第31話 レンズ&アイズ
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ある所からふっと、ヤツらの動きが良くなったのを、オレは不思議に思った。何か連絡を取り合ったようだが、クィンテットには共通の弱点なんぞ無い。
動きが良くなったのは守りから攻めに変わったからだ。だがその方向転換、勝算がある時でなきゃ意味がねえ。肉を切らせて、つーのは骨を断つ決め手があればこそだろ? そのうちグリーンリーブス以外の4人まで、つらつらとヴィンテットにちょっかいを出し始めた。わかんねえ、何考えてやがる。

おかげでヴィンテットのヤツは動きがおかしくなっちまった。作業アンドロイドはフェイルセーフがきかねーからな。イエローリーブスがぶち込んだエネルギーディスクのタイミングも良すぎた。それで十分だろうに、グリーンリーブスの坊主は例の武器でそれを吹き飛ばした。そう。オズリーブスが着ているスーツはある種のエネルギーでできているようで、それを実体化させて戦闘モードになったり解除して武器にしたりできるらしいのさ。

坊主の後ろの構造物から、大小合わせて何人かの3次元人が逃げて行き、坊主がなぜそんなマネをしたか少し分かった。要は非戦闘員のそいつらに被害が及ぶのを食い止めたかったんだろう。
だが。
戦場のど真ん中で、そのひ弱な身体晒すたぁ何考えてるんだか。まあ、いい。後悔ってのは大抵が遅すぎるんだよ。よほどのラッキーディじゃない限りはな。

オレは剣の柄を握り直した。今日はこいつを持ってきたい気分だったんだ。
そして、よそ見してる坊主の前に飛んだ。

へたり込んだ坊主はオレの切っ先に目をまん丸くしていた。あの剣には遠く及ばないが探し回ったお気に入りの鍛裂だってのに、残念ながら刃に感心してくれてるわけじゃなさそうだ。
純粋な驚き。虚を付かれたことを取り繕いもしない。これじゃ素人のガキだぜ、ったく。買いかぶりか。これがホントに、オレに向かって「勝負しろ」と言ったアイツか。

「これで終わりだな、グリーンリーブス。お前の負けだ」
そう言った途端、坊主の瞳の色が変わった。大きくはないのに妙に通る声が返ってきた。
「負けじゃない。オレ、もう勝ったよ」
「ヴィンテットをやったからかね。元はただの工事用だからな。あの出来損ない……」

坊主の顔つきが驚くほど変わった。血の気が引いて白さを増した顔の造作は人形の様。でかい瞳がぎらりと光を弾いた。
「お前…。そうやって、マリオネもトナカンダーも………」
真一文字に結んだ唇から押し出された言葉は、怒りで震えている。面白え。一挙に男の顔つきになりやがった。まるで戦闘モードに変化した時みたいにな。
「殺し合いたきゃ自分でやれよ! 何も知らないロボットを巻き込むな!」
一瞬耳を疑って、次に爆笑しそうになった。作ったオレが名前も忘れかけた奴らを、こいつは哀れんでるってか。自分が殺されようって時にこれか。

だがアタマに来ることに、坊主の顔が"ホンモノ"だってことはオレにも判ってた。判んだよ、そういうことは。だがなぜそんなことの為にこんな顔つきになれるのか、それが、判らねえ……。
「まあ、いい。お前はガキどもを庇った。それで死ぬ。お前の負けだ」

「そうかも、しんない。でも、負けじゃない。オレはあの子たちを、守りたくて、そうできたから」
坊主の呼吸が少し荒くなっていた。やっと少し、状況が見えてきたらしい。
「だからいいってか。バカか。死んだら終わりだろう」
「……死ぬとも、決まってないよ…………」

見た目ひょろひょろのガキが強がりやがって。この目が……、何かを思い出させて……。

オレは無造作に剣を振り下ろした。相手が丸腰なことがちょっとだけ引っかかってたのは認める。だがその動きは予想以上に身軽だった。アタマを叩き割ろうとした切っ先が地面にめり込んだ時、既に坊主は半回転していた。オレの手首を靴裏で蹴りとばし、オレの脚の間をすり抜けて背中側に逃げる。

