甘い生活



 変人の集まりで、いつもいつも奇怪な行動ばかりとっているこの家の地球人たちだが、この日はことさら様子がおかしかった。

 まず、オレが朝食の席に着くと、ブルマの母親が駆け寄ってきた。
「ベジータちゃぁん」
 いつにもまして甘ったるい声に、オレは椅子から立ち上がりたくなる衝動を懸命にこらえる。飯を目の前にして立ち去るわけにはいかない。ここはぐっとこらえて無視することにした。
「あのね、ベジータちゃんに、ママからプレゼント。もちろんパパにもヤムチャちゃんにもウーロンちゃんにもプーアルちゃんにもあげるけど、ベジータちゃんにあげるのは初めてでしょ? だからママ、ベジータちゃんのだけ気合いが入っちゃったわぁ」
 いつものように一気にまくし立てられたが、言っている意味がさっぱりわからない。黙っていれば良かったものの、オレは思わず口にしてしまった。
「何を言っている?」
「んまぁ〜ベジータちゃんたら! 照れなくてもいいのよ。さ、これをどーぞ。ベジータちゃんのだけ特別なことは、パパたちには内緒よ」
 そう言うと、女はオレの手に何かを握らせ、上機嫌で部屋から出ていった。


 オレは手のひらにある、ギラギラした悪趣味な紙に包まれた物体をじっと眺めた。
 なんだこれは?
 ブルマの父親にもヤムチャにもブタにも猫にもやったけれど、オレのだけ特別だと? なぜだ? 
 物体を指でつついてみる。固い。ふってみる。音はしない。床に放ってみる。コトリと落ちる。この紙を開けて中を確かめないとわからん。
 しかし、もしかしたら、開けた途端発動する爆発物かもしれん。
 ……まあいい。このオレ様が爆発物など怖いわけはない。

 オレは紙を破ろうとして、手を止めた。

 待てよ。もしオレのだけ、超強力爆弾だったら?
 ブルマの父親の科学力を持ってすれば、核爆弾級の爆発物をこのくらいのサイズにするのは可能かもしれん。もしそうだったら……それでもオレ様にとってはなんてことはないが、くだらん罠にひっかかるのもしゃくなので、オレはそれを懐にしまった。


 午後、オレが重力室での修行を中断してシャワー室に向かう途中、例の浮かれた地球の男、ヤムチャが向かいから歩いてきた。腕に大きな紙袋を抱えている。オレは面倒なので無視して通り過ぎようと思ったが、ヤツは目ざとくオレに話しかけてきた。
 「ベジータ! 見てくれよこれ!」
 ヤムチャは無理矢理オレに袋の中身を見せつける。そこにもやはり派手な紙に包まれた物体が入っていた。しかも山ほど。
 「いや〜、今年はいつにもまして数が多くてさぁ〜。こんなにもらってもオレも困っちゃうよなぁ、ははは」

 気味の悪い男だ。爆発物を山ほどもらって喜んでいやがる。いや、もしかしたら爆発物に耐えることで体を鍛えるつもりかもしれんな。だとしたら、この男もやっと本気でトレーニングする気になったということか。
 「ベジータはもらったか?」
 「ああ、一つ。オレ様の強さに見合った超強力なヤツをな」
 「えっ!? もらったの!? まさかブルマに!?」
 「? いや、母親のほうだ」
 「な、なんだ! そっか! だよなぁ。ブルマがベジータにやるわけないよな」
 「なぜだ?」
 「なぜって……い、いやなんでもないよ。じゃオレ急ぐから」

 ヤツは言葉を濁して駆けていった。ブルマがオレに爆発物を渡すわけはないだと? なぜだ? 爆発物だからやはり嫌いな奴に渡すものなのか? ということは、ま、まさか、オ、オレのことがす………
 「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
 世にも恐ろしいことを考えそうになったので、オレは気合いでバカらしい考えを吹き飛ばした。そんなことより早くシャワーだ。


