・・・・こ、れは・・・?」
「あ、輝くんはどうなっとるんじゃい!?」




皆の話題にのぼっている輝は、のろりと喫茶へやってきた。
目線が集中すると、彼は少しイヤがるようにして顔を逸らした。顔は真っ赤のままで、まるで熱があるみたいに。

「おっ、輝。大丈夫か?もう起きてもいいのかよ?」
「・・・・・・。」
「輝くん?」
黙っていたが、ハッと気が付いたようにニッコリ笑った。
落ちつきなくキョロキョロしていたが、ボックス席にもたれかかっている黒羽を目に留めたらしい。
有望、と向かいに赤星。肘掛けに腰掛けている黒羽。
輝はどこに座ったのかと言えば、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

何を思ったのかムギュ、と有望と黒羽の間にムリヤリ割り込むように座った。
まるで足りないスペースにぬいぐるみを押し込むように。
黒羽と有望は驚いて一瞬固まるが、思わず苦笑した。
「あ、ごめんね輝くん。黒羽くんの隣は輝くんの予約席だもんね。」
「あ、・・・・・・ご、ごめんね有望さん・・・。イヤだった?」
「そんなことないわよ。私、奥に座るから。」
「うん・・・・・・。」
輝は黒羽の方をまるで何かを懇願するかのように見た。潤んだ瞳とぶつかった黒羽はまた微笑む。
「あ、あの黒羽さん・・・・・・。」
「おい、テルは何飲むの?」
妙な雰囲気になりつつある空気をうち消すかのように、黄龍が明るい声を出してみせた。
輝もそれに一歩遅れて答える。
「あ、う、うん・・・えーと、ホワイトモカ。」
「有望と一緒だなー。輝、甘いのスキだもんな。」
「ダメなのっ!?」


がだっ!!
輝は赤星の言葉に音をたてて立ち上がった。
さっきまで黒羽を見ていた潤んだ瞳はない。憎悪に似た視線が赤星を襲う。
輝に睨まれるなんて経験は赤星には(もちろん)ない。
丸い瞳が急にぎらぎらになった事に驚いた赤星は思わず「ご、ごめん。」と謝ってしまった。

輝の剣幕に固まったのは何も赤星だけではない。
皆、ポカンとしているのにようやく気が付いた輝は、急にバツが悪そうにしゅんとしていた。
「ご、ごめんなさい。みんな・・・驚かせちゃって。」
「好みは十人十色さ。旦那もとやかく言うなよ。」
「え、俺は別に・・・・・・。」
「輝くんと好みが合うみたいね。嬉しいな。」
「ほ、ホントっ?」
「もちろんよ。」

黒羽と有望が赤星のフォローになんとか入ってくれて、輝はまた元のひとなつこい目に戻った。
瑠衣が運んでくれたホワイトチョコレートモカを満足そうに飲み、『エイナ、ありがとね』と礼を言うのも忘れない。
しかし、だ。

妙に落ちつきがない、と黄龍は思った。
黒羽の顔を見つめては下を向く。彼を見つめていると思ったらキョロキョロと辺りを見回したり目線だけがせわしない。
生まれた感情は、『ウソ』であると田島博士達にクギを刺されている。
それをわかっていても、刷り込まれた感情は理性で片づく問題ではない。
こういう感情は屁理屈でどうこうなるモンじゃないというのは、黄龍自身が一番よくわかっていた。
そんな黄龍と顔を見合わせた瑠衣が心配げに声をかけた。
「あ、輝さん・・・?」
「え、あ・・・なんでもないっ。ごめんね瑠衣ちゃん、心配させちゃって。」

輝はムリして笑うと、また黒羽ばかりを見つめている。
ホワイトモカを口にして、彼を見つめて、また顔を赤くして。
長いまつげがいつも以上にぱちぱちとはためき、落ちつきない様子は『恋する女の子』としてのシルエットには申し分ないものだった。
何か言うのを切り出そうとしているが切り出せない、そんな感じだ。

皆、何かを言いたいが、何かを言ったらそれが引き金になりかねない。
お互いに目を合わせて、この妙な雰囲気が早く払拭されないかと願っていると黒羽がすっと立ち上がった。
「さて、旦那。時間だからオレは行くよ。」
「お、もうそんな時間か?気をつけろよ!」
「え?黒羽さん、どこ行っちゃうのっ?」


