剣と 手鏡と
<前編>
(後編)
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「見てよ、スプリガンだわ」
姐さんから指さしされた方を見ると、背の高い男がひとりたっていた。
灰色の瞳に少し入り交じり始めてる顔のしわ、色が抜けたような髪の色。
そして機械の腕で酒を飲むその姿。
好きな人と言うのはなんでもかんでも良く見えるもの。自分が子供であれば尚更に。
「はあ〜…いつ見てもカッコいい〜〜〜〜vvv」
「趣味悪」
スプリガンがこの店にフラリとやってくるようになったのは、つい最近の話。
カウンターのはじっこが定番の席で、酒を一杯二杯頼んで、暇つぶしに来るみたいな感じ。
まあここはめずらしく明朗会計な店だもんね。彼みたいに酒だけ飲みたいひとにはありがたい存在なのかも。
姐さんの言葉はさておいて、私はこの男にとっても憧れていた。
謎めいている機械の腕、腕どころの騒ぎじゃなく機械で埋もれた体、生身の部分が残っているだけにそれは見る者に妙な不安感を与える存在で。
何より彼の近づけそうで近づけない雰囲気を読みとるのは簡単な事で、そっと寄り添う女なんてだれもいなかったし、彼も酔っぱらいを適当にあしらいながら酒を飲むのが好きなようで、私達とは『利害の不一致』のためにおしゃべりするなんて事もなかった。
けど、やっぱり話してみたくって、私は服の端をふわりとなびかせて彼の方に歩いていく。
なるべく可愛らしい、何も考えてない男好みの阿呆な少女の口調を真似て、そっと近づく。
「ねえ、騎士様」
「騎士じゃねえよ、嬢ちゃん」
「お嬢さんだったら、こんな所で働かないわ。ねえ?隣座っていいでしょ?」
了解も得ずに彼の隣に座る。
近くで見たらますますカッコいいじゃない。
がっしりしたあごの線と太い首。ひとつ残った灰色の瞳はきれいで、まるでビー玉みたい。
ああん首に腕とか回してみたいなあ〜vv
「あんたの腕って凄いね。金属製なの?」
「見りゃわかるだろ」
「ね〜え?触ってみていい?」
「好きにしろ」
可愛い。照れてる。
機械で半分近く覆われた顔だけれど、片一方残った左目がそう告げている。でっかいガタイとは裏腹に、ぶっきらぼうな態度が子供っぽい。
言葉に甘える間でもなく、機械の腕にそっと手を乗せてみた。ひんやりしているかと思ったけれど少しだけ暖かい。
「どうして?」
「機械ってのは動いてるだけで熱が出るモンなんだよ」
「ふうん」
難しい事はわからない。
「それに………お前男だな?」
げ、もうバレた。
一応、『驚いた』といった顔を作ってスプリガンを見る。彼はというと興味も特になさそうな、半分あきれたみたいな、よくわからない表情を作っている。
「……よくわかったね?ここに来る人たちは、たいがい『オレ』が女の子だって思ってるよ」
「美しい顔だが手を見りゃわかる」
私…じゃない、オレは手をランプの明かりにかざして見た。我ながらキレイな手だと思うんだけど。
「どんなに細い指でもごつく出来てんだよ、男の指ってのはな」
「美しい顔って言ってくれてありがと。嬉しかったよ」
「ホントの事を言ったまでだ」
「アハっ、女遊びも上手そうだねえ、騎士様v」
ドサクサにまぎれて(まぎれてない)、狙い目だった首をかみつくように抱きしめた。首から上は機械の腕と違って、自然な人肌で暖かだった。機械で覆われてない頭髪は見た目通り固くって、触るとくすぐったかった。
口説きセリフも体の感触も上等のこの男が、オレはすっかり気に入ってしまった。
やっぱりアンタも男の子だったのねえ、と言ったのは姐さんだった。
「どうしてさ?」
「あんなロボットもどきの男に見た目だけで近づくあたりが」
「カッコイイじゃない?姐さんも思わなかった?」
「全然。あんなのに抱かれる女が間違っていたとしたら、同情するわ私」
キツイ言葉で返した姐さんのシガレットホルダーから、キっつい煙がもくもく出る。
「大体、傭兵上がりの男なんか入れ込まない方がいいっての」
「オレ好きだよ、あの人のことvまた今日も来てくれないかなあ〜」
まかない料理を作るために、野菜を乱雑に切ってスープの中にだばだば入れる。
おたまでちょっとすくって口をつけるとよい香り。うん、最高っvv
やれやれ、と姐さんはオレを見ていた。
アンタも男の子だったのねえと言う彼女の言葉はまさしくその通りで、オレは彼に恋している、というより憧れに似た感情を持っていたのだ。
そりゃ、同じ歳の男とくらべたら剣よりも化粧の方に興味があるし、女の子と話がとても合う。
けど、やっぱり着飾ったお姫様よりも、カッコイイ騎士様に憧れるでしょ?
百戦錬磨の隻腕の騎士様。
どう?憧れるには丁度いいキャッチフレーズでしょ〜?
