7. 二重生活



 朝が来た。

 いつもなら家族揃っての朝食だが、今朝は悟空の姿がない。朝は起こされないでも勝手に起きて、朝飯前の修行もこなす悟空が起きてこない。
「お父さん、起きないねぇ」
「そうだなぁ。どうしたんだろう……ねえ、お母さん」
 チチは曖昧な返事をしただけで、食事を続けていた。
「ボク起こしてくる!」
 悟天はぱっと椅子から飛び降りると、寝室に駆け込んで行った。悟飯は奇妙な母の様子をうかがいながらも、遅刻しないように食事を続けた。

 しばらくすると悟天が悟空の手を引いて戻ってきたが、悟空はまだ眠り足りないような顔で頭をかいていた。
「おはようございます、お父さん」
「うん。おっす……」
 半分眠ったような顔で椅子に腰かけると、悟空はそれでも朝食に手をつけはじめた。
「めずらしいですねぇ。お父さんがこんな時間まで起きないなんて」
「んー……」
 そのとき唐突に、チチが口を開いた。

「悟空さ。昨日の夜、どこさ行ってただ?」

 悟空の頭から一気に眠気が吹き飛び、思わず箸を落としそうになった。
 ついにそのときが来た。悟空はドキドキしながら、昨夜ピッコロか考えた言い訳を慎重に復唱した。
「えっと……夜中にハラが減って目が覚めて、そんで肉まん食べたんだ。それでよう、ちょっと身体を動かしに外に……」
「ふぅん」
 よし。完璧。額の汗を拭って、食事に戻ろうとしたとき、チチが続けた。

湯飲みが二つあっただけど

 しまったー! その言い訳は考えてもらってねえぞ! と心の中で叫び、悟空は唾を飲んだ。

「オ、オラが、二杯飲んだんだ」
「わざわざ違う湯飲みでか?」
「う、うん。違う湯飲みで」
「へぇー」

 何とか切り抜けたと思ったとき、悟飯が口を挟んだ。
「そういえばお父さん、昨日の夜ボクたちの部屋に来ませんでした?」
いっ?!
「夜中に、なんとなくだけどお父さんの気配がしたんですけど」
「えっと……えっとさ、おめえらがちゃんと寝てるか見に行ったかな、そういえば」
「そうだったんですかー。一瞬だったから気のせいかと思いましたよ」
「気のせいじゃないよ。ボクも知ってるもん」
 悟天が陽気に話に加わってきた。

「あのねぇ、お父さん女の人と一緒だったよ」

 ここでついに悟空は、さっきから落としかけていた箸を落とすに至った。
「え? 女の人? 夢でも見たんじゃないか? ねえお父さん」
「そ、そうだ! ゆ、夢だぞ、悟天」
「夢じゃないもん。女の人の声、したもん」
「ははは。そんな夜中に誰がボクらの部屋に来るっていうんだよ。しかもお父さんと一緒だったなんて」
「……眠くて目開かなかったから、誰かわかんないけど」
「まったく寝ぼけるなよ、悟天。だいたいおまえ、そんな時間に起きていられるわけないだろー」
 笑いながら悟飯に小突かれ、悟天はふくれっ面をして卵焼きをほおばった。悟空はだらだら汗をかきながらそのやりとりを見ていたが、じーっとこちらを見ているチチと目があって、ますます汗をかくハメになった。

「悟空さ」
「な、なんだ? チチ」
「オラ、これからちょっと出かけてくるだ」
「えっ? 今日も出かけんの?」
「んだ。悟空さは、どこへも行かねえよな?」
「い、行かない行かない」
「ボクもトランクスくんとこに遊びに行ってくる〜!」
「ボクもそろそろ学校へ行かないと」
 それぞれは、悟空をテーブルに残したまま朝食を終え、バタバタと立ち上がって家を出た。出がけにチチは、ドアの前で振り向いた。
「悟空さ。でっけえ魚でも釣ってきといてくれろ」
「ああ、わかった」
 静まりかえった食卓で、悟空はチチの出ていったドアを放心して見つめていたが、突然ブルマのことを思いだした。


