10. 絶体絶命




(ひぃぃぃ。ベ、ベジータ!)

 ことの成り行きを隠れて見ていたブルマは頭を抱えた。
 丼の風呂で入浴中、突然チチが帰ってきたのであわてて這い出て、決死の覚悟でテーブルの上から身を投げた。小さくなっているのでたいした衝撃はなかったが、空を飛べないブルマにしてみれば、まさに死ぬ思いである。そしてテーブルの足の影から様子を伺うと、チチが脱ぎっぱなしのブルマの服に近づいていくのが見えた。

 そういえば服を脱いでから小さくなったんだったわ! そう気づいて、自分の馬鹿さ加減に思わずあきれてしまった。自分の留守中に、見知らぬ女の服が(しかも下着まですべて)脱ぎ捨ててあったら、いくらなんでもあらぬ疑いをもつだろう。案の定、チチはブルマの派手なブラジャーを拾い上げてしげしげと眺めている。

(よりによって、なんであんな派手なの着けてきちゃったのよ、あたし! 地味なベージュのTシャツ用ブラにしとけば良かった……)

 これはもう、出て行くしかない。
 こうなった以上隠れていても事態は悪化する一方である。出ていって、チチに洗いざらい話して謝ろう。今なら間に合う。そう思ってブルマがミクロバンドのボタンを押しかけたとき、ベジータが参上したのである。
 ブルマはあわててスイッチから手を離すと、もう一度テーブルの足に隠れた。
 ぶちキレているベジータを盗み見て、ブルマは確信した。ベジータとチチの両方を同時に説得するなんて不可能だ。普段ならば、まだ可能だったかもしれない。けれど今は絶対に無理だとわかる。なんといっても今、ブルマはよりによって全裸なのだ。
(どうしよう! せめて孫くんが今帰ってきたりしませんように……)
 ブルマはひしと手を合わせて祈るのみであった。

 ブラジャーを片手に立ちつくしているチチにしびれを切らし、ベジータは怒鳴った。
「おい! 早くブルマを出しやがれ!」
 その声に、チチは夢からさめたかのようにゆっくりとベジータを見た。正気を失ったようなその眼差しに、ベジータも思わずたじろぐ。
「き、きさま聞こえてるのか?!」
……………んだ
「なに?」
 聞き取れないほどの低い声でつぶやくチチに、ベジータは思わず聞き返した。それを機に、チチは顔をあげ、遠くの山にこだまするほどの大声で叫んだ。

なんでよりによってブルマさなんだぁぁぁぁぁー!!!!!

 キーン……と高音が耳につき、ベジータとブルマはそれぞれ両耳を押さえている。
「っつ……きっ、きさま、こんな至近距離でどでかい声を出すな!」
 するとチチは目をギラギラさせてベジータを見た。
「帰ってけれ」
「なっ、なんだと!?」
「ブルマさんがうちにいるなら必ず送り届けるからさっさと帰ってけれ!!!」
 迫力負けして思わず返す言葉を失うベジータを、チチは容赦なく外に突き飛ばして蝶番の外れたドアを無理矢理閉めた。わけがわからないのは外で尻餅をついているベジータである。
「な……なんなんだあの女は?」
 思いも寄らぬ展開に、怒るのも忘れてしまっている。立ち上がってドアに手をかけたが、先ほどのチチの様子を思いだして思わずその手を引っ込めた。
「ま、まぁなんといってもあのカカロットの妻だからな。ちょっとおかしいんだろう。ブルマを送り届けるといってるし、今日のところは勘弁してやるか……。ブルマのやつ、今日中に帰ってこなかったらただじゃおかんぞ!」
 ベジータはそうつぶやくと、気を抜かれたようにひょろひょろと飛び去っていった。

 ドアを閉めたチチは、怒りがおさまらずにブラジャーをもみくちゃにして叫んだ。
もうぜっっったいに許さねえだ!! 悟空さもブルマさが好きなら最初からオラと結婚しねぇでブルマさと結婚すれば良かったでねぇか! それをなしてオラと子供までこさえてからわざわざ浮気するだ!!? まさかヤムチャさんと付き合ってたブルマさに当てつけただか!? ブルマさもブルマさだ! ベジータなんかと結婚して奇特な人だと思っただども、あれはきっと悟空さへの当てつけだべ! あの二人何かあるとは思ってたが、まさか、今更こんな〜。キィィィィィィィィッ!!
 チチのあまりの剣幕に、ブルマは指をくわえて震え上がっている。もう出るに出られない状況である。こんなことならチチさんにも言っておくんだった……神様もう家出しませんから助けてください……と今更、悔い改めるのだった。

 そのとき天の助けか、ドアががたがたと音を立てて開かれた。
 チチはキッとして怒鳴った。
「帰れっていったのが聞こえなかっただか!!」
「……な、なにが?」
 驚いてドアから飛び退いたのはベジータではなく、悟空だった。
「…………悟空さ」
「今ベジータ来たろ? 大丈夫だったか?」
「……大丈夫じゃねぇ」
「えっ? そういやドアも壊れてるもんなぁ」
 わなわなと肩をふるわせていたチチは、再びブチ切れて悟空の胸ぐらをつかんだ。
「なぁにが大丈夫か〜だ! これは一体どういうことだ!」
 そういってチチは、悟空の鼻先にブラジャーを突きだした。悟空は目を点にしてそれを眺めると言った。
「なんだそれ?」
「知らねえとはいわせねえぞ! よく見てみれ!」
 悟空はもう一度まじまじとブラジャーを見つめてから、つぶやいた。
「……ブルマの匂いがする。やっぱりみつかっちまったのか? あいつ」
「なっ!? おめえよくもぬけぬけと! こうなったらもう土下座したって許さねえからな!」
「ちょ、ちょっと待って、チチさん!」
 悟空の胸ぐらをつかんだままチチが振り返ると、テーブルの向こうにびしょ濡れのブルマがいた。ただし、肩から上だけをテーブルの上に出して。
「あの、孫くんは悪くないのよ。だから怒らないであげて。あたし、ちゃんと全部説明するから……」
 チチは憮然としてブルマを見ていたが、突き飛ばすように悟空の道着を放すと、手を腰に当ててブルマに向き直った。額にはベジータ並に血管が浮いている。
「そんなかっこうで一体何を弁解するだ?」
「いや、あの、とにかく……、まず服を着たいかなー、なんて」
 悟空はさっきのベジータと同じ場所に尻餅をついたまま、愛想笑いをするブルマと頬を引きつらせるチチを交互に眺めていた。



次回、第11話「唯一の可能性を持つ女」!


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