 シャワーとともに妙な考えもさっぱりと洗い流し、オレは風呂上がりの身体をソファーで休めていた。
 「ねぇ、ベジータ」
 甘ったるい声に振り向くと、ブルマがオレの部屋の前に立っていた。いつものような仁王立ちではなく、頬に両手を当て、覗き込むようにオレのほうを見ている。
 「何の用だ?」
 「いいものあげよっか?」
 ち。結局この女もオレに爆発物を渡そうというわけか。オレは無性に腹が立ってきた。
 「いらん」
 「なっ、なによいらんて! このブルマさんがあげるって言ってんだからありがたくもらいなさいよ!」
 「爆発物などありがたくもない!」
 「爆発物? 何よ、それ。あたしがあげるのはチョコレートよ」
 「ちょこれいと?」
 「あーそうか。あんたまだ知らないんだ。地球ではねぇ、今日は女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる日なの。チョコレートってのは、あんたたちサイヤ人の大好きな、食べ物よ。食べ物」
 なんだと? じゃあ母親が渡してきやがったのもそれか。そうならそうと早く言えばいものを……

 待てよ?

 「ということは、おまえ、オレ様のことを……す、す」
 オレが言い終わらないうちに、ブルマはずかずかと部屋に入ってきて俺の前に透明の箱を差し出した。中には銀の紙に包まれた小さな物体が数え切れないほどある。

 「この中から好きなの選んで。一つだけ当たりなんだけど、まだ誰も当ててないの」

 オレは緊張しながら箱に手を突っ込んだ。
 この女、オレ様のことを? ふん。生意気な。地球人がオレに好意を持つなど、図々しい話だ。身の程を知れ。と思ったが、言わないことにする。ちょこれいとなる食べ物をいただくためだ。断じてこの女に好かれたことが嬉しいわけではない

 オレが一つの包みを取り出すと、ブルマは目を輝かせていった。
 「食べてみて」
 そっと開けると、中から奇妙な形の茶色い物体が出てきた。オレはそれを口に入れてみる。腹が減っていたからだ。断じて嬉しいわけではない
 「? ◎☆×●△○!?」
 オレは前屈みになって思わず口を両手で押さえる。
 「あっ、うそ!? ベジータ当たり!?」
 女は笑いながらオレを指さしたが、オレはさっぱりわけがわからなかった。噛んだときは甘かったのに、中から液体が出てきた途端、口の中が熱くなり舌に激痛を感じる。
 「ひはまひったひはにほふわへた!?」
 きさま、一体何を食わせた!? と言ったつもりだが、口を閉じることができずに上手く言葉にならない。
 「一つだけ中にタバスコが入ってんのよ。辛ーいソース。誰も当たらなくてがっかりしてたら、まさかベジータに当たるとはねぇ。あんた強運ねぇ」
 オレは顔を真っ赤にしてブルマをにらみつけた。
 こいつ、絶対に殺してやる!!!
 だが今のオレにはそれを伝えることもできない。ブルマは笑いながら、別の包みを開けてそれをオレの口に押し込んだ。
 「甘いの食べればおさまるわよ。これは普通のだから」

 甘い味が舌に広がり、痛みと熱さが徐々に消えていく。しかしオレの怒りはもちろんおさまるわけもなく、拳はブルブルと震えていた。
 「そんなに怒んないでよ〜、冗談なんだから。当たりだったから、特別サービスつけてあげるからさ」
 「なんだと?」
 オレが言い終わらないうちに、ブルマはオレの肩に手を置き、オレの唇に自分の唇を合わせた。

 チョコレートよりも甘い気がした。

 女はゆっくりとオレから離れ、にっこりと笑っていった。
 「ハッピーバレンタイン、ベジータ」

 こいつの馬鹿な行為は許さないが、オレは王子だ。そこらの庶民とは違い、冗談も理解する男だ。そこで仕返しは今度にして、今はもう一度、女の甘い唇を味わうことにしよう。


オワリ



あとがき
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