第33話 恋 心 
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昼のスクランブル交差点。スパイダルに『迷惑』と言う言葉はない。時間帯も何も気にせずやってきてくれては甚大な被害を及ぼしてくれるのは、BIの一件があった後も何も変わってはいないようだった。
と、いうよりもこれまで以上に更にえげつない手を使うようになっていた。
交差点からは次々と悲鳴が上がっている。それは、隣で歩いていた恋人がいきなり倒れた男性だったり、母親の体が覆い被さってきた子供だったり、友人が急にうずくまった少女の声だったり。
今回の怪人の目標はどうやらないらしい。
無差別という言葉が一番やっかいだ。
「輝、そっちいったぞ!」
「オッケイ、まかしといてっ!!」

グリーンは人混みの中で倒れている人達を気遣いながら、敵を追う。出来ることならこの人混みを避けるようにして、敵を広いところまで誘導したい。
薄い羽を持ち、機械の体の怪人はありえない脚力で人混みを駆け抜けた。
彼が通り過ぎた後には、ばたばたと人が倒れている。
「早いっ。」
「グリーン、ピンク!追うのはまかしたぞ!」
「わかってるよっ。」
「はい!」
小柄な体が風になり、一足先に銀色の怪人を追っていった。

「赤星さん!見ろよこれ。」
黄龍が倒れている人達を抱き上げて何かを見つけたようだ。彼の長い指先の上に乗っているもの、それは・・・・・・。
「かぎ爪?」
「なんか・・・猫の爪みてーだな、ひん曲がってて。この人の首についていたんだ。」
「それを刺して回っていたのか・・・・・・?一体。」
黄龍の言った『猫の爪』は怪人の体と同じく、銀色をしていた。倒れた人間には首筋にドラキュラに噛まれたような跡が付いており、それ以外は特別変わった様子はなかった。
「・・・・・・。」
3人は顔を見合わせた。ここでそれ以上の判断が出来る人間はいない。

サイレンの音が遠くから聞こえてきて、特警の頼もしい面々がやってくるのがわかった。
黄龍が抱いた男性の顔は蒼白でもなく、かといって痛みに苦しんでいる様子でもない。
まるで眠っているようでそれが妙に不安をかき立てたが、今はそれよりも怪人の後始末だ。
「ここは特警にまかせよう、俺達は輝達の後を追うぞ!」
「おっしゃ!」


輝達はようやく怪人を広い所まで誘導できた・・・・・・というよりもこちらが付いてきて、たまたま来たのが廃ビルだったとしか言いようがない。
「もうっ!ちょろちょろちょろちょろ、キリないんだから!」
「ここで決着つけよっか?怪人さんっ!!」
ジャガコ!!とトンファーをならす音と、瑠衣のマジカルスティックが彼女の鼓動に合わせるかのようにキュイイー・・・と共鳴する。
「倒せないよん。」
「は?」
輝は思わず前につんのめりそうになった。ごつい体にあまりに似合わない声と口調だったから。
そんな彼の心情はつゆ知らず、怪人は楽しそうに答えた。
「オレ様はそんなんじゃ倒せないよーんって言ってんの。」
「そう答えるヒトに限って、弱いモンだよっ!!」

輝と瑠衣は二手に分かれてその怪人に踊るように近づいた。トンファーから銀の刃が、マジカルスティックからばちばちと電流がほとばしる。
「あっ、ヤバイ。」
余裕気のある発言をしていたにもかかわらず、銀色の怪人は小さな戦士達に身じろぎをして、宙へ飛んだ。
螺旋階段の最上段にひょいっと座ると、彼の親玉と同じく右手をかざした。
「逃がさないよっ!!」
「オレの仕事は別にお前らを倒さなくってもいいんだよん。スプリガン様がそうやって言ってたんだもん。だけどね、『倒す』と『決着を付ける』ってのは別問題だと思うんだよんね。」
階段をがんがんと蹴りつけて向かってきたグリーンには見向きもせずに、地上でかまえていたピンクめがけてもう一度右手をかざした。
「瑠衣ちゃんっ!!逃げて!!」

