第15話 ローズ・リップ
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高い塀は刑務所のようだったが、華奢と優雅さを兼ね備えて美しかった。
今は冬なのでからまったツタが枯れているが、春になれば葉がレンガに影を落とすのだろう。優雅な光景を目に浮かべながら、黄龍はバイクの上に足をどか、と置いた。
深呼吸をするとほのかに良い香りがする。
「女の子ってのは、自分だけの香水を持っているもんだよね〜。ひとりひとり、違った香りがするよな・・・。」
「聞き香ができるくらい女とつきあってたらしーな、瑛ちゃんは。ご苦労なこった。」
「はいはい、それよりも・・・・・・テルコちゃあーん。そっちの方はどうかな〜?何かアヤシイってゆーかそれらしーの見つかったあ?」

黄龍は声色を高めにして、おちょくるように腕にはめたリーブレスに口を寄せた瞬間、そこから叫び声にも似た豪快な声が耳に届いた。
(その名前で呼ぶんじゃねえよっ!!殴るぞ!!)
「鼓膜やぶれちゃう〜ってか?」
黄龍はけらけら笑いながら腕に付けているそれを思わず前方に引っ込めると、黒羽が腕をとりささやくように諭す。
「チッチッチ・・・主任が言ってたろ、女の子がそんな言葉使いはダメだな。それにでかい声だすな、今の時間は授業中だろうが。見つかったらどうなるか・・・。」

(あ、その辺は大丈夫だよ黒羽さんっ。ここさ、厳しいのは『男が入っちゃダメ』だけみたいなんだ。今エントランスにいるんだけど、普通におしゃべりしてるコもいるし、先生となんか相談しているコもいるし・・・。けっこうルーズみたいだよ。だれもオレのことなんか気にしてないもん。)
輝はリーブレスをちょっと離して周りを見る。観葉植物がいっぱいのエントランスでは、学生同士がおしゃべりをしていたり教師に勉強を見てもらったりしている。高校というよりも、もう少し時間に自由がきく大学(通った事はないが)の雰囲気に似ているかもしれない。

「そうか、私服って時点で私立にしては珍しいと思っていたが・・・。よかったな、やりやすそうで。」
(まかせといて!あ、それよりもリーダーは?一緒にいないの?)
「あいつはサルファの御達しでさ、旧校舎近くの体育倉庫のそばで瑠衣ちゃんと待機してるよ。次元回廊が出来ているのはその辺りだろ?何かあったらすぐに出撃できるようにな。」
(え、そ、そんな怪人どころか幽霊も出そうなトコで・・・。)
「正義の味方がユーレイ怖がってどーすんだよ。慣れるのにいい機会じゃん?」
(あ、うーん・・・よくわかんないけど・・・。一旦切るねっ。)
「気を付けろよ、テルコ。」
(黒羽さんまでっ、しつこいですよっ!)
口調は怒っているが、顔は笑顔だ。3人ともそれをわかった上で通信を一回切った。




うわーかわいそう・・・。怪談キライなリーダーがそんなとこで待機かあ・・・。

幽霊嫌いの赤星だが、輝はそうかといえばそうではない。彼は怪談を聞いて『怖がる』のが好きなのだ。絶叫マシンに乗ったあとの快感と少し似ているかも知れない。
なので、幽霊とか妖怪の類ははっきりいって信じてない。
引きつったリーダーの笑顔を頭に浮かべながら、輝はエントランスの窓から見える体育館に目をやった。
「ぜったい、サルファってばイジワルしたんだろうなあ。全くもう、後から怒ってやんないとっ。」



体育館の周りには『KEEP OUT』の帯が見える。





鏡の少女の表情は怒りとも笑みとも違う、その中間の顔をしていた。その髪の毛に触れると少しきしんでいる。
(ひなた達の髪とちょっと違うなあ。なんでこんなにキシキシいうの?)
(だってこのかつらは化学繊維でできてるモン。お人形さんの髪の毛と同じ材料なのよ。)
(人形ねえ、・・・今のオレの状況もそうだよねっ・・・。)
(あら、やっと気が付いたの?)
「こらこら輝君。スカートはいているのよ、足開いて座っちゃだめよ。」
鏡に映る少女との会話は有望の一言で中断されてしまった。
『人形』の髪にリボンを巻いている彼女は嬉しそうだ。