輝は黒羽の袖をぎゅっと掴んで、何故か涙目になっている。
まるでどこか遠くへ旅立つ恋人を引き留める少女のようで、それはそれで絵になるのだが、今は別だ。
まるで懇願するかのような目で黒羽をみつめる輝に、さすがの瑠衣も少し引いた。
黒羽は黒羽で自分の袖を引っ張っている輝の手に、自分の手をそおっと添えた。
「おやっさんから呼び出されてな。明日には戻るよ。」
「そうなの・・・・・・?」
「・・・・・・すぐに片づけて、戻ってくる。そんな顔しなくてもいいぞ、坊や。」
「うん・・・・・・わかった・・・。」
輝の頭をくしゃくしゃ撫でる。おとなしくされるがままになっていた輝だったが、袖を引っ張っていた手を離すと、黒羽の手を握った。
「それじゃあ、な?」
「あ、あの・・・帰ってきてから、オレの話、聞いてくれるっ?」
「ゆっくり聞くよ。」


黒羽はドアベルをならして手袋をした手をかざすとすっと出ていった。
それを名残惜しそうにずっとずっと見ている。
それもまた事情を知らない人間が見れば絵になる光景なのだが、いかんせん輝は男なのだ。
黄龍に至っては笑いをこらえきれなくなっているらしく、口を押さえて顔を真っ赤にしている。

そんな中、輝は急に方向転換するとスタッフルームの方へ駆け出して行ってしまった。




「赤星サン、い、いよいよじゃねえの?」
笑いをこらえながら黄龍がカウンターからこちらへやってきた。
「なんか、すっごーく『2人の世界』って感じだったもんねvきゃああっvv」
「そろそろ、覚悟しておいた方がいいかもね・・・うふふ。」
「なっ、なにが?」
女性陣2人組の無責任な言葉に困惑していた赤星だったが、黄龍が彼の質問に答えてみせた。
「テルから恋の相談とかされたりしてえ!『り、りーだー、あのね・・・相談したいことがあるのっ・・・黒羽さんがスキでスキでたまらないの〜!!』なんてせつない顔で言われた日にゃ、俺様ハラかかえて笑いまくるぜ〜!!あっはっはっはっは!!!」

もう笑っている黄龍をグーで殴った赤星は、こめかみに力を込めてがなりたてた。
「バカ!!そんなことになったら、俺は・・・俺は。」
「え〜、せっかくの恋路をジャマしたら、ダメだよ赤星さん。」
「ま、相談されたら俺様や瑠衣ちゃん達に結果報告してなv楽しみにしてるぜ〜。」
「もう、ふざけるのもやめてくれよっ!!」

今自分が殴った頭をさすっている黄龍を見ながら、赤星は顔が青ざめていくのがよくわかった。

輝は黒羽の事がスキだ。

それは誰の目にもわかることだし、本人も黒羽もわかっている。
だけど、それは先輩として憧れの気持ちなのであって、決して!!そういう方向性を持った感情ではない、と赤星は思っている。いや、思っていたかった。
さっきの輝の目はいくら恋愛経験が少ない赤星でも『恋する人間』の目線というのがわかった。
今は、価値観が広がっているし、瑠衣の言う通りなのかもしれないが!

あの潤んだ大きな瞳に写る人間は決して黒羽じゃなくて、もっとほかの素敵な、せめて『女性』であって欲しいと願う俺は間違ってないよな?

大体、輝は恋愛したことがあるのか?あいつ、みんながみんな仲良くしたいとか思っていて、まともに女の子の事をスキになったことがないのかも・・・。
さすがスパイダル、恐ろしい手を使うぜ・・・・・・。
だから、よくわからねえ方向に行くのかもしれないし。
なんとかして俺が軌道修正してやらねーと。


「大体、輝に限ってそんなことあるわけないだろ!!あれ・・・・・・輝?」

一度出ていった輝が思い詰めた様子で、もう一度スタッフルームから喫茶に入ってきた。

なんともいえないせつない顔をして。

赤星は名前と反対に思わず青ざめ、そんな彼を見てニヤニヤと笑いが止まらない黄龍。そしてせつない顔の輝を見て、無責任な想像をしているのかちょっと嬉しそうな瑠衣。
各人の想いが交錯する中、輝は下を向いていた顔を、意を決した様子で上げた。
「あ、あの・・・りーだー。」

皆の顔が一斉に赤星の方を向く。
『来たーーーーーーっ!!!』

ついに、ついにこのときが来た・・・・・・。
そう思ったのは赤星だけではなかったハズだ。

「そ、相談したい事があるんだけど・・・・・・。今、いい?」

「・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・お、おう。どんと来い!いつでもいいぞ。」

最後に心臓がこれだけ高鳴ったのはいつだっただろう。
赤星はまるで決闘場に行くような気持ちになりつつ、輝に手を引かれてスタッフルームへ入っていった。
ドアがプシュ、と開いて、閉じた瞬間に張りつめた空気が一気になごんだ。
そして各々のかわいらしい意見ばかりがが飛び交う。
「きゃあ、きゃあっ!どうなっちゃうのかしらーっv」
「あら・・・ま、当人同士の問題だし、お互いスキならいいじゃない?恋愛って垣根があるほど燃えるって言うしv」
「そーだよなーっ?相手黒羽なんだしさ、それに怪人倒したらきっとかき消える気持ちなんだろきっと?ちょーどいいじゃん、あいつら恋愛経験少なさそーだしよ。」
「瑠衣、応援してあげるーv」


