第24話 我が心の翼に
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岩山をくりぬいた空洞に大きな黒い繭のようなカプセルが三十個ほど並んでいる。システムの説明を聞き終わったブラックインパルスがスプリガンを従えて部屋に入ってくると、一つのカプセルの周りをゆっくりと回った。
「出来のほうはどうだったのだ?」
「なかなかよかったですぜ。戦闘力は三倍程度はアップしてんじゃねえですかね」

この繭はアセロポッドの製造カプセル。アセロポッドはスパイダルで開発された人造生命体である。ターゲットの世界に前線基地を作る大きな理由の一つが、その世界に特化したアセロポッドの製造だった。暗黒次元から連れてくるアセロポッドは汎用的存在なので、どうしても戦闘力が低く、ディメンジョンストーンも弱点となった。

ここで製造したアセロポッドならディメンジョンストーンは不要だ。もちろん他の次元では使えないが、この世界で使い潰せばいいのだから問題はない。オズリーブスに対してはアセロポッドはもはや体力消費の役にしか立たない。そのうえ警察の連中までが慣れ始めている。早急に三次元用アセロポッドを製造する必要があったのだ。

「見た目は?」
「殆ど変わらねぇかな。ストーンが無いだけでね。テストと陽動を兼ねて出してみましたよ。やつらが焦る顔が目に浮かぶぜ」
焦土と化してしまっては征服してもあとがやっかいだ。できればインフラはそのままにしておきたい。そのためには戦闘機の類より実際にその土地に入って制圧できるアセロポッドや怪人は便利だった。


「ところで、司令官。何かあったんですかい?」
スプリガンがいきなり訊ねる。
「別に。なぜだ?」
「司令官がこんなとこまで来るの久しぶりじゃねぇですか。もしかしてマジで出る気ですかい?」
「なにか困ることでも?」
「とんでもねえ! オレぁ、こう見えても、黒騎士様の大ファンだったんですぜ?」

妙にはしゃいだその声音に、ブラックインパルスは部下のレンズを見つめた。
「お前のほうこそ、何かあったのか、スプリガン? 今日はまたずいぶんと口が軽いな」
呆れたようにそう言われて、スプリガンはもごもごとわけのわからないことをつぶやいた。視線を逸らし、人間体だったころの癖のままに、首の後ろを掌でかしかしとこする。

いけねえ、いけねえ。
ここには他の三人がいねえもんだから、つい‥‥。

強化アセロポッドの出来も最初にしちゃあよかったから、あの人数相手にアイツらがどこまで頑張るかも楽しみだ。基地を潰して退路を断ったら、巨大化だ、ロボットだを抜きにして、やつらとトコトンやれるかもしれねぇ‥‥。ワクワクすることが多い上に、久しぶりにこのお人の戦闘が見られると思ったら、つい浮かれちまった。

帝国参謀がスプリガンに目をつけるずっと前から、スプリガンはブラックインパルスを知っていた。まああの頃、黒騎士に憧れたガキは沢山いたのだから、別に特別というわけではなかったが、スプリガンがこの世界に身を投じたのは、まさに目の前の男のせいだったのだ。

一介の歩兵からこの地位まで登り詰めた男、ブラックインパルス。

重厚な鎧をものともせずに戦場を駆け回った黒騎士は、地位が上がっても最前線で剣を振るい続けた。漆黒の疾風の前には死神さえ避けて通るようで、どんな戦闘でも黒騎士さえ居れば負けないと部下達の戦意は高揚した。黒騎士の元で戦いたいという戦士達が集まるにつれ、勝利が勝利を呼んだ。スプリガンの得物は剣から銃へ変わったが、その心の中にはいつも黒騎士の姿があった。

「しっかし、しょうがねえなぁ。司令官にならアイツらの首、取られても仕方ねえですかねぇ」
まるで子供のようなスプリガンの口調に、ブラックインパルスは苦笑するしかない。

そうか‥‥こいつのひっかかりは、オズリーブスだったか‥‥。

この男は若い頃の自分に似ている。戦うことが好きで、いつまでも前線にいたいと思っていた、あの頃の自分に‥‥。敵であっても満足を与えてくれる者に対しては好意を持ち‥‥、そして倒した。