自分の妹達も、人形の髪をいじって遊んだりするのが好きだったっけ。それに飽きると今度はお互いの髪を結んだり、挙げ句の果てにはさみを取り出して自分の髪を切ったり。
自分の身なりにあまり執着してない輝にとっては、楽しそうに髪の毛にリボンを結んだり、ピンでとめたりする妹達や有望達の行動が不可解でしょうがなかった。
「そういうところもかわいいんだけどね・・・。」
「どうしたの?急に悟ったような事言って?・・・ほら、やっとできたわ。」
有望は輝の肩をぽん、と両手で叩いた。どうやら人形のメイクアップは完璧にできたらしい。彼女は満足げにまつげをはためかせると、瑠衣を手招きして呼んでいる。

「さ、みんなに見せにいきましょ?きっと驚きますよ〜。」
瑠衣は輝の腕を引っ張って立ち上がらせると、皆が目の前で待っているであろうドアノブに手をかけた。
輝は思わず瑠衣の手に自分の手をかぶせる。
「え、ちょ、ちょっと待って瑠衣ちゃん、有望さんっ!そ、そのまだ心の準備が・・・。」
「何言ってるのよ、これからそのカッコで歩かなくちゃいけないのよ。こんなとこで怖じ気ついていたら潜入なんてできないでしょ・・・?」
「う・・・ん、そ、そうですけどお〜・・・。」
「ね?」
女性陣2人の笑顔が自分の間近に迫る。2人とも、自分が女性の笑顔と涙に弱いということを知ってか知らずか、良いタイミングで最終兵器を出してきた。


こんな最終兵器あるかよう・・・ひどい、2人とも・・・。




「じゃーんっ。私と瑠衣ちゃんプロデュースの輝くんよ。」
「かわいいでしょ〜っ?瑠衣のお洋服ぴったりなのよ・・・って?」
瑠衣達は散々もったいつけて輝を登場させたので、色々な意見が飛び交うとばかり思っていたのだが、目の前にいる男達はしーんと静まりかえっている。上から下にじろじろと刺さる視線を感じながら、輝はたまらず口を開けた。
「ど、どうしたの?みんなっ。な、なんか言ってくんないと。」
「っていうかさ・・・。」

黄龍は半開きにしていた口を開き、テーブルの上にだらしなく乗せていた足を下ろすと、輝のそばに寄ってきた。
その表情は複雑怪奇で、目もとがひきつっている。
「お前が用意してる間、どうやって笑い飛ばそうか一所懸命考えていたんだぜ、俺様。」

「へ?」
「『へ』じゃねえっつの、バカ。そこらへん歩いてる女の子よりも可愛くなってどーすんだお前は。」
結われた髪を指先で撫でると手触りが違う。これはかつら、ということを黄龍は改めて確認をしてちょっとだけ深呼吸をした。
どちらかと言えば女性寄りの顔をしている輝のことだから、女装しても違和感なんか全然ないと思っていたのだが、ここまでの出来になるとは予想してなかった。

「う、嬉しくない・・・。」
眉を弓なりにして、うつむく表情まで女性っぽい。黄龍は思わず輝から顔をそらすと赤星の方を向いて、笑うような仕種をした。
「けど、本当にすごいぞ輝。ここまでちゃんとした女の子になると思ってなかったぜ。潜入してもだれも男だって気が付かないぞっ!」
「真面目な顔してそんなこと言わないでくださいよっ!!リーダーのばかっ!」
「ごめんごめん。だけどさ、本当に女の子にしか見えねえからなあ。」
赤星は輝の結われた頭をばしばしと乱暴に撫で、有望にとがめられている。
彼の言葉は悪気がないのがわかっているので余計対応に困る。輝は口をへの字にして、爽やかな笑顔の赤星をちょっとだけじっと睨んだ。

「まったくもう・・・うわっ。」
彼はソファに座ろうとして足を一歩踏み出したが、慣れない(慣れてたまるか)ロングスカートにいつもの圧底靴をひっかけて派手に転びそうになった。
瑠衣と黒羽が思わず手を差し出す。
「危ないよ、輝さんてば。大丈夫?別に圧底じゃなくたっていいんじゃないのかな?」
「そうそう。もう流行ってないだろ?」
「うるさいなあ、もうっ。これはポリシーなんですっ。」
「もう少し、マシなポリシーをおすすめするぜオレはよ。」
輝の腕をとって、バランスをとらせると黒羽はひゅうっと口笛を鳴らした。腕の感触はやはり男だが、触らない限り絶対わからない。彼は曲線が多くなった輝の上半身をまじまじ見て、感心したように有望に微笑みかけた。
「かーっ、ムネまで作ったのかよ主任てば。」
「だれかに触られてもちょっとならごまかしがきくと思うわ。ジェルパッドだし。」
「はは・・・女って、見た目じゃわからないな・・・。」
黒羽は帽子を浅めにかぶり直して、くすくす笑った。




