第15話 ローズ・リップ
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「誰でもいいっ!応答せよっ!!」
輝は恐ろしいスピードで迫り来る触手を間一髪で避けつつ、リーブレスにツバをかける。
終わりの見えない長い廊下がかえって都合が良い。輝は脚力を生かしてスプリントレースのように走り抜ける。
(テルコ、どうしたっ!敵さんの目星はついたか〜っ?)
(どうした、輝!!敵かっ?!)
「バカエイナっ!!ふざけてる場合じゃないよっ!リーダー、いたよ怪人がっ!最初はキレイなお姉さんだったってのに、うわわっ気持ち悪い触手となんかこう、ネバネバした液体みたいなのだして、イモムシみたいなのがこっちにきてんのっ!!!オレの位置はナビでわかってるよねっ!!引きつけてるからすぐに来てっ!!!」
(よっしゃ、まかせときなっ!!)
頼もしい仲間達の言葉がリーブレスから流れると、輝は安心してそれを切った。

「よし、行くぞ瑠衣!サルファっ!!この学園内から人を全員避難させるよう警察に連絡してくれっ!新旧校舎どっちも、だれにも近づけさせるなっ!!」
(ワカリマシタ。オマカセクダサイ!)



輝の後ろからは醜悪なデザインの怪人が間近に迫っている。
「キミ、さっきの姿の方が絶対素敵だったよっ!こっちもそろそろ追いかけっこはつかれたっ・・・て、うわっ!」
圧底の靴とスカートがまた引っかかって、派手に転びそうになったが宙でくるりと一回転してなんとか事なきを得る。
「あ、危ないっ!!く〜っ・・・ウムム。」
自分のトレードマーク状態の圧底靴が急にわずらわしくなった輝は3秒迷ったあげく、それを乱暴に脱ぎ捨て、瑠衣のロングスカートも両手で引き裂き、かつらもすべて投げ捨てた。
「ごめんね、瑠衣ちゃんっ!新しくてもっとカワイイの買ってあげるっ!!くらえっ圧底クラーッシュっ!!」
引き裂いたスカートを床に放り、圧底靴を手にすると間近に迫る触手に思いっきり投げつけた。もちろん予想はしていたが手応えはさっぱりない。触手がいやらしい音を立ててそれをつかまえると、ねばねばした腹の中にぎゅうと押し込む。
うええ、気色悪いっ・・・。

一瞬だけ眉間にしわを寄せたが、すぐにその感情をかき消すと身軽になった足をばんばんと叩いた。
「よっしゃ、これでだいぶ身軽になったよっ!オニさんこちらっ!!」
裸足になった輝の身軽さは元に戻り、鬼ごっこを楽しんでる子供のように瞳がいきいきと輝きだした。
ぐじゅ・・・うじゅるるる、ぐ、ごぷっうう・・・。ぐぷ・・・。

しゃべっているのか、触手の音なのか判別がつかない。小学校の時に作ったスライムのようなものを口(?)からだらだらと垂らし、こちらに迫ってくる。瑠衣かリーダーがいたら失神しているかもしれない。
とにかく気色悪くてたまらない気持ちをムリヤリ押さえ込み、輝は両手を広げた。
「ふっ!!」
輝はハーフパンツのポケットに手をつっこんでグリップをとりだし、それぞれを両手ににぎって胸の前でがつりと拳をあわせた。その反動で、グリップが鈍く光るとトンファーとなりそのまま両手でバツ印を組んでみせる。
「さ、廊下はもうすぐ終わりだっ!一騎打ちといこうよっ、タコ星人さんっ!」
遊び慣れてる頼りがいのあるパートナーを手に、輝は足を踏み込んで廊下の端に立ち止まり、キッと踵をかえした。
「着装っ!!」
緑の粒子が輝の体をすっかり包み込む。
後に残ったのは、『正義の味方』だ。

