第31話 レンズ&アイズ
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鮮やかなオレンジ色の筺体の中に部品を組み込んで行く。デスクの上には細かいパーツがまだ山になってるが、今回は既にテストされ、実稼働済みのパターンだからラクだ。こういった時間も悪くはねぇ。何も考えずにそのことだけに没頭できる。

と、ちょっと首の後ろにいやな感じが走ってオレは振り返った。入り口で小柄な白いマントの上の金髪頭が、青い目でにっこり笑っていた。
「すまないね、機甲将軍。ノックもせずに」

ドアはねえんだからノックのしようもねぇんだよ。参謀のあんたでなけりゃ、とっくにとっつかまってる。ただ「邪魔するぞ、スプリガン」っつって、入ってくりゃいいんだ。

……でもその気障ったらしい薄い唇が、あの人と同じ台詞を吐いたら、それはそれでイライラしそうな気もする……。

「いえいえ、ご遠慮無く。どうぞお入りください、司令官」
いつまでも表面だけの親しみ易さをまとい続けるこの男に、オレは慇懃な物言いで返した。
ファントマ。この優男が、仮にもあの黒騎士の後釜だってんだから恐れ入る。とにかく今はこの若造(実際の歳は不明だが)がスパイダルの参謀で、オレに命令を出す人間だ。

「これがもうすぐ出せると言っていた怪人?」
「数があるから手間どっちまいましたがね」
色白な顔に怪訝そうな表情が浮かんだので、壁の方に向かって顎をしゃくって見せた。姿形もさまざまな4体のアンドロイドが静かに出番を待っている。
「まさか……、これらを全部?」
「そう。今回はこの5体、まとめて全部出す」
参謀はひゅーと口笛を吹いた。
「これは凄い。ブラックインパルス殿亡き後、貴方が落ち込んでいるのではと心配していたけど、杞憂だったみたいだね」

オレは金属でできた自分の顔にちょっとだけ感謝する。表情を作りたくても作れないこの顔に。
厳密に言えばこいつら、きちんとした怪人じゃない。こんな短時間に怪人を5体も作れたら苦労はねえや。作業用のアンドロイドを戦闘用に改造しただけ。ぎりぎりまでな。面白い仕掛けも色々してある。これで…………。

オレの沈黙をどう解釈したのか、参謀は神妙な表情を浮かべた。
「いや、これは失礼した。ただ私は、貴方こそがブラックインパルス殿の仇をとってくれると思っていたから……」
「仇……」
「偉大なる前参謀を殺めたオズリーブスに死を。貴方もそう思ってるんだろう?」
「……ああ。もちろんだ」
参謀はまた笑った。オレにはヒトの笑顔を見る機会はそうは無いが、見ることは嫌じゃない。だのになぜ、この男の笑顔は好きになれねえんだ?

「いい知らせを待ってるよ、将軍」
部屋を出て行く白いマントを見送りながら、オレは追い出していたはずのもやもやが、またぞろ頭に舞い戻ってきたのを感じてた。

結局、何度だ。
憧れの黒騎士と戦場で肩を並べて戦ったのは。

自分が前線に出て行くにつれてあの人は中央に残るようになった。だから数えるほどだ。本当にあの人の背中を任されたのは……ただの三度。その時だって守る以上に守られたがな。

まったくなんて強さだ、化け物だ。

このオレがそう思う男なぞ、そうは居ねえ。オレはまだ、あの人を越えたと思ってねえ。

ブラックインパルス。疾風の黒騎士。

それが奴らに倒されたなんぞ、信じられねえ……。
あんな連中に、あの人が殺されたなんて……

……もしかしてオレは、確かめに行くのか?

あの黒騎士を葬る資格が、奴らにあるのかどうかを……。


===***===***===

「すぱいだる波検出! ぽいんとL7!」
サルファが高いトーンで叫んだ。聞いてたオレは思わず叫び返しちゃった。
「そ、それって、ファンタジー・ランド!?」
「輝サン、大正解! ミナサン現場ニ急行シテクダサイ!!」

