第31話 レンズ&アイズ
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奴らとクィンテットの乱戦をあちこちの角度から再生していたモニターは、今はただザラザラチラチラしているだけ。それでもオレは、ボディをイスに預けたまま、自堕落に宙を見上げていた。

ザーザーとしたノイズをBGMに、オレの脳髄には、オレのレンズとロボットバードのレンズに焼き付いた様々な映像が、ランダムに、エンドレスに、浮かんでは消えてまた浮かぶ。前半、押し込まれていた奴らのたどたどしい動き。途中からの謎のエネルギーでも食ったかのようなパワーアップ。データを超えた動きと力。

怯えに硬直した3人のガキ達の顔。周囲を飛んでいたロボットバードのビデオに納められていた。ピンクリーブスがヴィンテットのニードルボムを弾きに入ってきたってことは、全員がこのガキども存在を知ってたんだろう。

この存在を知ったから、連中は強くなった。

理不尽だという思いが充満する中、でもそうだろって呟き声が響いてくる。記憶の底から、まるであぶくがブクブク上がってくるみたいにな。何故なんだと何度も呟きながら、自分が何かを「わかって」いることを、オレは認めたくなかったのかもしれねえ。


守りたくて守れたから負けじゃないと、あの小僧は言った。なんのためらいもなく装備を解いて、命を晒し……。オレが同じ状況になったらものすごく悔しがってたろう。なのにあいつは一筋も後悔してなかった。だからって死に急ぐ訳でも無く、細い活路を逃げ果せた。
他人を守ろうとして強くなる。そんなことが本当にあるのか。だが実際、レッドリーブスの力は物理的にデータを越えたからな。小僧を助けようとしてああなったとすりゃつじつまが合う。

あいつら、ずっとそうやってきたのか。勝利の満足感と栄光のためでなく……。


(自分にとって何が大切か、わかる時が来るわ)

少しかすれた、ひどく優しい、声が聞こえた。

オレは頭を振った。

嗅覚センサーにまとわりついたねっとりと甘い血と香水の香りを振り払うためだった。




一度始めた闘いは決着が付くまでやるしかねえ。こんな「もし勝ったら儲けモノ」みたいな気分で出て行くのは楽しくはねえが。だがオレは、もう一度あいつとやり合いたかった。グリーンリーブス。あの小僧っ子と。相手が自分より弱いって解っているのにやり合いたいなんぞえらく妙な感覚だが、それがその時のオレの正直な気持ちだったんだ。

黄色い土が剥き出しの荒れた土地。ずどんと空いた空間の意味しかない。縁取りは削られた山と緑の木。森ってやつをなぎ倒してこの場所ができてる。オレですら惜しいような腹立たしいような気分になる。

いつぞや捕まえそこなった白い嬢ちゃんから登場した5人は、今日はへらずグチを叩かなかった。中央に立ったレッドリーブスが尊大な態度で突き出した親指を下向きにする。かなり好戦的な意味なのは間違いねえだろ。この短時間で何の準備ができたか知らないが、ずいぶんと自信がお有りのようで。

こちらもぱちりと指を鳴らす。徹底的に、だが、機械的に、メンテナンスしたクィンテット――いやもうカルテットか――が前に進み出る。もう一度指を鳴らすと4体はがっと連中に突っ込んでいった。

そしてオレは鍛裂の柄を握り直し、ピアテットに向かいかけた小僧の行く手を遮った。


===***===***===

中央に立ったレッドリーブスこと黒羽さんは、スプリガンと4体のロボットにちょっと挑戦的な合図を送った。ハンドサインなんてリーダーはあんまりやらないけど、それはそれでレッドらしかったかも。

思うつぼだった。赤いぶよぶよはレッドに化けた黒羽さんに、青いのはイエローになってるリーダーに、そして紫のはブラックのスーツを着てるエイナに向かってる。もちろんちゃんと着装した上から着ぐるみを着てるんだから大丈夫。まあだいぶ動きにくい……とは思うけど。とにかくあとはオレと瑠衣ちゃんで銀色マントをなんとかすればOK……と思っていたら、オレの相手は別だったみたい。

「グリーンリーブス。お前だけ一人じゃつまんねえだろう。相手になってやる」
オレの目の前に飛び込んできたのはスプリガン。剣を片手にぶら下げて、小首をちょっとかしげて立っている。
「いいよ、スプリガン」
こいつを倒すのは、オレ一人じゃちょっと難しい。でも引き留めるなら……!

打ち下ろされた大きな剣を後ろに飛んで交わす。それは地面にめり込んではくれず、今度は横薙ぎに飛んでくる。なんとか受け止めたけど、すごい力。あまり逆らわず押された方向に飛ぶ……。もう、この鉄(かどうか知らないけど)の塊! こんなに速く動けたのか!

「逃げてばっかりじゃ、永遠にオレは倒せないぜ、小僧」
スプリガンが言う。
「そーだね。よっしゃ。いっくよーっ!」
オレはスプリガンに向かってだっと走り出した。

上か、横か!
スプリガンは身体を開き気味に、両手ででかい剣を水平に振り回した。オレの進行方向とたくさん交わる面。そう来ると思った!