「この……っ」
振り向きざま、オレは狙いも付けずに指先のマシンガンをぶっ放した。だがそれは坊主に到達する前に赤い盾で遮られた。
「させるかよっ」
「てめえ、レッドリーブス!」
坊主の前に仁王立ちになったレッドリーブスを見て、いつか壊された右のレンズが熱くなった。黒騎士を殺したのがオズリーブスだってなら、それはこいつがやったってぇことだ。

「リーダー!!」
警告の声は間に合わねえさ。飛び込んできたセロテットがレッドリーブスを背中から羽交い締めにする。
「しっかり押さえとけ、セロテット!」
「リーダーっ」
「来るな! 離れろ、グリーンッ」

その首、今、叩っ切ってやる! オレはレッドリーブスに向かって大股で踏み出し、そこで気づいた。足が動かねえ……?
「不発だったね。ざんねーん!」
小僧の澄んで通る声を聞きながら、オレは右足首の関節部に深く突き刺さったヴィンテットの残骸を抜き取る。擦り抜けざま、こんなことやりやがって。ったくすばしっこい小僧だぜ。小僧はレッドリーブスから少し離れ、オレ向かってまっすぐ立ってる。小さい身体をちょっとでも大きく見せようってのか、手足をぐっと伸ばして……。

「グリーンリーブス! 褒めてやるぜ!」
オレは思わずがなってた。
そうだ、褒めてやる。褒美にこの刃で沈みな!

生身の小僧なんぞほっときゃ良かったのに、つい気持ちを奪われすぎた。オレの重心がグリーンリーブスに向かって移動し始めた時……

「…こん、やろーっ!!」
聞こえてきたのは獣の吠え声だった。向き直ったオレのレンズが宙を飛んでくる赤色で一杯になる。
「ばっ………!」
言い終わらないうちに、情けねえ。セロテットのボディにのしかかられて転がった。クソ重いボディを押しのけた所にレッドリーブスの剣が振ってきたのではね返した。力不足だな。弾かれたレッドリーブスは肩で息をしつつ、それでもグリーンの小僧の前に陣取った。

ちょっと呆れた。過去のデータ、何をどう合わせても、セロテットの質量を投げつける力があるわけがねえ。だがこいつはそれをやった……。

「おい、起き……」
セロテットを蹴っ飛ばそうとして、オレはまた悪態をつくハメになった。足首がうまく動かねえ。ハラの立つことに、わずかな動きの違和感をヤツはしっかり見つけやがる。レッドリーブスの脇から半身を覗かせたその姿は、ガキのようにヤワで小さく、だのに妙に目立った。

「足、ダメなんだろ、スプリガンっ」
「てめーら倒すのに、この程度、どーってことねえ!」
「じゃあなんで最初から出て来ないんだ! ロボット造って戦わせて、ゲームのつもりなのっ? 良くないよっ」

この、ガキ……。

オレは右足を少し上げ、叩きつけるように地面を踏み込んだ。不具合を起こした足首の連結部をめり込ませて壊す。ヘタにがくがくされるより、ノイズレベルが一定になってやりやすい。
グリーンリーブスに向かって突っ込んだ。レッドリーブスが何か喚き、例によっていいタイミングで懐に飛び込んで来た。腹にかつんと銃口があたる。とっさに奴の手を掴んで逸らしつつ引き寄せつつ、そのボディにマシンガンをぶち込んでやった。

奴らのエネルギー弾はカタマルとけっこう威力がある。脇腹の第2装甲までが抉られちまった。だが動くにはどうってことはねえ。小僧はまるで風みたいに走ってく。
そっちに向って振り上げた腕に、今度は鮮やかな色の帯が巻き付いた。見ればピンクリーブスがすぐそばまで来ていた。必死で帯を引っ張ってるが、ちょっと腕に力を入れただけでチビさんの体勢は崩れる。持ち手を離れたロッドがオレの頭にからんと当たった。

「ブラック・チェリー!」
「ストーム・シュートッ!」
しまった、と思ったが遅かった。
有り難くない破壊力を秘めた円盤と矢が、スコープの中に飛び込んできた……


===***===***===

スプリガンが動き出した時、オレはやっとオズブルーンのこと思い出した。黒羽さんを助けるためだよって言ったら、オズブルーンも動いてくれそうだもん。着地した駐車場の方に向かったら、リーダーの叫び声がして、足元にガシュガシュっと何かが弾けて……。でもすぐに黒羽さんとエイナの声が響いて、大きな爆発音がした。振り返ったら煙の中から両腕で自分の頭を庇ってる灰青色の機械の固まり。同時に4人の怪人たちがスプリガンのところにだっと集まったんだ。それで5人は消えた。

