11 チャージ完了



 過去に来て母である女性に告白をされ、あろうことか胸が高鳴るような興奮を憶えたが、同時に彼はひどく醒めた感覚でこの事態をとらえていた。

「そういうこと、簡単に言わないほうがいいよ」
「簡単なんかじゃないよ。こんな気持ち、初めてだもん。初めて会ったときからあたしトランのこと好きだったよ。このまま離れたくない。なぜか、すごくすごく大事な人に思えるの」

 ブルマは直感的に息子であるトランクスに好意を感じている。単純に男として惹かれているわけではないのだ。彼女自身がそのことに気づいていないだけで。そのことがトランクスを安堵させ、反対に軽く失望もさせた。
「オレは……早く帰らないといけないから」
「どうしてそんなに急いで帰りたがるの?」
 彼は返事をしなかったが、ブルマは続けた。
「早く帰るって言うとき、必ず暗い顔になってるわよ」
 未来に帰れば、そこは人造人間たちが暴れる荒廃した世界。そのことを思うとトランクスは、確かに暗澹たる気持ちになった。
 ここは平和だ。人造人間を倒し、彼が取り戻したいと思っているものが、この時代にはまだ確実に存在している。ピリピリと神経をとがらせずに過ごせることは、彼の時代ではもう叶わない夢となっていた。
 そんなことは一切説明せず、未来に帰ることだけを考えるべきだった。だがじっと彼を見上げるブルマの目を見て、冷たく振る舞うことなど彼にはできなかった。
「オレが帰るところは、ひどいところだ。反対にここはすごく居心地がいい。だから帰ることを思うと暗い気持ちになるんだよ、きっと」
 力無く笑うトランクスに、ブルマは駆け寄って、彼の手を握りしめた。

「じゃあここにいればいいじゃない」

「……え?」
「あの女の子達に聞いたでしょ? ヤムチャは私が連れてきたの。囲ってるなんて思う人もいるけど、うちは父さんも母さんも家族が増えるのが大好きなのよ。トランがここに住んでも、きっと大歓迎すると思うわ。ヤムチャも帰ってくるかもしれないけど、あいつも誰とでも上手くやっていけるほうだからきっと大丈夫よ。
 そんな暗い気持ちになるような場所に、わざわざ帰ることないわよ。ね?」
「だめだよ、そんなの」
「どうして? あたしトランともっと一緒にいたい。トランだってあたしのこと好きって言ったじゃない」
「言ったけど……よくわからないよ」
 トランクスはブルマの手をふりほどくと、急ぎ足で部屋を出た。

 ブルマのことが好きだ。
 その気持ちに嘘はなかった。だが例の少女がブルマのことをけなしたとき、彼は同時に思いだしていたのだ。最愛の母のことを。
 ここのブルマと母とは別人だと自分に言い聞かせながらも、本当は、二人を重ねて見ている自分もいる。
 ブルマのような女の子に、母としてでなく出逢えたらという気持ちと、母の面影がある彼女だからこそこんなに身近に感じるのだろうかという疑問が交互に湧いて、トランクスは自分の気持ちが完全につかめなくなってしまった。
 少女のブルマが直感的に自分に好意を持つのと、結局同じなのかもしれない。
 二人が親子であるのは避けようもない事実なのだから。

 でもどんなに理論を重ねても、先ほどのブルマの言葉がいつまでも彼の心をくすぐっていた。
 ここに残ったら、どんなだろう。祖父と祖母はきっとブルマの言うとおり、彼を歓迎してかわいがってくれるだろう。ブルマと学校に通うこともできる。ヤムチャさんとも、なんとか友達になれそうな気がする。悟空さんや、クリリンさんとも会ってみたい。

 たった独りではなく、仲間とともにいろいろな経験をしてみたい。

 そうしたら、いつか、父さんにも会うのかな。
 そこで彼は、ふと思考を止めた。
 父と母が恋に落ちるのを横で眺めて、生まれてくる自分と対面するのか?
「無茶苦茶だよ」
 あまりにばかばかしい妄想に、思わず苦笑し、客間に戻ってベッドに倒れ込んだ。
 寝不足の身体は、あっという間に睡魔に包まれた。


「トラン?」
 微かな、優しい声が彼をゆっくりと眠りから引き戻した。
「眠ってるの?」
 扉のあたりにブルマの気配を感じるが、深い眠りから急に醒めることが出来ず、彼は小さく唸って身体を動かした。それだけでブルマは彼が目覚めようとしているのを悟り言った。
「エネルギーのチャージが終わったわ」
 トランクスはゆっくりと目を開けた。あたりは薄暗いが、入り口につっ立っているブルマが見える。まだ目がかすんで、表情までは見えなかった。
「帰れるのよ、あなたの国に」



前へ 次へ
一覧へ