剣と 手鏡と
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風の噂でスプリガンが大怪我した事を知ったオレは気が気じゃなかった。
「スプリガン、大丈夫かなあ……」
「どうせ軍の院でくっつけてもらってんじゃないの?」
「姐さんっ!」
「そうだ、腕が吹っ飛んだんだろ?足でもくっつけてもらえあいーじゃねえか?」
「怒るわよオレっ!!」
女の子言葉が混ざって怒鳴ったオレに、姐さんは酒と果物が入ったカゴをオレに差し出した。
「見舞いに行ってやんな。アンタの可愛い顔なら『慰問』と言って入れるだろうさ」
「わかった…スプリガン………大丈夫だよね?」
「平気さ、あいつは。場所はわかるかい?」
「うん。行って来る!」
切なそうにカゴを胸で抱きしめた少年は、憧れの人のそばに駆けだして行ってしまった。
翻す編み物のガウンが揺れる姿が消えると、保護者代わりの女性はため息をついて、シガレットに火を付けた。
「これだから……傭兵なんてイヤなんだよ」
スプリガンの慰問に来たの、あたし知り合いで…と上目使いで言うと院の係員はすっと道を開けてくれ、案内までしてもらえる事になっちゃった。
傭兵達のたまり場で、確かに正規の軍と比べたら設備は悪いだろうけど、それでも結構優遇されてるなあって感じた。
ああ、心配だ……。スプリガン、大丈夫かなあ………。
「スプリガン、大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ、お嬢さん。彼は死んでも死にません。昨日、パーツを付ける手術というか、工事というか…ハハハ。それをやったばかりですから」
係員のおっさんはくすくす笑いながらオレの問いに答える。
「またすぐに戦場に舞い戻るに違いありません。
「ほんと?ほんとに?大丈夫なのねっ?」
「ええ、だから私達も考えているんですよ」
彼を殺るにはどうしたらいいのか、と聞こえたのは空耳じゃなかったみたい。
いきなり顔を床にたたきつけられて、手足を細いヒモで縛られた。
「痛っ!」
「静かに……お嬢さん」
「ずいぶんあのロボットもどきと仲がいいみたいだね。おい」
女の子の扱い方を知らない奴らみたい。身動きとれないオレの両腕を捕まえて、前から首を捕まれている。
なんてカッコさせるんだよっ。
そして、事もあろうにオレの長い髪の毛を手入れもしてないナイフでざりざりと切り落としていくのがわかった。
すとん、と地面に髪の毛が落ちるのがわかる。
結わえていたリボンのかけらが宙を舞う。
「あ……」
「気丈なお嬢さんだね、髪の毛を切り落とされて涙も出ないだなんて」
普通はそうなんだ、とまた自分と女の子の違いがわかる。
そんなことを考えていられる自分が面白かった。髪どころか命まで切り落とされそうだと言うのに。
ここまでされてようやくオレは『彼らはレジスタンス』だとわかった。
スパイダル帝国に反旗を翻そうだなんて奴らはそんなにいない。オレ達はその日の暮らしで精一杯だし、しかもその生活に慣れているし、何が起ころうと『仕方ない』で済むので、そんな大それた事を考える奴はいないのだ。
それがすぐ目の前にいる。
「キミには悪いが正攻法じゃオレ達はとっくに壊滅だからね、悪いな」
「スプリガンをおびき出す人質になってもらうよ」
「ちょっ…スプリガンがオレの髪程度で来る訳ないだろ!!それに、今は絶対に来られる訳がないだろ、手術の直後なんだろ!」
「だからこそだよ」
「それにどうしてスプリガンなんて?狙うならもっと重要な奴がいるだろ!!」
「彼は十分重要人物だよ。キミが名を知ってる時点でね」
何言ってるんだと思った。
けど何を言っているのか、悪い頭でなんとなく理解した。
オレの住んでいる所はスパイダルの場末も場末。軍の戦況が届くまでにかなりの時間がかかる場所だ。
そんな所に一兵士の活躍ぶりが流れるという自体、驚異的な事なのだ。
レジスタンスもほっとかないくらい、彼は傭兵で収まらないくらいの活躍をしている男だったのだ。
「くそ、離せよお!!」
「悪い、と断りを入れたはずなんだがね。髪の毛よりも目の方がよかったか?それとも指を一本切った方がよかったかっ?」
「や、………っう」
恐ろしさと涙が出ないようにというちっちゃなプライドのため、なんとかもがこうと、バカみたいにじたばたしていると、オレの床に落ちたはずの髪が宙を舞った。
オレの首を掴んでいた男は首と腹と背中に銃弾を受けて、どさっと倒れた。
目を見開いたまま血だまりの中に倒れた男を見て、小さく悲鳴を上げる。
後ろからオレを掴んでいた男は『この…』とナイフを両手に持って、銃弾の飛んで来た方向へと飛んだ。
その方向は赤い逆光でよく見えなかったけど、見たことのあるシルエットが浮かんでいた。
「貴様の手術が生かされる事はない!死ね!!」
「うるせえ」
妙にくぐもった声に聞こえたのは、恐怖からの耳鳴りのせいだろうか。そのシルエットはレジスタンスのナイフを右手で受け止めたが血が出ない。その代わりにがぎっ、と金属が弾けあう音がした。
