I Love You , Papa!
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急に空気が冷たくなって、他の部屋に行ったんだなってのがわかった。
歩く時に出る音も、タイルの床の音じゃない、もっと固い物の上を歩いているような気がしてきた。
不思議な感じだったけど、目は開けなかった。ちゃんと約束守ってて、いい女の子でしょ?
何回かドアが開けられるのがわかって、黒羽さんがあたしの手を離した。
「さ、忍ちゃん・・・・・・?目を開けて。」
あたしはちょっと芝居かかって、ゆっくりと目を開けた。

「わ、・・・まじで?」
アホな声出しちゃったけど、それが正直な感想だったの。
そこはまるで別の世界だった。
結構広がっているお部屋で、でっかいモニター、色とりどりのランプ、まるでスターウォーズみたい。
エピソード2、だったっけ?前の話とかずーっと前に作られたやつとか見てなかったから、訳わからなくて途中で寝ちゃったんだけど、そこに出てくる宇宙船の中みたいなの。そんな中でお父さんは機材の影で何かいじくり回していた。ここからでは影になってよくわからない。
家とは全然違う顔だったの。
なんかぼーっとして力抜けてて、ビール飲んでるお父さんじゃなくって、なんて言ったらいいのかなあ・・・プロジェクトXとかに出てきそうな感じのおじさんだったわ。
要するに、カッコよかったの。身内の事(しかもあんなお父さん)ホメるのってちょっと照れるけど、今は正直になろうじゃない。

けど。

「・・・あ、れ?」
お父さんの手を見て、決定的な事を見つけちゃった。
この冷静なあたしが目をまんまるにしたのなんか久々よ。
それを飲み込むのに必死な事態を見つけてしまった。
お父さんと、お母さん・・・も、もうダメかも。
黒羽さん達はニッコリ笑って、あたしをパパの側まで連れて行ったけど、あたしはそれどころじゃなくなってた。

どうしよう。
本当に家庭崩壊かも・・・・・・。

「やりますなあ田島博士。こんなかわいいお嬢さんを泣かせるだなんて。」
ちょっと余裕げな口調で、黒羽さんはお仕事をしているお父さんに声をかけた。

どうしよう、顔あげられない。
お父さんは本当にあたし達の事、キライになっちゃったんだわ。
明日からどうしよう。もしリコンとかする事になったらななろと別れなくちゃいけないのかな?学校も転校とかするのかな。お友達と離れるのイヤだなあ・・・。
ななろに龍騎のカード、たくさん買ってあげようかな。あいつ、なんだかんだ言ってお母さんの事好きだから、お母さんの方に行くのかな。
おとうさんはあのお姉さんと一緒に暮らすのかな。
どうしよう・・・こんなに短い時間で、こんなに深刻な事を考えたのなんか初めてよ。

「忍?ど、どうしたのこんなとこに?お前までどうやってここに来たんだ?」
あたしが顔をあげると、お父さんは目がちょっとまんまるになった。
当然よね、涙で満杯だったんだもん。「涙は女性の武器だからね」なんてどっかのおっさんが言ってたけど、良くも悪くもその通りだわ。お父さんはビックリした顔のまま、あたしの顔を見て、黒羽さん達の顔を見て、そして白衣の袖で(汚いのよこれが・・・)あたしの顔を拭こうとした。
左手で。

「やだっ!」
あたしがお父さんの手をばしっと叩くと、お父さんはますますびっくりした顔になった。
左手の薬指・・・。さっきから、あたしの心臓がやかましいのはこの指にはまってるものがなかったから。

そう!!結婚指輪がはまってないのよ!!
信じられる?!あたしは信じられないわよ!だってあれって一生付いてるモノなんでしょ?結婚したらはまっているものなんでしょ?
なんで外す必要があるのよ、なんで独身に見せようと思うのよ、どうしてお母さんとの結婚の証明の指輪を外す必要があるのよっ!!?

