第20話 さらば瞼の母!哀しみの健
(前編) <中編> (後編) (戻る)

郊外のモトクロスコース。何台かのバイクが疾走している。その中に瞳の青いバイク。
スタート地点で手を振っている赤星。
赤星の前で停車する瞳、ヘルメットを取りゴーグルを首に下ろす。

赤星「よう!」
瞳「どうしたの赤星さん!めずらしいわねこんな所まで」
赤星「この辺まで用事あってな。へへっ、それに直接話したかったしよ」
瞳「へー、何なに?」
赤星「なんせ”妹”だもんなー」
瞳「えー、何よ教えてよ〜」

バイクから降りる瞳。



休憩所のベンチに座る赤星と瞳。

瞳「へえ…お母さんがね…」
赤星「ああ!すげえだろ?助けた人が生き別れのおふくろさんなんて!」
瞳「そうねえ」
赤星「実はまだみんなには内緒なんだけどよ…! 瞳ちゃんと佐原さんには話しとこうと思ってな」
瞳「そう…ありがとう」
赤星「…どした、浮かねえ感じだな」
瞳「そう?最近根詰めてるから、ちょっと疲れたかしら」
  
立ち上がる瞳。首にかけたゴーグルを取る。

瞳「ご対面うまく行ってるといいわね」

柵を飛び越えて、コースに戻る。

瞳「ごめん。レースが近いからさ、走り込んどきたいの。あんまり話し込んでもいらんなくて…」
赤星「そ、そっか。邪魔してごめんな」
瞳「いいわよ別に。わざわざありがと、お父さんには私が話しとくわね」
赤星「ああ、よろしく言っといてくれよ。じゃ、頑張ってな!」
 
立ち上がり、去ろうとする赤星。

瞳「あっ、ちょっと…」
赤星「なんだい?」
瞳「健さんから連絡あったら、また私に教えてくれるかしら」
赤星「OK、分かったよ」

ふっと神妙な顔つきの瞳。

瞳「健さんのこと、よろしくお願いね」




コースの施設の外、バイクにまたがる赤星。

赤星「俺もちょっと走ってみたかったな…今度頼んでみっかな」

携帯電話が鳴る。電話に出る赤星。

赤星「はいもしも……おお、黒羽!あっ、お前電話なんかしてきて、まーたリーブレス切ってんな! あ、今な、瞳ちゃん………なに?………スパイダル!?」
黒羽の声『ああ。目的はまだ分からんが、奴ら鶴間家の人間を狙っているようだぜ』
赤星「くそっ、なんてこった!俺たちもすぐ行くぜ」
黒羽の声『いや、まだいい。向こうの出方が分からん以上こっちも動けんからな… ここはオレが護衛に回ろう。お前さんはすぐ動ける準備をしておいてくれ』
赤星「ああ、頼むぜ!」
黒羽の声『ああ。………ああ、もう10円玉がねえな。切れるぞ』
赤星「公衆電話10円でかけてんのかよ……あ、そうだ!おふくろさんは…」
黒羽の声『人違いだったよ』
赤星「えっ……お、おいっ!黒………」


森の公園の公衆電話。
静かに受話器を置く黒羽。出てきたテレホンカードを取る。
2つだけ穴が開いているカード。
しばらくそれを見つめ、やがて電話ボックスを立ち去る。




OZベース司令室。コーヒーを飲んで欠伸をしている田島。
通信が入る。

田島「あいヨこちらOZ開発じゃない司令室……なんだ赤星か。どうした」

ふと顔色が変わる。

田島「鶴間ってあの鶴間か。…そうか黒羽ちゃんが……ああ、分かった。いつでも動けるぞ。ああ………」



コース施設前にいる赤星。リーブレスに向かって。
 
赤星「お願いします。まだ奴らは表立った動きはないんですけど」
田島の声『軽はずみに動くなよ。相手が相手だ、下手に動くと大騒ぎだからな。黒羽ちゃんにも気をつけろよ』
赤星「ええ。…それじゃ」

