第18話 Power of...
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「・・・・・・〜〜〜〜〜っ!!!」
持っていたグラスは手の中で粉々になっており、その手で厚めの緞帳を引き裂くと、光がきらきらとこぼれた。半ば粉となったグラスを床に叩きつけ、引き裂いた布をばさりと投げつける。黒い床は瓶とグラスのかけらで散乱しており、ブーツのかかとで蹴り飛ばし、ギリギリと歯ぎしりをする。
と、ブチっと口の中で音がした。
あまりに歯を噛んでいたので奥歯と肉が欠けそうになったらしい。ため息をひとつ吐いて、自分が割らなかった瓶の中の液体を、その辺のグラスに注いで喉に流した。
ふっと鏡に映った自分の顔は、いつもの余裕に満ちあふれている顔ではなく、情けない事に焦っていた。その事実を、鏡が世辞という膜を張れる訳もなく映し出しているのに気が付き、魔神将軍シェロプは鏡を細剣で切り裂いた。

いまいましい・・・・・・!!!

作戦をことごとくうち破るオズリーブスも、他の四天王達も、あのブラックインパルスさえ彼にとっては邪魔者以外の何者でもなかった。
いつも無表情でひとを喰ったような目線を向ける小娘、言うことやることカンに触る動物に、神経を逆撫でするセリフばかり吐く鉄クズ。
つまり彼は、自分以外誰も信用しておらず、誰もが邪魔者であり、同時に誰もが自分にとっての踏み台にすぎなかった。
逆に言えば自分以外はすべて敵とも言えるが、それはそれでかまわない。

ここのところ、あの3人が妙な動きをしている事にシェロプは気がついていた。
組んで戦う事はメリットもあるし、デメリットもある。前者は1人分の負担が軽くなること、後者は手柄が3等分になることだ。
しかし、あの3人に限って手柄は仲良く3等分などあるわけない。
単細胞のゴリアントはともかくとして、アラクネーとスプリガンはいつ出し抜こうかと、裏で考えている最中だろう。

「それなら、それを利用するまでよ。」
ぱちりと指を鳴らすと、グラスの破片が飛び散った床から、何かがずるりと出てきた。
スライム状のそれは3つに分かれ、人の形になりすっと敬礼をした。皆同じ形態をしているのを見て、シェロプは満足そうにうなずいた。
「キサマらは、アラクネーとゴリアント、それにスプリガンの偵察をしろ・・・。逐一私に報告をするのだ。わかったな?」
「はっ、シェロプ様!」
3つの言葉が重なると、彼らはまた元の形状に戻り、床を這って出ていった。
彼らは擬態が得意である。改良を加えたそれは、とても良い耳と目を持ち、スパイ活動にはうってつけだった。この世界にたくさんあるスライムとなんら変わりない。
だから誰も気にする者はいない。
「お前らが立てた計画は、このシェロプ様が実行に移してやろうではないか。感謝するんだな、くっくっく・・・。」


彼は嬉しそうに笑うと、もうひとつ指を鳴らした。
今度は上から霧のように霞んで出てくる。
霞みがかった体が水のようになり、そしてそのまま体を形作ってシェロプの前に姿を現した。
包帯を体中に巻き付け、口を特殊な糸で縫っているその姿はグロテスクでもなんでもなかったが、背中がぞくりとする風貌だった。

「久しぶりだな、セイレン。」
「今度は・・・今度は、わたしは何の仕事をするのですか・・・?」
包帯の下から血走った右目だけがシェロプを見つめる。その声は姿と裏腹に甘く優しい声で、ますます不気味さを増していた。糸で括られた口元は、かすかな声量の声しか出せないが、それがかえってかすれた独特の、美しい声を出していた。
「もちろん、オズリーブスを皆殺しにすることだ!どんな事をしても良い、必ず奴らの体の破片を持ってこい!」
「子供・・・子供はいませんか?」
「何?」
「女・・・女でもいいです・・・。・・・大切にしたいのです・・・。」
「それ・・・はかまわないが・・・。好きにするがいい。先にそっちを済ませたほうが良いかもしれないな・・・。奴らをおびき出す良い手段となり得る!」
「わかり・・・わかりました。必ず貴方様の満足する結果にしてみせましょう・・・。」
包帯まみれの怪人はそれだけを確認し、口から尖った八重歯を見せ、鼻歌を歌いながら3次元へと溶けていった。
シェロプは一回舌を鳴らして、また余裕のある笑みを浮かべた。