「さて、それじゃ早速行くかっ!」
出来るだけ早くこの事を終わらせたい輝は腕をぐうっと上にのばすと、グリップだけになったトンファーをポケットにつっこみ、指をコキコキ鳴らし始めた。
「サルファがゆってたモンな。次元回廊の現れる時のクセがでてるって・・・。すぐに見つかると思うよ。オレ、カンはいいからさっ。」
「おい、いいか?あくまでも偵察だけだぞ。なにかヤバイ空気を感じたらすぐに知らせるんだ。」
「もちろんですっリーダーっ!まかせといてっ!」
自分が主体となって捜査するのが初めてな彼にとって、今回の事は不謹慎ながらわくわくしていた。化粧の奥の瞳は不敵に輝き、くすくす笑う。

「あ、そうそう、足広げて座っちゃダメよ。」
「あ、顔もこすったらダメだよ、お化粧落ちちゃう。」
「外股でガシガシ歩くんじゃねえぞ。あと、手!なんとかしろよ〜、イイオンナは指先に気イ使うモンだぜ。」
これから敵がいるところに潜入するというのに、命の心配は誰もしていない。仕種の心配ばかりされている輝は、思わず声を荒げた。
「ちょっとっ!!いっぺんに言わないでよっ!それにダメダメ言っていたら潜入してもなにも捜査できないだろっ!!」
「バレたら終わりだろうがっ!!!」



5人の恫喝で思わず肩をすくめた輝はあきらめたようにソファに深く座り直した。




「やっぱり、こんなキレイなエントランスにいるわけないよなあ・・・。旧校舎に行ってみようかな?」
輝は窓から『KEEP OUT』の帯が巻かれている体育館へ目をやった。
「現場をみないとわからないモンねっ。」
輝は座っていた椅子からひょいっと体を起こすと体育館の方へと歩いていった。


「赤星さん、赤星さんてば・・・?」
「・・・・・・ ・・・・・・る、瑠衣、オレのそばにいろ。何か起きたらマズイだろ。」
赤星さんてば、固まってる・・・。瑠衣は車の後部座席で小さくふうっとため息を付いた。
サルファ曰く『ユウレイハカガクテキニイウト、プラズマナンデス。ソンナモノヲコワガッテイタラ、ハナシニナリマセン!』だけど・・・。
幽霊よりも、怪人の方がよほど怖いと思うんだけどな、瑠衣は。オバケだって、キャスパーみたいなカワイイコだっているかもしれないじゃない?赤星さんはきっと、シックスセンスとかにでてくるようなのを想像してるから、怖いんだわ・・・。
「なあ、瑠衣・・・ちょっと確認したい事があるんだが・・・。」
「何?赤星さん?」
「聞こえるか?」
え?と言う前に、瑠衣の耳にもある音が聞こえてきた。

かり・・・かりかり、がりっ。

瑠衣は思わず友人から聞いた失踪事件を思い出し、赤星のジャケットにしがみついた。
爪でカベをひっかくような音・・・。
「え、こ、これ・・・きゃ、キャスパー・・・?」
「いや、怪人かもしれないぞ。そっちの方が、確率は大きいな・・・。瑠衣、いつでも戦えるようにしてろ。・・・外にでるぞ。」
「ハイっ!」
赤星がまたもとの頼りがいのあるリーダーに戻ったことを確認した瑠衣は、車から出ると彼の右手を自分の左手でぎゅっと掴んだ。



体育館につながる通路は『KEEP OUT』の帯で網の目のようにされていた。きっとちょっとやそっとでは好奇心旺盛な子が入っていってしまうのだろう。輝は網の目を確認してロングスカートを腰で結んで、一気に目をくぐった。
「うらららあっ!よっ、たっ、はっ、ほいっと!!」
輝はざざっ!とベースに滑り込む高校球児のマネをして、帯の方を振り返った。
帯はかわらず、そのままの状態を保っている。
「へへっ。どーってことないなっこのくらいっ。」
得意げに口に手をあてて笑うと、グロスがべとっと指につく。
「あ〜、もう。このグロスってやつ気持ちわるいなあ・・・。ゴハン食べるときとかどうするんだろ・・・?」
輝はグロスの付いた手のひらをその辺のカベにこすりつけると、体育館のドアをこじ開けた。