「いい加減にしろ、スプリガン。帝国参謀であるこの私に、そんなことまでさせる気か?」
「おいやですかい?」間髪を入れず、馴れ馴れしい口調でスプリガンが切り返した。
「‥‥‥‥い、いや‥‥そういう訳ではないが‥‥」
思わず言葉に詰まったブラックインパルスはあえてきつめの声を上げた。
「ただ、戯言もいい加減にしろと言っている」

いつもみたいな迫力がないですぜ、司令官‥‥。
スプリガンは心の中でにやりと笑った。

===***===

「黒羽のヤツ、ほんっっと、しょーがねーヤローだ!!」
コントロールルームの作戦デスクに頬杖をついた赤星が、向かいの椅子に立てかけてある白いギターを睨み付けると、思いっきりしかめっ面をしてみせた。

オズブルーンの認識信号がトレースできなくなってからしばらく経つ。トラブルでないならわざと切ってるとしか思えない。認識信号が消えたのは黒風山付近。そして、やっぱりというべきか、リーブレスも通じない。黒羽の行動で唯一頭に来るのがこれだった。
約束した時間や場所は決して違えない。だが、ちょっとした連絡については黒羽はとことんダメだった。昔からずいぶん言っているのだが常に右から左に抜けてる。あれだけ人のことが見えてるのに、「他人が自分のことを心配してるかもしれない」という発想だけはどうしてもできないらしい。

「"ほうれんそう"でも期待してんなら大間違いだぜ〜。赤星さんもいーかげん心配性だねー」
赤星を面白そうに見やった黄龍が、からかうように言った。葉隠や田島をはじめ輝や瑠衣もつい笑ってしまう。何事に対しても無頓着に見える赤星だが他人のことは何かと気にする。それにしても相手は、こともあろうに殺しても死なないような、あの黒羽である。

「違うって! そんなんじゃねー! こんな時に何か起ったら‥‥」
赤星がわめきかけたとたん、その意見を後押しするかのように警察回線のコール音が響いた。ぜんぜん歓迎できない賛同者だった。
「はい! オズベース!」

「西条だ! 大量のアセロポッドが竹橋の気象台に現れた!」
竹橋の東京管区気象台といえば、電磁波走査等、スパイダルの探索について、日頃大きな役割を果たしてもらっている場所だ。
「了解! すぐ行きます!」

赤星が立ち上がると同時に、田島の声があがった。
「さすが黒羽ちゃん、グッドタイ‥‥!」
言いかけたその顔が突如緊迫したものに変わった。こちらから呼び出し続けていた黒羽のリーブレスが、受信と同時に向こうからの全送信モードに切り替わった。こんこんという振動音が入ってくる。何かでリーブレスを叩いているのだ。田島は既に紙に長短の横線を書き始めている。送信はすぐに途切れた。田島が通話記録を頭出しすると、拾い損なった最初の部分を補う。

全員が田島の手元に注目した。田島は長短の記号に一音ずつ縦の区切り線を入れながら、そのモールス信号を読み上げた。
「スパイダル、トクシュクウカン、ブルーンセイギョフカ、チャクソウフノウ、ホカク‥‥」
そこまでだった。
単語の意味が、無言の皆に浸透していく。スパイダルの特殊空間の中で、オズブルーンが制御不能になった。着装もできない。そして黒羽は‥‥‥‥‥。

最初に沈黙を破ったのは赤星だった。
「黄龍、輝、瑠衣。気象台の方、任せていいか?」
「やだよ! オレも行くよっ 黒羽さんとこっ!」
「あたしもっ あたしも行く!」
輝の叫びに瑠衣の高い声がかぶさる。

「竹橋のあそこは重要なんだよ! それに‥‥」
赤星は言葉を呑み込んだ。たぶん黒羽のいる空間では制御系の回路が一切動作しなくなる。リーブレス‥‥つまりリーブ制御格子も働かないということは‥‥。オズリーブスとしての全ての武器が使えないことを意味する。そして最悪、連絡してきたのが黒羽でない可能性もあった。

