I Love You , Papa!
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車道を挟んで向こう側の道路からお父さん達の隣を歩く。
なんなのよあの顔は。でれーっとしちゃって。やらしいんだから。
嬉しそうに笑っちゃってさあ・・・。
ん?
「あっ!」
「どうしたのお姉ちゃん?」
「あのお姉さん、今ちょっと近づいたわようちのお父さんに!!」
「気のせいだって。」
「ちーがーう!!絶対近づいてる!!」
それ以上うちのお父さんに近づくんじゃないわよ!!
あんたなんか男なんてよりどりみどりでしょ?
ホラうちのお父さん、顔もそんなに良くないじゃん。
コブつきだし、なんか頭も良くなさそうだし、大体お金なんてないわよ。
離婚しようと思ってもできないって、だって慰謝料(だったっけ?)とか払えなさそうだもん。


他をあたってよ他を!!



あ、お父さんたらまた嬉しそうに笑っちゃってて。
最近そんな顔してないクセに・・・・・・。
まったくもう。
たとえお母さんが許しても、この忍が許さないわよ。

あたしがミケンにシワを寄せていると、ななろが「お姉ちゃん」と袖を引っ張った。
「何よ?」
「お姉さんとお父さん、帰り道が違うみたい・・・。別れちゃうよ。」
「えっ?」
顔を上げて2人の方を見ると、曲がり角で立ち止まってる。
お姉さんの方が手を振って、カドを曲がって行っちゃった。
「どうしよう。」
「ボク、あのお姉さんおっかけるよ。」
「ちょっとななろ!!」
ななろはあたしの手をするりと通り抜けて、忍者みたいに人と人の間を抜けて出ていった。
あいつ、体力ないくせにこういう時ばっかりすばしこいんだから。
・・・ってまた分析してる場合じゃない!!
「ばかななろ!!迷子になったらどーすんのよ!!」
「ボク、携帯持ってるもーん!!お姉ちゃんはお父さんおっかけてよ!!」
そっか!そういえばあいつ、携帯持たされてたわ。
あいつがまいごになっても大丈夫じゃない!




「よーし、行くわよ!」
あたしは横断歩道を渡って、お父さんが歩いている道の方に行って、お父さんの後ろ姿を追っかけた。
大丈夫、あたしだっていっつもリレーの選手に選ばれるくらい足が速いのよ。
歩くのも速いし。すぐにお父さんに追いつけるわ。

ずんずんずんずん歩いて、歩いて、お父さんの背中を追っかける。
街の中で見るお父さんの背中って、なんだか新鮮だった。
ホラ、授業参観とか学芸会とか来てくれてお父さん達の姿をみつけると、なんか照れくさいでしょ。
それにちょっとだけ似てるかな?
家だったら甚平来てて、新聞読んでぼーっとしてるとこしかみたことなかったから、なんか・・・違う大人のひとみたいだったんだもの。

ちょっとはカッコイイかもね・・・。うちのお父さん。
あのお姉さんは・・・あたしやお母さんやななろの知らないお父さんとか、知ってるのかな?

「・・・・・・。」
そう思うと、ますます早足になった。
絶対とっつかまえて、問いただしてやるんだから。
見てなさいよ、今すぐ追いつくわ。
だって、家族で遊園地とかに遊びに行って、先導するのはあたしだもん。
いつもあたしとななろが先頭を歩いて、お父さん達は後ろから追っかけてくるの。
あたしの方が歩くのが速いはずよ・・・。
そう思っていたんだけど。



「あ・・・れ?」
追いつかない。
いつまでたっても、お父さんは同じ大きさのまま。それどころかだんだん小さくなってく。
「ウソよ、あたしの方が歩くの速いもん。」
あたしが小走りになっても、追いつかない。
お父さんて、あんなに歩くの速かったっけ?

「・・・違う。」

いつもお父さんがあたし達にあわせて歩いてくれてたんだわ。
だってあたしの隣で歩いていたお兄さんは、もうお父さんを追い越して先に行ってる。
ネクタイをきつくしめたおじさんも、ハイヒールのかかとをこつこつ鳴らして歩くお姉さんも。
みんなあたしを追い越して歩いている。
大人の人はゆっくり歩けるし、早くも歩けるし、人に合わせて歩く事も出来るんだわ。
そんなことにも気が付かなかっただなんて。

そうわかったら、なんだか急に不安がこみあげてきた。
「お父さん・・・。」
背中がだんだん小さくなってく。
いつもあたしやななろに合わせて歩いてくれてたお父さんは、今日はどこにもいない。
今のあのひとは「お父さん」じゃなくて「田島十兵衛」ってひと・・・。
あたしが知らないお父さんなんだ。

「お父さん、お父さんっ!」
当たり前だけど気が付かない。走り出したけどもう遅い。
人混みの中に紛れて、お父さんはどこかに行ってしまった。
あたしの体に誰かがぶつかって、思いっきりコケた。
都会ってほんっとにイヤよね、こんなかよわい子供転ばして知らん顔なんだから。
わざわざぶつかって睨むくらいならよけて歩きなさいよ。なんてバカな大人達なの・・・・。

・・・・・・・・・・・。

「ひ、・・・っく。」
ヤバイ。
「ひっく」とか言ってるわよ!!
泣いちゃいそう。ダメダメ泣いたら・・・。『いい女は泣かない』ってドラマで言ってたもん。泣いたらダメよ泣いたら・・・。
「・・・・・・ん、う。」
お父さん、お母さん、ななろ・・・。
隣にななろはいない。ここは世知辛い都会のど真ん中。
知らない街で一人きりで、お父さんはほかの女にめろめろで。
シチュエーションだけは揃っているでしょ?
涙がこらえられるか怪しくなってきた。
「ひ、ぐ、ぐすっ・・・・・・。」
だめだめ泣いたら。
こんなとこでこんなことで泣いても、みんな哀れんで見るか、知らん顔するだけだわ。
あたしは大人なんだもん。あんまり非生産的な事はしたくないんだもん。
だけど・・・・・・・・・。