そう言ったと同時にグリーンは階段から宙へ飛んだ。
かざした右手から飛び出た『猫の爪』が輝の首に当たり、彼の体はそのまま地面に叩きつけられた。
「輝さん!!」
「痛て、いててて・・・。う、げ・・・・・・吐きそう。」
いくら強化されたスーツといえど、相当な高さから叩きつけられてはどうなるかわかったものではない。『吐きそう』程度で済んだのは輝がとっさに体勢を整えたからだ。

悲鳴混じりの瑠衣の声が聞こえてくる。
「ありゃりゃりゃりゃ?あいつ撃っちゃったよ・・・・・・。んー・・・?どうしよ・・・・・・。」
銀色の怪人は顎をぽりぽり掻くと、『まあいっか。』と一言つぶやくとまた消えた。
瑠衣は倒れた輝に足がもつれるようにして駆け寄った。
「瑠衣ちゃん、あいつはっ?」
「いないよ・・・いない。それより輝さん、大丈夫っ?」
「瑠衣ちゃん平気なのっ?ケガはない?」
彼はこんな時にも自分の身はかまってない。着装を解くと、彼の顔と手足はあざだらけになっており、白い肌が所々紫色となっていた。
同じく着装を解いた瑠衣が涙目になってうなずく。
「だいじょぶ・・・瑠衣、平気だから。今、赤星さん達呼ぶから、輝さんはそのままでいてね。」
「あはは・・・大丈夫だって。」
言葉と裏腹に、輝の瞳はゆっくり閉じた。どうにも眠くてしょうがない。
甘く優しい猛烈な眠気が輝を襲い、彼は眠気に負けて瞳を閉じたのだった。
『倒すのと決着をつけるってのは違うことだよ・・・』という怪人の言葉が妙にひっかかる。なんなんだろ・・・・・・・・・。
倒す、のと、決着を付けるのがどうして・・・・・・。

赤星達がやってきたのはその3分後の話だった。



イスにふんぞり返っているスプリガンが、彼の放った怪人『ニードル』の報告を受けたのもその3分後の話だった。
「何?お前が針を撃ちこんできたのがあの坊主だってか?」
「そうです。ピンクを狙ったんですけど、あいつが前にでてきて・・・・・・。」
「殊勝だな坊やは。あいつのやりそうなことだな。」
スプリガンがくすくす笑うと、ニードルはちょっとホっとした顔になった。

「針を撃つ相手が女の方を多くしろと言ったのは、女の方が嫉妬しやすいと思ってね。経験上。その方が効率がいいと思ったんだよ。けどまあいいさ、あの坊主なら。」
「またまた余裕だな、てめえは?」
いつの間にかいたゴリアントが、ニヤニヤしながらモニターを見た。
が、彼の知識の範囲外という事もあってかすぐに目を離した彼に、スプリガンは説明を独り言の様に口にした。
「A10神経・・・3次元の人間は、脳にこの神経を持っていて、そしてそこで欲望を感じ取るんだ。あれが喰いたい、これが欲しい、あいつをオレのモノにしたい、人間の本能に働きかける欲望をな。」
「えーてん・・・?・・・・・・・・・・・・・・・で、どうすんだ?」
「ニードルの針がその神経をちょいと刺激してやる。」
「すると?」
「針に刺されると強烈な眠気で一旦意識がなくなる。そのあと最初に見たヤツにメロメロになるんだ。」
「それのどこが効率いいんだ?」

スプリガンはわからんかねえ?と笑った。
「恋愛経験は?女の奪い合いをしたことは?喰いたいくらいそそる女を見て『いきりたった事』は?」
「ねえよ。」
「そりゃそうだな。」

質問した方がバカだったと後悔するのは早かった。
「ま、最初はホントにメロメロになるだけさ。最初は、な。カワイイ恋愛感情も、度を超すとどうなるか・・・・・・。恐ろしい事になるさね。」
「・・・・・・・・・・よ、よくわからねえけど。」

彼の『本当にわからない』感を十二分にしめらせた発言に、ため息をついた。
恋愛に関しては、自分もひとの事を言えたものではないのだが。
何かを思いだしたのか、自嘲気味にため息をついた機甲将軍はまた笑った。
「ま、オレ達はオレ達。あちらさんはあちらさんよ。見ときって。」





遠くから声が聞こえる。
葉隠博士、そして洵、田島博士と有望主任の声。みんなの声も聞こえる。

一応全身調べたけど、打ち込まれた針が・・・。あれは現代医学じゃ取るのは不可能です。
手術してとれるような場所にないからね。ブラックジャックでもムリだよ。
首に打ち込まれたって言っていたけど・・・・・・、それがもぐった形になるのかの?
どのような影響があるのかは、あと少し時間が欲しいかな?