リーダーは起きあがりかけてた。早くそっちに行きたかったけど、足が言うことをきいてくれない……って、うわ、転んじゃった。もう、やだなぁ……。一人であたふたしてたら、いきなり肩を掴まれた。
「アキラッ、大丈夫なのかよっ」
エイナがすっごく真剣な顔で人のこと見てた。
「何すんのさ。だいじょぶだよ、エイナ」
自分の声なのに、まだちょっと遠くから聞こえてくる感じだ。

エイナはふーっと息を吐くと、オレの肩からパッと手を放して髪を掻き上げた。
「あー。へーきならさっさと立てっての、もう!」
エイナの、オレにとっちゃもう見え見えの照れ隠し。ついくすくす笑っちゃったら、エイナが下目使いの怒ったような顔になるから、もっと笑った。そうしたら声がまた普通に聞こえるようになってきた。

黒羽さんがオレが立ち上がるのを手伝ってくれながら言った。
「緊張があとから来るのは、それだけヤバかったってことさ。よく落ち着いて切り抜けたな」
「ったくだ。見てる方がぞっとしちまったぜ。たいしたもんだよ、輝」
リーダーはちょっとお腹を押さえてたけど、いつも通りにこにこしてる。リーダー来てくれなかったら、オレ、死んじゃってたのかな……。あ、考えてみたら、みんなもよく来てくれたよー! みんなすごいなっ!

瑠衣ちゃんがオレの顔を覗き込んで可笑しそうに言った。
「輝さん、何にやーっとしてるの? ヘンなの!」
「テル。お前やっぱ、どっか打ったんじゃねー?」
「違うよ! エイナってば、心配性だな〜っ」
「お前のことなんか、だーれが心配するかっての!」
怖い目に遭ったはずなのに、今この瞬間はすごく幸せ。オレの感じた怖さや安堵が、どんなだったかって、ここにいる仲間は分かってるから。

「でもよ。毎度あんなに出て来られたら、たまんねーぜ。どーすんだよ、これから」
エイナがうんざりしたように言う。瑠衣ちゃんは小首をかしげた。
「でもちょっと中途半端じゃなかった? 今までみたいな怪人だったら、こんなんで済まなかった気がする……」

オレはスプリガンの言ってたことを思い出した。
「元はただの工事用だから……」
「坊や。どうした?」
「あのオレンジ色のロボット、元はただの工事用だって、スプリガンが言ってたんだ…」

「それがホントなら5体とも普通のロボットを戦闘用に改造したって可能性が高いな」
「なーんだ、どーりでラクだったと思ったぜー。作業用かよ〜」
「さっきと言ってることが違いやしませんかね、瑛ちゃん。まあどっちにしろ、次で叩き潰さんとな」
「怪人じゃないから、しゃべんなかったんだね。単純な仕組みならいいんだけど」

オレは普通の顔してるのにちょっとだけ努力してた。
サルファみたいなすごいロボットじゃなくたって……。あいつらきっと、色んなところで一生懸命働いてたロボットなんだよね。あんまり乱暴じゃないごく普通の仕事……。だから逆にスプリガンは、ちょっとバカにしたみたいな言い方したんだ……。

「さ、とにかく帰ろうぜ。あとは分析してからだ」
リーダーがそう言って、みんなぞろぞろと駐車場に向かって歩き出した。

3人の背中を見送って少しぼうっとしちゃったオレの肩、腕を回してぽんと叩いたのはリーダーだった。
「いいんだよ、輝。お前はそれで」
見上げたら、リーダーがにっと笑い、オレの肩を押し出すように歩き出した。

「お前みたいに深く感じて考えて、それでもイザって時には動けるのが一番強いんだよ。俺は、普段はあんま考えてないからな。この前みたいに填っちまったりもするから……」
ちょっと寂しそうで恥ずかしそうな、この人にあんまり似合わない笑みが口元に浮かんだ。