セイレンは子供と女が大好きだ。もはや異常と言っても良いくらい。
近づく子供を抱きしめたくてしょうがない。側に来る女に触れたくてしょうがない。
しかし、それは親愛とか、情愛とかそんなものではなく、彼にとっては「ぬいぐるみ集め」と変わらない。
ようするに子供と女をコレクションの品物として見ているのだ。
それも自分好みにカスタマイズして。

彼の住むねぐらには二度と行きたくない、というのがシェロプを初めとして、暗黒怪魔人共通の意見だった。世の中には自分ではとうてい理解できそうにない「趣味」を持つ奴は多いが、彼の趣味もそれに属していると言って良かった。
「まあ、貴様はコレクション集めにせいぜい頑張るがよい。趣味と実益がかねるのはいいことではないか・・・くっくっく・・・アーハッハッハハハハ!!」
シェロプの高笑いに重なって、3次元の彼方から、ぞっとするくらい美しい歌声が聞こえてきた。





ドアを取り外して、寸法を測って、かんなで削る。
どれもこれも計算と経験がモノをいう作業をひとつひとつこなして、たてつけの悪いドアは魔法のようにすぐに直った。
かんなをかけ直してきれいに磨くとまた新品のようになる。
薄いかんなくずに感動している橘の肩を叩いて、「終わったよっ!」と笑う。
「はい、でっきあっがり!」
「すっごーいっ!さっすが大工さん!ちいとはやっぱり違うわねえ〜!」
「本当に凄いよ、輝くん。ぴかぴかだ・・・。」
橘と桜子は感嘆の声を上げると、新品同様となったドアに指を滑らせた。
まだ少しざらついているが、見違えるようだ。

「ここだけ、新しく取り替えたみたいになっちゃったなあ。」
橘は周りのカベと見比べながら苦笑まじりにつぶやいた。こころなしか色まで変化しているように見える。外はともかく、中のカベは木肌にワックスをかけただけのはずなので、それほどの色の変化はないはずなのだ。
心配そうにしている2人を、輝はドアを付け直しながら笑った。
「その点は大丈夫!ここにひとがいる限り、すぐに元の色に戻りますよ。」
「え、どうしてだい・・・って?」
「せんせいーっ!ドア、なおったのーっ?」
「もう、ちからいっぱいおさなくてもあくの?」
「わーっ!ぴかぴかだっ!」
外から砂遊びをしてそのままの手で子供達が入ってきた。輝がせっかくキレイにした戸に遠慮なく砂まみれの手形を付ける。

「あ、こらこらみんな!手をちゃんと洗わないとダメだよ。」
「ねえ、ちいせんせい!このおねえちゃんなの?だいくさんて?」
「え、お、お姉ちゃん・・・・・・?」
『お姉ちゃん』という単語にくらくらした輝に代わり、橘がまた済まなさそうに首を振って子供の前に膝を折った。
「違うよ、このひとは輝さんっていうんだよ。大工のお兄ちゃんだよ。さ、手を洗ってきなさい。」
「そうなんだ!」
「ねえ、おにいちゃんてほかにもなにかつくれるの?」
「かのじょいるのー?」
「ごはんはなにがスキなの?」
「げいのうじんで、だれがすき!?」
「こらこらこらこら。」
橘があわてて制止するが聞くはずもない。小さな子供はなぜか初めて会った大人を質問責めにして困らせる。それが大人数であればあるほど収拾がつかなくなるというのは、橘自身が一番よくわかっていることだろう。
輝も、放っておけばよいのにひとつひとつ丁寧に答えているので、向こうもまた皆で質問を繰り返す。
「かのじょいないのなら、あたしがなったげるーっ!」
「あはは、ありがとねっ!」
「ねえ、ボクもだいくさんてできる?」
「できるよ、オレが教えてあげる!」
「またあそびにきてよう。」
「コラ!!!」
桜子の怒鳴り声で、しゃがんで丸まっていた背中が伸びたのは輝だった。
子供達はビックリしていたが、すぐに橘と輝の後ろにだだっと隠れる。力いっぱい足もとにからみつくので、細い橘はよろよろしながら微笑んだ。
「お兄ちゃんが困ってるでしょっ?手を洗ってきなさい、おやつの時間よ!」
「はーい!さくらこせんせい!」
子供達がばたばたと走って水道のところまで行くのを確認すると、桜子はふーっとため息をついた。