首?針?とれない?
どちらにしろあまりいい話ではなさそうだ。とりあえず起きなくちゃ。
「ん・・・・・・うう。」
「輝くん。気が付いた?」
目の前には有望主任の優しい笑顔があった。遠くから聞こえていたと思っていた声は意外に近くだったらしい。
「あ、有望・・・主任。」
「まだ起きない方がいいわ、ね?」

ここに来てから、気絶して時間が過ぎると言うことが何回もあったが、自分はその回数が他のメンバーよりも多いと思う。
そして、彼女に心配な顔をさせている原因の一つにやたらと入っている気もする。
もちろん一番は赤星で、2番目か3番目が自分。
「あ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうしたの?」
今日は妙に彼女の顔が美しく見える。
いや、彼女はいつでもきれいなのだがそれを差し引いても何かがおかしい。

輝は、この女性の事をとても尊敬していた。美しく聡明で、時には姉のようで時には母親のようで。綺麗さというのは内面から出るものなのだなと、彼女を見て再確認したくらいなのだ。
今日はその尊敬という名のフィルタに何か異常が起こっているようだ。
彼女は、大好きなリーダーの恋人で、もうすぐに幸せになって2人で暮らしていくものだとこの間わかった時に、一番最初に手放しで喜んだのは自分だった。

大体、あの恋愛にはうとい赤星が、有望とのハッキリしない関係にピリオドを打てた事自体が嬉しくてしょうがなかった。ハタからみていて、彼らとの関係ほど強固で誰の目にも明らかな強い絆で結ばれていて、かつぬるま湯のようにはっきりしないのは、もどかしく思えたのだ。
そう、彼女は自分にとって尊敬対象であり、リーダーと幸せになって欲しいと思う事もかわらない、が。

このいきなり生まれた感情はなんなんだろう。



ぼーっとしていて顔が赤い輝に赤星達が怪訝そうな顔を向けているのに、当の本人だけが気づいていない。浮ついたように宙をぼうっとみつめている。
有望が気遣って彼の顔を覗きこんだ。
「輝くん、どうしたの?熱でもあるのかしら?」
輝の額に自分の額をくっつける。
輝はそこでようやくはっと我に返り、火傷をしたかのようにびゃっと額をひっこめた。
「だっ、大丈夫ですから・・・ごめんなさい、有望さん・・・・・・。」
「おい、本当に大丈夫かよ?」
「大丈夫だよ、リーダーっ!ご、ごめんねみんなっ。心配かけさせて・・・。」
「翠川くん、後からその針の事くわしく・・・。」
「わかってるよ!」
いささか乱暴に田島博士の言葉に答えた輝は、逃げるようにその場から立ち去ってしまった。


輝はわざわざ走って自室に帰り、ベッドにバフ!と顔を埋めた。
心臓がうるさい。
これは、走ってきたせいじゃない。なんなんだろ・・・・・・。

頭にふっと描かれたのは長い髪の美しい女性。

そこでハっとして頭をベッドにこすりつける。
ダメダメダメ!!絶対だめだよそんなこと!!!
何考えているんだよオレ・・・。
何考えているんだよオレ・・・。
「何考えてるんだよ、オレ・・・・・・。」


一体どうしちゃったんだよお・・・・・・・・・。
よりによってこんな気持ち、あの人に持っちゃいけないのに・・・・・・。

体に針を打ち込まれて、それが手術でもとれない場所に埋め込まれていると言うのに、そんな心配ばかりが頭にこだまする。
あとから、一眠りしてから、針の事を聞きにいかなくっちゃ・・・・・・。
彼は忘れる事を望むようにして、無理矢理寝息を立てた。