姐さん達は一応は彼と話をする程度はできていたけど、あまり深入りしない、恋しているようには見せかけることもなかった。
オレだけが彼の事を好きだったんだ。
機械の腕も、そのでっかい外見もオレと正反対(当たり前だ)で、男として憧れるには丁度よかったんだもの。
「けどまあ、男の子は強いヤツに憧れるからねえ。アンタも普通の子だったんだね」
「まあね……」
編み込んだ長い髪の毛、ふわふわした裾の長いドレスが我ながらよく似合う。
そばにあった姿見に映るオレの姿は女の子そのものだった。
孤児だったオレがここに来た本当の理由は、姐さん達のまかないを作る事だったハズなんだけど。この顔を見て女の子と勘違いする奴ばっかりで、姐さん達がおもしろがって化粧やら髪を結わえるやらで、今に至る。
こういう生活をしていると、男として生きていくのが面倒くさくなってくるモンなんだけど、なんか久しぶりにどきどきしてるんだ。
「恋、してないでしょ?あの男に」
「姐さん、わかる?」
「だってガキみたいなんですもの。アンタがあいつとしゃべっていると」
あのひとは好きだけど恋じゃない。
何度も言うけど恋じゃなくてあこがれだった。
きれいな顔を売り物にしてきたこのオレを、あのひとはひとりのひととして接してくれる。
もっとそばにいたいな……。あのヒトと一緒にいられたらなあ。
野菜を切っているナイフを、剣を持つみたいにひゅるん、と回して姐さんに小突かれた。
「とにかく、あんまりスプリガンには近づくモンじゃないよ」
「どうしてなの?」
「絶対どっかイってるに決まってるさ。戦場で足が吹っ飛んでも手をもがれても、付け替えてまた戦いに行くんだ。並の神経じゃないだろ」
「そうなんだ!」
「目え輝かせる所じゃないよ、バカ」
「そんなの気にしないよオレ」
「そうじゃない、あたしが言いたいのは……」
姐さんの後ろに覆い被さるみたいに出来たでっかい影。
噂話はあんまりするもんじゃない、話題の人が寄ってくるって言ってたのは姐さんだっけ。
「この女の言う通りだ、オレと関わってもロクなこたねえぞ」
「スプリガンっvv来てくれたの?」
「まだ開店前だよ」
「そんな固い事言わないでよ、姐さん。ねえ?ちょっと出てってもいい?」
姐さんはスプリガンを斬るような目でギロリとにらみつけた。
うわ、怖い。
スプリガンも面白そうに姐さんにずずっと近づく。
「ずいぶん気に入ってるみたいね、この子のこと」
「お前よりはね」
「ありがたい事だわ。けどその子になんかあったら、あんたのその目つぶしてやるから。…もっとも、アンタはまた付け替えるんでしょうけど」
その言葉を『連れていってもらってかまわない』と受け取ったオレは、早々に彼の手をとって雑踏の中に体を潜り込ませた。
「スプリガンはいつから騎士様なの?」
「騎士じゃない、オレは傭兵だよ」
「アハハ、どっちでもいいや」
雑踏を離れて、あまりきれいとも言えない広場でスプリガンはオレに駄菓子を買ってくれた。
嬉しいv宝石や香水を買ってくれるヒトはたくさんいたけど、こういうのを買ってくれるヒトなんかいなかったもんね。
「これオイシイ。初めて食べたわこんなの」
「オレが本当にガキの頃よく食ったがね。お前ないのか?」
「あるわけないじゃん」
子供なのにあまり子供扱いしてもらった事がない(ついでに男扱いもしてもらった記憶がない)オレはこういう駄菓子と無縁だった。
ふわふわの綿みたいでかじると端から端から溶けていく。
甘くておいしい。
「ねえ、スプリガンがいる兵団にはオレみたいな歳の奴もいるの?」
「いるんじゃねえのか?」
「わかんないの?」
「結構大所帯だからねエ。けどオレが剣を握るようになったのは、お前さんよりガキの頃だよ」
「ええっ?そ、そうなの……?」
ちょっと驚いた。
戦いだなんてすぐその辺にあるってのはわかるけど、まさか自分より年下の頃に剣を振りかざしているだなんて思いもしなかったから。
戦場なんて近くにあって、遠い存在だったのだから、彼の言葉に少しだけぞくりとする。
「ところで、どうしてそんな事を聞く?」
「あ、うん……。そいつ、いいなあって思って。いつもスプリガンのそばにいられてさ」
「そばにか……?」
「オレ、いたいよ」
ちょっと目を潤ませてまっすぐな視線でそいつを見る。
これだけで普通の男ならオチるんだけど、スプリガンはやっぱりちょっと違う。
沈黙の後、思いっきりバカ笑いしている。とっても楽しそうに。
「何がおかしいのさ」
「オレなんかのそばにいたっていいことなんかありゃしねえよ」
「憧れなんだよスプリガンは!」
「憧れだと?」
「そうだよ。あんたの事見てるとさ、手鏡じゃなくって剣握ってもいいかなって思うよオレ」
「やれやれ………」
手鏡を剣を両天秤にかけられたスプリガンは苦笑して隣の少年もどきを見た。
きらきらした目で自分を見つめるその瞳は、いつかどこかで見たことがあるようで、心地よく、あるいは少々切ない想いにかられた。
どうにかして黒騎士のそばに行きたくって、そばで剣を振りたくて、あの方のお役に立てたらと……今でもあきらめきれない想いだから、彼は戦えなくなるのが、死ぬのがイヤなのだ。
その想いのため意地汚く生に執着するが故に、彼は己の体を機械に替えてゆく事を何とも思わない。残っている左目や、手首から残っている左腕ともいつかはオサラバするんだろうな、と他人事のように感じていた。
自分の肉体の事に執着しなさすぎの自分に、『あんたを見てると剣を握ってもいいかなって思うよオレ』なんてセリフが自分に向けられるだなんて、思った事もなかった。
「歳取ったな、オレも」
「まだ現役でしょ?」
口説きセリフが板についてるもん、と首にじゃれつく少年にスプリガンは不思議なまぶしさを感じていた。
羨望のまなざしで見られる事は心地よく、そしてちょっぴり荷になるんだな、と黒騎士に改めて尊敬の念をあらわした。
彼が左目と左腕と本当にオサラバしたのはその日から一週間後の話だった。
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