「グリーンリーブス登場っ!さて、リーダー直伝のヒットアンドアウェイ、いっくよ〜っ!!」
腰を低くして、どうやって触手の手から逃れようか、考えたその瞬間、今まで自分に迫ってきた醜悪な触手が鋭い音と共に、針のようになった。
ぬらぬらとスライムが滴る針の群は容赦なくグリーンに襲いかかる。

「えっ、ウソだろっ・・・ぐあ!」
針の一本が左肩をかすめる。痛みはあるが出血はない。むしろ赤星にしごかれてた時の方が痛みは万倍だ。
「エイナの言ってた通りだなっ・・・スーツに助けてもらっちゃったっ。けど!」
ジャガコッ!とトンファーを鳴らす。彼の息づかいに呼応するかのようにそれがまた光り始める。
「・・・・・・殴れるんなら触手よりも都合、よかったりしてっ。もう知らないからね・・・!」
ぐぷぐぷぐぷ、ごぽぽぐううう・・・。

相変わらずの気色悪い音が耳をつんざく。グリーンは手慣れた様子で束になった針の群をトンファーで受け流す。しかし次から次へと繰り出されるのでキリがない。
「ズルイなあっ、そっちは針が何本もあるのにこっちは腕が2本しかないんだぞっ!くっ!」
がぎっ!とトンファーと針ががちりと組み合う。他の仲間達がいれば、このスキに攻撃してもらうのだが、生憎手が足りない。
「く、くっそう・・・。みんな何してるんだよお・・・?な、なんとかしないと・・・。あれ、あっ!」
何百本もの針の隙間から女性の顔が見える。ひとり、ふたり・・・3人、まだたくさんいそうだ。

多分、体育倉庫で神隠しにあった子達だ。
グリーンの顔を見ると、口を開けて何かを訴えかけている。
そうか・・・。殺した訳じゃなくて、体力を吸ってエネルギーに変換してたんだっ。てことは、早く助けないとあのこ達・・・。
グリーンは次に出る言葉を、はっとして飲み込み、触手の怪人をキっと睨んだ。



「おい!輝っ!!どこだっ!!」
頼もしい声がグリーンの耳に届いた。リーダーの声だ。他のみんなの声も聞こえる。
「アキラっ!どこだ!?」
「あはっ、いいタイミングだっ!!エイナっ!コイツのてっぺんを撃ってっ!!」
「よーっしゃあっ!!」
黄龍は、イエローは左肘を軽くまげて胸の前に出すと、その上に右腕を乗せてリーブラスターを撃つ。
放たれた瞬間に『タコ星人』はのけぞり、グリーンはようやくその手から逃れることができた。

「遅いよみんなっ!」
「お前がバカみてーに移動するから悪いんだよ。」
「それより、行方不明の子達はあいつの中にいるよっリーダーっ!」
「え?!」
レッドは思わず大声を上げ、そしてのたうちまわっているイモムシ状の怪人を見た。
「そういえば、後ろがヤケに膨らんでいるな・・・。無事なのか?」
「そこまではわかんなかった・・・。けど、助けなくちゃっ!」
思わず口調が熱くなるグリーンの頭をぽんぽんと叩いて、レッドは早口で作戦を皆に伝える。

「オレとピンクはヤツの前方で引きつける、ブラックとイエローは、さっき撃ったヤツの頭上を集中的に攻めるんだっ。グリーン、お前は・・・。」
レッドは先ほど叩いた頭の上にある右手をグリーンの肩に置き、少しかがんで目線をあわせた。
「ブレードモードのリーブラスターでヤツを切って腹の中のお姫さま達を助ける・・・できるか?」
レッドの視線に、グリーンはくすくす笑って指をこきりと鳴らした。不謹慎な不敵の笑みを向けて、腰のリーブラスターを手に取る。
「王子様は困ってるひとを助けてあげないとダメだよっ。・・・オレに任せてレッド!」
「よし、行くぞっ!!」