んなモン、よく覚えてんな〜と言ったエイナにいーっと返して、オレたちはオズブルーンに乗り込んだ。ほかのポイント番号なんて覚えてないけど、ここだけは覚えてるよ。半年近く前にスパイダルが現れてめちゃくちゃにしちゃった遊園地。とーこがお気に入りの場所だったからね。
いろいろあって実際に改修が始まったのは事件の後しばらく経ってからだった。だから今はまだ工事中。でも、とーこは今からオープンを楽しみにしてるんだよっ? それもあって、余計ドキドキしてたのかもしれないけど。

「…やな感じ……」
オズブルーンの中でレーダーをのぞき込んでたエイナがもごもご言って、リーダーが尋ねた。
「どした?」
「ディメンジョン・ストーンの反応が6つもあるぜ」

「旧型のアセロポッド……」
「だといいけどな」
瑠衣ちゃんにそう応じた黒羽さんの声には、そうじゃないだろう感が漂ってる。
「またおびき出しか…?」
リーダーの声がちょっと堅くなる。怪人になって亡くなったリーダーの友達がこの手を使ったばかり。オレのカラダもまだ青くなってるとこが有るけど、リーダーもきっとそうだろうな……。

待ち伏せなのか、アセロポッドなのか、それとも本当に怪人がたくさんいるのかはわからない。でもオレ、居るのはスプリガンじゃないかってなんとなく思ってたの。スプリガンと怪人が暴れた遊園地。スプリガンがピンクをわざと庇った場所。意味はないよ、ただのカンってやつで。でもオレの胸ん中がざわざわしてた一番の理由がこれだった。


着装して観覧車の前の広場に踏み込むと、思った通りスプリガンが居た。観覧車を背にただ立ってる。金属のボディに強い日差しが反射して、妙に明るい色に見えた。そしてその後ろに大小取り混ぜて5体の怪人がいる。何かを壊してるワケじゃない。オレたちを待ってたんだ。

「来たな。オズリーブス」
「なんのつもりだ、スプリガン?」
「分かり切ったこと、聞くんじゃ、ねえ。キラークィンテット」
スプリガンの金属の手がカクカクと動くと怪人たちが前に出て来た。5体とも人間よりちょっと大きいぐらいかな。姿形はいろいろで……、つまり量産タイプじゃない。
これってさすがにヤバイかな。ちょっとだけ頭の芯がしびれた感じになる。ヤバイ時ってこうならない? でもまあ、似たような事はあったよなあとか、頭ん中には冷静に考えてるオレもいるんだよね。

「カラフルなアセロポッドじゃねえか」
リーダーの声はいつも通り落ち着いてる。確かに怪人はカラフルだった。オレンジのオニオコゼみたいなのとか、アルミ箔のマントを着てるみたいなヤツとか。紫のは筒みたいで赤いのはなんかぶよぶよしてそう。真ん中の青いのが一番人間っぽい形をしてる。
「てめえらに合わせてな。平等に相手をしてやらんと、外に行かせるぜ」
スプリガンの声は低くて陰気な感じだった。前会った時はどこかふざけたようなしゃべり方だったけど、今日は違ってた。

「また俺様達が目的かよ」
イエローの声は低い。試されるみたいなのが大ッキライなんだよね。オレの隣にいるブラックもちょっと体勢を変えた。怒った時のオーラがゆらゆらしてる。でもリーダーの声はすごくあっけらかんとしてた。
「そっかぁ。俺達狙いならラッキーだ。そのコトバ、守れよっ!」
言い終わらないうちに、リーダーはもうスタートを切ってた。

つられて動こうとしたオレたちをブラックの手が遮る。そういやリーダー、「行くぜ」って言わなかったっけ。今まで無いシチュエーションだから、ちょっとでも手の内を見る時間を作るつもりなんだ。
「幸運か。確かに。懲りないヤツだ」
ブラックが小さく笑う。オレたちが目的なら危ないは危ないけど、逆言えば戦ってる間に他で何か起こる可能性が少ない。それをラッキーっていうのがリーダーらしい。

リーダーがまっすぐ向かったのは真ん中の青いヤツ。怪人の動きは速かった。かなり早い拳が繰り出される。バックステップで避けたリーダーの手にはブレードが握られてる。相手に向かって突き出すと、怪人の青い拳に熊手みたいなものが現れ、それを振り回した。それをブレードで弾いたリーダーは相手の肩を蹴り飛ばして次の怪人に向かう。アルミ箔マントはリーダーからあっさり逃げた。ホバークラフトみたいに地面を滑るタイプだ。
そこにオレンジのトゲがたくさん飛んでくる。オニオコゼだ。少しブレードで払ったけど、残った分がリーダーの身体にくっついて爆発した。倒れたリーダーの足に間髪入れず絡みついたのが紫色の触手。筒型紫ロボットは手以外にそんなもんまで持ってるんだ。一度は思いっきり地面に叩きつけられちゃったリーダーだけど、二度目はブレードで触手を薙ぎ切って離脱した。