「トンファー・ブレードモードっ」
オレは相手の両手と柄に飛び乗るとそれを思いっきり下に蹴り飛ばして飛び上がる。スプリガンのごつごつした頭に三日月のブレードを叩き込んだ。
でも避けられた。ブレードは左の肩先にちょっと食い込んだだけだ。カーブしたエッジを中心に、伸身宙返りで降りたオレの腹にスプリガンの回し蹴りが飛んできた。

「ぐ、ふ……っ」
息を整えるヒマもない。剣を振りかぶったスプリガンが文字通り降ってくる。オレは慌てて避けた。くっそぉ。当たり前だけど、やっぱ怪人とは違うや。

微妙にぶつかり合っては離れる。芯で受けようものならルートンファーごと叩き割られそうな重さ……。オレのほうはだんだん疲れてくるけど、スプリガンはなんとも無さそうなのが困ったもの。
ただ。
スプリガンの太刀筋は凄いけど素直だった、黒羽さんの方がよっぽど油断ならない…ってのもヘンだけど。で、もう一個。

(なんで銃を使わないんだっ?)

こいつの得手は銃のはず。だいたい動く武器庫みたいなヤツなんだから。だのにさっきから剣と手足しか使ってない。何か企んでるのかな。くそ〜、気になっちゃうよ。

そうだ。そーゆー時は!

オレはざっと後ろに跳びのいて距離を稼ぐと怒鳴った。
「おい、スプリガン!」
スプリガンの動きが止まる。
「なんだ、小僧!」
思わず小僧じゃないぞっと言いそうになった。そんなこと言ってる場合じゃない。
「なんで銃を使わないんだ!」
スプリガンが動きを止めてバカにするように言った。
「使ったらすぐ終わっちまうだろ」
「なんだよ、それ! どーゆーつもりっ!?」
スプリガンがびゅっと大きな剣を振った。
「これが……。司令官の、誇りだったからさ……」

司令官、司令官……って? ……もしかしてブラックインパルスのこと、か? とっさに頭の中がゴチャゴチャしてきた。なんか聞きたいけどどうしたらいいかわからないような……。

いきなりスプリガンが言ってきた。
「オレも聞きたい」
「なんだよっ?」
「このまえお前が庇ったガキはお前のガキか?」
なっ、何言うんだよ、このロボっ!
「ちっ、違うよ! オレ、まだそんな歳じゃないよっ」
「お前達とは関係の無いガキなんだな」
意味、判ってないし!

「そうだよっ しつこいなっ」
「じゃあ、なんで庇った」
「巻き込まれたらケガしたり、ヘタしたら死んじゃうだろっ」
「そりゃそうだな。でもなんで庇った」
「だから! あの子達になんかあったらどーするんだよ! もう、何が聞きたいんだよっ」

「ガキどもがあの場に居たのはお前たちのミスじゃねえ。だからお前達があいつらを助ける理由は無い。だのにお前達は無理してあのガキを助けようとした。あんときゃたまたまいい方に転んだのは認める。だがな。お前はかなりの確率で死んでた。それが解ってんのか?」

オレは考え込んだ。スプリガンはオレの答えを待ってる。別に油断させて襲おうとかそんなこと思ってるワケじゃない。それは、判る。ホントに知りたがってるんだ。

「………スプリガン。あんたは、何のために戦ってるの? この世界を征服したいから?」
「ちょっと、違うな。……オレは……勝ちたいんだ。お前は、グリーンリーブス?」
「オレは……護りたいからだよ。オレたちはこの世界を護りたいからだ」
「そんな模範解答が役にたつか。"世界"なんぞ、お前に見えてるわけもないだろ」

「目の前で誰かが危なかったら、それを護りたいってのは自然なことなんだよ。初めて見た子供たちだってそうさ。親や兄弟や仲間ならもっとそうさ。そして世界はそれがずーっと繋がってるだけだから……。だから護る! オレたちはそーゆーふうに出来てるんだっ!」


「だあああっっ!」
横たわった沈黙がでっかい声で破られた。見るとリーダーが青い奴の懐に飛び込んだ所だった。振り抜いたリーブライザーが相手の胸部をぶち破っている。爆発の中から飛びのいたリーダーが、身体にまとわりついた黄色い切れ端や割れた面をむしり取って捨てた。
「レッドリーブス!?」
スプリガンが驚いて叫ぶ。

もう一つ爆発音が響いた。まるで時代劇の対決シーンみたい。爆発の炎と煙をバックに輝くブレードを手にして立ち上がったブラックリーブスは、ぼろぼろになった赤いスーツを破り捨て、おもむろにチェリーに矢をつがえた。
「ブラックチェリー!」
狙いを定めた矢は、空中でチャクラムの軌跡と入り交じる。それは触手を殆ど切られた紫のボディに吸い込まれた。爆風の向こうから黒羽さんそっくりの敬礼もどきを返して、イエローリーブスもまた自分のマスクを外した。エイナが髪を掻き上げるいつもの癖が目に浮かぶみたいだった。