しーんと静まりかえっている広い空間は、張りつめた空気を感じた。もともと、この場所はだれかが集まっていないと、途端に申し訳なさそうな様相を醸し出す。
高校の時の体育館も、夜じゃなくても、ひとがいなかったら妙な違和感があったよな・・・。
久々に高校の時を思い出した輝は、一瞬笑うとまたもとの顔に戻り、体育倉庫のそばにかけよった。
「リッパな倉庫だなあ、さすが私立。・・・あくかな?」
輝は指をこきこき鳴らしてはあーっと息を吹きかけると、気合いを込めて引き戸状になっているドアに指をかけた。
「たあっ!!あ、うわわっ!」
ドアは意外にも施錠されておらず、簡単に開いた。自分の力に振り回された輝は思わず尻餅をついてしまった。
「いってえ・・・いて、・・・・・・うわ。こりゃすげえ・・・。」

彼が倉庫の中で見たものは、かぎ爪でいっぱいにひっかかれたカベと体育用具の山だった。瑠衣が話してくれたときに想像していたものよりも、意外とあっさりしており、いざ見ると拍子抜けしてしまった。
「なーんだあ、こんなモンか・・・。人影もないなあ・・・。生命反応も・・・ない。ここは、またあとから見た方がいいかな?」
リーブレスの反応はない。半径50m以内にひとはいない、はずだったのだが。


「こらそこっ。」
いきなり気配なく急に女性の声がした。
輝は心臓がわしづかみにされたかのように、縮みあがると後ろをばっと振り返った。
後ろに立っていたのは、髪の毛をアップにした美しい女性だった。切れ長の瞳、斜めにした前髪。どことなく有望主任に似ているかもしれない。
美しい顔は、あきらかに怒りを持っている。

(せ、生命反応がない・・・かわりに、赤く光ってる・・・。)
目の前の美しい女性が、探してた相手だと理解するのに数秒かかった。
爪がキレイに整えられていて、動かすとかすかに光が舞い散る。
その爪で・・・、もしかして、ここに来た女の子達を・・・。
「ここは立ち入り禁止でしょ?キミはどうしてこんなとこに来たの・・・?」
「ご、ごめんなさい先生。」
輝はうつむき加減に、できるだけ少女らしい声を作って、その教師に話しかけた。
「理由を聞くわ、どうしてなの?」
「あ、あの・・・私の友達がここで行方不明になったんです。私、どうしてもみつけたくて・・・。」
自分でもホレボレするくらいの涙声を出した。
かすかな沈黙のあと、その教師はふっと静かに笑う。



「ウチの学校の生徒は、どうしてこんなに正義感あふれる子ばっかりなのかしら・・・?嬉しくてたまらないわ。」
「そ、そうです・・・か?」

後ろのポケットに手を伸ばす。

「ええ、バカな子ほどカワイイっていうでしょう・・・?キミもね。」

ポケットの中身を取ろうとしたが、入っているのはハーフパンツのポケットの中だ。上にスカートを着ているので、そう簡単にとれない。

「先生・・・私を食べちゃう気でしょ?」

足をこきこきと鳴らす。ここは本校舎だ。ここではまずい。
足をできるだけ動かしておく。

「・・・・・・そう。」


美しく蠱惑的な笑みの女性は、聞いていて鳥肌が立つ音を立てながら、その正体を現していった。でかいイモムシがごぶごぶと、失敗したうがいのように気色悪い音を立てている。まるでイソギンチャクを前方に取り付けてるようなデザインだ。
その触手はぬめぬめと体液を垂れ流して、自分をつかまえようとする。
輝はその姿と体液に圧倒されてしまいそうになったが、すぐに頭をぶんぶんと振ってニヤリと笑った。
「悪いけど、そう簡単につかまるわけにはいかないんだっ!オレとおいかけっこしようぜっ!」

怪人と化した『そいつ』は輝をつかまえようとバカ正直に追いかけてくる。輝はそれを確認すると、旧校舎にむかって体育館の非常口から出ていった。




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