「みんな、あたしの怒鳴り声にはびっくりするんだけど、もう慣れちゃっているのよねえ。ちい、アンタも少し怒りなさいよ!あたしだけ怒り役なんて割に合わないわ。」
「割にあってますよ、桜子さん。みんな桜子さんのことスキじゃないですか?」
「んもうっ。」
桜子は笑い顔で橘に怒鳴り、水道でいたずらをしている子供をいさめにまたばたばたと走っていった。

「一番ビックリしたの、オレでしたよっ。」
「彼女の声は、僕と違ってよく通る声だからね。それに、ただ怒鳴るだけの先生だったら、子供達はなつかないよ。」
「そうですよね、桜子さんステキなひとだもん。」
「うん。」
橘は少し頬を赤くして、ニッコリ微笑んだ。垂れ目がますます優しくなっていて、瑠衣に言わせたら「なごむ」最高潮だ。

橘さんて、桜子さんの事・・・とってもスキなんだなあと輝は感じていた。彼女と話をするときだけ、微妙に声が優しくなる。自分や子供達と話すときよりずっと。
好きな人のために、自分が普段よりもちょっとだけ特別な行動をとるって、素敵なことだなあ・・・。
「・・・・・・うーん。」
大好きなひとに特別になる、という行動を輝はここしばらくとってない。そんな自分の状況に気がつき、ちょっとだけ頭をぽりぽり掻いた。
「ま、今はOZだもんねっ。」


最小限の大工道具だけをディパックに詰めてきた輝は、床に散らばったままになっていたそれをまた詰めながら、付け直したばかりの戸を眺めた。
自分ではまだ不満が山とある出来なのだが、こればっかりは仕方がない。喜んでもらえるというのはクリアしているが、仕事としてはまだまだだ。
こっちもトンファー同様、まだまだ修行不足だなあ〜・・・。
ふっと思い浮かんだのは仏頂面の父の顔。
間違うと容赦なく、くらくらするようなゲンコツをくれたっけ。

元気かな?

「そうだ、赤星くん・・・元気そうで良かったよ。」
橘の一言で、父の顔はまた意識の中に埋もれた。かわりに思い浮かぶのはいつも会っている赤星の顔。
「りー・・・マスターはいつも元気ですよっ!」
「まさか彼が喫茶店のマスターになっているだなんて、意外だったなあ。」
彼は相変わらず笑顔が絶えることがない。
輝もつられて口元が上向きになる。
「ねえ、橘さんてマスターと同級生だったんでしょ?高校の頃ってどんな感じだったんですか?」
「うーん・・・そうだねえ・・・。」
僕にとって赤星くんは憧れだったんだよ、と橘は答えた。

たとえば彼と学祭の準備をしていると楽しくてしょうがなかったんだよ。もう、間に合わない、そう思っていても彼が「大丈夫だって!」というと不思議とみんな落ち着いた。時計の針が急にゆっくり進むようになる感じがするんだ。
そのくらい赤星くんの言うことって、とっても説得力があったんだよ。
彼についていけば大丈夫、彼が大丈夫といえば本当に大丈夫だって、そんな説得力があったんだ。
気が付けば周りに人がいて、リーダーっていうポストについてるって感じかなあ?本人は意識してないと思うけどね。
ケンカも強かったし、と橘は笑った。

「ほら、赤星くんの実家って拳法だったかな?空手だったかな・・・とにかく、道場だったでしょ?すごく強くて、憧れだったなあ。」
僕は、体力もあまりないし体をたくさん動かす事が苦手でね、彼の事は憧れだったよ。
「え?マスターってケンカばっかりしてたのっ?」
「ああ、ああ、誤解だよ。僕みたいに絡まれているヤツを見たら、助けに来てくれるって感じかなあ?」
「ふうん・・・。」
「体育で柔道をやらされたんだけどさ、柔道着の赤星くんは僕からみてもカッコよかったよ。なんか立っているだけできまるんだよね。」
輝はこくこくとうなずいた。
ゆったりした橘の口調のせいなのか、あまりにホメ言葉ばかりだからか、リーダーを称賛されるのがとってもくすぐったかった。なぜか自分が誉められるよりも照れてしまう。
大好きなひとのことをこうして誉められるのは、ちょっとくすぐったくて、自分事のように嬉しくなってしまうのはなぜだろう。

「あれはカッコよかったなあ・・・。・・・・・・やっぱり男は強くなくっちゃね。赤星くんみたくさ。」
「うんっ。そうですよねっ!」
橘はふっと笑って、厚めの窓ガラスから空を見上げた。
空は雲ひとつない。
だが、彼の言葉に何か詰まるものがあったことを、このときの輝は気がつかなかった。

「男は強くなくっちゃね・・・・・・。」


2002/4/20

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