第18話 Power of...
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太陽は隠れ 
月は消え 

・・・星は天から堕ちる・・・・・・



「どう・・・どうかな?わたしは・・・わたしの歌声は皆からホメられるんだ。」
恐怖が感覚を越えたのか、それともこの歌のせいなのか、子供達はぐったりしたまま動かない。
自分だけがこの包帯まみれの化け物と面を向き合っている。
橘や、輝は一体どうなってしまったのだろう。
世界にたったひとりだけになってしまったかのような錯覚に桜子は襲われて、同時に虚脱感が体を襲った。
「・・・・・・あ、あ・・・。」
「あなた・・・あなたも、きれいだ・・・・・・。どうだろう?ちょっと・・・ちょっとどうなっているのか、中を見せて欲しいな・・・。」

腕に巻かれていた包帯がすっと伸びて、彼女の前髪を優しくかき分ける。包帯の端が二つに折れ曲がり、彼女の額のヒフを少しずつはぎ取ろうとしている。包帯の端が鋭くなったと同時に、彼女の額に血の線が引かれた。
「や、やだ・・・いやああっ!」

「彼女から離れろ!」
優しい声がここまで変わるのか、と輝は思った。橘の声がワントーン低くなりその目は包帯男を見ていた。橘は桜子の額から血が流れ、彼女の瞳から涙がこぼれたのを見た瞬間、ぎりぎりと歯ぎしりをする。
「橘さん!」
輝が包帯男と彼の間に割って入ろうとした。彼の気持ちは痛いほどわかるが、生身の人間と怪人が対峙したって絶対に勝てるはずもない。
「だめ!逃げてよっ!」
「みんなを連れて、逃げるんだ・・・輝くん。」
「だめ、ここはオレにまか・・・」
「逃げろと言っているっ!!」

彼はかまえている輝の体を後ろに『突き飛ばし』た。
彼の細い腕で、頼りないよろよろの細い体で、突き飛ばしたのだ。
肩にその感触を喰らった輝は、いつも以上に素直に驚いていた。

彼はその事実に輝が惚けていることに気がつかないくらい、必死で叫んだ。
「早く彼女を安全なところに連れて行くんだ!!」
「そんなこと・・・そんなことわたしが絶対に許さないぞ。」
セイレンは彼の体を包帯で掴み取り、力をゆっくり込めて握り始めた。
彼の顔が苦痛にゆがむのを見て、セイレンは満足そうに微笑む。
「ゆっくり・・・ゆっくり殺してやる・・・・・・。わたしはただ一緒にいたいだけだというのに、なぜ・・・なぜジャマをする?」
「うっ・・・があ、ぎっ・・・。」
「橘さんっ!!」
桜子が目の前にいるのでは変身も出来ない。けど、このままじゃ彼が殺されてしまう。
二者択一のこの問題、答えを出すのは早かった。
一回だけ歯ぎしりをして、にやっと笑った。
「ひとりの人を助けることもできないで、なにが正義の味方だよっ・・・。」

再びリーブレスを胸にかざした時、それを止める手がそっと自分の腕に添えられた。
手の感触には覚えがある。それはたとえ手袋ごしでもスーツごしでも変わらない。
「今はオレ達にまかせておくんだ・・・。遅くなって悪かったな!」
「あ、くろ・・・ブラック!」
多分、マスクの下で微笑んでいるのだろう。輝はブラックの手を取って微笑んだ。彼が指さした方向に橘の体を抱えているレッドと、桜子達を気遣うイエローの姿が見えた。
「みんなっ!」
「レッドリーブス参上っ!」
「イエローもいるぜ〜っ!こんの変態包帯野郎が!」
「オズリーブス・・・!」

登場がちょっと・・・ちょっと早すぎだ。
まいった・・・まいった。これは形成逆転になりかねない。
じっくり選んでコレクションを集める訳にはいかないらしい。
「コレクション集めは、今日は・・・今日はやめておく。一旦ひかなくては・・・。」
セイレンは未練がましくサホの体を地面に置くと、ふしゅー・・・とため息をついた。
「てめーこら!!逃げるつもりか!」
「その通りだ。まってろ・・・。お前。お前。お前だ。」
セイレンは輝の顔を指さしてニタリと笑った。
「お前・・・・・・お前の顔も、近いうちに必ずもらいに来る・・・。きれいな顔だ・・・。」
「は、はあっ!?」

「・・・ふっざけんじゃねえぞっ!!」
着装してない輝の代わりに、レッドがリーブライザーを彼の体にたたき込んだ。
しかし彼の拳を受けたセイレンの体は、空中に糸と包帯となってそのまま宙に浮いた。
「糸・・・・・・かっ?」
「レッドリーブス、お前ではわたしは倒せない・・・。他の連中も同様だ。お前。また来るから、せいぜい顔を磨いて待ってて欲しい・・・。」
輝を指さして、捨てゼリフの代わりに甘い歌声を残して、セイレンの姿は空に消えた。




「橘っ!!大丈夫かっ!?」
「しーっ。」
彼女の唇を押さえていた人差し指が、ベッドで横になっている橘を指さした。
彼は包帯でぐるぐるに巻かれて目を閉じており、体にかけられている毛布がゆっくりと上下していた。
西都病院で緊急手術を施された彼はとりあえず一命は取り留めたらしい。
全身の骨折だけで済んだのは、よかったのか悪かったのか・・・。
包帯まみれの手を桜子がずっと握っている。
「ちい、今寝たばっかなの。声のボリューム落としてね、赤星くん。」
「ご、ごめんな・・・。橘。」
「エヘヘ・・・輝くんがあなたに知らせてくれたのね、ありがと。わざわざ来てくれて。」
少し前に結婚したばかりの彼女は、まだ『橘』と呼ばれることに慣れてないらしくくすぐったそうに笑ったが、笑顔はすぐに痛みで歪んだ。
「おい。」
「へーき。」
軽傷だったとはいえ、彼女の額と左まぶたにもガーゼがあてられていた。切られた額が痛々しい。見つめる赤星の視線に気が付いた桜子は、いつものようにまたにっこり笑った。
「大丈夫よ、赤星くん。このくらい・・・ちいに比べたらどってことないから。」
彼女の目は真っ赤だった。頬に涙の跡がついているから多分、自分が入ってくるまで泣き通しだったはずだ。赤星は彼女に泣く事をやめさせてしまったことに気がつき、顔を下に向けた。