ぜえ、ぜえ・・・あたしはいつのまにか息が切れていた。
周りを見ると、みんなポカンとしてる。
「あ、れ?」
「忍・・・・・・。」
お父さんは困った顔になってる。他のみんなも、笑いをこらえていたり困った顔になっていたり。
それで、ようやくあたしは思った事を口に出しちゃっていた事に気が付いて、顔から火が出そうになった。
「あ、お・・・。」
あたしは恥ずかしくてちょっとうろたえたけど、何も悪い事しゃべってないわ。頬をぱしぱし叩いて、お父さんに目線でタンカを切った。
お父さんはしばらくの間困った顔になっていたけど、白衣をちょっとまくってズボンのポケットからごそごそと何かを取り出した。

案の定、指輪だったの。銀色で、ちょっと黒くなってて、時代遅れな感じのデザイン。
裏がわに結婚した日付が彫られてた。
「忍、お父さんは指先を使う仕事をしているんだ。だから外しているんだよ。引っかかったりしたら危ないだろ?」
「ウソだ・・・お父さんウソついてるでしょっ!?」
「何故そんなことを?」
『何故そんなことを?』だって。なんなのよこの冷静さは。家と違うわ。
家の方が演技だったのかしら・・・。
けど、真相はわかってるのよ。
「だってだって、あたし見たんだもん!!お昼にマックの袋持ってきれいな・・・。」
「お姉ちゃん。」
は?

お父さんの後ろから出てきたのはななろだった。マックのフライドポテト(しかもLサイズ)を口にして、にやにやしている。
どうして、アンタがここにいるのよ。っていうかあたしも忘れてたけど(姉失格ね)。
「ななろ!!どうしてアンタがここにいるのよっ!?ていうか、あのお姉さんは・・・?」
「こんにちは、忍ちゃん。初めまして。」
「あのね、お姉さんここで働いてるんだって。連れてきてもらったの!」
ななろの後ろにどんな飾り言葉も見つからないくらいの、あのお姉さんが立っていた。近くで見るとますますキレイだった。ついでに声まで優しくてどきどきした。
お父さんの後ろにななろが立ってて、ななろの隣にきれいなお姉さんが立っていて。
リコンした後って、こんな家族写真になるのかな・・・。なんか、ななろもあのお姉さんになついてるし。
な、なんか・・・あたしだけ空回りしてるみたい。あたしだけひとりぼっちみたい。
あたしだけ・・・・・・。


「お姉ちゃんあのね、このひと有望さんって言って・・・。」
「ひ、ひ、うっ・・・うわーん!!!」
「し、忍?どうしたの?」
「忍ちゃん?」
「うわああああーん!!!ひーん!!!」
あたしはまた泣き出した。どうしてこう、イマイチ大人になれないのかしら。
さすがにお父さんも慌てて(今までも十分慌ててたけど)あたしの顔をきったない白衣に押しつけた。
「ほんとにどうしたんだ?」
「だって、お父さん・・・お父さんがいけないのよっ!!お仕事の事だって、全然教えてくれないし、お母さんとケンカしてるのにお姉さんと一緒に歩いてたり、ひっく、ゆ、指輪外してたりしてさ・・・・・・。」
お父さんはバツが悪そうな顔をした。
当ったり前よね。こんなカワイイ女の子泣かせて、バチが当たるわよ。
「お父さんって、あたし達に秘密ばっかりなんだもん!!」
「そっか・・・・・・。そうだな、確かに。」
あっさり認めるあたりまたムカつく・・・・・・。

「あのね忍。お父さんの仕事は色々あるけど『研究すること』なんだよ。秘密になることがたくさんある。だから忍達にも言えないんだよ。お母さんとケンカしているのは悪かったね。今日お父さんの方から謝るよ。」
「お父さん、あの・・・・・・。」
内緒話するみたいに、お父さんの耳に近づけて、声を小さくして話す。
さっきからギモンに思っていることを。
「お父さんって、あの・・・その。」
「なんだ?」
「そ、その・・・・・・フリン、してるの?」

お父さんの体の力ががくーっと抜けた。
「忍・・・だれが?お父さんが誰とそんなことを?」
「お姉さんと。」
あたしがお姉さんをちらっと見ると、お父さんもそれに気が付いたみたい。
ますます体の力が抜けてた。
「お姉ちゃん、あのね。お姉さんとお昼ゴハン買ってただけなんだって。『やましい』ことなんてないって言ってたよ!」
「ななろ。」
「忍ちゃん、ななろくんから聞いたけど・・・。私は田島博士の事は好きよ。けどね、忍ちゃんが思っているような『好き』じゃないの。」
「お姉さん。」
お姉さんはあたしの側に来て、ニッコリ笑った。
ほんとにきれいなひと。街で見るようなオバケっぽいまつげしてるようなお姉さんじゃなくって、薄化粧なのにとてもきれい。
何か軽い香水でもつけているのかな。とってもいい香りがふわっと近づいた。