「おーい、どうしたの?こんなとこに座り込んで?」
は?
涙をこらえて、上を見るとでっかい体。
短い髪のお兄さんで、まるで熊みたいな太い腕。
その横にいるのは黒ずくめのお兄さん。
この暑いのに、そのカッコだけでインパクトがあったけど、目つきがすっごく・・・ごめんなさい、怖かったの。
しかも、どう見ても普通じゃないカッコで。どこかの構成員って感じだったわ。
本人は優しく見ているつもりだろうけど、不安でしょうがなかったあたしはその眼力にビビって思わず声をあげてしまった。

「ひ、ひ、うええーんっ!!!」
「え、おいおい、どうしたの?迷子になったの?」
「お嬢ちゃん、ホラ泣かないで・・・。」
近づくと余計(ごめんなさい)怖い。
「えーーーーんっ!!!!」
あたしは恥も外聞もなく泣き続けた。

え?いい女は泣かないって言ってたって?
うるさいわね、別にいいのよ!!
だってあたしまだ『女の子』だもん!泣きたい時に泣いてもいいじゃない!!
ほっといてよっ!!


不安で不安でたまらなくて、何がなんだかわからなくて、とにかく涙と鼻水を大量に垂れ流して(最っ低・・・)、気が付くと熊お兄さんにおぶってもらってた。
いつものあたしなら、あばれて降りるはずなんだけどもうどうでもよかった。

熊の背中で、ゆらゆらゆられて連れていかれた所は、喫茶店だった。
ホントに流行ってなさそうな、へんぴなとこにある喫茶店。『森の小路』って書いてる。
・・・フリガナくらいふってよ。よめなかったわ。『もりのころ』かな。
ドアベルが鳴ると、背の高いお兄さんとお姉さんが2人いた。
熊が「足下気を付けてね」と言いながらあたしを下ろす。
目つき悪いお兄さんが、背の高いお兄さんに何か言いつけた。
ちょっとの待ち時間の後、カウンター席のあたしの前に出されたのは、ミルクティと生クリームがかかったガトーショコラ。「おいしいよっ。」と髪の短いお姉さんが嬉しそうに笑ってる。

都会で知らないガキに、しかも人並みのルックスのあたしに親切にしてくれる人がいるだなんて。
この熊とこのお兄さんって、よほどお人好しなのね。
熊は生クリームをなめているあたしを見てにっこり微笑むと、自己紹介をしてくれた。
「俺は赤星竜太。そっちの背の高い兄ちゃんが黄龍瑛那。ギター持ってんのが黒羽健。で、あいつが翠川輝であのこが桜木瑠衣。キミの名前は?」
「・・・・・・田島忍って言います・・・。」
「たじま?」
ん?
あたし以外、全員の目の色が変わった。


「もしかして、田島博士のお嬢さんなのっ?」
「お父さんの事知ってるの!?」
今度はあたしが質問をする番だった。
っていうか本当に、うちのお父さんって何の仕事してるの?
こんなお兄さん達と知り合いだなんて聞いてないわよ?
あたしてっきり、同じくらいの年のおじさんとお仕事してるのかと思っていたのに。
「知ってるの?会わせて!!問いただしたいこといっぱいあるの!!」
「し、忍ちゃん、落ち着いて・・・。どうしたの?お父さんには家でいつも会ってるでしょ?」
熊が・・・ううん、赤星さんが顔を近づけてあたしを見た。
他の人達も興味津々って感じ。

あたしも自分の事じゃなかったら、首つっこんで話聞いてるとこね。
けど、今は自分の問題なんだもん。
そんな余裕はなかった。
「あたし、お父さんがどんな仕事をしているか、知らないの。今日は開校記念日だから、お仕事先を探そうって思って・・・・・・。そしたら、お父さん・・・・・・。」
ぐす、あ、また涙が出てきた・・・・・・。かわいいお姉さんがハンカチを持ってきてくれたけど、ダメだ・・・。こんな事言えるわけない。
フリンしてるだなんて言ったらきっと、お父さん、会社で働けなくなっちゃうもん。
こんな時でもお父さんの心配してるだなんて、なんてえらい娘なのかしらあたし。

「お父さん、わかんないことばっかりなんだもん・・・・・・。」
「忍ちゃん。」
ヤクザっぽいひと・・・じゃない黒羽さんが、あたしの手をとってにっこり笑った。
「今から、お父さんの仕事場を覗いてみようか?」
「ホント!?」
「ホントだよ。だけどね、約束してもらえるかな?」
「約束?」
「そう。ちょっと目をつぶっていてくれないかな?」
「め?」
黒羽さんは、膝を折り曲げてあたしに目線をあわせた。
これ、いつもだったら子供扱いされてる感じでイヤなんだけど、今は悪い気はしない。
よく見たら、けっこうカッコイイんだもん。

「そう。オレがいいって言うまで、忍ちゃんが目を閉じていてくれるって、約束してくれるのなら連れてってあげるよ。」
「う、うん・・・わかった。」


あたしは約束を守る女だもん。しっかり目をつぶって、黒羽さんと手をつないでゆっくり歩き出した。

2002/7/22

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