「わかったよ、赤星さん。こっちはまかせときなって」
反論しようとした輝と瑠衣を押しとどめて黄龍が続ける。
「腕に覚えありのお二人さんだから信じてるぜ。だーから、裏切んなってねー」
「わりいな、三人とも。黒羽のことは心配すんな。もう行ってくれ。気を付けてな」
輝と瑠衣が不承不承に頷く。赤星は少し笑んでそれに頷き返した。

黄龍が二人の後を追おうとして立ち止まると、隅のロッカーから何かを取り出した。4インチのコルトパイソン357マグナム。シリンダーを開いて確認すると予備の銃弾、ホルスターとともに赤星に差し出す。
「純粋な鉄の塊。電子機器一切なしってね」
「サンキュ」
「じゃな」
黄龍はにやっと笑うとサムアップし、だっと部屋を飛び出していった。

「竜。黒風山周辺には何も観測されておらん。電磁気的な"影"もない。たぶん空間を微妙に歪めて、内部の信号は一切外に出さず、外部から進入したものは完全に素通ししとるんじゃ」
既にいくつかの観測データをサーチしていた葉隠がモニターから顔を上げた。
「リーブグリッドが引っかかったのは副産物と思いたいですね」
普段温厚な田島の顔も険しい。

赤星はもう一度インカムを取り上げると、警察回線のスイッチを弾いた。
「特警、西条だ。どうした?」
「赤星です。黒風山でスパイダルが何か企んでるらしいんです。すみませんが気象台は3人で行かせました。俺は黒風山に行きます。黒羽が‥‥捕まったらしくて‥‥」
一瞬の沈黙のあと、冷静な西条の声が聞こえてきた。
「高速ヘリを一台回す。好きに使え。それと、赤星」
「はい」
「黒羽のこと、頼む。気をつけてな」
「はい!」

5年前も、この静かな声で、同じ事を言われたなと、ふと思った。

===***===

あぐらに腕組みで座り込み、奥の岩壁にもたれかかった黒羽は、眠っているようにも見える。だが、深く引き下げた黒い鍔の下で、男は必死に考えていた。律儀で融通の利かないアセロポッドは、二人とも離れる気配もない。
そんなポッドに何度目かの声なき悪態をついたところで、リーブレスが内ポケットでいきなり振動した。呼び出しのバイブレーションだ。そろそろ瞬断が起こってくる頃だというスプリガンの言葉がよみがえった。だからたぶん使える時間はごくわずかだ。

黒羽は手を組み直してさりげなく懐に入れると、受信と同時にリーブレスを全送信モードにした。通信は人工衛星経由だから逆探知される恐れは少ないが、こんな状況で通話する訳にはいかない。そのまま胸を押さえ込むようにして優先順位の高いキーワードをモールスで叩く。いったい、どこまで伝えられたのか。上着の中でさりげなく確認した時は既に、リーブレスはハングアップしていた。

やつらはオズブルーンに何をしてるのだろう。もう既に発信機をつけているか。それとも性能の分析をしているのだろうか。四天王の中でもスプリガンがメカニックに強いのは確かだ。オズブルーンの技術はリーブロボの五つのメカの下地になっているというのに‥‥。

どちらにしろ、オズベースの場所を知られることだけは絶対に阻止しなければならない。その"チップ"がどういうものかよくわからないが、そんなものを埋め込まれたら逆らえる可能性は少なそうだった。脱出しなければ‥‥。とにかく「生きた自分」を相手に渡してはならなかった。

この空間を消滅できればそれが一番いい。着装してオズブルーンをオートコントロールで動かせば、脱出できる可能性は高い。だが、空間を発生させているマシンは基地の奥。勝手口でもつけておいてくれない限り、失敗したら袋のネズミだ。スプリガンと例の幹部もまだその近くにいるのだろう。あの二人がいては、よほどの幸運でもない限り、目的は達せなさそうだった。

着装出来ない事態など考えて居なかった。まさに寸鉄を帯びず‥‥の我が身を少し悔やみ‥‥、そこで、ああ、そういえば、と苦笑した。尻のポケットの中には馴染んだ金属のいつもの感触がある。