「えーてんしんけい?」
「うん。」
不思議そうに首をかしげる黄龍に、洵はニッコリ笑った。
「快感神経とも呼ばれていてね、食欲や性欲や・・・色々とヒトの本能にかかわる神経なの。リラックスしている時も、βエンドルフィンって脳内麻薬がこの神経を活性化させているんだよ。で、これはこれでいいんだけど・・・・・・。」
「いーんだけど?」
「いつでも楽しい、気持ちがいい、って訳にはいかないでしょ?」
「そっか!」
瑠衣はぱちん、と両手をあわせてこくこくと頷いた。
「タガがはずれちゃうって訳ね。」
「いつでも喰いたい、やりたい気持ちになるわけ〜・・・そりゃ・・・世間を作動させなくなるにはいい方法だな。」
黄龍はぞっとしたのかおおげさに身震いをした。
「そういう事。そしてこれはスパイダルの針でしょ?説明のつかない事が起こりそうな・・・気がするよ、父さん。」
父さん、と呼ばれた葉隠博士は一回だけこくりとうなずき、輝のリーブレスにアクセスした。
「輝くん、起きてるかの?すぐにこちらに来てくれ。」
早くに起こされたと思ったが、実際の時間は3時間近く経過していた。



事の顛末を聞かされた輝は、何か心当たりでもあるのかぎょっとした顔になった。
ウソがつけないのが輝のいいところでもあるし、悪い所でもある。
今はもちろん前者だ。

「何か心当たりでもあるのか?」
赤星の言葉が刺さる。
「例えば、博士のケーキが死ぬほど喰いたいとか、あ、とは・・・その・・・・・・誰かの事を猛烈に好きで好きでたまらない、とか。」
輝は思わず顔を下にして、表情を悟られないようにしている。
その心情をなんとなく察した田島が笑って声をかけた。

「もし心当たりがあるのなら、なるべくそれに近づかない事だよ。それが一番かな?キミの為にも、その対象に対しても。」
「ね、ねえハカセ、田島さん?」
「なんじゃい?」
輝は思い詰めたように唇を少し噛んで、自分の手をぎゅっと握った。
いつも真っ直ぐで真剣な眼差しが、今日は迷っている。

「そしたら、いま感じているこの気持ちはウソなの?」
「ウソだよ。作られた感情だからね。それに今はまだブレーキが利くかもしれないけど、暴走する事になったらどうなるかわからない。A10神経はもともと、ブレーキという名の制御機構がない神経なんだ。それが過剰になったらキミも対象物も危険な事になるかもしれない。」
「・・・・・・わかった・・・・・・。オレ、なるべく自分の部屋にいる事にするからっ・・・。」

のろのろと立ち上がって、急によろけた体を黒羽がゆっくり支えた。
「大丈夫か?」
「う、うん・・・・・・。」
黒羽の後ろにいる有望と目が少し合うと、輝はあわてて黒羽の手をふりほどいて、耳まで真っ赤になった。
「ご、ごめん黒羽さん・・・・・・けどありがと・・・。オレ、部屋に戻ってます。」

だだだと駆けだした輝を、腕をふりほどかれた黒羽と後ろで見ていた赤星達が呆然と見送っていた。
「・・・・・・。」
瑠衣は、皆が思っているであろうギモンを、皆の代わりに勇気と無邪気さを伴って口にした。
「も、もしかして輝さん、黒羽さんの事がスキなのかな?」
「る、瑠衣・・・・・・。」
赤星は思わず脱力してソファに片腕を付いた。
「それはそれで、対策がとれて楽なんじゃが。」
「博士!!」


皆の想像が自分の気持ちとずれている方向へ向かっていることも知らずに、輝は先ほどの田島の言葉を繰り返していた。
「これは『作られた感情』なんだ。敵が、(多分スプリガンが)作った感情・・・・・・。想ったらダメ、迷惑かけちゃうもん・・・・・・。作られた感情なんだもん。この気持ちはウソ・・・ウソなんだ。ウソなんだ・・・・・・。」

まるで呪文の様に何十回もブツブツとつぶやき、部屋に戻ると輝はドアのカギをガチャリと閉めた。
自分の心を閉じるようにして。

「有望さん・・・・・・。」

正直に出てきてしまった言葉に輝ははっとしたが、すぐに冷静になった。
ウソでも偽りでも、この気持ちは止められない。


2002/10/2

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