この無責任な発言の数々が、10分後にモノの見事に撤回される事にまだ誰も気が付いてはいなかった。
しかも更にやっかいな事になるだなんて誰も想像してはいなかった。

そんな中、スタッフルームで赤星と輝は向かい合って立っていた。
輝は自分の手をぎゅっと握りしめて、口を噛んでいる。
行動に意見が出やすい素直な性格の輝だが、本当に大切で隠しておきたい事柄は驚くくらい巧妙に隠す事のできる技術がある。その輝がそんな『大切な想い』を口にすると言うのだ。
どれだけ心臓が高鳴っていることだろう。
しかし、今は自分の・・・赤星の心臓も同じくらいどきどきしている。 
好きなものを見てどきどきしているわけでもなし、オバケ屋敷に無理に連れて行かれてどきどきしているわけでもなし、その中間の『どきどき』が彼を支配していた。

「ごめんね、リーダー。ど、どうしても相談したいことがあって・・・・・・」
「どうか・・・し、たの、か?」

顔がこわばっているのがわかる。自分がどもってどうすんだよ俺は。
「あ、あのね。オレ・・・・・・実は、その・・・・・・。」

た、頼む!!頼むからそれ以上切ない顔で言うな!!

「こ、こんな事普段なら言わないんだけど、これ以上内緒にしておいたら・・・息がつまりそうで・・・・・・。」
「あ、あ、あ、あのな!!輝!!」
「え?」
赤星は耐えきれなくなって輝の肩を掴んだ。
どっちが潤んだ瞳をしているのかわかりゃしないが、これは絶対に説得したおさなくてはと頭の細胞が言っている。
ここで折れたら、正統なオズリーブスも終わりそうな気がする。

それはダメだ。

「そ、その、恋愛ってのはさ。いつでもどこでも誰とでも出来ると思うんだ、俺は。想うだけなら自由だと思ってる。」
「・・・・・・ホント?」
赤星はゆっくりと、力強く『うん』と頷いた。
「そ、そうだって。だ、だけどさ。輝、お前はもっともっともーっと!似合うヤツがこの世にいると思うんだよ、だからさ。」
「え!?り、りーだ・・・・・・いつからわかってたのっ・・・?」
輝は心底ビックリした顔で、赤星を見つめた。
先ほどの夢をみるような潤んだ目に、困惑がプラスされる。
「い、つから・・・・・・ってそんなもん、すぐわかるって。けど!!それとこれとは別だって!!な、ほかにもっとキレイなお姉さんとかいるだろ?」
「い、イヤだっ!!あの人が一番キレイだよ・・・すごく。リーダーも、そう思うでしょ?その・・・・・・す、き。」
「せつない顔でそんな事言わないでくれよ!周り見てみろよ!黒羽なんかよりもイイ女はいるだろ!!?目えさませ輝!!!」
「え、黒羽さん?」
「は?」


急に白熱していた空気がすっと冷めた。
輝と赤星の間にふわりと空気が流れる。
輝の切ない目はきょとんとした目となり、赤星も同様にポカンとしてお互いバカみたいにみつめいていた。

「アレ・・・?な、なんで?お前、黒羽にホレたんじゃないの?」
「ど、どうしてここで黒羽さんの名前が出てくるのっ?」
「え?ち、がうの・・・・・・?」
話がまたややこしい方向へ向かって行くのを感じた赤星は、また頭の中で色々な可能性を考えていた。



も、しかして黄龍か?
イヤ、ひょっとしたら瑠衣とか?俺?いやまさか。


「さ、最初・・・黒羽さんに相談してから、リーダーに話そうって考えていたんだけど・・・。」


あ、だとしたら洵かな?田島博士にもなついてるしなあ・・・。
いや、葉隠博士かもしれねえぞ。いやどっちにしろ、止めなくちゃ。


「黒羽さんが帰って来るまで、この気持ち、内緒にしておけなかったの。黒羽さんに相談してから、リーダーに言おうと思っていたんだけど、今、ここで、言うねっ!」

「あれ?」

なんか、ひとり忘れてないか俺・・・・・・?

そう、赤星竜太はたったひとりだけ、名前を挙げるのを忘れた人物がいた。
無意識に独占欲が働いたのか、絶対あるわけないと思っていたからなのか、とにかく衝撃の告白は意外とあっさり、けど力一杯耳に入った。

「赤星竜太さんっ!!オレ、実は、ゆ、有望さんの事が・・・・・・。」


赤星の絶叫とも呼べない、何とも言えない『悲鳴』に似た声が聞こえてきたのはスタッフルームに入ってから8分後の話だった。


2002/10/6

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