肥後守定駒(ひごのかみかねこま)。

伝統的な和式の折り畳みナイフ。開けば20cmを越える肥後守としては大きな部類のものだ。真鍮の柄の中には、きちんと鍛造された鋼の刃が収まっている。銘がわかるようになってから三木の永尾家作の正統なものだったことを知った。何度も研いで刃もだいぶ小さくなってしまったが、切ったり削ったり時にはドライバー代わりにと重宝している。

父が慣れた手つきでこれを使うのに憧れて、勝手に持ち出した。手に切り傷をこしらえて母には怒られたが、父はこっそりと使い方を教えてくれた。そのうちに「これはお前にやろう」と名前も入れてくれた。錐のようなもので何度もなぞるように、金色の束に一文字の漢字を彫り込んでいた父の顔をおぼろに覚えている。

ついこの間再会した母は、幸せに満ち足りているようだった。自分にとっては半分だけ血の繋がったあの気だての良い妹を見れば再婚相手も優しい人間と思える。流石に会った時は少し動揺してしまったが、今となればあの人が幸せに居てくれたことが素直に嬉しい。
父の行方は杳として知れないが、死んだという話も聞いていなかった。だからこの小さなナイフを形見の品だ、思い出だなどと言うつもりはない。ただ、愛用の一品というだけのことだった。

めずらしく昔に思いを馳せた黒羽が、おやおや縁起でもねえと頭を降った時、一人のアセロポッドが慌てたようにやってきて、見張りの一人を連れて去っていった。どこか慌ただしい雰囲気が漂っている。チャンスなのは間違いないようだ。

耳を澄ませてその足音が遠ざかったことを確認すると、いきなりうめき声を上げてうずくまる。使い古された手だが異界の連中にとっても常套かどうかはやってみなければわからない。
幸いにも焦ったようにがちゃがちゃと扉が開いた。手が肩にかかってきた瞬間、振り向き様に相手の鳩尾に右拳をめり込ませる。がくんと前に振られたオレンジの模様の走るその頬に左フックを決めると、後頭部を掴んで岩が剥き出しになっている壁に叩き付けた。アセロポッドが消えたときには既に黒羽は牢の外に出ていた。


岩壁に貼り付くようにして進む。来た時よりえらく長く感じたが、なんとか発着場までたどりついた。途中で2度ほどアセロポッドをやり過ごしたが気が付かれなかった。そのシステムとやらが本当に不安定になっているようだった。
せめて一人で逃げるべきかと迷っていたが、まだアームに繋がれたままのオズブルーンを見たとたん、考えが決まった。ブルーンのコクピットに立てこもりシステムが途切れたところを狙ってこの通路にバルカンをぶち込む。胴体着陸したような形になっているが機首はちょうどこっちを向いている。あとは時間との勝負だ。

オズブルーンの周りにいるのはアセロポッド3人。機内にもいるかもしれないが、それはもう賭だ。黒羽はそこに落ちていた鉄材を拾うとしゅっと振った。

空気を切る音に一番通路に近いアセロポッドが振り返った時、黒い影は眼前にまで迫っていた。その額に丸棒がぴしりと突き込まれる。
黒羽は向かってきたもう一人の胴をすくいあげるように薙ぎ払った。仰向けに倒れかかったその頭に兜割りのように鉄の棒を叩き込む。そして残りのアセロポッドに顔を上げた時、今度、黒い姿に驚愕したのは黒羽の方だった。

「その動き、ただのメカニックとは思えんな」

黒光りする鎧の中から深みのある声が聞こえてきた。

黒羽の見開いた瞳の中で、ブラックインパルスが、すらりと剣を抜いた。


===***===

リーブレスは既に動作しなくなっているが、磁石は正しい方向を示している様だった。地図上の赤い星印が、黒羽のリーブレスがモールス信号を送ってきた地点だ。

無事だ。ぜったい無事なはずだ。あいつに限って‥‥!