三方それぞれに散ったリーブス達はめざましい攻撃を針山の怪人に喰らわせる。
「だあっ!!」
「えーいっ!」
レッドの重い拳が決まると、そのダメージの上からピンクのマジカルスティックが二重に炸裂する。
「触手って聞いた時はちょっと、びっくりしたけど・・・。」
「針山の方が殴りやすいっ!」
がんっ!と鈍い音が一撃、遅れてもう一撃針と針の間に喰らわされる。
「・・・だろっ?」
「でしょー?」
息ぴったりのコンビネーションを肌で感じ、2人は余裕げのある表情で顔を見合わせた。


「ニッコリ笑う余裕があるとは、ちょっと戦いナメてねえかお二人さんよ!」
「オレはもう、心配してねーぜっ!」
遠距離からのブラックとイエローの攻撃がまるで踊るように、針の手がない『タコ星人』の頭にヒットする。ブラックチェリーがリーブチャクラムが優雅な鳥のように舞い、確実にダメージを負わせている。
「さーて、俺様のトドメの味はいかがかなっ?リーブラスターっ!」
ぐじゅるるるるるるっ!!

光線が当たると同時に、断末魔に近い叫び声(?)を上げる怪人に、ピンクは思わず後ろに下がった。レッドがあわてて彼女を断末魔のうめきでのたうちまわる針からかばう。
「気持ち悪い〜っ!」
「俺も同意見だな、グリーン!」
「トリはてめーだっ!!バッチリキメろよっ!!」
「わーってらいっ!!リーブラスターっ!」

普段は片手で操作する銃を両手で抱きしめるように持つと、その銃身が光と共に上下に伸びていく。
さながら、中世の騎士のようにそれをかまえて瞳を薄く閉じて、また開く。
「・・・・・・ブレードモードっ。」
グリーンは静かに口にすると、それが合図だったかのように宙にジャンプする。のたうち回る針の怪人は、上下も左右もわかってない。彼は少しの哀れみと怒りを持って剣を振り下ろした。
「はああああっ!!グリーンライトニングピアスブレードモードっ!!」
ざくうっ!!と剣が肉を切るのがわかった。彼の体から血が出ないかわりに体液がどべえっと出る。
かまわずに一刀両断すると中から行方不明になっていた少女達があらわれた。

「やったあ、グリーンっ!」
「まだまだあっ。」
ピンクの可愛らしい声をさしおいて、剣を投げ捨てたグリーンはトンファーに持ち替えて、猛然と切り口に突っ込んでいった。
「リーダーと名前まで一所懸命考えた必殺技っ!!」
グリーンは両腕を×印で組み、そのまま雄叫びをあげると、トンファーがぎらぎらと輝く。
輝きの中で生まれたものは鋭い刃。それがトンファーの上に滑るように取り付けられる。
「いっくよーっ!グリーン&レッドのサイコバーストスペシャルだあっ!!」
緑の光の中で、トンファーの上につけられた刃が怪人の体をとらえるのがわかった。そのまま切り裂くと、ばちばちと静電気のような音がする。
「みんな離れてっ!!」
ばしゅうっばしゅうぅ・・・。
煙が吹き出す音がする。
煙と共に小さな爆発が、そいつの体の上で次々に起こり、あの声だか音だかわからない声をたてて、そいつの体はこっぱみじんになった。


「や、やったあ・・・よかったあ・・・。」
呆けてその場に座り込んでしまい、着装も解除した輝のそばに、赤星と黄龍が駆けつける。
「すげえ、やったじゃねーかよっ!けっこうイケてたぞ!!」
「えへへ・・・ありがと。」
力を使い切ったのか、いつもの元気のある調子で話すことが出来ない。ぐったりした輝の額をを黒羽がよしよし、と撫でる。
「ああ、よくやったぞ坊や。・・・って。」
黄龍も黒羽も口を抱えてくすくす笑っている。
「ど、どうしたの2人とも・・・?」
「け、け、け、・・・化粧落ちまくりだぞお前。目もととか、殴られたみてーだぞ!」
「ふ、くっくっく・・・。」
輝は自分の顔を手のひらでがば、と触ると手のひらの筋にファンデーションの粉が付いていた。ところどころ、ピンクだったり、オレンジだったり、マスカラの残骸だったりする。
「は、ハハ・・・。もう、そんなのにかまってらんないよお・・・。あ!リーダーっ!!」
「大丈夫、みんな無事だ。ちょっと入院するかもしれないけど、命に別状はないから安心しろ。」
「わあっ・・・よかったあ。」
女の子達の無事を確認すると、輝は安心したかのようにそのまま眠りこけてしまった。