主任のこととか、もっと気を遣ってあげればいいと思うことは一杯あるよ。でもどっか大事なことで、何かをちゃんと感じ取っててくれるのも、リーダーなんだよね。

「でも、リーダー、後悔してないんでしょ?」
「ああ、してない」
「オレもしないよ」
「そうだな」

敵を倒すことに臆さない。でも可哀想と思うことも怖がらない……。




「君たちのそれぞれの能力を分析して、それに合わせて作られたロボットみたいじゃな」
ハカセと田島さんと主任は、ロボットたちの動きからそんな結論を出してた。現場ではたまたまその相手と戦ってたと思ってたんだけど、実はロボットたち、遠回りしても自分のペアを探すように動いてたんだ。
「赤いぶよぶよが赤星用、紫のイソギンチャクが黒羽ちゃん、青いかっこいいやつが黄龍君、オレンジのトゲトゲが輝君、銀色マントが瑠衣ちゃん用……って感じかな」
「田島さん、何よそれ。青い"かっこいいやつ"ってサ……」
エイナが拗ねたように言った。

オレたちのスーツから電送された映像が5つのモニターに映ってる。オレは自分の動きのいいトコと悪いトコを探し始めてた。いつもそうなんだ。なんどもなんどもこれを見て、次にはもっとうまくできるように……。それは陸上やってた時とおんなじだ。だから見始めてすぐにリーダーが言い出した言葉は、ちょっぴり目からウロコだった。
「うーん。青いかっこいいヤツ、俺ならイケルかも」
「赤星サンまでなんだっての。 コイツはなー、もうえらい近くに飛び込んできてくれちゃって、ブラスターは使えねーし、チャクラムは投げらんねーし……」
「それ、俺にとっちゃ好都合なんだよ」
「あ、そうか……」

「かわりに旦那に岡惚れのロボットは、オレが引き受けた方がよさそうだな」
ああ、黒羽さんも最初からそういう風に見てたんだ。
「そうか? どっから手ぇでてくるかわかんなくて、えらい不気味だぞ。打撃は吸収されっちまうし、ブレードで切ろうとすると、ナマイキに受けるしさ」
「深く突き込めばどうだ?」
「試さなかったって……ってか、そんなスキねえって!」
「オレの見立てじゃ、ずいぶんあるようだがね。で、思うに、紫イソギンチャクは瑛ちゃん担当だな。こいつは遠くから長い触手を伸ばしてくるからチャクラムの方がいい。ブレードだと絡みつかれてやっかいでな」

なるほどー。言われてみたらそのとーりだ。でも……
「瑠衣ちゃんの銀色マントは、どうするのっ?」
「これ、マジカルスティックがぜんぜん効かないの。うっかり捕まると締め付けられて大変で、でも遠くにいちゃ倒せないし……」

「この銀色の外殻でエネルギーをアースしてるみたいね。打撃が効くならいいけど……。ダメなら空中に浮かして攻撃するとか……?」
主任が説明してくれた。でも浮かすのは難しそーだからさ。
「オレ、トンファーで試してみるよ。あとほら、マントの中からちょっとだけ出てる顔みたいなトコなら、武器も効くんじゃないかな」
「輝が攻撃して、出来たスキを瑠衣が狙う……なら、いいセン行きそうだな。で、あとの方は、俺たち3人が相手を変えて担当する」

「でもさ。あいつらの方が、こっちの思うようなペア、組んでくれっと思う?」
エイナの疑問に頷いたのは田島さん。
「わたしもそれが気になってる。自分の相手をこれ、とプログラミングされてるなら、他からいくら攻撃しても、ガムシャラに自分の相手に向かっていこうとするはずだよ。現にあのオレンジ色も、ちょっかい出されても輝君をマークしていたからね」

みんなでうーんと考え込んじゃう。瑠衣ちゃんが口を開いた。
「あのロボットたちって、やっぱりあたし達の色を見てるのかな」
「まあその可能性が一番高かろうの。背格好や声で区別するよりはわかりやすいじゃろ」
「ねえ、お姉様。スーツの色って変えられないの?」
「それは難しいわ。だってリーブスーツがあの色になったのは偶然なのよ。それぞれの特徴と性能をだそうとしたら、ああなっただけなんですもの」

そこでオレは思い出したんだ。
「簡単だよ、色変えるの!」
「なんだよ、テル。人のブレスは使えねーんだぞ?」
「違うよ! リーダーはレッドだったけど、黒羽さんがイエローに、瑠衣ちゃんがブルーになったこと、あったろっ」
「「「「あー!!!」」」」
「みんなで光洛園のおじさんに頼みに行こうよっっ!」

2006/06/01

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background by 雀のあしあと