キミの隣 1



 ブルマはまた思いだしていた。彼女を傷つけないよう、気持ちを損ねないように言葉を選びながらしゃべるクリリンを。

「ブルマさんに言われた、悟空が悪いやつを引きつけてるんだって言葉を、悟空なりに考えて、このままあの世にいたほうが……って結論出したんじゃないかな。いや、だからって、全然気にすることないっスよ! べつにブルマさんに言われたから生き返るのやめたってことじゃないと思うし……アイツ歳くわないとかあの世の達人に会えるとか嬉しそうにしてたし、最後まで明るかったっスから」

 そのときは、わかった、気にしない、とだけ彼女は答えた。クリリンを安心させるため、少し笑顔すら見せて。


 次の日、悟空の葬式とトランクスの見送りのためにカプセルコーポにやってきた悟飯の、泣きはらしたような目を見たとき、ブルマの中にあった感情がはっきりした形を取り始めた。

「お母さんはちょっと体調を崩したので来れませんでした。ごめんなさい」
 健気に笑って見せた少年の言葉。きっと私の顔を見たくなかったのかも……そんな思いが頭をかすめたが、それが思い違いであることは明らかだった。思慮深い悟飯が、わざわざ悟空が口にしたというブルマのセリフを、母の前で繰り返すとは思えなかったから。

 あの日、トランクスを笑って未来に送り出すと、ブルマたちは平穏へと戻っていった。思っても見なかった幸せな日々。日ごと成長を見せるトランクスと、不機嫌面しながらも、息子と自分のそばにいてくれるベジータ。幸せを実感するたび、ブルマはクリリンのあの言葉を引っぱり出してくるのだった。私だけが幸せならそれでいいの?そう自分に警告するように。


孫くん、あのとき、私はそんな意味で言ったんじゃないよ。


 お腹の中に新しい命が宿ったのを知ったとき、ブルマはカメハウスや孫家を訪ねずにいられなかった。報告したかったわけではない。嬉しくて生きる力に満ちあふれた自分を持て余し、人造人間戦にそなえる仲間達を励ましたいと思ったのだ。

 そのとき悟空たちは修行の合間の休息をとっており、悟飯とチチは買い物に、ピッコロは一人で外出していて、訪れたブルマは意図せず悟空と二人になった。

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「どおよ、修行は?」

 悟空が危なっかしい手つきで入れた、出涸らしのお茶を飲みながら、二人は向かい合って座っていた。
「ま、精一杯やってるよ。悟飯も力つけてきたし、まあまあ行けるんじゃねえかな、今回は。ベジータはどうだ?」
「そーね。重力室の修行も限界を迎えたみたい。ずっといらだってたんだけど、ちょっと前に出てったきり帰ってこないわ。一人で特訓してるんでしょ、きっと」
「出ていっちまったのか!?」
「そうよ。きっとあいつなりに必死なんだと思う」

 ブルマは寂しくなかった。お腹にはベジータの子供がいる。一人じゃない。悟空には何も告げなかったが、ブルマは自分のお腹のあたりを見て幸せそうに微笑んだ。

 そんな姿を、まるで何もかも知っているような満足げな笑顔で眺める悟空と目が合い、ブルマはベジータとのことを見透かされているような気がして焦った。
「ちょっと、なに笑ってんのよ?」
「な、なんでもねえよ!」
 悟空はごまかすようにあわててお茶をすすり、あちっと叫んでひざにこぼした。
「あーあー、なにやってんのよ」
 ブルマは苦笑し、テーブルの上の布巾を悟空に投げてよこした。サンキュ、と言うと彼はごしごしと道着をこすった。

「アンタもホント相変わらずよねぇ。こうやって話してると、あたしちっとも実感湧かないのよね。孫くんが世界一強いなんてさ」
「ははは……」
「でも悪いヤツラはみんな孫くんを目指してくるもんね。ピッコロも、サイヤ人も、ドクターゲロも。その強さが悪者を引き寄せちゃうのかしら。美しすぎるのも罪だけど、強すぎるってのも罪よねぇ」

 そう言ったあと、彼女は悟空が手を止めて一点を見つめているのに気づいた。

 あの孫くんがと思うと信じがたいけど、あれは明らかに考え込んでいる顔だったわ。

 しかしすぐに、悟空は時々見せる静かな笑みを浮かべて、ただ「そうかもしんねえな」とだけ答えた。だから彼女も自分の考えすぐにうち消した。孫くんが考え事なんて、似合わない、と。
 そのときチチと悟飯が帰ってきて、二人の久々の会話はあっけなく中断された。

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 クリリンに悟空の去り際の話を聞くまで、ブルマはこんな会話を交わしたこと自体忘れていた。


 孫くんはずっと憶えてたの?

 ずっと引っかかってたの?

 あのとき、どう受け取ってたの?

 あたしが言いたかったのはこういうことじゃないのに。
 こんなこと少しも望んでないのに。

 どうしてあのとき真意を問いたださなかったのよ?


 大声を上げて、悟空の胸を叩きながらこうやって言えたらどんなにいいか。でもその相手はもうここにはいない。本当の気持ちを聞くことも、伝えることもかなわない。そう思うとブルマは胸がいっぱいになり、髪をかき上げる仕草でなんとか涙をこぼさないよう気持ちをごまかした。

 孫くんに会わなきゃ。どんな手を使っても。すぐに。今すぐに。
 強い決心で涙がひいていく。ブルマの目の前にはドラゴンボールが七つ光っていた。




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