「お姉さん、すっかり良くなったって!」
「へえ、よかったじゃない。女の子はくるくる動いていてもカワイイからねっ。」
喫茶『森の小路』では、いつものメンバーが集まって、楽しく談話の最中だった。赤星と瑠衣はカウンター内でコーヒーと紅茶の用意をしている。目の前の席には満足げな輝と黄龍、ソファに転がるように黒羽がおり、ギターを控え目な音でポロン・・・とならしていた。

「けど・・・瑠衣ね、ちょっと気になる事があるんだけど・・・。」
「何?どうしたの?」
瑠衣は赤星をちらりと見てから、ちょっと小声で黄龍と輝に顔を近づけた。
「あのね、輝さんがリーブレスで瑠衣達を呼んだ時・・・体育館の倉庫の近くにいたんだけど、そのちょっと前に、・・・聞いてるの。」
「何を?」
瑠衣は2人に顔をもっと近づけて、耳元でささやいた。


「爪で、だれかが倉庫の中からかりかりとひっかく音・・・。」



さすがに血の気が引いた。
黄龍はくわえていたタバコをボロっと落としそうになり、あわてて体勢を整える。輝は『ふうん。』といつもの表情で聞き、笑顔で言葉を返した。
「瑠衣ちゃんてば、それはきっとネコだよ。オレんちのネコも柱とかひっかくよ。こうかりかりってさ。オレもそこに行ったけどだれもいなかったもん。」
輝は自分の爪をくわっと立てて、ありもしないカベをひっかいて見せるマネをした。
「そ、そうかなあ・・・?随分長い間がりがりかいていたけど・・・。きゃっ。」
横で聞かないようにしていた赤星も、この狭い店ではどうしても耳に入ってしまう。

彼は瑠衣の両肩にちょっと乱暴に手を置くと、輝に向かって笑いだした。
「そっ、輝の言うとーりだっ!あれはネコ、ネコだ。わかったな瑠衣。もう、金輪際この話題は出さないことっ!」
「ええ〜っ、だって気になるよ。もしネコじゃなかったらどうするのっ?」
「そうだなあ、また次元回廊が出来たのかもしれんぞ・・・。おい、赤星。今夜あたり行ってみるか?」
静かなフレーズを弾いていた黒羽は赤星に向けて、少し低めの音でギターをかき鳴らしてみせた。
「黒羽・・・なんでわざわざ夜なんだよ。」
「チッチッチ・・・悪は闇に紛れて行動するだろうが。」
「オレはイヤだっ。悪はいいが霊はゴメンだ。」
「あははっ、赤星サンてばんーなモン信じなくてもいいじゃねえかよ・・・。」

皆が声をあげて笑っている中、輝はディパックの中から小さな袋をとりだして、そばにあったゴミ箱の中にひょいっと投げ捨てた。
中に入っているのは、もらったリボンにジェルパッド。
リボンもパッドも、女の子がするからカワイイんだよねっ・・。
「けど・・・よくできてるよねえ、パッド・・・。」
「はい?お前何言ってんだ?」
「ううん、なんでもなーい!」
投げ捨てた事でようやくあの自分の姿も忘れられそうだ。
スカートも、化粧も、パッドももうごめんだい。
・・・圧底スニーカーは別だけどね。

「ねっマスター、ケーキとか余ってないの?」
「あるぞ〜。博士特製チョコスフレ。」
「わあ、瑠衣大好きスフレっ!」
「オレもスキっ!ね、たくさん食べていい?」

スフレを口にすると、ふわりと溶けて甘い香りが喉を通った。


===***===(エンディング)===***===
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