「忍ちゃんのお父さんは、同じ研究者としてとっても尊敬できるひとなの。忍ちゃんや、忍ちゃんのお母さんが博士に持ってるみたいな『好き』とはまた別なのよ。」
「そうなの?」
「そう。『好き』ってね、忍ちゃんが考えている以上に色々な種類があるの。私はこれからも、田島博士を尊敬できたらいいなーって思ってる。それにね・・・。」
お姉さんの顔が耳にふっと近づいて、あたしに内緒話を始めた。
優しい声が、優しくて素敵な事をささやいて、あたしはちょっと顔が紅くなる。その理由はちょっと内緒。
「そうだったんだ・・・!」
「うん。」

お姉さんがくすくす声をあげて笑うと、途端に親近感を持てるようになったわ。
好きって感情が色々あるってのはなんとなーくわかってるけど(うるさいわね。初恋もまだなんだもん。)、お姉さんにもお父さんにも悪い事しちゃった。
誤解しちゃってた。

お姉さん、スキなひとがいたんだ。
ちょっと・・・・・・シュミはよくわからないけど。
よかったじゃん、熊。



「お父さん、ごめんね。疑っちゃって。ななろもごめんね、1人にしちゃって。」
謝るあたりがえらいでしょ?今、謝れない大人って多いもんね。
素直に謝れるって子供の特権だと思うわ。
「お父さんも内緒話がちょっと多かったね。」
「別にいいよお姉ちゃん。龍騎のカードは買ってもらうけど。」
返事の代わりにななろの頭をひとつ叩いて、お父さんに会社の中を案内してもらった。
楽しかったよー。すっごく!やっぱりちょっとしか回らせてもらえなかったけど、そこは大人だもん、納得よ。トップシークレットだもんね。


帰りに、『もりのこみち』(ようやくほんとの名前を教えてもらった・・・)のケーキをおみやげにしてあたし達は家に帰った。久々に3人で手をつないで帰ったの。楽しかったよ。
「大収穫だったわ!」
「葉隠博士のケーキはおいしいからね。お母さんのおみやげ代わりかな。」
「ううん、ケーキじゃなくって、お父さんの会社に行けたことよ!」
有望お姉さんや熊・・・じゃない、赤星さん、黒羽さん達に会えて楽しかったわ。
フリンじゃなくってほんとによかった。
考えてみたらわかるわよねー。こんなお金もなさそうなお父さんが、できるわけないもんね。

「ねえお父さん、今日あたし達がお父さんの所に行ったの、お母さんには内緒にしててね。」
「くちづけしたらダメだよ。」
「くちづけ?」
「ばか、ななろ!!」
なんであたしが顔真っ赤にしなくっちゃいけないのよ?
ななろってよくわからない時に、よくわからない言葉の間違いをするの。
ホラ、まだ子供でしょ?舌がきっとまわらないのよね。
あたしが訂正しようとしたら、お父さんてばまた真っ赤になること言ってくれちゃった。
けど、ちょっと嬉しかった。

「それは約束できないかもな〜。つげぐちはしないでおくよ。告げ口ね。」
「うん。」
「ふーん。」
あたしがニヤニヤしてるとお父さんはちょっと困った顔をしてた。
ちょっと照れ笑いしてて。
けど、なんだかとっても素敵に見えた。
「どうしたの、忍?」
「なんでもなーい。えへへ・・・。」
顔を上げてお父さんの顔を見ると、お母さんからもらったサングラスしてる。
シュミ悪い色とか思ってたけど、お父さんがかけるとキマるのよね。この辺も、年月と愛が勝ち取ったセンスなのかな。

ウチのお父さん、秘密は結局多いままだけど、大収穫だった。
お母さんの事はまだまだスキみたいだし、きれいなお姉さんやかっこいいお兄さんとも知り合いになれたし。
なによりお母さんやあたしやななろの事が、まだまだスキってのもわかったし。
それに18までは田島十兵衛が父親で、お母さんは顔キツイあのお母さんで、弟はななろで、娘はあたしの4人家族でいられそう。

これからも、優しくってちょっとださいお父さんでいてね!


田島忍でした!


   (おしまい!)
2002/8/5

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