第18話 Power of...
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太陽は隠れ

月は消え

星は堕ちる・・・・・・・・・


「ひっぐ・・・・・・。」
しゃっくりが出るようにして甘い声はかすれ、その歌は途切れた。

ここは子供の良い香りがする。セイレンはコレクションの香りもその姿形も永遠にとどめておきたい。
本人は至極真面目にそのことについて取り組んでいる。
この次元の子供や女は、いかにも柔らかくてちょっと力を込めたら消えてしまいそうなくらい儚い。
その儚さが快感を誘い、肌をつたう。
狂気を纏って彼は笑った。
彼にとっては楽しい『趣味』。趣味だからこそ、採算度外視の行動をとれる。
「まって・・・まっているんだよ・・・今すぐにわたしが大切にしてあげるから・・・。」





「おうたがきこえるわ。」
この寒いのに、水を使って遊ぶことを未だにやめようとしない子供達をいさめていた桜子は、1人の子供がつぶやいた一言に気がついた。
「なに、サホちゃん・・・?お歌なんてだれも歌ってないじゃない?」
「けどきこえたの。とってもきれいなこえなのよ。」
「誰かしらね・・・?」
子供は時々、不思議な事を口にする。母親の腹の中にいたときの事を覚えていたり、誰もいないのに誰かとしゃべっていたり、何かを追いかけていたり。大人の知らない、見えない所に出かけていたり。
夢と現実の間に生きている時期なんだね、と言っていたのは千影だったっけ。

「きっと、サホちゃんがとっても素敵な子だから、誰かが聞かせてくれたんじゃないかしら?」
「ええ〜っせんせい!ボクもききたい!」
「みんなもきっと聞けるわよ。さ、おやつにしましょ?大工のお兄ちゃんも一緒よ。」
桜子は笑いながら、子供達をホールの方へと連れて行った。橘がお菓子を用意して待っているはずだ。

サホちゃんていうんだ・・・あの子供・・・・・・。

中に何を詰めたらいいだろう?何を埋め込んでみようかなあ?
どうやったら、ずっと一緒にいて楽しい子になってくれるだろう・・・?

(サホ・・・・・・ちゃん。)
包帯の怪人は彼女の脳に甘く優しく、そして切なげな声で語りかけた。
「!」
突然、頭の中に語りかけられたサホはキョロキョロと辺りを見回す。しかし、もちろん誰もいない。しかし、声に聞きおぼえがある。
きれいなうたごえのひとだわ!

「おうたをうたってたひとでしょう?」
(しー・・・静かに。だめだ・・・だめだよ・・・みんなにはないしょだよ。ふたりだけのひみつにしよう。)
「あなたはどなたなの?」
(ここ・・・ここにいるよ。)
「どこかわからないよ。」
(わたし・・・わたしが案内してあげるから・・・来てくれないか?)
「けど、おやつのじかんだし・・・。」
(わたしの歌を・・・歌を気に入ってくれたのだろう?一緒に歌いたいな。)
「おしえてくれるの?」

包帯の怪人は、園舎の奥でにっこり笑った。
もうすぐ、この子とずっと『一緒』にいられると思うとわくわくするのか、右目が飛び出しそうになり、あわててひっこめた。
(もちろんさ・・・こっち・・・こっちにきてくれないかな・・・?)
「せんせい、あたしトイレいってからいくね。」
「あら、わかったわ。早く来ないとなくなっちゃうぞ。」
「うん!」
子供は甘い声につられて駆けだした。

「ねえーーっ!?輝くんも食べてかないーーっ!お菓子!」
「は、ハイっ!いいんですか?」
片づけも終わり、そろそろ出ようと思っていた輝だったが桜子の大声に呼び止められた。
また背筋がぴくりと伸びる。
「うん。最初からそのつもりだったんだけどね。」
橘はようやく窓から目を離して笑った。




森の小路の時計が不規則に鳴り始めた。
ヒマそうにでかいあくびを満喫していた赤星の顔が一気に引き締まる。
(また、か・・・・・・!)
「・・・・・・店長?」
シャギーがいっぱい入った黒髪が、顔を傾けたので揺れた。
緩んでいた顔の筋肉を使い始めた赤星の顔を、隣にいた不現理絵が不思議そうに見つめた。
赤星はそれに気がつき、顔を戻して微笑んだ。
我ながらこういうときにつく顔のウソは上手になってきたと思う。
「理絵さん、俺ちょっと買い物してくるから留守お願いします!」
「買い物なら、私がしてきますが・・・。」
「え、えーと・・・ホラ!お客さんは理絵さんにコーヒー淹れてもらった方がいいと思うよ。上手だし!店のためにもなるしな!」
「・・・・・・。」
理絵は無表情のまま、胸の前でぽんと手を合わせた。
なるほど。真理だ。
コーヒーを淹れる技術は自分が一番というのは、自分もここの店の者達もわかっていた。
店長の言うとおりだ。
「さすが店長です。素晴らしい御判断。私が留守を預かります。どうぞ、買い物に行ってきて下さい。」
「さんきゅ!じゃ、行ってきまーすっ!」
STAFF ONLYのドアを破るようにして赤星は出ていった。

「・・・・・・。」
店が多くある表通りは、スタッフの通用口から出るより表の入り口から出ていった方が早く着く。それは店長もわかっているはずなのだが・・・。
「・・・・・・!」
理絵はまたぽんと手を合わせた。
そうか、お金が必要だ。だからそれを持っていくために裏から出ていった・・・まて?どうせ店の金だから、レジから出しても良さそうな気がするのだが・・・。
ああ、大きな買い物なのかもしれない。
だからわざわざ裏までお金を取りに行った・・・しかし、
それは銀行に預かっているか。
そもそもそんな大きなモノ、一人で買い物に行って、
(持てる・・・か。)
「店長は力が強い、と皆言ってたし・・・。」
赤星が裏から出ていった理由に一応の決着をつけると、理絵は大きくうなずいた。
そして自分のポケットからお金を出して、自分のためにコーヒーを淹れはじめた。