レジスタンスが左手をかざすと、シルエットは右手を滑らせて先ほど受け止めたナイフを床に落とす。そのまま背の剣をとり鞘から抜いたと同時に彼を斬った。
あまりにきれいな弧を描いて剣は背中の鞘におさまり、同時にどさり、とレジスタンスは倒れてそのまま動きもしなかった。
「………よかった…無事で」
くぐもった声が、自分に向けられる。その声はこないだまで聞いていた声で、それを聞くたびに嬉しかったのに……。
初めて彼から差し伸べられた手のひらだというのに、オレはその手に対して体を引きつらせた。
びくんっと動き、その動きで半泣きになっていた瞳から涙がこぼれた。
彼の機械の腕は血まみれで、泥まみれで、自分を見つめる瞳はあの灰色の瞳じゃなくって、無機質なレンズになっていた。
がしょっ…がしょ。
きゅいいいいいー…………
表情のない顔が自分をのぞき込み機械音がやかましく自分に突き刺さる。
「あ、あ……スプリガン?なの?」
「ああ。手術が終わったばかりだが……調子は良いようだ」
しがみついた首や、きれいな瞳、ちょっと固めの髪の毛は鋼のものにすり替わっていた。
声の調子で微笑んでいるというのはわかる。
わかるけど…。
その血みどろの手が恐ろしかった。
何がどう恐ろしい、じゃない。
本能でその血が怖かった。
言わなくちゃ。
オレは貴方がすきだって。一緒にそばにいたいって。
誰が何と言おうが、貴方はとっても素敵なひとだって。
「……………あ」
あなたがすきだって、その言葉の前に「どうしてここまでして戦わなくちゃいけないの?」「なぜレジスタンスに狙われるくらい強くなってしまったの?」「なぜ体がこんなになっても戦わなくちゃいけないの?」と震えを伴った疑問ばかりが壁を作る。
口は動くのに、どうして声が出てこないの?
どうして、目の前のこの人がこんなに怖いの?
何故血みどろの彼の手がこんなにも恐ろしいのっ!?
どうしてレンズの目がこんなにこわいんだっ?
「やれやれ…今日はあたしが晩飯作ってやろーかな……」
場末の女は何本目かのシガレットに火をつけた。
彼女は傭兵の男はキライだった。
あいつらは金が入ると気前よく自分を愛して、甘い戯れ言を言う。それは彼女もキライではなかったが、何よりキライなのがあいつらの『潔さ』だった。
「あいつら、自分ひとりで生きてると勘違いしてやがる……」
戦場に行って、帰って来られるといつでも誰でも信じている。
帰って来ない奴はごまんといたし、「死ぬのなんか怖くない」などとうそぶく奴もいた。スプリガンではないが、足や腕を失って帰って来た奴もいたりした。
それでも笑って「次があるさ」と言う奴ほど彼女はキライだった。
誰にだって、あんた達を愛している奴が……心配している奴がいるって事を、知らない。
戦いが終わるたびに、姿を替えていくたびにあたしがどんどんつらくて切ない気持ちになったのを、あのロボットもどきはわかっているのか?
夢のために憧れのひとのために、その道を行くためにどんどん進んでいく男を追う程バカな少女でもなければ、イイ女でもない。
「だから、やめとけって言ったのにさ……」
あんな男なんか。
シガレットが薄いベールを作り、巨塔のようにそびえるスパイダル城を映し出していた。
「……もうオレなんかに近づくな」
吐き捨てるように言ったセリフに何も言えなかった。彼が腕をぶんっと振るとそこに付いていた血がオレの顔に注いだ。『ひっ』と喉を鳴らすとその声に彼はゆっくりうなずき、振り返りもせずにまた歩いていく。
ゆっくりなのにすぐに距離が遠くなる。
けど追いかけることができなかった。追いかけられなかった。
追いかけて行けなかった。
彼の前には永遠の目指すべき目標があって……その前にはどんな事でも犠牲にできるんだってわかったら、
オレはやっぱり手鏡しかもてないってわかったの。
「あーあ。可愛い坊主じゃねえかよ。昔のお前みたいでさ……」
「血が怖い、か」
自分の事を『どっかイッてるに決まってる』と吐き捨てたのはあいつだったな。
「そうかもしれないねエ」
「何が?」
「どっか狂ってないと、この稼業は続けられないだろ……」
死体が溢れ、
ヒトを殺しても特に何も思わず、
その屍の上を歩いて行って、
ようやくあの人の背中にたどり着く。
闘えば闘うほどあのお方に近づくと思うと、腕を吹っ飛ばされても足をもがれても、トチ狂ったように争いを求める自分は、やっぱりどこか狂っているんだろうと思う。
憧れだけでは済ませたくない、狂った想いがどこかにあるからこそ、どんなになってもオレは戦いたくてしょうがない。
何が犠牲になろうが、自分はひとりだから失う物が、犠牲になるものが最初から何もない。
だから、戦う者は常にひとりでありたいし、大切なものをつくりたくないのだ。
そして何かの狂信者なのだ。
今もこれからも多分、ずっと………。
(おしまい)
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