「貴様ら、つまんねー小細工しやがって!」
スプリガンが手をあげる。あっと思った。
「ピンクっ。ダメだ、止まってっ」

銀色マントに打ちかかろうとしてたピンクが急停止。その眼前で怪人が崩壊する。いつかと同じだ。
「くっそー!」
「間に合わなかった!」
イエローとブラックの悔しそうな声。いつもの、耳鳴りみたいな嫌な感じ。

「ガーディアン、発進!」


紫イソギンチャクと銀色マント、それに赤い奴が大きくなる。青いのはギリギリ間に合ってストーンを破壊できたらしい。で……。
「まさか、合体するの!?」
「うそだろ!」
3体の巨大怪人はくっついてもっとでっかくなった。胴体は紫イソギンチャクで触手がゆらゆらしてる。そこから2本の赤い足。イソギンチャクの上の方に銀色マントがめり込んで頭っぽくなる。

「で……、でかいっ!」
合体巨大怪人はガーディアンよりめちゃくちゃでかい。1個1個がガーディ並なのに合体してるんだから当たり前だけど。上部のモニターばっかり見てると首が痛くなっちゃう。
「青いのとオレンジが腕になる予定だったのか? 完成品が見てみたかった気がするが……」
ちょっと、黒羽さんってば呑気にそんなこと言ってる場合っ!?


「手が伸びてくるよっ」
「ガーディアン、テイク、オフ!」
瑠衣ちゃんの警告とほとんど同時にモニターの風景が流れた。ガーディアンを追ってくる紫の触手からツバメの様に逃れる。黒羽さんの手にかかると、でっかいガーディもオズブルーンみたいだ。

「リーブ砲、チャージOK!」
「ようし、くらえっ」
眼下の怪人に向かって、シェルモードのお化けのようなリーブ砲が飛び込む。だけど……
「わっ! 傘がっっ!」
銀色マントが開くと、でっかい傘になって怪人を覆う。砲弾は光の粒になって銀の傘を滑り降り、怪人の周りに散った。
「そんなんありかよ〜! ヤバイぜ、どーするよっ」
オレの隣でエイナが喚く。オレの目の前で待ってたゲージが一杯になった。
「リーブランス! 行けるよ!」

「胴体を狙うしかないぞ!」
「わかってる!」
ガーディアンは怪人の背中側――実際はどっちが前かよく判らないので進んでくる方向の逆――に舞い降りる。地に足がつく前に、長い槍が触手の間隙をぬってぐっと付き込まれた。

紫イソギンチャクはたくさんの触手をリーブランスとガーディアンにからめてくる。だけど相手のカラダに先端がめり込む手応えは、ガーディの全身を通じて伝わって来た。
「ピンク、装甲おろせ! 全員衝撃備え!」
ガーディアンがジェットの力も借りてぐっと突っ込む。すぐに突き放すように後ろに飛びつつ、先端のカートリッジを爆発させる。ガーディをすごい衝撃が襲い、そのカラダに巻き付いていた触手も吹っ飛んだ。

少し離れた所に着地すると、合体怪人の銀色の頭部と上半身の半分が削れてるのがわかった。でも怪人の足はまだ元気で、上半身をぐらぐらさせながらこっちに歩いてくる。
「もう一本、いくぜっ!」
飛び上がったガーディアンは破壊された上半身を手で押しやるようにして、今度は脚部に向かって真下にリーブランスを突き込んだ。

大きな大きな爆発。離脱したガーディアンすら爆風に押されそうになるほどの……。それでも切り開かれた造成地は前とあんまり変わった風に見えなくて、オレの胸ん中はモヤモヤしたままだった。


頭の中に、スプリガンとの会話の何度目かの再生が流れていた……。


===***===***===

護るために……。
何かを護るために、強くなる。

推し量れないそんな力を寄せ合わせて、それはいつか黒騎士を越え……。


<あんたは、何のために戦ってるの?>

小僧の吐いた言葉が何度もリピートしてる。

あの人の側で働けるようになりたい。あの人に認められたい……。

生白くて細っこいカラダとでっかい目玉。あの小僧そっくりだったガキの頃。考えてたのはそれだけだった。
その夢はとうの昔に叶った。あの人に取り立てられ、考えられないような地位に上り詰め……。

いつのまにやら前線に出る回数は減り、この銃をぶっ放すことより、くっちゃべって指示することが多くなり……。だからってそれがそんなに苦痛じゃなかったのは何故だろう。

叶えることで望みを無くしたワケでもなかったらしい。


オレはただ、あの人が、あの人の理想を作るのを手伝いたかったんだろう。
どのみち剣を捨てたオレが、あの人を超えようってのもおかしなハナシだったんだ……


……では、今は……?


あの小僧のでかい瞳が、オレのレンズに光のシミをなすりつけていったようで、ひどくうっとうしくて仕方なかった。

    (了)

2006/07/05

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