通路を走りながら、エプロンをはずして床に投げつけ、代わりにリーブレスをONにする。途中で黒羽と黄龍が合流する。
「敵さんかよまた!」
「一週間こっきりたあわかりやすいな、あちらさんは!」
「とにかく、どこだよ!どこに現れたんだよっ!!」
コントロールルームで彼を待ち受けてた情報は、あまり歓迎できないものだった。
「輝サンガ、イマぼらんてぃあニ行ッテル所デス!彼ニハスデニ連絡ヲ取ッテマス!」
「な、・・・お、おい・・・・・・。橘・・・っ!」
それだけ確認出来れば十分だった。赤星は踵を返して走っていった。

黄龍と黒羽は、側にいた葉隠博士達に挨拶代わりのウインクをして彼の後を追いかける。
「おい、赤星さーん!!輝の事少し信用しろって!あいつだって大丈夫だっつの!」
「っせーな!わかってるよっ!!早くいくことの何が悪いんだよっ!!」
黒羽は思わず額に手を当てた。まるでだだをこねてるガキみたいだ。
彼は必死の形相で全力疾走している赤星を見ながら、余裕の笑みをうかべた。



「まあ、いいさ。こういう我が儘なら大歓迎だ・・・!」





Sun will…
The moon will no longer shine,
The star will fall from heaven

Uh〜・・・ ・・・

輝の、クレープを食べる手が止まった。橘も、桜子も。
ということは空耳ではない。
皿とフォークがぶつかる音と、美しい歌声だけがホールに響く。
「・・・歌だ。すっごくきれいな歌声・・・・・・。」
「さっき、サホちゃんが言ってた声って、これのことかしら・・・・・・?」
「誰か、まだいらっしゃるんですかっ?」
「いや、今日はいない・・・・・・サホちゃんは?」
橘がその言葉を言った瞬間に、輝はイスを蹴飛ばすように歌声の元に駆けだした。
「輝くん!」
「2人とも、みんなを連れて避難してっ!絶対だよっ!!」

途中でリーブレスからサルファの声が聞こえてくる。
「輝サン!!今ソチラノ園舎ニ怪人ガ潜ンデイルハズデス!!気ヲツケテ捜索願イマス!」
「わかってるよっ!・・・まかせといて!」
輝はリーブレスを切ると階段を降りた。かすれた甘い声をたどって行く。
階段を降りて、長い廊下のつきあたり、右に曲がると倉庫代わりの部屋があった。天窓があるが保存されている物品が退色しないよう、紙で覆われている。それでも光は入ってくるものだ。
そのかすかな光は、輝の目の前に包帯まみれのセイレンを映して見せた。
輝が来たというのに、歌を歌いながら見つめている。
セイレンの横には包帯でくるまれた子供の姿があった。多分サホだ。

「お前は誰だっ!その子を離せ!」
「スパイダル・・・魔神将軍シェロプの配下の1人・・・セイレン。この子はわたしがもらうのだ・・・離さない。ほかに質問は?」
「ふざけるなっ!!」
ちらりとサホを見る。死んでいるのか生きているのかわからない。最悪な方向には考えたくないので、とりあえず生きているとは思うが。
彼の視線がサホにクギ付けなのがわかったのだろう、セイレンはニッコリ笑って、サホを横抱きにした。
「な、なに・・・?」
「この子は・・・この子はまだ死んでないよ・・・。わたし・・・わたしがコレクションするのは、素敵な笑顔の子だ。」
セイレンは面白そうに口をもごもご動かした。縫われた口から恍惚の吐息がもれる。
「ムリヤリ殺してしまっては、顔が・・・顔がひきつって硬直するだろう。そんなのはイヤだからね・・・。」

背中がぞっとする。こんなに嫌な汗をかいたのは久しぶりだ。
甘い声が奏でる、常軌を逸した言葉達。
・・・誰も来ないうちに着装するのがてっとり早い。
こんなヤツなんか・・・一発で仕留めてみせるっ!
輝は胸の前にリーブレスをはめた腕をしゅっとかまえた。
「ちゃく・・・」
「輝くん!!」
呼ばれた声で、思わず心臓が締め付けられるほど驚いた。
「た、橘さん!来ちゃだめだよっ!!」
橘は輝の言葉を聞かずに、彼の肩をぽんと叩いた。
「逃げるんだっ!!みんな外に出てるから!」
「それはこっちのセリフだよっ!橘さんも逃げてよっ!」
「それが・・・それが正解というものだぞ・・・。」
セイレンは包帯を伸ばして2人につかみかかろうとした。
輝はとっさに橘の手を取って廊下を走った。

「輝くん!サホちゃんを助けないと!!」
「今は大丈夫!あいつ、今はまだサホちゃんを殺さない!それより、逃げて!」
後ろで『ごっ』と崩れる音がして、輝と橘の体は衝撃で前に飛ぶようにつんのめった。
倉庫をあの包帯男が潰したらしい。2人の体は一回バウンドして、床を跳ねた。
「いってえ〜っ・・・くそうっ!」
「輝くん、あいつは・・・?」

晴れてきた煙の中にヤツはいなかった。
考えてみれば、子供が好きならオレ達なんてかまうはずがない。
外からまたあの歌声が聞こえてくる。
「・・・桜子さんっ!みんな!!」
輝よりも先に走りだしたのは橘だった。

2002/5/31

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