8. とばっちりの嵐



 チチはその怒りの形相で部屋を見渡していたが、部屋の隅に避難している亀仙人の姿を見つけると、途端に目に涙をうかべて亀仙人の手にすがりついてきた。

「うわぁ〜ん! 武天老師さまぁ〜!」
「ど、どうしたんじゃ、チチさんっ!」
「悟空さが、悟空さが浮気してるかもしんねぇだ〜!」
「いっ!?」
「そ、そんなこと、あるわけないじゃないっスか! なんかの間違いっしょ?」
 クリリンは明るく笑い飛ばしてみせた。
「うんにゃ! 昨日、うちに女を連れ込んだ形跡があっただ! 夜もこそこそどっかに出かけてたみてえだった! 今朝、ちょっとカマかけてみたら、ご、悟空さ、必死になって何か隠してただ〜! 浮気としか思えねぇだよ〜! うわぁぁぁぁん!!!」

 亀仙人、クリリン、18号の三人は、チチのセリフを聞いて目を合わせた。三人とも、昨夜突然現れた悟空とブルマを思いだしている。

「チ、チチさんっ! 落ち着くんじゃ!」
「武天老師さまぁ〜! オラどうしていいかわかねぇだ! まさか悟空さが浮気なんて思ってもみなかっただ。……でもでも、よく考えたら瞬間移動使えば浮気なんてし放題だ! オラ甘かっただ! 騙されてただよ〜!! 武天老師さまから悟空さに何か言ってけろ!」
えーっ! わし?!
 驚く亀仙人が助けを求めてクリリンを見ると、クリリンはさらに青くなって激しく首を横に振った。いわんとすることは亀仙人にもわかる。ブルマとチチの仲裁なんて命がいくつあっても足りない。想像しただけで生きた心地がしない。

「武天老師さまっ! お願いだ〜!」
「チチさん、落ち着いてよく聞くんじゃ」
 亀仙人はチチの両肩に手を置き、ここぞというとき用の真面目な顔を作った。
「今すぐ帰って、もう一度、確かめるんじゃ。もしかしたら、何かの間違いかもしれん」
「だども悟空さ、言わねえだ。必死で隠してるだよ……」
「それも何か事情があるのかもしれん。悟空も嘘のつけるようなやつではない。きっと真剣に聞けば答えるに決まっとる。そして、もし悟空が本当に浮気しとるようじゃったら、そのときはわしがびしっと言ってやるわい」
「……ほんとけ?」
「うむ。約束じゃ」
 チチは少し考えていたが、やっとのことで身体を起こして涙を拭うと、うなずいた。
「わかっただ。オラ、もう一度悟空さに聞いてみる」
 そしてすくっと立ち上がり、スタスタと外へ出ていった。


 ジェットフライヤーの発進音がして、聞こえなくなるほど遠くなったところで、亀仙人とクリリンは力が抜けてその場にへたり込んだ。
「ふぅ〜……なんとか切り抜けたわい」
「いやぁ、ほんとに死ぬ思いでしたよ〜!」
 座り込んでいるクリリンに、18号が駆け寄って言った。
「おいクリリン、今の話って、昨日の……?」
「それしか考えられないよなぁ……。まさか、悟空がねぇ……しかも、ブルマさんと! はぁ〜信じらんねぇなぁ」
「それでどうすんだよ、クリリン。あたしはとばっちりはゴメンだよ」
「うーん。武天老師さまもいいんですか〜? びしっと言ってやるなんて言って」
「あ、あれはチチさんを返すためのその場しのぎじゃよ。いくら長生きしたといってもわしだってまだ命は惜しいわい! そのときは悟空も自業自得じゃ」
「た、確かに。それにしても悟空も、なにもブルマさんと浮気しなくてもなぁ……確かに美人でスタイル抜群かもしれないけど、オレはブルマさんだけは絶対に嫌だな」
「なぜだ?」
 ブルマのことを良く知らない18号の疑問に、クリリンは熱弁を振るった。
「だってあの性格だぜ? 口喧嘩大会とか、ワガママ大会があったら間違いなく世界チャンピオンだよ、あの人。黙って座らせとけば完璧かもしれないけど、言うことがきついのなんのって。ナメック星に行く宇宙船の中じゃつらかったなぁ〜、オレ……」
 クリリンは当時の苦痛が蘇ったのか、思わず涙目になっている。
「ふぅん。孫悟空にしてもベジータにしても、サイヤ人の好みって変わってるんだな」
「気の強いおなごがタイプなのかもしれんぞ、悟空のヤツ。それか性格にはまったくこだわらない、単なるメンクイか」
「悟空がですかぁ? ま、メンクイと言ったら、オレにかなうヤツはいませんけどね〜」
 18号のほうを見て頭をかくクリリンを、彼女は赤くなりながら小突いた。
「……バカ」
 災難すらのろけに変換して幸せに浸るクリリンたちを、あきれて眺める亀仙人であった。



 そのころ。  
 三匹目の魚を岸に放ると、悟空は川からあがって道着を着込んだ。
「さてと。戻るか」
 そう言って家の方角を向いたとき、彼はチチの気が戻っていることに気づいた。
「やべっ。チチ、もう帰ってきたんか!」
 瞬間移動で戻ろうと額に指を当てたが、彼はふと思いとどまった。
 もう戻っているということは、もしかしてブルマは見つかったんじゃないだろうか? だったらブルマもいい加減観念して説明するだろう。もしまだ見つかってないとしても、突然自分が戻ったことで、チチにまた問いつめられるのも恐ろしい。
「ど……どうしよっかな」
 顔の前に指を止めたまま迷っていると、巨大な気が猛スピードで近づいてくる気配がした。気づいたときには、もうその気はすぐそこまで来ていた。
 チュドーン!!! という音とともに辺りに爆風が吹き、巨木が数本倒れて地響きがした。
ベ、ベジータ
 悟空の目の前に降り立ったベジータは、憎々しげに悟空をにらみつけた。ついにこのときが来た。悟空はごくりと唾を飲んだ。



次回、第9話「ご対面」!


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