「おいブルマー」
 寝室のドアを開けたとき悟空が見たものは、悟空のベッドで気持ちよさそうに眠っているブルマ(実寸大)であった。

「おっ、おめえなんでオラのベッドで寝てんだよ! しかも元のサイズに戻って!!! 入ってきたのがオラじゃなかったら見つかってるとこだったぞ!!!」
「んー? ……あぁ孫くん。おはよ」
「おはよって……オラおめえのことバスタオルにくるんでベッドの下で寝かせといたはずだぞ。だいたい朝はそこで寝てなかったよな? いくらオラでもおめえが横で寝てたら気づくよな……」
「もちろーん。さっきまでちゃんとベッドの下にいたわよ。でもさー、小さいまんま眠るのって、窮屈なのよねぇホント。サイズの合わない服を着てるみたいな感じでさ。だからさっき起きてきて、ここで寝てたの。ちゃんと部屋に誰もいないの確認したわよ」
「ったくよぉ。呑気だなぁ。オラは朝から大変だったのに」
「えっ? バレちゃった?」
「バレてねぇと思うけど……でもチチの様子がなんか変だったな。今日もこんな早くから出かけちまって」
「バレてないんならいいじゃない。それより孫くん。あたしお風呂入りたいんだけど」
「風呂〜? うちの風呂はドラム缶だぞ」
「冗談でしょ、ドラム缶なんて。家の外でお風呂に入ってたら、それこそ誰か帰ってきたら見つかっちゃうじゃない! 第一あたしのナイスバディが覗かれたらどうすんのよ!」

 世話になっているというのに少しも妥協しないところがブルマらしい。悟空はそんな彼女の様子を、迷惑がっているというより懐かしんでいるような調子で言った。
「おまえってほんとにそのワガママなところ、少っっっっしも変わんねえな」
「何よその言い草! アンタがこぉんなちっちゃいとき、あたしがいろいろと面倒を見て助けてやったの忘れたの!?」
 そう言われて、思い出そうとするのだが、蘇るのは逆に悟空がブルマを助けたり面倒を見た記憶ばかりである。
 面倒みてもらったことなんてあったっけか?
 
……と思ったけれど、やはり口には出さない。悟空も少年時代よりは世渡り上手になっている。彼が身近な女性達から学んだ役に立つことは、怒っている女性に口答えするとその怒りが余計に大きくなるということである。
「あ、オラいいこと考えた。こっち来いよ」
 彼は口答えする代わりに、ブルマに笑いかけて提案した。


 悟空に促され、台所についていったブルマが見たものは、テーブルの上にどーんと置かれた丼。その中にはお湯が……。
「ちっちゃくなってこれに入れ」
「ぜっ、絶対いやー!! なんであたしが、こんな鬼太郎のオヤジみたいなお風呂に入んなきゃなんないのよ〜!」



 そのころ。

 カメハウスでは遅い朝食の時間だった。3人は昨夜の突然の出来事のせいかまだ寝不足で、ぼーっとした頭を抱えながらの食事だ。元気なのはクリリンのひざに乗っているマーロンただ一人である。
 言葉もなくただ箸を口へと運んでいたので、辺りの波の音だけが聞こえていた。しかし、その静寂を破り近づいてくるジェットフライヤーの爆音が、三人の耳に届いた。

「なんだ?」

 見に行こうと、クリリンがマーロンをひざからおろし、立ち上がろうとしたとき、ドアがけたたましく開いて飛び込んできた人物がいた。

武天老師さまっ!」
チ、チチさん!!!
 チチのすさまじい形相に、クリリンと亀仙人は思わず飛び退いて青くなった。
 一難去ってまた一難、である。


次回、第8話「とばっちりの嵐」!


前へ 次へ
一覧へ