9. ご対面




「カカロット、きさまいい加減にしやがれ」
「えっ? な、何が?」

 とりあえずシラを切ってみる。

「ブルマのことだ! きさまの家まで来て、ブルマの気が消えた! 夜中になったらまた現れて、きさまら一緒にあちこちに瞬間移動していやがったな!」
知ってたんならさっさと来りゃ良かったのによぅ

 悟空がぼそりと言うと、ベジータは一層気を大きくして怒鳴った。
「いくらなんでもその後きさまが送り届けるかと思ったら、朝になっても来なかっただろうが! 一体何のつもりだ!」
「あのなベジータ、あいつ、おめえにいろいろと反省してもらいたいんだと」
なんだとぉぉぉ?!
 すごい形相でにらまれ、悟空はブルマが自分を頼ってきた意味が良くわかった。これは怖い。悟空でなければ即、自白しているところである。

「おめえ、ただいまとか言わないんだってな。ただいまぐらい言ってやりゃいいじゃんかよ。それを言うだけで、こんな風にブルマが家出したりそれを探し回ったりっていうめんどくさいことしなくて済むんだからさぁ」
「よ、余計なお世話だ! なんでオレがいちいちそんなことを言う必要があるんだ! ブルマのやつ、そんなくだらんことまでカカロットなんかに話しやがったのか?! だいたい家出ならどこへでも行けばいいだろう! なぜよりによってきさまなんかのところに行くんだ、あの女は!!!」
 家庭の事情をばらされたのがよほど嫌だったのか、怒りの矛先が悟空から、次第にブルマにまで拡大し始めている。悟空はその様子を面白そうに眺めながら、腕組みをした。

「ま、とにかく、ただいまを言う。いきなりいなくならない。それと……なんだったっけか、スキとかアイシテルとか、言うんだったかな? 約束しろよベジータ」
「そ、そんなこと死んでもいわん!!!!」
「強情だなぁ。言えば済むんならいっときゃいいのに。じゃあこうしようぜ。約束したら、ブルマの居場所教えてやるよ」
「カカロット、きさまオレに喧嘩を売ってるのか?」
「へへ……さ、どうする?」

 くっそぉぉ。そんなことは絶対に約束できん。しかも、なんの因果で大嫌いなカカロットに約束しなければならんのだ! それもこれもすべてブルマのせいだ。家出したいならどこへでも行けばいいのに、なぜわざわざこの男のところに来る?! なんだっていつもオレの大嫌いなカカロットを頼るんだ?! カカロットもカカロットだ。、なんの権利があって人の妻を一晩中連れ回し、挙げ句の果てにこんな要求を突きつけてきやがるんだ?!

 ベジータは怒りのあまり頭がくらくらしはじめた。ブルマにも悟空にも怒りはあるが、今自分が置かれているこの状況が何よりも許しがたい。
 しかし彼はふと思った。
 居場所を知っているということは、やはり悟空はブルマをかくまっている。今朝も悟空の家のほうで、短時間ながらブルマの気が現れたし、かくまうとしたらきっと悟空の家しかないだろう。なぜブルマの気が消えるのかはよくわからないが、とにかく家に行けばなにかわかるかもしれない。
 そこまで思い当たると、彼はニヤリとして悟空を一瞥し、超スピードでその場から飛び立った。降りてきたときと同じく爆風が吹き、あたりの木々は更になぎ倒された。
 「あり? 逃げられちった……」
 悟空はぽかんとしてベジータの飛んでいった空を見上げた。


 自宅のドアの前で、チチは大きく深呼吸をした。
 なんといって悟空に聞こう。浮気したのけ? なにを隠してるだ? ストレートに聞けば聞くほど、悟空があっさりと肯定しそうで恐ろしい。
 離婚もありえるだろうか? もともと自分は押し掛け女房のようなものである。悟空にしてみればたいして執着もないかもしれない。というより、食べ物と戦い以外の何かに執着することがあるのだろうか、あの夫は。

 それでも、古風なチチである。もし仮に、浮気していたとしても、別れようとまでは考えられなかった。裏切りは許せないが、もしも悟空が手をついて謝るなら、許すべきだろうとどこかで思っていた。もちろん深く傷ついてはいるが、一度きりのことなら……。あの悟空も普通の男と同じように浮気ぐらいできるのだと、変な理由で自分をなぐさめることもできなくもない。
 とにかく、本人の口から聞かねばどうにもならない。
 もう一度思い切り息を吸い込むと、チチは勢い良くドアを開けた。

「ただいま」

 何の反応もなかった。
「悟空さ?」
 誰もいなかった。チチは気合いをくじかれて、ため息とともに肩を落とした。
「なあんだ……いねえのけ。魚とりにいっちまったかな」
 つぶやいて、もう一度部屋を見渡すと、チチは奇妙なものに気づいた。テーブルの上に、お湯をはった丼がひとつ。

「なんだ、これ?」

 不審に思って近づいて見ると、ドアから死角になっていたテーブルの横に、脱ぎ散らかされた服が散らばっていた。
 床の上に無造作に置かれた、女物のニットワンピース。それから、目で追った先にはブラジャーとショーツが……。白いバラの刺繍が丁寧に施された真紅のブラジャーを拾い上げると、チチはそれをじっと眺めた。下着からは都会的でフェミニンな、女性ですら心をくすぐられるような香り高い香水が漂ってくる。
 自分と全く違うタイプの女の影に、チチの最後のひとかけらの理性は消え、頭の中は大混乱におちいった。
 と同時に、爆音と地響きがして、ドアがけたたましい勢いで開かれた。一番上の蝶番が
バキッと音を立てて外れる。

「ブルマ!!」

 開口一番にこう叫けぶと、血管を浮き上がらせ押し入ってきたベジータは、ドアの前に立ちつくしていたチチと鉢合わせすることになった。
「ベジータさんけ?……ブルマさんなんて来てねーだよ」
「なんだと? いや、ここに居るはずだ。カカロットがかくまっているはずだ!」
「悟空さがブルマさんを?」
 チチは独り言のようにいうと、もう一度脱ぎ散らかしてある服に目を止めた。

 触り心地の良さそうなやわらかなニット、白い肌に映えそうな下着。食べかけの肉まんについた口紅の色。知っている誰かの気を感じたという悟飯のセリフ、あわてふためく悟空の顔。すべての記憶が、チチの頭の中でジグソーパズルのように合わさった。

「ブルマさんが……悟空さの……」



次回、第10話「絶体絶命」!


前へ 次へ
一覧へ