だけど観察時間はそこで終わり。怪人達はリーダーを最後の赤いのに任せてこっちに向かってきた。伸びてきた紫触手をブレードで迎えたのがブラック。飛んできたトゲをオレはトンファーで叩き落とした。視界の端で青と黄色がごちゃっとなって、銀色マントがピンクに迫ったのが分かったけど、あとはもう、自分のことで精一杯になっちゃった。

オニオコゼ怪人のトゲ。やたら飛んでくる。いったいどれだけ持ってんだよっ! 針みたいな奴だけじゃなく、ずんぐりした三角っぽいのも混ざってる。でも全部見切れる程度だからブレードとトンファーで全部弾き落とせるけどね。オレの周りでぼんぼん爆発して風圧が凄いけどダメージは無し。ほんとは相手に叩き返したいとこだけど、微妙にその余裕が無いのがアタマに来ちゃう。

と、煙の中からにゅっと伸びてきたオレンジの手がオレの左手首を掴んだ。そのままぐっと引き寄せようとする。オレは右のブレードで相手の腕を突くと同時に、相手の身体を蹴り飛ばして間合いを取った。

次の瞬間、至近距離から発射されたトゲが押し寄せてきて、もう払うどこじゃなかった。


===***===***===

キラークィンテット。1体の能力は怪人より確かに劣る。だが1体がこれと決めたオズリーブス1人を相手にするとなれば話は別だ。戦闘時に5色の薄い鎧を着込んだヤツらが、通常の3次元人なのか同型のアンドロイドかはどうでもいい。過去のデータからそれぞれの個体の動きのクセやパワーレベルはもう分かってる。

セロテットはレッドリーブスに特化してる。強烈な打撃を吸収するボディと、予測の付かないランダムな攻撃を繰り出す機構を持つ。コンテットはブラックリーブス、あの忌々しいメカニック野郎を倒すためのマシン。伸縮自在の触手をハンパじゃなく持たせた。決して奴の間合いにはしてやらねえ。リンテットは逆に徹底的に近い間合いを好む。やや遠方からの射撃で勝負をかけるイエローリーブス用だ。ピアテットはあのてかてかした外郭で電流や振動などのエネルギー流をアースしちまう。ピンクリーブスのロッドはただの玩具になるだろう。その上ピアテットの抱擁はちょいとキツイからな。そしてグリーンリーブスの坊主用に念入りに造ったのがヴィンテットだ。全身センサーとニードルボムの塊。あいつの反射神経なら全部弾くことも可能だろうが、それ故に大事なことが見えなくなる。

今の所は順調だ。計算通りで面白くもねえ。レッドリーブスはセロテットの攻撃をまったく読めてねえ。まあ相変わらずのタフさは褒めてやるがね。ブラックリーブスもそろそろ得物を手放すハメになりそうだぞ。イエローリーブスは可哀想にだいぶグロッキーじゃねえか。ピンクリーブスはとっくにロッドを諦めた分、よく逃げ回ってるがどこまで持つか……。

そして坊主。どうする。

今日は手加減はしねえ。

負けたら、死ぬ。
死んだら、負けだ。


===***===***===

オレはだんだんものが考えられなくなってきてた。オニオコゼはトゲの爆弾だけが武器なんじゃなくて、腕と足にも三日月型の刃物が生えててそれで切りつけてくる。今使える一番でっかい武器はドラゴンアタックだけど、1:1じゃ倒すまでいかない。
弾く、避ける、逃げる。その繰り返し。このまんまじゃダメだって心の声も、遠くで鳴ってる目覚まし時計みたいにまだるっこしい。

でも、何度目かにふっ飛ばされて、ガツンと何かにぶつかった時、目覚まし時計はどでかいサイレンになってオレに降りかかって来た。
煉瓦の植え込みの陰に子供がいたんだ。

<子供が3人隠れてるよっ 動けないみたいだ>

びっくりしたけど、あんまり大声にならないようにリーブレスに言った。一瞬の間。みんながぎょっとしてるのは分かった。すぐにリーダーの声が聞こえてきた。
<こいつら少し引き離したらオレンジに集中! 多少くらってもかまうな!>

そうか。コイツが一番ハタメーワクだもんな! よっしゃ!