「ねえ、赤星くん。覚えてる?高校のとき、あたしとちいを助けてくれたこと?」
「えっ?」
赤星がきょとんとした顔をするのを見た桜子は「ヤッパリ忘れてる。」と面白そうに笑った。
「あたしが絡まれてるとこをちいが助けようとして、逆に殴られてるとこを赤星くんがぎったぎたにしちゃったじゃない。」
「あ、あったかな・・・・・・?」
疑問形になっているのは、決して橘との思い出をないがしろにしているからではない。彼は売られたケンカは買い、ひとのケンカもついでに買うようなヤツだった。つまり、そういう事は彼にとっては記憶にとどまる事でもなく、日常茶飯事内でのことだったのだ。
「ちいの歯が欠けたのもその時だったでしょ?それからよー、ちいが赤星くんのこと目で追っかけるようになったのは。男は強くなくちゃねって言ってたのも。」
「強く・・・・・・。」
桜子はベッドに横になっている彼の手をとり、愛おしそうに頬を寄せた。


「ねえ・・・?赤星くん、力が強いってそんなに大切な事なのかなあ・・・?」





半壊した建物の前には、見慣れてしまった「KEEP OUT」の帯。
連絡を受けた瑠衣はそれを上手にくぐって、現場検証に居合わせているメンバーの側に駆け寄った。
「橘さん達は・・・?」
「大丈夫だよ、瑠衣ちゃん。2人とも・・・ケガしたけど命に別状はねーから・・・。」
心配する表情を隠さない瑠衣に黄龍が答えた。
つい先日に連れてこられたレトロな建物が、見るも無惨な状態になっていた。
白いカベが、素敵な電灯が見る影もない。

「ひどい・・・・・・。」
自分の視界が急にかすんだ。自然と涙でうるんでいたのだ。
こういった現場はいつまでたっても見慣れる事ができない。
瑠衣は離れたところでひとり、立ちつくしている輝を見つけた。
「あ、輝さん。」
「瑠衣ちゃん。」
輝は木片を拾ってごつめの手のひらに乗せると、仕事をしている目と何かに立ち向かう時の戦士の目でそれを見つめていた。

自分と子供達の前に立ちふさがった彼の姿。
逃げるんだ!と言い、自分の肩を後ろへ押しやった彼の腕力は驚くべきものがあった。
重いものはとても持てそうにない細い腕、子供達に寄りかかられてすぐにふらつく彼の体、そんなものはあの瞬間だけ吹き飛んでいた。
毎日毎日赤星との修行にあけくれてた自分を後ろへ『突き飛ばした』のだ。
肩に感じた、彼の渾身の力。
「・・・・・・。」
輝は突き飛ばされた肩に触れた。橘の力がまだ肩に残っているかのように、熱かった。

『男はやっぱり強くなくちゃ、赤星くんみたくね。』とちょっとだけ淋しそうに笑う橘の言葉の意味も、彼の欠けた歯の事情もなんとなくわかった。
それがとても勇気のある行動だったってのもわかった。

彼が赤星に負けず劣らず強いということも・・・・・・わかった。



「ねえ瑠衣ちゃん。橘さん、すっごくすっごく・・・この建物と、園のみんなと・・・桜子さんがスキだったんだよ。」
「輝さん。」
「けど、橘さんはスパイダルと戦う力は持ってない。けど、あの時の橘さんは、誰より強かったんだよ・・・・・・。オレ。」
振り返った輝の顔は、瑠衣が思わず身を引くほど恐ろしい顔をしていた。
怒りに燃えている顔ではなく冷たい瞳。
彼の整った顔が、ぞっとするくらい冷めた瞳になるとこうも恐ろしいモノになるのか。
「輝。」
「橘さんは強いよ・・・そうでしょ黒羽さん・・・?」

自分の頼りになるひとは一回だけこくりとうなずく。
それを確認すると輝はまたもとの顔に戻り、ニヤっと笑った。
「パワフルだぜ、すっげくな・・・。」
「彼のような人の為に・・・オレ達は存在している。」
「あたし達が橘さんのかわりに戦おう!ね!?」





「な、橘?オレはいっっっつも輝に言ってるんだけど・・・。力の前にアレだよ・・・。」
「アレ?」
「そ!」
赤星はどん、と自分の胸をたたいて深呼吸するようにゆっくり口に出した。
「正義なき力よりもさ、力なき正義の方が・・・その、なんてったらいいのかなあ?・・・カッコイイと思わねえか?」
「力なき正義・・・・・・。」
「そう。」

力なき正義だけじゃだめだって事もわかっている。
けどその前に、橘にはとっておきのものがあったのだ。

守りたいものを守ろうとする力。
そしてそれを恐怖にうち勝って発揮できる力。

俗に言うそれは、

「勇気だよ・・・。橘、すっげえ強いぜ。」



赤星は桜子の肩に手をおき、橘の手をすっと取った。
そして、計らずも現場に居合わせている輝と同じセリフを言った。

「橘さんとこの建物をこんな風にしたヤツを・・・。」
「俺、絶対許さねえから・・・・・・!」


2002/5/31

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