途中二回、ブレスが何か取っ組み合っているような音を受信してすぐ切れた。焦燥感に駆られて、赤星は殆ど駆けだしていた。警察のヘリまで墜落させるわけにいかないので、安全圏で降りた。そこからバイクで来られるギリギリまで登ったが流石にあとは徒歩しかなかったのだ。

いつだって大丈夫だったじゃねえか。だから、心配することねえって‥‥!


唐突に‥‥黒羽には「一緒に戦ってくれ」と頼んでもなかったことを思い出した。

リーブスプロジェクトの2番目のプロトタイプであるブラックスーツ。耐熱耐ショックのデータだけでなく、格闘時のデータも取りたいということで急ぎ作られた。テストには相当の時間がとられるし、不規則になるのも必至。何よりレッドの試用から考えてかなり体力のある人間でなければ務まらないのは予想できた。その上で自分とマトモに組んでもらえる人間‥‥となったら選択の幅は極端に狭まる。実家の道場を切り盛りしている兄が無理となれば、あとは一人しか思い当たらなかった。

大学を卒業してからはお互い忙しく、何度かしか会っていなかったが、探偵事務所に入った黒羽は水を得た魚のようにのびのびしていたし、なにより佐原探偵長をとても信頼して慕っている風が伺えて、そんな黒羽を見ているのは嬉しかった。だからピンクスーツを完成させ、量産化への道が開けたら、それ以上煩わせるつもりなどなかったのだ。

それがあの日、全てが変わった。まさに青天の霹靂で本部が壊滅し、多くのスタッフが死んだ。そんな中で悪意を持った存在を迎えるための準備はしなければならない。バランスが崩れたOZの位置づけや警察との駆け引き、残りのスーツの完成への道筋‥‥。我ながらかなりパニクっていたと思う。そんな中で黒羽はどんどん色んな事を引き受けてくれて、結局いつのまにか探偵事務所のそばの住まいを引き払い、基地に住み込むようになってしまった。

黒羽の存在がどれだけ自分の支えになっているかを表現するのは難しい。大雑把で情に流されやすい自分と違い、常に大局のなかで物事を捉えては適切な示唆をくれる。何より黒羽が側にいると、何があってもフォローしてくれるだろうという甘えにも似た安心感と、こいつにだけはダメなヤツだと思われたくないという意地とが心の中に湧いてきて、へたばりそうになった時もなんとか足が前に進んだ。

黒羽との出会いはえらく派手なものだった。大学の入学式でいきなりチンピラ4人とやり合ってるなんて普通じゃない。黒羽があまりに余裕なので助けに入ろうという気持ちすらわかなかった。学生なのに何故かしょっちゅう"悪党退治"をやっていたり、面白いとしか言いようのないヤツだった。

だけど、黒羽に感じてたのは好奇心だけじゃなかった。

付き合うにつれて、黒羽はあまりに一匹狼でありすぎるように思えた。本人が好きでそうしていることも、十分に強靱であることもわかってる。だが、どんな危険な状況でも常に一人で事に当ろうとする様を見ると、水くさいじゃないかと文句の一つも言いたくなった。兄弟同然の飛島を喪った時でさえ、あの哀しみの中で、黒羽はたった一人で復讐に出かけてしまった。5年前のあの時も、黒羽の先輩である西条刑事にそれとなく情報を貰わなければ、間に合わなかったかもしれなかった。


根本的な所で孤独に慣れきっている気がした。
その振る舞いを見ていると、時に胸が苦しくなるようだった。

強い正義感や、思い遣りや、さりげなく示されるその優しさが好きになればなるほど‥‥。
深い洞察力や、思慮深さや、何物をも恐れないその勇気を尊敬すればするほど‥‥。

痛いと思った。

すべてはこちらの勝手な感覚だ。黒羽のそういった部分に踏み込むことはできないし、黒羽自身、そんなことは望んでない。

わかってる。わかってる‥‥。それでも‥‥。
それでもどうしても言いたかったのだ。

お前は一人じゃないんだと‥‥。

‥‥なのに、結局‥‥俺の方が世話になんだけで‥‥‥‥

喉元にせり上がってくるものをぐっと呑み込むと、赤星は、灌木と岩の中を進み続けた。


2002/4/17

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