リーブレスを切る。大きく溜息をつき、肩を落とす。




コースから出てくる瞳。自動販売機に500円玉を入れてサイダーのボタンを押し、
道路向こうの赤星に気付く。

瞳「あれ、まだいる。 赤星さん!」

こちらに背を向けたまま動かない赤星。

瞳「おーい!赤星さーん!」

突かれたように振り返る赤星。

赤星「あっ、ああ、瞳ちゃん…」

どこか呆然とした様子の赤星。
怪訝そうな顔の瞳。コーヒーのボタンを押す。
取り出し口からサイダーとコーヒーを取り出し、釣銭を取ってポケットに入れる。
ガードレールを跳び越え、赤星に歩み寄りつつコーヒーを投げる。
受け取る赤星。

瞳「飲む?」




歩道脇の土手沿いの石垣の上に座る赤星と瞳。
瞳、サイダーを飲み干して遠くのゴミ箱に投げる。
派手な音をたててゴミ箱に入る空き缶。

瞳「やっぱりね」
赤星「やっぱりって」

土手に倒れこむように寝転がる瞳。

瞳「やっぱりじゃない。4歳の子供を放り出した親に今さら会いに行ったってさ」
赤星「瞳ちゃん!」
瞳「だってそうでしょ。要は健さん、捨てられたって事じゃないよ」
赤星「……………」
瞳「バカよね健さん。何考えてんのよ……痛い目にあうって、嫌な思いするって分かりきってるのに、どうして好き好んでそういう所に行くのかしら」
赤星「俺が…」
瞳「なに」
赤星「俺が言ったんだ、会いに行こう、会いに行こうって…。それであいつ」
瞳「あー、赤星さん悪くないわよ。よく考えもしない健さんが悪いの」
赤星「瞳ちゃん…」
瞳「なんで懲りないのかしら。自分の事はお留守なんだから」
赤星「もうやめろ、瞳ちゃん! あいつは…」
瞳「やめないわよ! あったま来んのよ、健さんのああいう所!」

反動をつけて起き上がる瞳。

赤星「あいつさ…」
瞳「なに?」
赤星「分かるんだ瞳ちゃんの気持ちも。あいつ、自分のこと心配してる奴がいるなんて、きっと思ってないんだろうなって…」
瞳「そうに決まってんじゃない」
赤星「俺は結果の事まで考えてなかったんだ。おふくろさんや家族の事も考えなかったよ。瞳ちゃんの言う通りかもしれねえな。4歳で家出したおふくろさんなんて、歓迎はしてくれねえと思うよな…」
瞳「………」
赤星「でもあいつ、すっげえ嬉しそうにしてたんだ。あんな嬉しそうにはしゃいでるあいつは初めて見た。ずっとこんなふうだったらって思ってさ」

瞳、何か言いかけてやめる。

赤星「俺は、あいつにもう悲しいとか寂しいとか思ってほしくなかったんだ」

瞳、手持ち無沙汰そうに雑草をちぎって吹く。

瞳「健さんさあ…」
赤星「ん?」
瞳「ずっと家族のこと見送ってばっかりね」
赤星「ひと…」
瞳「あっ!」
赤星「えっ?」
瞳「こんな事してらんないじゃない」(石垣から飛び降りる)「練習戻んなきゃ。コーチが待ちくたびれてるわー」

石垣の上の赤星を見上げ、決まり悪げに笑う。

赤星「…ああ、頑張れよ。今季も優勝だぜ」
瞳「任しといて。今度は大会見に来てよ」
赤星「ああ。博士も洵も、そうだ…田島さんも、みんな連れて見に行くよ」
瞳「あの可愛い先生も来るの?じゃ適当なケガできるクラッシュの練習しとかないと」

ひとしきり笑う2人。

瞳「ははは…可愛いなんて悪いわね、翠川さんと言い…。でも、ほんとに出来るだけたくさんで見に来てね。これで優勝したら、するつもりだけど…日本のレースは最後になるから」

走ってコースに戻っていく瞳。
見送る赤星。ふと重い顔になる。

『俺は、あいつにもう悲しいとか寂しいとか思ってほしくなかったんだ』

コーヒーの缶をゆっくりと握りつぶす。

赤星「黒羽のバッカやろ…」


2002/5/21

(前編) <中編> (後編) (戻る)