オレは全速力で走り出した。トゲが飛んできたけどもう払うより走れ。花壇の方にトゲを投げられないようにしないと。スーツのお陰で火傷は無いけど、爆発の圧力はどでかい手で張り手を喰らわされたみたいで息が止まる。でも今は気にならないっ!

止まって身構えたオレに向かってくるオニオコゼが急に倒れた。えっ?と思ったら、オニオコゼに馬乗りになってたのはリーダーだ。
「グリーン!」
「ブレードモードっ」
流石のリーダーも押さえてるだけで一杯。これでカタをつけないと!
刃が刺さったと同時にわっという声がしてリーダーの身体が離れた。例の赤いぶよぶよがリーダーのこと引っ張って行っちゃったんだ。呆れるほどしつこい。
1人でなんとかしたかったけど、刃の入りがちょっと甘い。オレンジの怪人は胸からブレードを生やしたまま立ち上がってくる。くそ、まずい。この体勢じゃ完全な力勝負になっちゃう。でももう一つぐらい、何かできないっ!?

「屈め、ミドっ!」
カメよろしく首を引っ込めたオレの頭上をぐんとムチの様なものが飛んできてオレンジをぶっ叩いた。同時にオレの手に添えられたのがブラックの手。
「押し込め!」
耳元の声のままオレは力一杯ブレードを突き出した。ぐっと入った所でブラックの手にひねりが入る。この方が与えるダメージがでかくなるのは…………、相手が人間も怪人も同じだ。

さっきと同じヒュンと空気を切る音がした。それと一緒にブラックの気配が消える。ブラックの相手もやっぱりしつこい。オレも抉りかき回したイヤな感触から少し距離を取った。オニオコゼの動きはちょっとぎくしゃくした感じだ。よーし、もう少し!
今度はトンファー使うことにした。引っかけた方が力が入りやすいんだ。タンと飛び上がって思い切り振り下ろしたところでオニオコゼがガクンと向きを変え、三日月刀の刃はずれて肩先に入った。

「やばいっ」
オレは思わず叫んでた。なんかマズイとこ壊しちゃったのか、オニオコゼは誰もいない……あの子供達の隠れてる花壇の方に向かってトゲを発射した。

「リボン・トルネード!」
高い声と共に花壇の前に淡いピンクの壁が立ちはだかる。マジカルスティックのリボンがトゲ爆弾をどんどんはじき飛ばす。助かったよ、ピンクっ! でもオニオコゼは何を考えてんだか、花壇に突進する。

「こっちだ! オレはこっちだよっっ」
オレは怪人の前に飛び降りた。オニオコゼはやっと気づいて、なんてこった。ぎゅーっと抱きついてきた。わっ、たまったもんじゃない! でもここで逃げるとまたヤバイ! オレ、トンファーの柄をつっぱり棒にしたまま、青いの振り切ってこっちに来てくれるイエローに叫んでた。
「ストームシュート、いけーっっ!」
「いいのかよっ」
「いーから! 早くっ」

そっから先はスローモーション。光の円盤がオレンジののど元に入って、何倍にもふくれあがる。発射しかかったトゲが誘爆する前にオレは相手を蹴り飛ばして後ろに逃げた。花壇はオレの背中からもうあんまり離れてない。コードはもう打ち込んであった。

「ドラゴン・アターック!!」

爆風を吹き飛ばせ、前に! あの子たちに、だーれがケガさせるか!

クリーム色の光が目の奥から消えてちらりと後ろを見たら、子供を抱えて逃げてくスーツ姿の人が4人。1人がなんか手を振ってるから特警の誰かだったんだろ。

もう、はーっと力が抜けて、思わず座り込んじゃった。

で、顔を上げたら、今度はすごくイヤな光が目にはいってきた。切れ味の良さそうな金属の反射……。

生身のオレの目の前に、剣を突き出して立ってたのは、スプリガンだった……。

2006/04/30

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background by 雀のあしあと